「思うんだけどさ」


宿屋のベッドに胡座をかいてすわるロイドは、ぽつりと呟いた。それまでお互い黙っていた二人の間に気まずい空気はない。開けっ放しの窓から入りこむ風に鷲色の髪を揺らしながらクラトスも顔をあげた。仏頂面の彼からは「興味」という感情は読み取れなかったが、さり気なく読んでいた本を閉じた仕草をロイドは見逃さなかった。ちゃんと見ていないとわからない彼の優しさにロイドは頬を緩めて、自分も剣の手入れをしていた手をとめる。



「何だ」




形のいい唇が緩やかに動き、低いトーンが空気を震わした。
こんなふうにクラトスは稀に優しい声をだすことがある。抑揚のない普段の喋り方とは少しだけ違う、まるで何かを汲み取るような―――そんな声だ。それのほとんどがロイドが相手のときだったりするのだがクラトス本人はきっとそれに気付いていない。


ロイドはその鋭い瞳をじっと見据えて、ごく自然に呟いた。




「俺のこと、好き?」










「は?」



3秒ほどたってからクラトスの反応が聞こえた。漠然とした問いに戸惑っている彼の表情は、少しだけ焦っているようにも見えた。相手が相手なだけにクラトスはただ呆然とするばかり。


「あ、別に変な意味でじゃないぜ。人間として好きか…って話だ」
「そんなことはわかっている。しかし」


何故今なのだ、と続けようとした言葉をクラトスは止めた。中途半端にあいた口をつぐみ、自分を真直ぐ見つめてくるロイドの大きな瞳に視線をかえす。


その時の少年には、珍しく表情がなかった。




「自惚れてるわけじゃねえけど、アンタが俺を気にかけてくれる自覚はあるぜ。でもそれは………俺の側面の話だろ?」
「………………」
「明るくて、ポジティブで、何も考えてなさそうな馬鹿な俺を、みんなは『好きだ』って言うんだろ」


何となくロイドが言わんとしていることが読めて、クラトスはゆっくり目を伏せた。長い睫毛の影が、その頬へ影を落とす。何かを逡巡している表情はいつもの仏頂面とは違う魅力を持っているのだが、それこそ余裕がないことの現れだった。



質問が難しいからではない。
相手がロイドだからこそだ。




「……俺、やっぱ馬鹿かな」



少年の声がくぐもる。
クラトスが顔をあげるとその視線の先には、ベッドに小さく足を折り畳んで座るロイドがいた。両腕を膝にのせ、顔を伏せているその姿はきっとクラトスにしか見せないロイドの悲しみ。



『俺はみんなが思ってるほど強くない』



そう、かつてのロイドは泣きながら言った。
クラトスにだけ、胸に隠していた想いを打ち明けた。


『みんなは強い俺が好きだから。いつも笑ってる俺が好きだから。……もうみんなの前で泣けない。誰も本当の俺なんて知らない………コレットもジーニアスも先生も知らない。…脳天気が悩んで泣いたりしちゃおかしいか?俺だって……人間なのに…………』


「ロイド」


クラトスが優しく名前を呼んだが少年は顔をあげようとしない。
小さく溜息をついた彼は静かに席をたち、ロイドが座りこんでいるベッドへと腰掛けた。


「ロイド」


次はなるべく顔を近付けて囁いてやる。
細い指で茶髪の前髪を掻き分け、額に人差し指を滑らせればやっとロイドが顔をあげた。


不安そうに見上げるそれこそ、ロイドの素顔。



「あの…俺……」
「何も言わなくていい」


制止したのは半分の優しさと、半分の恐怖。

いろいろな事情があるクラトスは、ロイドの心の奥に触れることに対して喜びを感じ、同時に恐れた。それはかつての弟子や――最愛の女性と全く関係のない話と言えば嘘になる。


いつも笑っている人間は
いつも一人で泣いているのだと
かつての経験で知っているからこそ怖いのだ。



「ごめんなクラトス」
「気にするな」


首に周ってきた細い腕は残酷なほど優しく、温かい。
胸に感じる少年の温度に目眩を感じながら、クラトスはその華奢な背中をゆっくり抱き締めた。
二刀流を使っているわりに小柄な彼は、簡単にクラトスの腕へと収まる。懐かしい香りのする茶髪頭に長い指を絡め、``子供をあやすように``ゆっくりと撫でた。



「なあ、俺のことすき?」

か細く聞こえてきた声に苦笑しながら、クラトスは『ロイドが望む答え』を耳元で囁く。
とたんに赤くなる少年の頬に少しだけ安堵して背中をポンポンと叩いた。


「………なあ、肩貸してくれるか」
「ああ」



――すべて受け止めてやる。

その一言にロイドは一瞬言葉を詰まらせたあと、小さく笑ったような気がした。その笑顔だけはホンモノであると信じたいと思った。



みんなはロイドを「強い」と言う。「脳天気」「ポジティブ」「馬鹿」、頷く人々は沢山いる。
はたしてそれが本当なのかわからない癖に、わかった風に『ロイド』を語る。





他人に人格を縛られた彼が壊れてしまうまでに、彼はあと何回泣けばよいのか。

答えはもちろん誰も知らなかった。









笑顔の人は大抵嘘つき







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