「ねえ、」
「何だ」
「こーーーんな広い世界にいるこーーーーーんなたくさんの人の中から、私を選んでくれてありがとう」
「………ああ」
「あと、見つけてくれてありがとう」
「ああ」
「生きててよかった」



そう言うと一瞬彼が動きを止めた。


数秒後、視線を私から外して居心地が悪そうに四方八方きょろきょろと瞳を動かす。たぶん照れてるんだろうけど、らしくなくないな……どことなく顔も赤いし。


それはそれで面白いのだが、目を逸らされてはこまるので私は彼の両頬を両手で掴んで、逃げれないようにした。

「コラ、人が話してる最中に余所見すんな」
「………いや、…そういうわけでは……」


戸惑いにかすかに揺れる瞳を私はじっと見上げたあと、彼の腰に腕をまわして思いっ切り抱き付いた。

耳を胸板に当てて静かに瞳を閉じれば、さっきより少し速足になった心臓の音が聞こえる。


「………アンナ?」
「えへ、…ぎゅーーー……」
「…………お前な……」


頭上から飽きれたように溜め息が聞こえて、私はまた吹出しそうになった。まだまだ解放なんてしてやらない。今まで私を散々振り回したのだから、この人は私の2倍振り回さればいいのだ。

優しいその手の平が、私の髪を撫でたとき、私は再度見上げて彼に笑う。


「もう決めた」
「何を」
「…………私は、あなたのすべてを、許します」


彼の瞳が大きく見開かれる。



「そりゃまあたしかに、貴女は私の敵だったわけだけど。出会ったあの日から私はたぶん―――」


惹かれていた、とは言わなかった。
たぶんそれはわかっているだろうし
クラトスもそうだろうから。




「何か似てる気がした。重いものを背負ってるのに、平気なフリするところとかね」
「………まあな」
「だから貴方の気持ちがわかる。自分の中に他人が侵入してくる感覚って、――私も怖いから」


だから最初こそは私も抵抗した。
彼の優しさは嬉しかったけど、同時に恐ろしかったのだ。



このまま彼の愛に溺れて、死にそうで。



「だから、私は貴方を許す。過去の罪だか間違いだかは知らないけど――関係ないわよ。私は貴方の痛みもぜんぶ受け止める。私の痛みと半分にできるくらい……貴方を信じるから」



ひねくれ者だからなかなか素直になれないけど。
すぐに強がってしまうけど。

それはクラトスも同じだった。
私達は表情を偽るのがあまりにも上手すぎたのだ。



理解するふりをして
背中合わせだったように。




「後悔しても知らないぞ」

彼の優しい声が少し震えていた。ゆっくりと大きな腕が私を包んで、体が密着する。少しだけ恥ずかしくて、顔を赤くして瞼をふせたが、暖かなその髪が私の頬にあたってさらに体温があがった。

ああこの人は。


なんて弱い人なんだろう。



「…………後悔なんてするわけないじゃない」


耳元で囁けば彼は返事をしなかった。何が不安なんだろうか。

不確かな愛がここにあることが

私にとっては一番
信じている理由なのに。



「だあいすき」



悲しいくらいに純粋な告白だと自分でも思った。

だから恥ずかしくて笑おうとした。

その瞬間。



「っ……………!!?」



「………アンナ…!?どうした、!?」


意識の遠くで彼が私に呼び掛ける。
必死に息を吐きながら、空ろな目で彼を見上げれば珍しく相当焦った顔が見れた。全くどんだけ心配性なのよ…………そう思ったが口にしようとすると喉に詰まって、唾を飲み込む。


あまりの胸の激痛に、声が出ないのだ。


彼に手振りで「大丈夫」と伝えている間も、額から汗が止まらなかった。
眩いほどのエクスフィアの光が、その原因を嫌というほど主張していたが、相変わらずその痛みも光もおさまらない。


「っふ……あ………」



視界がぼやけては鮮明になり、涙でにじんでは揺れる。平均感覚がないほどのピークを迎えたとき、すっと驚くほどいきなり痛みが消えた。



「……………はあぁ」
「…大丈夫か、!?」



脱力して地面に膝をつく。
クラトスも急いでひざをついて私の肩を支えてくれた。
心配そうに私をのぞき込むその瞳に苦笑しながら私は自分の胸のエクスフィアに手をあてる。


「あはは……見苦しいとこ見せたわね。これをつけられたときから時々こういうのがあるのよ。それも最近になって酷くなった」
「……………」
「…………終わりが、近付いているから」


ぽつりと呟いて、私は遠くの西日をぼんやりと眺めた。今日も当たり前のように日が沈み、明日は東から太陽が登る。何度も何度も繰り返されたその世界の運動は私の―――関係ないところで勝手に行われる。私を置き去りにして、勝手に。


でもそれは涙が出そうなほど

美しい風景だから厄介なのだ。



「この子の仕事は私の命を吸うこと。そして次の人へ、力を運ぶこと。この子はずっと一生懸命私の命を吸い上げているの。何年も、何年も、あの太陽が沈んだり、登ったりしてるようにね」








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