「お前は…………誰だ………」


体の震えをおさえながらクラトスは後退り、ひざまずいたまま剣の柄に手をかけた。
怒りでもない。怯えでもない。
自分が正気でいられないことに焦燥していたのだ。
頬を伝う汗を感じながら、じりじりと彼女と距離をおく。


「お前は人間のようだが―――アンナではない」

「………何でそう思うの?」

「当たり前だ。彼女は私が……………」


殺したはずなのに。



そう答えれば、アンナはさして表情を変えずに立ち上がった。
その瞳にはたしかにクラトスが映っているが、そこには意味深な視線は見当たらない。
かつて自分が好きだと言った淡い色の瞳はただ目の前のクラトスをみつめ、そしてふと真顔になる。彼女の面影を残した少女はしかしながら、クラトスの愛したアンナとは少し雰囲気がちがっていた。



「………否」

綺麗な形をした唇が小さく動くのを見た。

少女とは思えぬ威圧感と優美な空気を備え持つ彼女には、言うなれば「危険物」だ。
そうクラトスは思った。
こちらを見上げているのに、
見上げなければいけないほど小さな少女なのに
何故こんなにも追い詰められている?



「私はアンナ・アーヴィング。あなたを最期に愛し、そしてその最期に愛された――――唯一の存在」
「………嘘だ」

「嘘じゃないわ。たしかに私は貴方に愛してもらった」

「じゃあ何故、そんな姿をしている!」

「そんな姿?…………ああ、子供ってこと?これは……秘密」

「ふざけるな!……お前は…何者だ。
言え。
妻の姿をして私の目をくらまそうなど……彼女への冒涜だ。
許さん………っ!」


クラトスがその少女を睨み付けても、彼女は怯まずこちらを見つめるのみ。
むしろ胸に手をあて、まるで何かを宣言するかのように挑戦的な笑みを浮かべながら、彼女は言った。


「ならばその剣で私を切ってみなさい。あの日のように」

「……………っ!!」

「その剣は私を貫くでしょう。でも背中まで貫通しても血は出ないわよ。傷なんてつけることもできない。だって私は人間なんかじゃないもの。もう、…………私という人生は終わったんだから」



自信に満ちあふれた態度にクラトスは戸惑う。いや、それよりも。

「人間………じゃない…… ?」

「そう。人間じゃない。私は…………まあ、詳しいことはどうでもいいのよ。ね?」


全然どうでもよくない、とクラトスは思いそして唖然とした。
彼女は首を傾げて可愛らしく、そして何かを誘う魅惑的な目をしてくる。だけれどその芯は、
確かにクラトスが誰よりも本気で愛したアンナの色だった。


雰囲気は違う。
だが、彼女を愛したクラトス・アウリオンの本能が一斉に身体中を支配してしまった。
アンナに化けれるような人物…ないしは生物などこの世界には存在しない。存在しないはずだ。だから好きになったのだ。この世にひとつしかない存在だからこそ――その心に触れたいと願ったのだから。


「……………………」


クラトスは黙る。言葉が見つからないのだ。
だいたい死者がよみがえるなど、経験がない。いや、そもそも人間でないという意味がわからない。じゃあなんなのだ。そう問おうとした時に、彼女がこちらに歩みよってきたので口から出そうとした言葉を思わず引っ込めた。
小さな足取りで彼女はクラトスの近くまできて、そしてひざまずいたままのクラトスに手を差し伸べた。
小さな手は血色のいい赤色だった。とても死んだものとは思えない。



「………私は生きてるわよ、クラトス」
「!?」
「あなた考えてることが瞳にでる、って昔から変わらないのね」
「…………いや、だがしかし」
「私はあなたに殺されてない」
「…………」


らしくなくクラトスが目をまるくすれば、彼女はおかしそうに笑った。それは嘲笑でもなく、素直に面白いと思ったようだ。
そして過去を追憶するように瞳を細め、懐かしそうな顔をしてクラトスを見つめた。実際彼女が何を思っているのかはクラトスにはわからない。ただ彼女は優しい瞳をしていた。



「……もっとも、貴方のアンナ・アーヴィングは……………死んだのだろうけど」
「……?」
「何でもないわ。それより私、久しぶりに貴方と星が見たいの」


状況についていけてないクラトスなどお構い無しに、少女はそんなことをいう。無邪気なその笑顔に彼ははっとした。







『これからはずっと一緒だぜ、父さん!』



「クラトス?」

きょとんとする表情がアンナに戻って、クラトスはまた意識を取り戻す。何か大切なことを忘れている気がするのだ。自分は今まで何を願い、この礼拝堂にきていた?

願ってはいけないことを
願ったのだろう?



「アンナ、すまない、私は………」
「いいわよ」


まだ何も言ってないのに彼女は即答した。驚いて顔をあげれば彼女は相変わらず微笑みを絶やさない。その笑顔はいつかのアンナと全く同じ。過ちも罪も嘘もすべて飲み込んでしまう笑顔だ。自分はあのとき彼女を見て思った。天使とは本当に存在するのだ、と。


「私はあなたの願いを叶えるために、来たんだから」





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