え、と俺が声をあげる前にクラトスが俺の腕を力いっぱいひいた。


「………!!」


いきなりのことだし、何しろ相手は大人だから当然のように俺はその力に負ける。 たまたま近くにあったソファに俺は投げ出されバウンドするまでの間、視界がぐるりと反転したことしかわからなかった。

「クラ、」
「黙りなさい……」


有無を言わず囁かれた甘い声に思わず息をのむ。いつのまにか俺に馬乗りになったクラトスはゆっくりとその長い指を、俺の首筋へと這わせた。

鎖骨から輪郭へ。

輪郭から目尻へ。


「クラトス、…くすぐったいって……」

「お前は可愛いな」


え、と今度は先程とは別の意味で声をあげた。 予想もしなかった彼の発言と意味不明な体制に俺が目を白黒させていると、クラトスが俺を覗き込むように顔を近付けてくる。


ぱさり、と彼の前髪が俺の額に触れた。



「あっ……」
「お前は何もわかってない。私がどれだけ迷っているか……お前の言動に、どれだけ乱されているか」
「クラトス、っ……ちょ、離れ、」

短くでた抗議の声はクラトスのその突き刺さるような視線で蓋をされる。中途半端にあいた口をつぐみ、その視線からのがれるように顔を背けた。今瞳を合わせたら、俺が俺じゃなくなる気がした。今夜初めて見た、欲情的な熱い瞳は体の奥まで俺をめちゃくちゃにしそうで。

やっぱり恐くて


―――――何かゾクゾクするんだ。




「私を見ろ、ロイド」


言葉と同時に綺麗な指が頬に触れて、俺は正面をむきざるを得なかった。恐る恐るさっきより至近距離の男を見て、そのあまりの色気に恥ずかしくて泣きそうになる。

ゆっくりとその顔が落ちてきた。

「…クラトス……」
「私のここに、触れる勇気はあるか?」


捕まれていた俺の右手が、クラトスによってちょうど彼の心臓の位置へ添えられた。切なげに訴え続ける「生」の鼓動が、指先から伝わってくる。ゆっくりと俺の意志でそこを撫でると、クラトスの瞳がふと細められた。

その瞳に映っているのは

たしかに俺だったんだ。



「俺は…………」


俺にとってこいつは。



無口で冷静でたまにムカついてそれでも強くて俺を庇ってくれて格好よくてモテモテで優しくてたまに見せる笑顔が綺麗で色っぽくていっつも何か考えてて何かを隠してて悲しい瞳をしてて背中が広くてでも時々儚くて甘えたくて頼りたくて触れたくて触れてほしくて離れたくなくて傍にいてほしくて


どうしようもなく大好きな人だった。


「俺は…………アンタが恐いんだ」
「何故」
「アンタの心が見えないからだよ」
「では………その目で確かめるといい」



今更だがクラトスの髪から香るのはシャンプーの匂いだと気付く。艶々した髪は若干湿気を含んでいて、その官能的な香りに目眩がした。額と額が重なったとき、名前を呼ぼうとした唇が、覆い被さってきた彼に無理矢理黙らされて。


その夜は、部屋の静寂がやけに痛かった。















クラトスって本当に不思議なやつなんだ。

やけに強いくせに、たまにへにゃへにゃ弱くなる。

俺に厳しいのか甘いのかよくわからない。

微笑みながら泣いているひと。
黙ったまま隠すひと。



すごく、すごく、
悲しくて弱いひとなんだ。




きっと俺は彼が死ぬまで
離されないんだろう。


俺だって死ぬまで
離してやらないけど。



「俺が、アンタに光を見せてやる」
「………そうか」
「アンタの心に、届いてみせるよ」


彼の灰色の心に、次は何色の絵の具を垂らそうか。


水色がいいかな。


できれば水が多めで、筆先からぽとりと波紋して滲んで広がればいい。



彼の心があったかい、虹色になるそのときまで。
















純愛水彩画




きっと、どこまでも
描いてゆける





▼言い訳


まなみさまにリクエストして頂いた「クラロイで設定はおまかせ」でした。
うちの王道CPですので、特に設定は弄らずシンプルにしてみましたが内容はどえりゃあ複雑ですね…………すみません……


リクエスト、ありがとうございました!!






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