「ク……クラ……ッ…どうして…」

「………さあ、どうしてだと思う?」

その淡々とした言葉と同時に、背中に触れていた熱い体温がさらに密着した。それだけじゃない。ドアノブを掴んだ俺の手の上に、クラトスの綺麗な手が添えられ、あけかけたドアを優しく閉じてしまった。



「な………ななな……」



そのときに限って俺はタンクトップ1枚だったから、クラトスの肌とか筋肉の感覚が直に伝わって恥ずかしくなった。しかも風呂上がりの体温は温かくって、それが俺を妙な気分にさせる。緊張するんだけど、恥ずかしいんだけど、何故か落ち着く胸板だった。



「…………死ぬ覚悟なんてするな…」


ややあって頭上で囁かれた言葉に、俺は目を見開く。 ドアノブにあったクラトスの手はいつのまにか俺の肩にそえられていて、ゆっくりと体を反転させられた。

必然的にクラトスと、至近距離で向かい合わせになる。

「っ……………」


とん、と音がした。


それは俺の背中がドアに当たる音だったのか、クラトスが俺の顔の横に片手をついた音だったのかはわからないし、もしかしたらそれらが同時におこった音なのかもしれない。



要するに俺は逃げ場がないまま、クラトスに迫られてるわけで。


でもそれは、愛だの恋だの、そういう雰囲気とはちょっと違ったのだ。


―――なんだろう、この気分は

なんだか少しだけ
少しだけ、泣きそうになるんだ。




「相手のために命を落とすのは、自分の後生に味わう予定だった苦しみをなすりつける行為だ。お前が神子のために死ねば……お前は満足しても、神子が罪を背負う。」
「…………うん」
「神子はお前という鎖でしばられがら生きていくことになるんだぞ」


擦れた声は優しげに言葉を紡ぎ、それでも俺を諭すような口調だった。正面からまっすぐ見つめてくる切れ長の瞳と、息遣いが聞こえるほどの距離感から、思わず目を逸らす。相変わらずばっくんばっくん言ってる俺の心臓は、抑えようとしている意志とは真逆に駆け足になっていった。



「…………だから嫌いなんだよ」



ぽつりと呟けば、クラトスの目が少し違う色を映す。


「私がか」
「そーだよ、俺はアンタが大嫌いだ 」
「……そうか」


「…アンタが、俺のこと何でもわかってんのが悔しいんだよ」



若干拗ねた子供のような声色になっので後悔する。 珍しく目を丸くしたクラトスをじっと見上げて、その顔にかかった前髪に手を伸ばしてしまった。

彼の顔が、素直に見たいと思った。


「アンタ綺麗だよな」

「……………」


「すごく、綺麗だ」


赤みのかかった鷲色のそれに触れると思ったよりふんわりしていて、毛先が柔らかい。払った前髪の向こう側からまるで「造られた」かのような完璧な容貌が覗いて、俺が少しだけ口を緩めると、彼の切れ長の瞳がすっと細められた。



「アンタは俺のこと何でもわかってくれるけど、俺はアンタのこと何もわからない」

その瞳が何を見て、何を映し、何を与えるのかもわからない。彼が考えることはおろか、その過去でさえ知らない。彼が愛しいと思うもの、護りたいもの、怒りを覚えるもの、そして

たまに俺に見せるあの悲しそうな笑みの理由さえも。



人間にとって一番の恐怖は「無知」だ。

それを最近は本気で感じてる。
クラトスに弱みを握られてるとしか思えなかった。だから無性に怖かった。自分の懐を隠しながら、俺に踏み込んでくるクラトスに少なからずとも怯えたと同時に、これはクラトスだから許せることなんだろうな、と思った。




「…知らない方がいいことだってあるぞ」


クラトスの髪をいじっていた俺の右腕が、彼に捕まれる。手首に絡む長い指は優しく俺を拘束したまま、その体が近づいてきた。


「きっとお前は、知ったら後悔する」



その「後悔」が、本質を知ったことに対することなのか、それとも巡り会ったことに対することなのかはよくわからなかった。たぶんどっちでも構わないんだろう。とりあえずクラトスは言いたくないのだ。

それは俺が嫌いなわけじゃなくて
近付くとろくなことがない人間だからよせ、ということを言っているのだ。



「………もしかしたらアンタに弱み何てないのかもな」


小さく溜息をついた。

別に嫌味を言ったわけじゃない。
ただ本当にそう思ったからだ。
普段から底知れぬ強さを持つ彼が、何かに怯える姿など想像できない。

たとえそれが、目に見えない弱さだとしても。



「…………そろそろ気付いてると思ってたのだがな」
「何が?」
「私の弱み、だ」





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