珍しく、真夜中に目を覚ました。



まどろむ意識の中、ぼうっと空(くう)をみつめる。
視線だけ窓へ移せば先が見えない暗闇が見えた。おそらくまだ深夜だろう。
冬の夜は長く、そして寒い。
首筋を撫でる冷たい空気にロイドは小さく身震いし、腹の辺りにあった毛布を肩までかぶせた。


それにしても今夜は寒い。
寒がりの彼にはもう一度寝直すには少し時間がかかりそうだ。足の先からはい上がる寒気に、もう一枚毛布を増やそうかと考えつく。だけどこの寒い外気に触れてまでベッドから這い出て隣の部屋まで毛布をとりにいく勇気はない。彼は心の中で悶々と考え、とりあえず足をそわそわと動かすと何かが爪先にあたる。暖かいそれにゆっくり足を合わせると、それがぴくりと動いた。
あれ?とロイドが右隣を伺うと




こちらを真顔でじっと見つめていた彼と目があった。




「うわっ」
「……………うわ、とは何だ。失礼な」
「お、起きてるなら何か声出せよ。きもちわるいな」
「………………」



暗闇の中から大きなため息が聞こえ、彼が寝返りをうったのがシーツがすれる音でわかった。目が暗闇に慣れてきたから、クラトスの大きな背中がロイドとの間に微妙な距離をおいて見える。


(あ、拗ねちゃった)



きもちわるい、は少し可哀想だったかなと思いなおし、芋虫のようにそろそろとベッドの上を張って、彼の背中に近づいた。その温もりが鼻の先に感じる距離まで移動し、再び彼の温かい足で暖をとろうとした。だがロイドが爪先を当てた瞬間、彼が膝を曲げて避けたため「あっ」と残念そうな声をあげる。

クラトス也の仕返し、すなわちイタズラなのだ。


子供のような彼にロイドはにやにやと笑い、小声でその背中にささやいた。



「なーなー」
「………………」
「意地悪しないで足かしてよお寒いよお」



そんなことを言いながらも楽しそうにくすくす笑う少年に、クラトスはもう一度大きなため息をついた。



「………足だけか」
「あい?」
「欲しいのは私の足だけか」



その質問の意図にロイドは瞳を丸くし、そして唖然と背中を見つめる。クラトスが向こう側を向いたまま呟いた言葉に、嬉しさと恥ずかしさを半々感じながら彼は戸惑った。どうしよう。なんて答えたら彼は機嫌を治すだろう。数秒考えて、―――素直に自分の思ったことを勇気を持って伝えた。



「全部」



父が速攻吹き出した。




「……!おま、笑うことないだろ!」
「ふはっ………すまない…っ…お前、冗談なのに何を真面目に返事して…………ははは」
「冗談!?完全に今のくどき文句だ!!」



肩を揺らしながら笑う彼の背中をロイドが口を尖らしながら思い切りつねあげると、痛い痛いと彼がまた笑う。


その背中がこちらに寝返りをうち、暗闇の向こう側から彼が自分のそばの毛布を手でたくし上げた音がした。ロイドのスペースをとっているのだろう。毛布をひらひらと向けて誘いこむ合図をする。それに加え、瞳を細めるクラトスの優しい視線に、少年の心臓は既に悲鳴をあげていた。


「………おいで」



ほらそうやってすぐ甘い声がでるから。


だからズルいのだ。


違う意味の温もりがロイドの心を熱くし、自然と頬を染めた。


よくわからない雰囲気に照れてそわそわとふみとどまっていると、クラトスが小さく笑って腕をのばしてきた。
無骨だけれどいつでも優しく、時に魅惑的に触れてきたその指が背中へとまわり。



「っ………」



きゅ、っと優しく抱きすくめられる。声をあげそうになったロイドの頬に暖かい胸板が触れ、そっと震える瞼を閉じた。最初のうちは息遣いをおでこの方に感じながら目をつむっていたが、


「…………クラトス?」
「……………………」



彼は黙る。


何を感じているのだろう、暗闇の中で彼の表情は見えなかったが確かに彼は不自然に黙りこんだ。そろそろとロイドが顔をあげると、なんとなく雰囲気でこちらを見つめているのがわかる。ああ、この顔だ。クラトスが、何か余計なことを考えている顔は。


「クラトス!」
「ん」
「何黙ってんだよ、気持ち悪いな」
「お前は気持ち悪いとしか感想が言えないのか」
「そうじゃねえけど、変だって。最近のクラトス。俺の顔じーっとみてさ」
「・・・・・・・・」


ほら、そうやってまた彼は黙る。
ただの仏頂面なら別にいいのだ。見慣れてるから。
ただ世界統合を成し遂げてから彼は、よくわからない表情でロイドを見つめる。
たぶんこれは息子のカンというやつだ。他の奴からしてみればクラトスの表情の変化などほとんどわからない。
何かに戸惑っているような、そんな表情。
ロイドはそれを今まで見たことがなかった。おそらく、自分が彼を父と認識してから後のことだろう。
また、過去の罪がどーとか、ごちゃごちゃ考えているのだろうか。


「なんでもない。息子を見つめて、おかしいか」



苦笑してロイドを撫でる指は、いつもと変わらず優しい。
親子なんだ、とわからせてくれるようでとても嬉しい。
ただその瞳は少しだけ、何かに怯えるような、そんな印象を受けた。
もちろん本当のところはクラトスにしかわからない。
だからこそ、ロイドは首を傾げながら「ま、いいけど」と言及をやめた。
クラトスにしかわからない。考えることも、決めることも、彼自身の自由だ。
きっと彼は何かを抱えている。目には見えない、大きな何かを。
ロイドにはその重みはわからない。
だから、変に問い詰めるよりもさきにすることがあるのかな、なんて彼は思った。


「んー、やっぱクラトスあったけーなー!」


こうやって、彼を抱きしめることだろう。



いつか言葉にして彼が伝えてくれるまで、ロイドは待つと決めた。
その答えが悲しい結末を生むとしても。それがクラトスの答えなのなら、きっと自分は受け止めることができる。
変にさぐって、何かに気づいて、相手を困らせるくらいなら自分は知らなくてもいい。
疑うのはもうやめにした。
クラトスをもう傷つけたくないし、大事にしたいと心から思った。
彼が望むのなら自分は嘘だってついてみせる。
笑ってごまかしてみせる。

俺は平気だ、それよりアンタ自分のこと考えてろよ
そんな顔すんなって、アンタが決めたんだろ?

そうやってへらりと笑えることができれば
彼もいつかは心の荷物をすべておろせるだろうか。



目に見えない大きなものを抱えているのは、どちらなのかわからない。






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