「夢…………?」



考えもしなかったことに、ゼロスは目をまるくした。しばらく目の前の少女も黙りこみ、音も立てぬほどそっとゼロスの隣りへと座る。台所のほうからロイドの適当な、それでもなかなか上手い鼻歌と食器をかちゃかちゃと動かす音が聞こえてきた。ちなみにこのソファは台所を背に置かれているので、先程の二人の密着した光景はロイドには見られていない。初対面の男女がいきなりソファの上で何やら怪しい会話をしていれば、ロイドは呑気にお茶を入れている場合ではないだろう。それが、誰に対しての嫉妬なのかは本人にしかわからないが。



「じょ…………じょ、冗談だろ、コレットちゃん。こんな複雑な設定の夢見れるほど、俺の頭はよく出来てねえって」


無理矢理笑いをつくって言ってもコレットは少しも笑いはしない。相変わらず悲しげな瞳をゼロスへと向けているだけだ。瞼を伏せ僅かに逡巡したあと、白く細い腕を自らの膝の上に行儀よく乗せて彼女は正面を向いた。


「テセアラの貴方は、」



形の綺麗な唇がわずかに動く。
まるで小麦畑の光を反射したように光り輝く長い髪の向こう側には、きめ細かい肌が見えた。哀愁漂うその表情から彼女はこれから本当に真剣な話をするのだろう。だがゼロスは不謹慎にも、人形を思わせるその横顔に息を飲んだ。



「すごく、すごくさみしがり屋の兎さんだったの」
「へ?」
「兎さんは、飼い主様が欲しかった。永久に、自分だけにずっとずっとずっと愛情を注ぎこんでくれる飼い主様が」


ゼロスは少女が例え話をしていることに気付いた。それはけしてゼロスが本当に兎なのではなく、兎のような―――いわゆる面倒臭い人間だったということを表しているのだと。自分が猟奇的なほど愛されることを求めていたのは、彼女の表情や震える声色から痛いほどよくわかった。


「気付いてゼロス。似たような人が、ちゃんと近くにいる」
「……兎、が?」
「そう。貴方に必要なのは飼い主様なんかじゃない。同じ様にさみしさに震えている人が近くいたのに、テセアラの貴方は気付かなかった」
「いったい誰なんだそれは」


反射的に口から飛び出たゼロスの問いに少女は僅かに表情を固めた。ゆっくりと細い首がゼロスへと向き、大きな瞳が彼を捕らえる。いったい彼女の瞳の奥は何色をしているのだろう。何故だか無償に、ゼロスはその表情の向こう側に興味が沸いた。


「兎さんは――――」







「二人ともー、お茶持ってきたぜ!」



部屋の空気が一気に明るいオレンジ色へと変わった。はっとした二人が顔をあげれば、いつのまにか台所から出てきたロイドが両手でトレーを持って立っていた。二人同時にぎょっとした顔をしたせいか、彼は少し目をまるくして小首を傾げる。硬そうな質の髪がふわりと揺れた。


「どうしたんだよ二人して………俺、なんかしたか?」



正直ゼロスはかなり驚いていた。普通…台所から人が出てきたら何らかの音がするはずだ。加えてロイドが持っているトレーの上には、鮮やかな花模様のティーカップ(母親の趣味か?)が三つ並んでおりコレットが買って来た菓子まで置いてある。実際ロイドがそれをテーブルにゆっくり置いても、かちゃかちゃと音がした。



(まさか………なあ)



ロイドに限ってそんなことはない。ゼロスは一瞬脳裏をかすめた予想をすぐさまふり払った。なにしろこの少年は根っからの正直者なのだ。自分が悪いときは素直にあやまれるし、けして卑怯な真似はしない。まだ会ってから一時間しかたっていないのにゼロスはそれを確信していた。


「ほら二人とも食おうぜ!じゃねーと俺が食っちまうぞ!」


へらへら笑うロイドにほっとしたゼロスは「おう」と短く返事をしてティーカップに手を伸ばした。大丈夫、何も聞かれていない。ゆっくり唇をつければ甘い香りが鼻孔をくすぐった。



「あ、私はもう帰るよ」


隣りにいた少女が立ち上がる。突然の行動にゼロスが彼女を見たが、あいにく彼女はそのときゼロスの瞳を見ていなかった。


「え、もう帰るのか?」
「うん。帰るっていうか……今日は部活あるから。もともとお菓子を届けに寄っただけなの」


玄関まで見送りをしようと立ち上がったロイドを優しく手で制し彼女は笑った。お邪魔しました、と冗談めかして丁寧に頭を下げるコレットにロイドはけらけらと笑う。そして最後にゼロスを振り返った。


「またね」



太陽の光を集めたような笑顔に、明るいソプラノトーンの声がよく似合っている。似合っているのに。瞳が何だか、アンバランスに目立った。


縋っているように、困ったように何かを必死に伝えようとするその瞳。ロイドには見えない角度からコレットの唇が僅かに動き、声にならない言葉が紡がれた。








『     』







少女は何事もなかったかのように笑顔で立ち去る。あの可愛らしい唇から囁かれた言葉にゼロスは呆然と彼女の小さな後ろ姿を見ていた。リビングを出る間際、もう一度ロイドとゼロスに手を振り彼女は廊下へと消えたが、当のゼロスはそれを無言で見送ったあと脱力した。彼女が座っていた隣りからは微かに花の香りがしても、それに気をとられるほどゼロスに余裕はなかった。



「……………」
「どうしたゼロス?」
「あ、いや、何でもない」



一瞬空(くう)を見つめたゼロスに、菓子を頬張る少年は不思議そうな声を出した。林檎色の髪が首を横にふったせいで、あたふたと揺れる。それでも頭の中は先程の少女の言葉の真意を探すことでいっぱいいっぱいだった。


じ、と水色の双方でロイドを見つめる。


それでも。手元のティーカップの向こう側で無邪気に笑う彼に、ゼロスは何かを恐れていた。自然と上目になった視線をゼロスは僅かに伏せて、こくりと喉を潤す。口内を優しく犯す甘い風味が、彼を惑わしているようにも思えた。できればそんなこと思いたくない。笑うたびに細められるその瞳を信じたい。囁いた少女の声をゼロスの本能は拒んだ。この本能がはたして過去から受け継いだものなのかはわからないが。




「………コレットちゃんもっといればよかったのに」
「そうだなあ。結構急いで帰ったもんな、あいつ」




気をつけて、と彼女は別れ際に言った。それが「誰」に対して気をつけるべきなのか、薄々わかっている自分自身にゼロスは嫌悪を覚えた。そんな気分を物色するために何気なくコレットの話題を出したのだが、やはり少年は先程のゼロスとコレットの秘密の会話には何も気付いていないらしく、至極普通の声音で返事をする。




「あいつ、土日は部活ないはずなんだけどな。」




廊下へと繋がるドアをロイドは見つめたが、当然そこにコレットはもういない。


見つめたロイドのその瞳からは、感情がよみとれそうになかった。











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