「すごく嬉しかったの……」



溢れでた涙を止めるすべもしらず、私はクラトスの腕の中で泣きじゃくった。
嗚咽を必死でこらえながら、私は初めて他人の胸で声をあげて泣いた。
背中を撫でてくれる優しい手の平の感触を、私は一生忘れないだろう。


「こんな汚れた私でも、出会えてよかったなんて言ってくれる人がいたのが………」
「……ユアンか」
「うん……すっごい嬉しかった」



本当は最初から気付いていた。
私の周りにはいつだって優しい人しかいなかった。
故郷のルインの暖かい笑い声、私を見つめる明るい笑顔、可愛がってくれた人達………
あたたかな日差しの中で過ごした私の幼少期は、私にいろんな宝物をくれた。
それはしっかり分かっていたのだ。


だが、両親が亡くなってからそれが怖くて仕方がなかった。いつか無くしてしまうんじゃないか、と震えた。手の平から大事なものが次々に零れていくような感覚が私を襲うのだ。
私が穢れたことがもしバレたら、皆はどんな顔をするのだろうと有りもしない被害妄想に苦しんだ。
もしかしてみんなそのことを知っていて。散々私に優しくしておいて、最後に裏切るつもりなんだと勝手に思い込んで。

私に向けられる周囲の視線は慈愛に溢れていたはずなのに、勝手に私はそれを嘲笑われているのだと勘違いしていたのだ。
私がエクスフィアをつけられたときだって、本気で泣いてくれた人は何人もいたはずなのに。

愛してくれる人は十分すぎるほど近くにたくさんいたのに。


「私には…親が決めた婚約者がいたの。その人は本当にやさしくて、真っ直ぐに愛してくれて、私にとって特別な存在だった」
「………………」
「私は、大切な人まで傷付けてしまった………とんだひねくれ者、なのよ」


私を愛してる、といったあの人は今どうしてるだろう。
ちゃんと結婚して、家庭をつくって……当たり前の幸せを得ているだろうか。
できれば私なんか忘れているといい。
私は抱きしめようとしてくれたあの腕を振り払った。
信じてほしい、っといった彼の言葉から耳を塞いだ。
父のように誰かの代替品にされるくらいなら、最初から手に入れたくなかったのだ。
誰かに必要とされる幸せを感じれば感じるほど、裏切られるのが怖い。愛されたいけど、愛されるのが怖いという矛盾。
それを一番、その人に感じていた。

『どこかへ行って……もうこれ以上傷つける前に………!!』


そう、叫んで私は彼を突き放した。



だからユアンの言葉に、泣きそうになったのだ。
こんな私でも生まれてきたことに意味があったのだ、と。
私の命は間違えてなかった。
そう心から思った。


「……………」


気がつけば彼がじっと私を見つめていた。
涙目で私がそれをぼんやり見上げていると、クラトスの手が私の顔を挟むように置かれる。
そしてソファの上で閉じていた私の足の間にクラトスが膝を割るようにして入ってきた。突然の大胆な行動に私は咄嗟に逃げようとしたが、彼相手にはどうすることもできない。重ねられた熱い体に心臓が跳ね、呼吸が乱れた。


「……く、クラトス……」
「ん………?」
「………わっ…」


彼の体が完全に私を組み敷いたとき、ギシ、とソファのスプリングが鳴る。


息を飲んで私が顔をあげると、真剣な表情がそこにはあった。私を射ぬくように見つめ、目があうと瞳を細めて僅かに微笑んでくれる。
それが何故か泣きそうになるほど懐かしかった。


「…………や、ちょっとなにす………」



クラトスが急に私の手をとった。

何をされるのか、とハラハラしながら見つめているとクラトスは目蓋をとじて私の手の甲に、敬愛の証を残したのだ。
柔らかな唇の感触に私は思わず声をあげた。体温が上昇して彼のその姿から目が離せなくなる。英雄だったころも、こんなことに慣れていたのだろうか。
その仕草はあまりにも綺麗で、見惚れるほどだった。




長い睫毛を揺らしながら、彼がゆるゆると瞳を開ける。だが私の手は離そうとしない。それどころか、口元を私の指へもっていて次はそれに口付けた。
さっきとはうってかわり、官能的な表情をしたクラトスに私は言葉をなくす。この人のこんな顔は初めて見た。うっすら瞳をあけて、私の指を赤い舌をちらつかせながら可愛がる姿は、まるで娼夫のようだった。舌の熱い感触が指の腹をはったので私は声を漏らす。次は唇で優しく吸うようにされ、私は慣れない甘い痺れにどうしたらいいか分からなくなった。

それにしても色気を惜しみなく撒き散らすクラトスは綺麗で。おそらく私の羞恥を誘おうとしているのだろう。指を厭らしくくわえながら、真っ赤になっている私をじっと見つめるのだ。熱い瞳で、溶かすように。



