コップの中の冷たい水を飲んで、口を拭った。



あまりの暑さに水分をとっても体は涼みそうにない。
それにしても暑い。
今年の夏はいつもより暑くなるのかもな。


ぼーっと突っ立ってたら急にやってきた背中の温度に俺は目をまるくした。一瞬体がこわ張ったけど、まわってきた腕を見て思わず呆れて溜息をつく。ついでに右端の視界にうつった眩しいくらいの紅色もしっかり確認して。


「…………ゼロス」
「んあー」
「暑いんだけど」
「んおー」
「暑いのにひっつかれるとさらに暑いんだけど」
「んうー」



離れるどころかきゅうっと抱き締める力を強くしたコイツに、俺はもう一度溜息をつく。俺の肩に顎をのせ、後ろからひょっこり顔を伺ってくるムカつく美男子は、嬉しそうにふにゃりと頬を緩めては俺にしがみついてきた。こいつの笑顔って無駄に可愛いんだよなあ。

「ロイドくん、抱き心地最高っ!マジで落ち着くっ」
「……それ褒められてんのか…?」
「褒めてんの!」


男としては複雑な思いで、俺はゼロスの「褒め言葉」を受けとめた。顔をゆっくり右へ向けると、澄んだ水色の瞳と至近距離で視線が絡む。こんなに綺麗な瞳だけど、今までゼロスが見てきたものは汚いモノの方が多かった。策略、陰謀、空っぽの笑顔や、向けられた大人の嘲笑。ゼロスのその無垢な瞳を見る限り、そんなものは連想させない。だけどその過去は事実だし、今更何も変わらない。だからたまに、本当にたまにだけど、ゼロスが怖くなるときがあるんだ。

どこまでが本音で
どこまでがタテマエなのか。
ゼロスの心は一度見失ってしまえばきっとわからなくなるし、手にとって握り締めることも叶わない。
コイツなら真実を、上手に隠してしまうだろうから。


「…ロイドくん?」


まじまじと見つめてくる俺の名前を、ゼロスは不思議そうに呼んだ。そういえばコイツって、今まで俺の名前何回呼んだんだろ。最初のうちはハニーとか言ってたから……案外少ないよな?


とかなんとか思いながら俺はゼロスの髪に指を突っ込んで、適当にくしゃくしゃ撫でてみる。あ、シャンプー変えたのかな。すっげえ林檎みたいな匂いする。


「ロイ、」





って言い終わる前に、軽く音をたててキスしてやれば、今度こそゼロスが赤くなって黙りこんでしまった。ああ可愛い。本気で可愛い。


「ゼロス」


俺、生きてる間にあと何回こいつの名前呼べるのかなあ。

あと何回、好きって言えるんだろ。


あと何回………



「ゼロス」



光まで透き通りそうな水色の瞳に向かって、俺は小さく呟いた。こつりと額に額を重ねれば、ゼロスがくすぐったそうに小さく笑う。無邪気に、ただ純粋に細められるこの瞳を俺は何度も見てきたし、その奥にある真実も受け入れてきた。そりゃ目を逸したり気付かないフリしちまった時もあったけど。それでも、やっぱりコイツじゃなきゃ駄目なんだ。ゼロスがいないと絶対俺、生きていけない。ゼロスがいない世界は、世界じゃ、ない。

「だーいすき、ロイドくん」
「知ってる」


そう言って、今度はちゃんとキスをした。
キスの直前、唇と唇の距離が2センチのときのゼロスの顔が、実はかなり好きだったりする。おかしいな。目を閉じてる顔なら、寝顔だって見てるのに。でもやっぱ、キスしたあとの照れ笑いが一番好きだ。
とゆうか、ゼロスなら全部好きだ。……て、こんな話はぶっちゃけどうでもいいんだ。いや、どうでもいいは誤解されるな。うん。どうでもいいじゃなくて、そんなの当たり前のことで、また今度話せばいいことなんだよな。


…………。

コイツが見てきたのは汚いものばっかだけど、俺が見てきたものが綺麗なモノばっかだったわけでもない。
俺だって人間だし。



だから俺は俺らしく、
お前のこと見つめようと思うんだ。
俺にはわからない弱さとか過去とか、きっとお前はいっぱいあるのに、ひた隠しにしてること、ちゃんと知ってる。だからきっと「本当」の中の「本当」は、お前しか知らないんだろうけど。



いや、…だから。



「あいしてる」


………んだ。

お前のこと。

どーーーーーーしようもないっくらい
あいしてるんだ。


なあ、気付いてるか?

ゼロス。




「もーロイドくん、どうしたんだよ。
何か今日やけに口説いてくんじゃん」
「別に?気分だよ、きぶん」


本当はいつも思ってるんだけど。
ただ恥ずかしくて言えないだけなんだ。
ああ本当俺って駄目なやつだな……………




…………うん。
まあそういうことで。



最後の最期まで
俺はお前の名前を呼ぶよ。

いつかお前のすべてを
知っちゃったとしても。


お前の空色の瞳の奥にある
小さくて大きい「嘘」と「過去」も。
俺は全部受け止めてみせる。



ああ…………
だんだん眠くなってきた。

「ゼロ…………」






だけどさ、しょーがねえよ。








この世界は俺達を受け入れてくれないんだ。


男同士だから。

そんな理由で迫害されてきたから。



もういっそ、生まれ変わってしまいたかった。



「…………ゼロ、ス」


タイムリミットまであともう少しなのに、
俺もゼロスも笑ってた。
でも泣いてた。




机の上にある空になったコップと
空になったビンを
なんとなくみつめる。
さっきまであのビンには蓋いっぱいまで錠剤が入ってたんだけど。
飲もうと思えば人間って結構な量の薬、飲めるんだな。




ゼロスの頭がぽすりと肩にあたる。あ、もう寝たのかな。


「ろいど、」



ごめん。


そう、ゼロスは笑いながら呟いて俺に全体重を預けてきた。 別に謝らなくてたっていいのに。そりゃゼロスと俺とでは育ちが違うんだ。同じ量を飲めば、華奢なゼロスのほうが効き目は早い。むしろ俺的にはそれがありがたかった。だって最後に、ゼロスが一人だと可哀相だろ?


今までずっと一人だったんだ。

だから約束した。
もう絶対一人にしない、って。



まだ温いその体を抱き締めて、俺はソファーに半端倒れ混むように座った。ゼロスの紅い、赤い髪が俺の体の上で乱れるように広がる。一束すくいとって唇を寄せれば、やっぱり林檎の香りがした。


「ゼロス………」


好きだ。

好きだ好きだ好きだ


好きだ

本当に本当に
好きだった


好きだったよ




何でもっと違う形で
出会えなかったんだろうな。

こんなに愛してたのに。
何でこんなことしか
できなかったんだろう。


俺は世界を救ったけど

本当に大事なものは救えなかったのかな。


守るどころか。




「ゼロス……」



ああ、これで多分最後の1回だ。


徐々に視界がかすんでいくと同時に
何故か心は穏やかだった。

やっと終わった。
やっと解放される。

よくわかんねえな。
俺ってそんな疲れてたか?

ゼロスを愛することに
疲れてたのか?



もしそうだとしたら。


次はもっと純粋に
君を優しく愛せますように。
















さよなら。






青空症候群


(空色のその瞳に
きっと俺は
狂ってしまったんだ)



.




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -