「あ!!!」


少年がいきなり大声を上げたので、ゼロスはびくりと体を揺らした。手に持っていたティーカップが揺れて中身が溢れそうになる。


「な………ど、どうしたよ、ロイドくん…」
「それ……!」


ロイドが指差した先をゼロスが目で追うと、そこには小さな鍵がおちていた。白いうさぎのキーホルダーが共につけてあって、つるりとした表面が部屋の電気を反射している。ロイドはソファから立ち上がって、それを拾った。ちゃりん、と金属の音がした。


「コレットのだ。………って、これ自転車の鍵じゃねえか!」


自転車?

よくわからないが、ロイドの慌て様からすると相当大事なものらしい。
ロイドが近くにあった上着を引っ掴んでどたばたと身支度し始めた。俺はなんとなく首を傾げながらロイドが手に持っているコレットの忘れ物を目を凝らして見つめた。


『あなた以外にも兎さんはいたのにあなたはそれに気付かなかった』


「ゼロス?」

ひょい、と顔を近付けてきた少年にゼロスは悲鳴じみた声をあげてしりぞく。単純にびっくりした。

「あーごめん、ちょっと考え事してたわ」

「そっか。あ、俺ちょっとコレットに渡してくるから待っててくれるか?」

「ん。いってらっしゃい」



ひらひらと顔の横で手を振れば、ふとロイドが真顔になる。至近距離でじ、っとゼロスをみつめそして黙った。深い色をした大きな瞳は、まるでゼロスの心の奥を見つめるかのように、まっすぐ、こちらをみつめてくる。思わずゼロスは息を飲んだ。というか、まずさきに体が反応した。全身から熱が沸き上がりそれが吐息としてゼロスの口から漏れる。それでもロイドから目が離せなかった。離せなかったからこそ、周りが見えなくなった。



本当は最初からなんとなく気付いていたのだ。
それはまるでゼロスの頭の中にある記憶の破片が、ロイドという光に反射して輝きを取り戻すようだったから。



「ロイド………」


すなわち、鍵となる人物。



なぜかその名前を紡ぐとき泣きそうな声になってしまう。自分でもよくわからない、自我の奥底から沸き上がる衝動。そして感情。まるでそれはゼロスという殻を破るかのように、本能として内側から警告音を鳴らした。きっと現実世界のゼロスの意識が必死に夢に閉じ込められているゼロスへと覚醒を求めている。その名前だ、その名前が鍵だ、と。


オレハ、マドワサレタ。




「ゼロス、本当に考え事してただけか?」

「…………なんで」

「いや、すげえ顔真っ青だけど」

頬に触れてきそうになった腕をさりげなくよけて、ゼロスは立ち上がった。今はロイドと目をあわせたくなかった。心では分かっているのだ。そらすことなく、彼と向かい合わなければいけないのだと。しかし同時に自分の中にある「すべて(記憶)をしるゼロス」が、矛盾したように抵抗するのだ。ロイドが鍵だ。だけど真実は見たくない。彼は何でも見通す才能があるから。モノの重さを量る要領のいい頭があるから。



「いや……何でもないよ。ホント。……ほら、さっさとコレットちゃんに渡してこいよ」

「う………うん」


若干まだ気にしているような顔を見せたが、ゼロスが笑いかけてやれば首を傾げながらも部屋を出ていった。

とたとたと廊下を走る音が消えて、部屋は急に静寂へとかえる。ロイドの気配が消えたことを確認してからゼロスは深いため息をついた。そして先ほどの鍵が落ちていた位置を、また見つめる。ただじっと何かを悔やむように。


「そうだ。俺は…………ロイドに惑わされて大事なものに気付かなかったんだ…コレットちゃん」



あの少女が、鍵を落とすわけがないのだ。注意ぶかくロイドを見て、ましてやゼロスに「気を付けて」と言った彼女が。もしかしたら彼女にはものすごく感謝しなくてはいけないのかもしれない。彼女のおかげで、大事なものが見つけられそうだ。



ゼロスは2階の元いた場所へ戻ることにした。
せっかく彼女がロイドを連れ出してくれたのだ。何か自分がここへきた意味を見つけだすものを探したかった。
真実をしる勇気があるかと問われれば、そうでもない。
だが自分が寝たままだと困る人はきっといる。おそらく(ここではない)現実世界にいるロイドも困っているだろう。



***


その時はそう思っていた。

きっと何か糸口があると
ロイドの部屋のどこかに帰り道があると過信していた。



ゆっくりとゼロスはロイドの部屋のクローゼットを開けて、中を物色した。罪悪感はあった。だが何かを見つけだしたいという探求心が勝ってしまった。
しばらくいろんなものを出してみたり、それを手元でくるくるまわしたりして元の場所にもどした。出てくるものはほとんど洋服や帽子のみ。


しかし、ふとゼロスは手をとめた。

「…………?」


ハンガーでつるしてあるコートの向こう側に戸棚があってその上に大きなビニール袋があった。
まるで人の目から離れるようにひっそりと息を殺して。

ゼロスは首を傾げながらその袋をとった。なかなか重たいし、それにやはり大きい。不思議に思いながら、中身をみようとすっかりくしゃくしゃになったビニール袋をあけた。








ゼロスはあまり気にせず「それ」を取り出した。クローゼットは暗かったのでゼロスにも「それ」がどういったものなのかよく見えなかったのだ。
だから「ふむ」とそれを裏返したりして何に使うのか考えてみたりして。

ふ、とカーテンから差し込んだ光に「それ」が反射し
そのすべてが明確に姿を見せたとき


ゼロスは「それ」を手元からすべり落としてしまったのだ。





「………………っ…」



ごとん、と金属の音がした。






カタカタと無意識のうちに震える両手を必死におさえて、彼は息をのむ。見なきゃよかった、と咄嗟に思った。まるで痛みに耐えるかのように目を力一杯閉じて耳を塞ぐ。足からすべての力が抜けてその場に膝をついた。真っ白になったゼロスの頭にはどこからかエコーする現実世界の自分自身の声がしたような気がした。ほら、言っただろ?お前は真実に向き合えるほど強くない。だから俺は惑わされたんだ。ロイドに惑わされて周りが見えなくなったんだ。



ロイドの優しさに逃げたのは

お前。





「…………ロ、イド……………」



意識の中で「ゼロス」が囁いた。
思いだせ、と。
お前がロイドに夢中になって見落としてしまった「兎」を――――



恐怖で閉じていた瞳をゆっくりとあけた。塞いでいた両耳を解放した。自分はちゃんと見つけなくてはいけない。もう、現実から逃げてはだめなのだ。

膝をついたままゼロスは先ほど落とした「それ」を両手で持ちあげる。
本来あるはずの輝きは茶褐色に酸化した血で、光を失っていた。



「一体…………何に使ったんだよ…………ロイド………」













「………お前を殺すために使ったよ」



それはすべての結末を告げる判決。


ゼロスがゆっくりと時間をかけて後ろを振り替えると


ゼロスが両手に抱える剣と同じデザインをしたそれを構えたロイドが
光を失った瞳でこちらを見下ろしていた。








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