「……………かえしてくんねえかな、俺の剣」




抑揚のない声は何の感情を伝えることもなく淡々と紡ぎだされた。

床に膝をつく彼を、少年は冷たい瞳で見下ろす。酷く、見覚えがあった。その目はゼロスが幼いころに体験した目だった。
必要とされていない感触。
愛されていないその視線。
さっきまで笑っていたロイドはまるで糸が切れたかのように感情表現を停止させ、 声のトーンもだいぶ下がった。
恨みを込めて、とかそんなレベルではない。
無感動。
嫌い…………と思うのも面倒くさい、興味がない、という目だった。



「なあ、聞いてる?それ、俺の剣なんだけど」


苛立ちさえ含まないその声。
機械的な、無機生命的な言葉。
ゼロスの頭に一つの単語がよぎった。

―――天使。
そう、これを天使と言うんだった。何も考えず、何も愛さない世界の操り人形。自分はそれになろうとしていた。何故だかはさっぱり覚えていない。ただはっきりとわかるのは。
この役割は、ロイドの仕事ではないことだ。


「もう…………教えてくれてもいいだろ、ロイド」
「………………」
「ここは何なんだ?単なる夢じゃねえよな。あとお前は何モンだ。答えろよ、ロイド。俺は過去が知りたい。俺がお前のこと、めちゃくちゃ好きだったのはわかった。でもそれの何が間違ってるんだ?誰が、何のために俺を夢に閉じ込めてんだよ」
「黙れ」



その3文字には妙な威圧感があった。

一瞬ひるんだゼロスをよそに、ロイドは剣を持ったままゆっくりと足を踏み込んだ。白の裸足が無音に近い足音を鳴らす。わずかに裸と床が擦る音がするだけだ。
その動きはいたってスローなはずなのに、ゼロスは何故か回避できそうになかった。腰に力が入らないのだ。恐怖……ではない。きっと。逃げることはおろか立つこともできずにゼロスはただ呆然とロイドを見上げていた。

「ロイド…?」
「…………」

返事はない。彼がゼロスの正面に立った。必然的に僅かにあった日の光が遮られすこしゼロスの視界が暗くなり、一瞬だがロイドの顔が見れなかった時だった。



「っ………ロイ…………!」



世界が、反転した。

後頭部を強打したゼロスは顔をしかめる暇もなく、その空色の瞳を見開くことになる。背中に伝わるフローリングがやけに冷たい。たぶん自分の体が予想していなかった展開についていけず発熱しているのだと思う。
影をつくるロイドの姿が、ゼロスの視界を占めた。ただ黙って彼を見下ろすその表情はは相変わらず無機質だが、先程より色が見える。それは悲哀であり、すべてに諦めた瞳だった。
きっとロイドはゼロスを通じてその背後にある「何か」を悲しんでいる。

状況が上手く判断できなかった彼でも、自分が今馬乗りになられてロイドの両手が自分の首に絡んでることが理解できた。


「…………、」


この典型的不利状態でゼロスがいたく冷静だったのは、この時点でなんとなく真相に気付いたからだろう。
見下ろすその瞳にはものすごく見覚えがあった。


(ああ、そうだ。

雪が降ってたな、あの時は………………。)


ゼロスが瞳を閉じた。
脳裏に浮かぶのは、あの人の悲しい瞳。
あの表情が本当に憎かった。同時に哀れだった。
こんな最低な人間にあんな縋るような瞳をむけた「彼」が、心底気の毒に思った。
自分にはあんな期待されるほど上手く立ち回れる人間ではない。また、近寄る価値のある人間でもない。不器用なのだ、それだけ。



ロイドがその白い首を指先でなぞろうと、親指に力をいれられようと、ゼロスには怖がるよりも先に呆れる気持ちが勝った。
彼にゼロスは殺せない。
それは決してロイドの性格からの確信とか、そういう不安定要素な理由ではない。彼にはゼロスを殺せない、理由があるのだ。




ここは、現実世界ではない。


「お前さあ、……




ロイドじゃねえだろ」




続けた言葉にロイドは目を見開いた。核心、と言うべき場所をつかれてロイドはよほど驚いたのか、息を止めていた。ゼロスの言葉はさらりと言うわりに、鉛のように重い意味をもっていたのだ。
いい意味でも、悪い意味でも。
ゆっくりと指先がゼロスの首元から離れる。



「………それ、いつから気付いてた?」



少年からやっとのことで絞りだされた言葉は、痛々しいほど苦しそうで。ゼロスはわずかに苦笑した。やれやれ、と思った。


ロイドは首に絡めていた両手をはなしてゼロスの上から退こうとした。しかしゼロスは半身を起こして少年の手首をとり、それを阻止する。ぱちり、と目を見開いた少年を胸元へと優しく引き寄せた。緊張で強ばるロイドの踵を腕いっぱいで抱き締めると、その子供独特の暖かな体温と柔らかい体つきに目眩がする。たしかに、覚えがあった。



「…………最初から、何かお前らしくないって思ってた。なんでだろうな、本能がそう思ってたんだよ」
「…………………」
「やることなすこと全部、ロイドじゃないっつうか」


もちろんその時、記憶は消えていたのでロイドという人物が現実世界にいたことも忘れていた。なのに何故かこの世界のロイドという少年に違和感を覚えたのだ。本質をまっとうしているようでどこか欠落している、その性格。言葉を選ぶ仕草も、無駄に自分を隠そうとするところも、まるで………


「………クラトスじゃねえか…………………」
「…………………」
「違うか?」



抱き締める両腕に力をこめると少年は僅かに息をつめる。
顔は見えないが、きっと困惑しているのだろう。


『もう生きる意味がない』


あの男にゼロスはそう言った。
普段無表情な彼が初めて、今までとは明らかに違う反応を見せたときだった。
何かに困っているような、悲しい瞳と懇願するような視線。
雪の中、憂いを帯びた彼が目を伏せる姿が酷く綺麗だったのを今でも覚えている。彼は何かを言おうとした口をつぐんだ。あきらかに躊躇していた。迷いに迷って言葉を選びぬいた結果、



『そうか』


返事はそれだけだった。




「………それは違うよ。父さんとは似てるかもしれねえけど、俺はロイドだ。お前のロイドじゃないだけで」
「俺のロイドじゃない………?」
「コレットが言ってなかったか?ここはお前の夢の中だろ?」
「な………………やっぱお前あん時後ろで聞いて………」
「聞いてるもなにも、俺たち全員グルだし」



さらりと告げられた衝撃の事実にゼロスの思考は一時停止した。





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