珍しく体調を崩した。
原因はただの疲労。あと季節の変わり目ということもあり、体が気温の変化についていけなかった。
クラトスは何故か責任を感じて昨夜はつきっきりで看病してくれた。私が好きでした無茶なのだから別にいいのに、と少し申し訳なかった。というか無茶をしたつもりもそこまでない。
したいことをしただけだ。

そんなわけで夜が明けて、病人生活2日目。



誰かの体温を感じて、私は目を覚ました。
額に張りついた前髪を払うようになぞる指が心地いい。
ゆっくり目蓋をあけると、覚醒したばかりの意識が必死にまわりの景色をとらえようとした。薄いもやがかかった世界に、誰かがいる。私を心配そうに見下ろす瞳には確かに見覚えがあった。


「……………大丈夫か」


こころなしか、その声もいつになく沈んでいる。
無骨な指が優しく髪を撫でた。
クラトスはよく私を子供のように扱う。今日は普段よりそうだった。触れる指も、かけられる声音も、まるで父親のそれ。心配して何かと気遣ってくれるのは有難いが、相変わらず過保護な彼に私は苦笑した。

「風邪くらいでそんな顔しないでよ」
「熱があるだろう。やはり今日は、私も家に………」
「微熱だから平気。ほら、サボらずに仕事行きなさい!」


彼は生活費のために近くの街で傭兵をしている。
昨日はたまたま休日だったのだが今日は出勤する日だった。
たかが私の風邪くらいで、彼の予定を狂わすわけにはいかない。

クラトスは数秒私をじっとみつめた。その瞳はやはり、心配そうに私を探る目だった。私はそれに、ちょっと笑ってやる。平気だ、という気持ちをこめて。

しばらくして彼が溜息をついた。

「はあ…………わかった。ただし、無理はするな。怒るぞ」


呆れた声に比べて見下ろされる表情は優しい。
頭をわしゃわしゃとかきなでられて、私は「はいはい」と適当に頷いた。私なりの照れ隠しである。


それを知ってか知らずか、クラトスがふと真顔になった。
さっきまで子供扱いだった指が、急に甘い動きになって髪をすくように撫でる。
こちらを見下ろす情熱的な瞳に私が何事かと怪訝な顔をしたとたん、ゆっくりとその綺麗な顔が近付いてきた。


「くぉら、やめんか、美青年くん」
「ふぁ」


彼の唇を手の平で勢いよくふさいだため、クラトスの変な声が聞けた。
かなりの笑顔で拒否したつもりなのだが、クラトスは若干拗ねた顔のまま私を見つめた。じー、と瞳で訴えられる。そんな犬みたいな目しても、ダメなんだからね。ガキか、あんた。


「風邪うつっちゃうでしょ。だからやめようかー、ねー」
「………うつらない」
「どこからくる自信ですか、それ」

じとり、と睨んでいればクラトスが諦めたようで、ひとつ溜息をついた。腰掛けていた私のベットから立ち上がる。「いってきます」と優しい声が頭上から聞こえたような気がするが私はその時かなり眠かったので、生返事しかしなかった。彼が呆れるように笑った気配と、頭を撫でる指の感触がしたころには夢の世界へとまどろんでいた。



***



…………あれ?


なんかおかしい。



私、起きてるのかな、あれ
てゆかなんで起きてるのに、こんな体ダルイんだろう。
ん、なんかいつもと違う……


ちょ…

気持ち悪い………か も………!!!



「っ…………!!」


胃腸風邪かああ!と顔面蒼白になりながら、私は掛け布団を勢いよくはぎ取った。
あまりの嘔吐感に一気に眠気は覚醒し、急いでベットから這い出る。めちゃくちゃ覚めてる思考のわりに回転しない頭。いろいろぐちゃぐちゃになった意識のまま、壁に手をついた。なんとか壁伝いに部屋を出て廊下を小走りする。喉元に感じる独特な不快感を無理やり飲み込んで、どたどたと洗面所にすがりついた。



「っ…………げほっ……!」


暫く咳き込んでは呼吸をし、肩を大きく揺らす。
口に広がる苦味に顔をしかめながらも自分で胸元をさすって、なるべく多くを吐き出した。


しばらくしてだいぶ気分が楽になったので、深呼吸。
危なかった……と蛇口を捻ってその場に経たり込む。
朝から体調は悪かったが、まさか胃にまで影響があるとは思わなかった。
よっぽど疲れてたんだなあ、と苦笑して私は口をゆすいだ。
たしかに私はクラトスに気を使っていろんなことを我慢した節もある。
敵から追われる私を守るために、彼だって働いてくれているのだ。
こんな、ただの一人の女のために彼は膨大な組織を捨てた。
私にはもう、クラトスしか頼る人がいない。だからこそ、我儘なんて言えなかった。というより、言いたくなかった。
長年の牧場生活で衰弱しきった体は、ちょっとした肉体労働でも悲鳴をあげる。正直に言うと家事全般を私がすべて担当するには体力的に無理がある。

だけど。

「奥さんとして当たり前のこともできないようじゃ、女失格だものね……」


溜息をついて笑いながら、だるい体に鞭を打って立ち上がると、少しやつれた鏡の私と目があった。こんな風になりながらでも、私は幸せだった。彼を生きているうちに、愛していられるだけで。

本当はずっと側にいたいのだけれど。



(だめだ、だめだ。ネガティブになっちゃ)


鏡に向かってにっこり笑顔。
大丈夫。頑張っていればマーテル様は私を裏切らない。
ちゃんと温かくして、お腹に優しいもの食べて、ゆっくり寝よう。
そしたら明日からまた、あの人のために頑張れるはずだから。


「……………あれ?」

そんなことを考えていたとき、頭の中で何かが音をたてた。
姿が見えなかったモノがことん、と落ちてきたみたいに。

胃をさすっていた腕がとまる。
思考もぴたりと止まった。
私は何か忘れている。当たり前の、何かを見落としてる。
胃腸風邪?



……違う。
そうじゃない。



「…………………………」



目をぱちぱちしながら、私は鏡の自分を見た。頭の中をものすごい量の情報が駆け巡る。しばらく、何も言えずに立ち尽くすことになるかもしれない。
胸元のエクスフィアだけはいつも通り、透き通ったその色で光を反射していた。

…………いつも通り。



「まさか……………」





クヴァルの顔が脳裏をよぎっていく。


流しっぱなしにしていた水道の音がどこか遠くで聞こえた。





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