目の前の青年は腕を組み、片方の手を顎にあてて考える素振りをみせた。息子の前で突っ立っている紅色の彼を上から下まで眺め、そして最後に水色の瞳を見つめる。癖は息子と全く同じだが、違うのは上げたり伏せたりする長い睫毛が独特の色気をはなっていることだろうか。
「とりあえず、名前は?」
「……ゼロス・ワイルダー」
ゼロスがそう呟けば、青年はそうか、と頷いた。
「ワイルダー…外国人なのか?いやしかし、話してる言葉は同じだな…」
「第一さ、ここ何処よ?テセアラじゃねえの?」
「はあ?何処だよそれ。ここは日本!東京!!わかるか?」
聞き慣れない単語が少年の口から飛び、ゼロスは顔をしかめる。東京?聞いたことがない土地だ。しかも二人の会話と表情から、自分を誘拐した雰囲気でもない。
一体、何故自分はここにいる?
「…起きたら、ロイドの部屋にいたのだな?」
「ああ」
「その前の記憶はないか?」
そう青年に言われて気付いたが、ゼロスはこの部屋で目覚めた以前のことを全くと言っていいほど覚えてなかった。覚えているのは自分が「ゼロス」という名前で、テセアラの神子だということ。原因は思いだせないが父も母も死亡していて、唯一妹がいること。
それだけだ。
「そういうアンタの名前は?」
「私はクラトス。そちらにいるのが息子の…」
「ロイドだ。……まあ、悪いやつではないみたいだな……ごめん」
素直に謝る少年を見て、ゼロスは気味の悪い違和感を覚える。いや、礼儀正しいことは認めるが、なにか食い違ってちぐはぐな感じがするのだ。まるでその行動がロイドらしくないというか。彼とは今さっき会ったばかりなのに。
「……まあそれは別にいいけどよ。とりあえずアンタら用事あるんじゃねえの?いいのか?」
「あっ!!そうだ部活…!」
ロイドが声をあげ、同時に何かを大忙しで探しはじめる。掛け布団を床へと落とし、シーツの上をくまなく腕でまさぐっていた。
「何探してるんだ?」
「携帯だよ携帯!!さっきから見当たらねえんだよなあ」
携帯?何だそれ。
ゼロスは首を傾げたが、先程見つけたあの機械を思いだした。ロイドが目覚めたとき思わず床におとしたアレだ。彼はロイドがベッドから放り投げた掛け布団をめくり、あの赤色フォルムを探した。
「あ………これのことか?」
特に苦もなくソレを見つけたゼロスは、光沢のある赤色の表面に触れて、そっと握り締めた。
「お、そうだよそれそれ。サンキュ!」
「どういたしまして」
にかりと笑った彼にゼロスは携帯(…と呼ばれるもの)を渡す。そこでふと気付いた。よくわからないがたしか自分は赤色がとても好きだった。
そう、誰かの色だったんだけど。
………誰だったかな。
「ところで」
思考に浸りかけたゼロスをクラトスの声が現実に呼び戻した。思わず返答が「は?」なのか「へ?」なのか聞き取れない中途半端な声になる。クラトスはそれに微かに笑ったあと、ロイドに視線を移し端整な唇を動かした。
「私はこれから会社がある。お前も部活に行くのだろう。だとしたらゼロスを一人家に放置することになるぞ」
「あ!そうか!!!」
さっきから携帯のボタンをカチカチと押していたロイドがかばっと顔をあげ、声を上げる。いちいち反応がデカい奴だと思ったが、どうも憎めない。これも理由がわからないが。
「……別に俺サマはそれでもいいけどよ。なんなら、これでおいとましようか?」
「何を言う。お前がここで目を覚ましたということは……記憶を取り戻す鍵が私達にあるかもしれない」
「それもそうだよなあ……」
親子が二人で同時にうねり、そしてゼロスを見つめる。ゼロスは二人分の視線を感じながら、なんだか申し訳ない気分になってきた。はて、本当にそうなのだろうか。案外、たまたまな気がするのだが。