ああ、うっとおしい。


思わず口から出そうになった言葉にロイドは自分でも驚いた。17年間生きていて本気でそんなふうに人とのコミュニケーションを面倒に思ったことはない。まさか己が、ましてや何の罪のない街の女性達にたいしてこんな感情を抱くとは思わなかった。



「本当にちょっとでいいんですのよ。ねえ………私達とお茶しません?」


上目使いでロイドの「連れの男」を見上げる若い女性は、媚びるように首を傾げた。年は20代前半というところか。同じくらいの年齢の女性が後ろにも二人いた。女性達は興味津々に熱っぽい視線をロイドと「連れの男」に向けてくる。綺麗に結われた髪を風に揺らしながら妖艶に微笑むその姿は娼婦を思わせるほど美しく、それがまたロイドをイラつかせた。何故だかは、よくわからない。ちなみにロイドは女性が「連れの男」―――つまりはクラトスにしか狙いを定めていないことに、始めから気付いていた。しかし、それはいつものことなのでそれほど気にしてはいない。世界再生の旅を始めてから同じ状況になったことは何度もあるし、むしろこれだけの美青年と連立って歩けば必然的に女性に囲まれることは自らの経験で熟知していた。


「だから私はこれから用事があって……」

なんとか女性を巻こうとあれこれ言葉を並べるクラトスを見上げて、隣りでロイドは溜息をついた。こうなることは覚悟していたが、さすがにこう何回も女性が寄ってくると飽き性のロイドは疲れてきた。


「ええ、そんなこと言わないでくださいよ。まだ日中ですのよ?時間はたくさんあるじゃないですか」


ああ、うっとおしい。


再度心で呟き、ロイドは軽く女性を睨んだ。もちろん相手の女性はクラトスしか見ていないためロイドの冷たい視線には気付かない。その隣りにいる女性も完全にクラトスの外見を気に入ったようで、彼は見事に二人がかりで迫られている。クラトスは見た目よりずっと温厚なため、相手が女子供などの弱い存在であると余計にないがしろにできないのだろう。
モテすぎるのも大変なんだろうな、とロイドは内心この傭兵に同情した。

さて蚊帳の外に追い出されたロイドがぼんやりと街にある大時計を確認していると、クラトスを口説いている二人の後ろにいたショートカットの女性と目があった。まさか自分が見られているとは思わなかったロイドは、目を逸らす余裕もなく女性を見つめかえしてしまう。どうやら彼女は仲間がクラトスに夢中になっているのをよそに始めからずっとロイドを見ていたらしかった。


「坊や、何歳?」
「え………じゅ、17だけど」

形の整った桃色の唇が動き、鈴のような凜とした声でロイドに問い掛けてくる。話しかけられたことに内心びっくりの彼は顔にも驚きが出たのだろう、ショートカットの女性はくすくすと楽しげに笑い、ロイドへと近寄ってきた。他の二人より随分上品で控え目に見える彼女は柔らかな微笑みを見せ、そしてロイドの頭を撫でた。


「もしかしてお母さん似なのかしら?」
「え?」
「年の割りには随分可愛らしいお顔をしているから」


にこにこと笑う彼女に思わずロイドは頬を染めた。別に彼は男なので可愛いと言われても嬉しくないのだが、相手が美人なだけに褒められると無駄に照れる。頭を撫で続ける彼女に戸惑いながら、どうしようかと視線を泳がせていると。




「すまない。今日は弟の誕生日プレゼントを選ばなくてはいけないのだ。失礼する」



クラトスは、さりげなくロイドを自分の後ろに隠した。少々強引に、ロイドとショートカットの女性の間に割り込んだため、女性達は目をまるくしていた。もちろんロイドとてそうだ。普段なら女性には柔らかな物腰で接するのに、今のは(多少だが)いつもより乱暴できっぱりと彼女達を拒絶した。その事実に呆然とロイドがクラトスの背中を見上げる。


庇われたのか。
それとも邪魔されたのか。


(誕生日?つうか俺、クラトスの弟って設定なの?)