「……ま、待って……………」
「待たない」


即答で返された情熱的な言葉に私はくらり、と目眩を覚える。
あまりにも恥ずかしくて、きゅっと瞳を閉じた。
だがそれはそれで新た刺激を生み出す。視覚的快感が無くなる変わりに、どこに触れられるかわからないのだ。
指なんて全然性感体じゃないのに、と私は心で悲鳴をあげた。
そうこうしているうちに、手首を掴まれたかと思えば、手の平に唇の感触が伝わり私は声をあげそうになる。
ちゅ、と何度も唇の音が鳴り、耳を優しく犯される感覚。
先程とは違う、生理的な涙が頬を伝った。熱い息が微かな声と共に口から漏れた。恥ずかしすぎて、もう思考が働かない。


「…………っ…………?」


ふいに、違う感覚が指をはしった。


それは唇でも舌でもない、もっと………無機質なものだ。
何だか冷たい。つるつるしていた。おそらく表面に光沢があるものだ。

恐る恐る私が瞳をあけた。










「………………あ」




惚けた私の顔がみるみるうちに、驚きの表情へと変わる。




それは私が今まで見た中で最も輝いて、最も愛しい星だった。
つけられたのは、左手の中指。
その光は泣いている私に、確かな輝きを示した。
綺麗なのに、力強いその存在。
まるで私を守るように、強く、強く輝く―――銀の指輪。


クラトスが私の左手をとり、指輪に口付けた。
儀式的なそれを私は心を震わせながら見守る。
彼が上目遣いにこちらを見た。そして、先程の妖艶な雰囲気とは考えられないくらい少年のようなあどけない顔で――――照れくさそうに、苦笑するのだ。


「お前の薬指の予約だ」
「…………へ………?」
「私はまだ力がない。お前を守れるだけの、力がないのだ。だから周辺を固めて、準備ができたらお前にちゃんと伝える。それまで……」

クラトスが一度言葉をきった。
僅かに視線をずらし、そして戸惑う表情を見せる。こういった経験が久しぶりなのだろう。こちらが恥ずかしくなるほど初々しく頬を染め、そして意を決して私の耳元に唇をよせた。

いつか、私の恋したクラトス・アウリオンの優しい声で。






「隣にいてくれませんか。」







私のすべてを、許すというのか。
汚れてしまった私を、汚れていると知った後も、愛してくれると言うの?

一瞬迷った。
神聖な天使様に――私が触れていいのか、と。
だけど彼は受けとめてくれると言うのだ。
私はこの世界が大嫌いだ、と大嘘をついた。
本当は愛してくれていた周囲の人達を彼の前で貶した。
無くしたくないがゆえに、手に入れることを拒んだ臆病者を、まだ愛してくれるのだろうか。

―――もしそうなら。
私の汚れた心と体と。
罪を背負った過去と未来を。

彼にすべて捧げたいと思った。



「………………は……い………」


泣き声で、判別できなかったかもしれない。
だから私は彼の首もとを掴んだ。
驚いた彼が瞬きする間に、腹筋を使って上半身を起き上がらせて――――



「ん……………う」



クラトスが声を漏らすほど、いきなり口付けてやった。


何をされているのか、クラトス自身が気付いたころには私の腰に腕がまわっていた。私の腕も彼の首にまわっていた。
ぽすん、と私の頭がソファにつくおとがする。クラトスがゆっくり私を押し倒したのだ。

最初は2秒ほどで離したが、クラトスが性急に再び唇を塞いでくる。啄むように何度も犯される私の唇は、甘い感覚でどうにかなりそうだった。短く鳴るリップ音に頭がくらくらする。クラトスはだんだん離すのが惜しくなってきたのか、下唇を甘く吸ってきた。次は上唇を舌でなぞって。一度枷を外せば男はみんなケダモノだ、と言った母の言葉をぼんやりと思い出した。たしかに今のクラトスは狼だ。


(どんだけ抑えて、たんだろ…………………)


「っあ…………」


唇を割って入ってきた舌に今度こそ声をあげた。反射でひっこんだ私の舌を、クラトスは優しく、だけど情熱的にすくい上げる。4000年いろんな経験をしながら生きてきた天使に、私が叶うはずもなくあっさりと彼のペースに巻き込まれた。


「…………ふ………う」


乱れた思考の端で聞こえる水音。涙で滲んだ瞳をうっすらあければ、間近で切羽つまった彼の表情が見れた。完全に余裕を無くしていた。それもそのはず、口内を犯す舌の戯れは少々強引で。それがまた、普段の彼とギャップがあって「可愛いな」なんて不謹慎にも思った。
歯列にそって舌が這い、それが私のすべてをねぶりつくす勢いだったので、私は顎を僅かにあげるしかなかった。時節漏れる吐息と微かな声は、もうどちらのものか分からない。口の端から漏れてしまった唾液も気にせず、彼はまだ私を求める。
腰に回っていたクラトスの片腕が背筋をはった。自分でもよくわからない感覚に、足をごそごそと動かす。焦らすように撫でた指先の行き先は、私の後頭部。
癖のある髪に指が絡んで、私が逃げないように頭を固定される。
そして角度を何度もかえて、もう十分すぎるほど愛してくれた。
十分すぎて息が続かなくなるほどだ。





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