「ユア、」

彼の名前を呼び掛けたクラトスは咄嗟に口をつぐんだ。



時刻は昼の3時。
日当たりが良好すぎるそのソファには、青髪の青年が頬杖をついていた。
その顔は下を向き、窓から入る風により長い髪がふわりと揺れている。
今日は温かった。
冬なのにも関わらず、やけに日中は陽気な天気だった。
まあでもきっとそれだけではない。
彼が無防備にも居眠りをしていた理由は。


「…………、…、」

長い睫毛が頬に影を落とし、僅かに開いた唇から吐息が断続的に聞こえた。
普段からあまり本人は気にしていないようだが、ユアンの外見は一般的に美麗のカテゴリに含まれる。
言葉にはしないだけで、それをクラトスは承知していたし認めてもいた。
ユアンは綺麗だ。ただし、喋らなければ。
だからこそ少しだけ同じ男でも、クラトスはその高貴な絵画のような光景に息を飲んだ。
断じて変な気をおこしたわけではない。
ただ単純に綺麗だったので驚いた。それだけのことだ。


ゆるやかに上下する胸と一向に動く気配のない瞼から、よほど彼が本気で寝ていることがわかる。
それを見てクラトスは惚けていた表情から眉間に皺をよせた。
寝首でもかかれたらどうするのだ。
と同時に、昨日は相当歩いたから疲れているのは当然かもしれない、というお人好しな感情も起こり。
わずかに迷ったすえ、とりあえず後ろ手で静かにドアを閉めた。
あまり音をたてないようにクラトスは居眠りをしている青年へ近付く。
わずかに木製の床が軋む音がしても、彼は起きない。
ユアンはまるで動く気配がなかった。
これは相当爆睡している。
呆れ返ったクラトスは溜息をついて、僅かに苛立ちを含んだ声で名前を呼んだ。


「おい、ユアン起きろ。暇なら買い出しに付き合え」


やはり、起きない。
再度大きな溜息をついた。
これは叩き起こすしかない、と彼に触れようとしたときクラトスはあることに気付く。
デジャヴを感じたのだ。
そういえば同じようなことが前にあった気がする。
でもその時のユアンは、クラトスが部屋に入ってきた段階で覚醒したのだ。
「すまない、寝ていた」と大あくびをしながらでも確かに起きたのだ。
クラトスは段々不安になってきた。
呼んでも起きなくなるほど疲れているのか。
いや、疲れさせるほど歩かせたのは自分だ。
ユアンは自分のことよりマーテルやミトスに気を使う。
水分補給も常に彼女達を優先させる。
もちろんそれはクラトスもだが、だからこそ彼も気が姉弟のほうへ向きがちになり、ユアンを心配する余裕がない。
ユアンはもう成人した大人だ。
そしてクラトスとは違いプライドが高い男だ。
多少の無理がきくし、無茶をすることもできる。
我慢をすれば周りに迷惑をかける、ということは承知しながらも黙っていたのかもしれない。
それに気付いてやれなかったのは(たとえユアンの自業自得だとしても)悪いことをした、と考えるあたりがクラトスらしい。

「…………ユアン」


今度は柔らかい声音で名前を呼んでみた。叩き起こすために触れようとした手は中途半端に宙にうく。
目的地を肩から頬へ変更したからだ。
やがてクラトスは手の甲でユアンの頬に軽く触れた。
肌特有の滑らかで温かな感触が伝わる。
男にしてはやけに柔らかい肌だと素直に思う。
そして血色のよい頬を数回軽めに指でノックした。


それでも起きない。



やれやれ、と肩を落としたクラトスは時計を見た。
時刻はまだ3時。日没にはまだ時間がある。
このまま一人で買い出しに出てもいいのだが、クラトスは自分の判断で買い物をするのが苦手だった。
つい余計なものを買ってユアンに怒鳴られるのだ。
それはミトスを連れて歩いていても同じ。むしろあれがほしいこれがほしいとねだるので逆効果だ。
できれば避けたい。
マーテルを誘うことも可能だが、彼女も今日は少し疲れているはずだ。
それに女性は重い荷物は運べない。
と、なると消去法でユアンしかいないわけだ。
これは起きるまで待ってみるしかない。

クラトスは静かにユアンの隣に腰かけた。
ソファの柔らかい弾力に満足して、(ユアンが見ている最中に居眠りしたであろう)彼の膝に乗っている本を奪う。
ペラペラと無造作に開いたり、少しだけ活字に目を通したりしてみた。

ふとなびいた風にクラトスは瞳を伏せる。
やばい。これは気持ち良い。日当たりといい、ベストポジションだ。
疲れきった体を休めながら、クラトスは再び本へと目を走らせた。















「あーあ、二人とも寝ちゃってるよ」


ミトスが呆れたような声を出して半開きにしたドアから室内を眺めた。
宿部屋のソファで仲良く居眠りをしている美青年二人は、ミトスの高い声にぴくりとも体を動かさない。
一人は頬杖をつき、もう一人は本を足元に落として。
二人の間に妙な距離感があるのがまた面白くそれを見てくすくす、と姉のマーテルは笑う。
優しい瞳をした彼女は若い二人にそれはそれは美しい笑顔を向けた。

「二人とも、疲れちゃったんでしょう。今日はこのまま寝かせてあげて、私達で買い出しに行きましょうか」
「賛成!もー二人ともへなちょこだなあ。全然僕も姉様も大丈夫なのに」
「うふふ、二人とも私達に優しいからよ」

いまいち答えになってないマーテルの返答に、ミトスは「なにそれ」と笑った。同時に彼女の右手に指をからめながら、その子供特有の大きな瞳をくりくりと動かして彼女に問う。


「でも不思議だよねえ。あの二人、最初はお互いうたがりまくって絶対にそばで寝たりしなかったのに」
「そうねえ。寝ずの番のとき何か、外敵よりもまず最初に互いの監視してたものねえ」
「ああやって仲良くしてるのみると妬いちゃうよ」
「あら、どちらに?」


ミトスがうーん、としばらく考えて、そして少しだけ照れくさそうに頬を染めて笑った。


「ふたりとも、かな」


ユアンには絶対内緒だよ、と念を押す姿が愛らしい。
マーテルはそんな弟に微笑みをかえした。




その時、体重をどこにもかけていなかったクラトスがぐらりと体を揺らした。
あ、と姉弟が声をあげて目をつむる。
予想通り、ユアンの肩にクラトスの頭が強打し。
ううんと二人で唸っている姿を見て、姉弟は声を出さないよう肩を揺らしながら笑った。
そして半開きにしていたドアを閉めてやる。



やがて姉弟が買い出しから帰ってきたとき、ソファの上で互いに赤面する青年ふたりの間に妙な空気が漂っていたのは、また別の話。












さすが攻略王の父








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