「確かめたくてな」
「な、なにが…」
「お前が、ちゃんと側にあることだ」
どくん
「え」
「もう、どこにも行くな」
優しく右手を引かれて、私は慌てて彼の足元のソファに片膝をついた。そればかりか彼の顔の横に左手までついてしまい、びっくりして目を見開く。彼の鋭いその瞳に真正面から見つめられ、咄嗟に息をのんだ。
恥ずかしさ、ではない。
視線の熱さに圧倒されたのだ。
「失いそうになって……………無くしてしまいそうになって、やっとわかった」
「………」
声がでない。彼の手が頬に触れて、親指で目尻をゆっくり撫でられれば、ひくりと体が震える。触れた場所から彼の熱さが伝わり、瞳が潤んだ。頭のキャパシティなどとうに超えていてもう彼以外見えないくらいに目眩がするし自分でもびっくりするくらい体が熱くなっている。呼吸を整えるために吐いた息は朝の空気を微かに甘く震わす。自分の心臓の音しか聞こえない。彼のその瞳しか見えない。
ああ本当、
この人はずるい。
ずるい…………
「私は、」
一度彼は言葉をきって、私を見上げたあと笑っているような、泣いているような顔を見せた。
「もうお前しかいらない」
長い、長い沈黙。
「……………、」
縋るような鷲色の瞳から私は視線をずらした。若干あれこれ動かしてから、ゆるゆると目を伏せる。不覚にも嬉しすぎて泣きそうになった。確かに私は求められているのだ。一番大好きな人に。
体の奥からわき上がる熱を必死に表にださないよう、全身に力を入れて彼を真正面から見つめた。
もう、逃げたりしない。
「………私は……
貴方がす、」
ドンドンドン
「………くそ……………あの馬鹿………」
聞き慣れたドアを叩く音に珍しくクラトスが舌打ちする。
「ゆ、ユアン」
相変わらずものすごいタイミングだが不謹慎にもほっとした。クラトスが妙に怖い顔をしているのはご愛嬌。いつものことだ。それにしてもそこまで眉間に皺寄せなくても…………
「私とて男だ。邪魔されたくないときもある」
真顔でそんなこと言うから、何だかがっくりとうなだれてしまった。わけがわからない。別にいいじゃないか、告白の返事くらいいつでも。
「………はあ、もういいわ。私が出てくる」
このままではユアンを殺しかねない彼を、玄関に連れていくわけにはいかない。相変わらず不穏な空気を漂わせているクラトスを見て、私は小さく笑った。先程の甘い空気はどこへいったのやら、何だか初恋のようにすごいドキドキしていた気がするのだがどうやら本当に夢のようだった。
「おい待て、アンナ」
「ん?」
私がソファから立ち上がり床に足をつくと、クラトスがゆっくりと起き上がった。私の右手首を掴んだまま、じっとこちらを座ったまま見上げている。何を意図しているのかさっぱりわからなくて私が首を傾げたそのとき、
「…………………」
掴まれていた右手は離された。
変りに彼の唇が、
熱い唇を離して、静かに彼は息をつく。いつのまにか私の髪に絡ませていた指を、そっとほどいた。すぐ目の前にあるその瞳は悪戯っぽく細められ、楽しそうに笑う彼の声が私の鼓膜をくすぐる。
「すまん、待てなかった」
そして、何事もなかったかのように私の隣りを通りすぎた。