ぱちり、と彼が瞳を開けるとまず最初に天井が見えた。今まで停止していた脳をフル回転させ、とりあえず今自分は小さな部屋の床に仰向けで倒れていることを把握する。視線をするすると下ろせば、天井を向いている自分の爪先が見えた。当たりは少し暗かったが、窓のカーテンから差し込む微かな光が彼の足元を照らしたのだ。

「よっと」


体を起こすと布が床を擦る音がした。桃色の無駄に裾の長いその服は、だらしなく皺をよせて床に横たわっている。彼はそれを一瞥するが、特に気にしたふうもなく胡座をかき、くしゃくしゃと髪をかきながら当たりを見回した。


(………何処だ、ここ)


全くこの部屋には見覚えがない。それどころか自分が何故ここにいるのかもさっぱりわからない。

小さな部屋には机が一つと本棚やタンスなど、どれも生活感がにじみ出ている。あたりに散乱するのは何かのメモだったり雑誌なり文房具で、お世辞にも綺麗な部屋とは言えなかった。机の上にも相当な量の冊子が置いてあり、ページの端が折れているのに無理矢理その上から雑誌を置いてあったりして、部屋の主がどんな性格なのかが簡単にわかった。


(……誘拐でもされたのかねえ、俺サマ)


テセアラの神子を恨み、妬み、また利用しようとする者は少なくない。しかし今回の組織は文化がテセアラと違うようだ。現にこの部屋には理解できない家具(…だと思われるもの)がかなりあった。


まず一番最初に目に入ったのは本棚。ところせましと並べられた本達はどれも派手な色の背表紙ばかり。彼が見たこともない本がほとんどで、少しの興味から見てみようと彼はゆっくり立ちが上がった。そろそろと本棚に歩みより暗闇の中で手を動かせば、少し分厚めの本がごとんと棚の中で倒れる。予想以上の大きめの音に彼が若干体を強張らせると、



「う………ううん……」



自分意外の声が聞こえた。


「…………っ!」


緊張の糸をぴん、と張り息をひそめて声のもとを探る。いつでも戦闘に入れる癖がついている彼は目線をあげたまま腰にそろそろと手を伸ばした。ベルトのひやりとした表面を指先でなぞり、無機質な剣の柄の形を手の平で確認する。何も考えずに戦闘体制に入った彼だったが、ふと剣を没収されていないのに気付き純粋に驚いた。同時に誘拐しておいて抵抗の術を残しておくなんて相当の馬鹿だな、と心で呟く。それかわざと獲物に抵抗させて、ねじ伏せるのが好きなサディストだ。


彼から1mほど先にあるベッドがもぞもぞと揺れる。どうやらシーツの内側に誰かいるらしい。彼は息を飲んで成り行きを見つめた。たらり、と額から汗が流れ鎖骨を通過するのを肌で感じる。せめて相手側の正体が割れていたら対応の仕様があるが、不明である以上、下手に手をだせない。鬼が出るか蛇が出るか。そんなの知ったことではないが、とりあえず早く自宅に帰りたかった。


「……うー…眠い………」


ベッドの中の人物が呟き、ぴくりと彼は反応する。すると、ゆっくりと寝返りをうった衝撃でベッドの上から何かがぺたん、と落ちた。


「…………?」



長方形の、赤いソレ。つるりとしたその表面に、もうひとつ小さな長方形の画面があり英数字が並んでいる。どうやら何かの機械らしいが、こんなもの彼は生まれて初めて見た。恐る恐るそれを手にとり、無機質なその画面を見つめる。


8/1 AM7:00 Sunday。


「……夏?」


はて、夏だっただろうか。はっきり記憶にないが、自分はたしかにどこかで雪が降っているのを見ていた気がするのだ。もしかしたらただの夢かもしれないけど。



「う…〜……携帯……携帯……あれ……?」


布団の中の何者かが呟きながら大きく動き、シーツから顔を出した。思わず彼はぎょっと、得体のしれない敵へと振り向く。手元から機械がするりと抜け床に大きな音をたてて、落ちた。





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