「行くぞ」



なにがなんだかわからないでいるロイドの右手を掴み、クラトスは無理矢理その場を離れた。後ろから女性の静止の声が聞こえたので、手を引かれながらも一度だけ振り返ると悔しそうに表情を歪ませたショートカットの女性が見えた。クラトスを睨むその顔は、先程の優しい微笑みとは別人のようだった。

ロイドは前を歩く彼の名前を頭の二文字だけ呼び掛けたが、その歩くスピードに圧倒され思わず黙りこむ。普段は避けて通る人込みに進んで飛び込んだ彼は後ろにいるロイドのことより、いかに前に進むかで頭がいっぱいのようだ。雑音がまじる街中で不思議とロイドは、目の前を大股で歩く彼の足音と小走りに彼の後を追う自分の足音しか聞こえていなかった。その大きな背中と手の平の感触に、少しだけ気恥ずかしさを感じながら。


「く、クラトス………何か怒ってる…?」



人通りも街の喧騒も少ない位置にきたとき、おそるおそるロイドは上目にクラトスの背を見ながら呟いた。自分が怒らせた記憶はないが、一応相手は世界再生の旅中、師匠に値する人なので自分に原因があるなら謝らなければならない。始めはクラトスに反抗していたロイドだが、彼の性格や人間性を理解するうちにこの傭兵に少なからずとも好意を持ち始めていたのであまり仲はこじらせたくなかった。

するとクラトスは突然ぴたりと足を止めた。慌ててロイドも立ち止まっておどおどと彼を見つめると、鷲色の髪がふわりと揺れて彼がゆっくりと振り返った。鋭いその双方の瞳もまたロイドをみつめ、風の加減で前髪が捲りあがりその表情がはっきりとロイドの視界に映る。

「……別に怒ってなどいない」
「いや、目がめちゃめちゃ怒ってますケド…」


最近、ロイドはクラトスの微妙な表情の違いを彼の瞳で読み取っていた。むしろそっちの方が難しい気もするが、不思議とロイドはクラトスの機嫌は一番「瞳に出る」と確信していた。


「俺、何かしたかな」


こちらには反省する気がある―――という気持ちをこめてロイドは、しょんぼりと肩を落とした。そんなロイドをクラトスはしばらく無言で見つめる。とりあえず繋いだ手を離す、という案は何故だか今の彼らにはなかった。


やがてクラトスは大きな溜息をつき、ロイドとは繋いでいないほうの手(つまり右手)で、ロイドの頭をわしわしと撫でた。


「あう」



先程の女性の優しい撫で方とは比べ物にならないくらい雑なそれにロイドは目を開く。剣士にしては細長い綺麗な指が茶髪の髪と絡み合い、よくわからないが愛でられている錯覚を覚えた。実際、さっきの女性よりもクラトスに撫でられた方が心地いいと感じるロイド自身がいるのだ。



「クラトス?」
「あんまりぼさっとしていたら、女に喰われるぞ」
「………??」



まるで内緒話をするかのように低い声で囁かれた言葉。しかしロイドにはさっぱり意味が理解できず顔をあげたが、そのときには頭からもロイドの右手からもクラトスは離れていた。


「ほら、新しい剣を買うのではないのか?」



本来街に二人で来ていた目的を言われ、ロイドははっとした。すでに傭兵は背を向けてスタスタと歩き始めている。しかし、先程とは違いロイドが無理をしない歩幅で。



「うん、…………あ、兄貴…っ」
「……は?」


小声で呟いたロイドの言葉もクラトスにはばっちり聞こえたらしく、素頓狂な返事とともに彼が振り返った。ロイドは先程女性に頭を撫でられたときの2倍以上顔を赤くしてクラトスの隣りへと並ぶため駆けよった。


「正直嬉しかったんだ。その…俺のこと『弟』って言ったから」
「いやしかし、あれは」
「わかってるよ。咄嗟に出た、その場を切り抜けるごまかしだろ?それでも、アンタと………血が繋がってるっていうのがよくわかんねえけどなんとなく、その場の嘘でも嬉しかったんだ」


普段あまり言わない本音を言ったからであろう、ロイドは照れ臭さのあまり俯いてしまった。コンクリートに映る自分とクラトスの影の大きさを見て、改めて身長差を感じる。将来、できればこの傭兵のように背が高くなりたい。彼のように格好よくもなりたい。彼はライバルで、目標で、――悔しいので口に出さないが――――憧れでもあるからだ。



「…そうか」


クラトスはあくまでも静かに呟く。



コンクリートを見つめていた少年は、傭兵のその表情を見逃してしまった。




















▼言い訳

クラトスが女性からロイドを隠したのは
5割の嫉妬と
5割の保護欲。


他人にロイドの頭を撫でられジェラシー。
童貞キラー(笑)からロイドを守ろうとした結果?
















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