生きている、を叫んでいるのだと思う。



痛みを感じることは「生きている者」の権利でもあるのだから。




「だからこのエクスフィアは私が生きた証。私が痛みを感じて、苦しんで、泣いて、泣いて、足掻いた証」



その滑らかな表面を人差し指で撫でれば、いつでも落ち着ける。たとえこれが私に「寄生」しているのだとしても「共生」していることに変わりはない。力加減のバランスが違うだけで、私とエクスフィアは共に生きる命なのだ。



「…私が消えたとしてもこの子が思いを継いでくれる。
だからいいの。私は…………」
「やめろ………」
「え?」


「そういうことを、平気で口にするな!!!」


彼が怒声をあげた。





一瞬、何がどうなっているのかわからず私は目をまるくして固まった。


目の前にあるのは普段もの静かな彼が、私を鋭く睨んでいる顔。

ただそこにあるのは嫌悪ではなく――――


「……生きた証だと?ふざけるな!!それはお前の命を奪っているんだぞ!!それなのにお前はよくのうのうとそんな綺麗ごとが言えるな……!!」


彼の瞳に映っていたのは怒りなんかよりも深い深い


命の息吹。


ああ私は…この人の
こういうところが
好きになったんだっけ。


「その忌々しいエクスフィアによって死んだものの気持ちを考えてみろ!いいか、お前はそれに食われているんだぞ!」
「クラトス………」
「『思いを継いでくれる』なんて言うな……生きた証なんて言うな……それではまるで………」





これから死ぬみたいではないか、と彼が言おうとして止めたのが空気でわかった。出かけた言葉を飲み込んでゆっくり口を閉じ、そして黙り込む。多分口にすることを恐れたんだと思う。だって死ぬのは事実だし。


俯いた彼の表情に私は思わず心を揺らし、そして言葉を選びながらそっと呟いた。



「………ごめんなさい」
「……いや、私が偉そうに言えることではないな。すまなかった。大声を出してしまって」



いいよ、と言う変わりに私は小さく頷いた。静寂が周りを包み込み、そして風の心地だけが頬を通り抜ける。だいぶ暗くなってしまった空は、ただ何も語ることはなく私達を見下ろしていた。

甘い、その色で。



「………どうして…」
「ん?」
「どうして、私の大切なものを取り上げようとするんだ………」


私に向けての言葉ではないことはすぐにわかった。



「クラトス?」
「故郷をなくして…マーテルもなくして………あの頃のミトスも失ってもまだ、私から何か奪おうとするのか」
「ちょっと……大丈夫…?」

私の声が届いていない。

聞き覚えのない名前が彼の口からでたのもあるが、それよりもいつもの彼じゃないことが私を混乱させた。

震えるその両手で痛いほどに私を抱き締めて、肩に顔を埋めている。だからその表情は見れなかったけれど、どんなカオをしているかは何となく予想できた。

いったい彼は誰に
何を叫んでいるのだろう。


「いや…私が………悪いのだ……私が……もっと強ければ、何も失わなかった」
「……え?」
「あと何度苦しめばいい。あと何度失えば私は―――許される?もう私は何もなくしたくない、アンナ、私は――」









もう、お前をはなせないんだ。







「クラ、トス………」



耳元で囁かれた
熱烈で悲しい言葉。


初めてみた彼の「過去」に、呼吸を忘れてしまうほど圧倒され、そして空っぽの頭の中で必死に考えていた。ぐるぐる、と。

これが彼の影。


剣を構え、常に前を向き、正しいと思うことだけ真っ当する正義のヒーローが――――後ろを振り返った瞬間だった。



「私が………いなければこんなことにはならなかったかもな……」
「っ…!?」
「私が………最初からいなければ………」






その言葉を聞いた瞬間、私の体中に電撃が走る。

いつかの自分を、彼を通して見た。

私達は過去で―――繋がっていたのだ。



彼の言葉が頭のなかでエコーする。
沈みきった太陽は何も照らさない。
私達に、光をあてない。

後ろを振り返っても悲しい過去しかない私達に、明るい未来なんてあるのか。


「…………………」


掴んだと思っていた道は簡単に、手からすり抜けていく。思わず、彼の手を黙って握った。とにかく何かと繋がっていたかった。


その瞬間、繋いだ手の甲に熱い滴が落ちて、はっとする。重力にまかせ、地面へと滴が伝い、涙の跡が皮膚を優しく刺激した。


「………っ…くら…とす…貴方………」



空いている手で、必死に彼を抱き締めた。弱い、弱いその体を一生懸命さすっては、温さをわけるように体を密着させる。彼の頬に頬をすり寄せれば、私の頬にも彼の滴がつたった。残酷なほど温かなそれに、私まで泣きそうになったけどなんとかそれを必死でこらえる。


――――ただ、

必死で嗚咽をこらえ、俯く泣き虫な彼が




どうしようもなく


愛しかった。













過去と未来の重い鎖



前を見れば不安になるし

後ろを見れば自分を見失う。


過去も未来も
結局は1本の鎖。


首を締めるか、
人を繋ぐか………







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