ピンポーン





やっとその場を動く気になったゼロスが階段を降りている最中、玄関のチャイムが鳴った。急な効果音だったので彼は思わず足を止める。聞き慣れない音に手摺へかけていた左手が、ふるりと揺れた。


「………………?」



何だ今の音は。


ごく一般的で普段の生活の音でも、テセアラ出身ゼロスにとってはいちいち不可解なものである。しばらくそのまま階段の途中で突っ立っていたら、1階の廊下をバタバタと走っているロイドと目があった。

「ロイ、」


呼び止めようとして、手で制される。「あとでな」と小さく唇が動いて、ゼロスを放置し玄関に向かっていってしまった。


一方、ぱちぱちと瞬きをしたゼロスは不思議そうにそれを見つめ首を傾げたあと、階段を一段ずつ降りる。とんとん、とすべての階段を降りる前に玄関のドアが方から何やら会話が聞こえてきた。


声は聞き取れない。
だが談笑はしている。



(客でもきたのかねー…)

玄関をちら見したが、ここから相手は見えなかった。自分が出る幕ではないと悟ったゼロスは、仕方なく玄関とは反対方向にある部屋へと向かう。途中左手に部屋があったり、右手に浴室らしきものもあったがそこは素通りして、一番奥へと進んだ。



たどり着いたのはリビング。


キッチンには包丁や鍋などがそのまま置かれており、先程までロイドがいた形跡が残っている。
リビングはロイドの部屋の2倍ぐらいで、ごく普通のどこにでもある現代の家だ。たしかにゼロスに見覚えのないもの(テレビなど )はあるが、何かピンとくるような変わったものはなかった。


「ぜーんぜんわかんねえよ…」

ふう、と溜息をつき近くにあったソファに腰掛ける。とくにすることもないので何となく天井を見上げれてぼへらっとしていたら、ふと違和感に気付いた。








「……父親と、朝飯一緒じゃねえのか」




多分クラトスが仕事で忙しいのだろう。母親がいない今、男手ひとつでロイドを養っているのだから。そう考えるとロイドの腕の傷に気付かないのは仕方ない気がする。ロイド自身も、何となく隠している感じだったし。


じゃなきゃクラトスに、あんな笑顔見せないだろう。




「あ、ゼロスこっちにいたのか」
「!!」


現在進行形で彼のことを思っていたから、突然の彼の声にゼロスはびくりと体を揺らした。ソファの背中ごしに彼を振り返れば相変わらずへらり、と笑うロイドと







「お邪魔しまーす。………あ、ゼロスさん、ですよね?お話、ロイドから聞きました」







ロイドの後ろから金髪の少女が顔をだした。


「初めまして。コレットです」
「あ…初めまして」


この世界に来てからの初めての女子の登場に、ゼロスは思わず背筋を正す。しかもまたこれが可愛い。ふわふわと綺麗な髪を揺らし、ぺこりと丁寧にお辞儀をした彼女にゼロスはただただ見とれるしかなかった。


(この親子といい、女の子といい………顔のいい奴しかいねえんだなここ)



自分自身を差し置いて感嘆の溜息をつく。なにしろ彼は鏡を見ていないので自分の美貌に全く気が付いていないのだ。


以前の彼ならここで真っ先に女子に絡むが、記憶喪失の彼に女好きの属性はない。故に少し緊張した面持ちでそわそわと頭を下げた。



「よ、よろしく」
「はいっ」


にっこりと花のように笑った彼女こそ、天使という言葉がふさわしい。あまりの可愛らしさにゼロスが言葉を失っていると、ロイドが少し呆れて溜息をついた。


「おーいゼロス、赤くなってるぞ、顔」
「え」
「ったく………」


ロイドが少し拗ねたように目を逸らす。ああしまった、このコレットって子、ロイドの彼女か…………なんて検討違いなことを考えているゼロスであった。もちろんロイドが拗ねているのは、そんな理由ではない。ゼロス以外には簡単にわかると思うが。




「コレットがアメリカのお土産にお菓子持ってきてくれたんだ。ゼロスも一緒に食おうぜっ!!」
「お、おう」
「俺何か飲み物入れてくる!」


パタパタとキッチンに走っていったロイドを見送り、その後ゆっくりとコレットを見つめた。彼が座るソファへと近付いてきた彼女は、ゼロスの視線に気付くと急に表情を変える。ぴたりとその場に立ち止まり、瞳を伏せた。



「ゼロス」



明らかに先程とは違う声色。


瞬間、空気が変わった。


「………ん?」



中途半端に零れたゼロスの不安そうな声を合図に、彼女はゆっくりと距離を詰めてきた。
思わず腰を浮かせたゼロスとは裏腹にコレットは無表情のまま彼に接近し、彼の座っているソファに片膝をついて乗り上げる。


「コ…コレットちゃ、」


娼婦のようなその行動にゼロスがまごまごしていると、彼女はゆっくり彼の耳元に唇を寄せて、小さく囁いた。












「本当に私のこと、覚えてないんだね」










どくん





「え……………」
「私だけじゃないよ。クラトスさんや、ロイドのことも…………本当に、忘れちゃったの?ゼロス」



ゼロスの肩に置いていた彼女の両手が震える。優しく彼女の腕をつかみ、ゼロスが少女の表情を伺えば彼女は暗い瞳をしていた。先程の可愛らしい花のような笑顔どこへ行ったのか。まるで二重人格を持っているかのようだった。



「ロイド…と、お父様とは初対面じゃねえのか…?あと、コレットちゃんも」
「この世界では初対面だよ。だけどテセアラってところで私達、確かに会ってる。特にロイドと貴方は……………」


コレットが言葉を詰まらせた。目を逸らし、言葉を濁す彼女は相変わらず何を考えているのか、さっぱりわからない。何故ゼロスの記憶を彼女が知っているのかも。



「………とにかく。貴方は向こうで待ってる人がいるの。だから、帰らなきゃ」
「で、でも……俺どうすればいいのかさっぱりわかんねえんだ。何も思い出せねえし」




ゼロスが上目使いに見た彼女のどこか辛そうなその表情とは裏腹に、彼女の声は凜としていた。



「確かに目的があって、ゼロスはこの世界にいる。それに気付けば戻れるよ。だけどパラレルワールドってわけじゃあないの」













貴方は長い、長い夢を見ているだけ。















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