ロイドがその家を出たとき、日はほとんど暮れていた。


西の方では太陽のてっぺんが見える。何気なく見上げた空は紺の空と橙の光が混じり在った不思議な色をしていた。あと数分もすれば太陽の役目は終わり、月や星達が主役となる時間。その時、たまたま視界に映った北の星に、ロイドは「あっ!」と声をあげた。



散らばっていた記憶が蘇る。






『ねえおとーさん、あれなんていうおほしさまー?いちばんぴかぴかしてるやつー!!』
『ん……ああ、北極星のことか?』
『ほっ、きょくせ、い?むずかしいおなまえ!』
『ああ。あの星はな……特別な星なんだ。ロイドは星が動くことを知っているか』
『おほしさまはうごかないもん!だってあっちのおほしさまも、こっちのおほしさまも、昨日とおんなじとこにあるよ!!』
『はは…。星はな、少しずつだがたしかに動いてるんだ。その変化があまりにも小さすぎてロイドにも父さんにもわからん』
『ふーん…』
『だけど、北極星は動かない』



遠い昔の記憶の実父は、光り輝く北の星を指差す。小さなロイドはそれを目で追い、じっとその星を大きな瞳で見つめていた。クラトスと繋いだ右手を、ギュッと握り締めて。


『まわりがどんなに動いても、北極星はずっとあの場所にいる。それは大昔からずっと……』
『じゃあほっきょくせいはひとりぼっちなの?』
『そうかもしれないな。だけど、寂しそうに見えるか?』
『ううん。すっごく嬉しそうに見えるよ!!だってあんなにひかってるもん!!!』
『そうだ。北極星は、ずっと一人だが、地上の人々をただ優しく見守っている。人々が道に迷わないように、ずっとあそこで光りながら待ってくれているのだ。夜中になっても、方向がわかるようにな』
『よなか?じゃあ、よなかに迷子になったらあれを見ればいいの?』
『相変わらず鋭いなお前は………そうだ。例えば真っ暗の何も見えない森の中で迷ったら、空を見ればいい。あの星を目印にすれば道がわかる。怖くても、泣いてばかりではだめだぞ?』
『泣かないもんっ!!だってろいど、お父さんみたいに強くなるんだから!!』
『よし、いい子だ』




わしゃわしゃと髪を撫でられてロイドは無邪気にはしゃいだ。それを愛しそうに目を細めて見た父は、その表情を少しだけ陰らせてゆっくりと視線を空へと戻す。



『本当は………何も変わらないのが一番なのだがな』
『だいじょぶだよ!!おそらがぜんぶ変わってもおとぉさんが、ずーっとあそこにいてくれるから!』
『……え?』
『あっちのほしがおかあさん、こっちのほしがろいど、ほっきょくせいがおとうさん!!そしたらせいざができるよ!!』











「アウリオン座…………」

ぶっとロイドは思わず吹き出した。たしか、あのときクラトスはそう名付けたはずだ。何だか本当にありそうで、なさそうな名前である。


そっと人差し指で、北極星のまわりをかこむ星を適当に三角形で繋いでみた。当たり前だが幼いあのころとは季節が違うため、天体も星座も記憶とは別の形をしている。


変わらないのは北極星だけ。







「もし俺が間違えそうになったり…道に迷ったら今までみたいにアンタが導いてくれるんだろ?」


ロイドは北極星に向かって呟いた。


その表情は優しく、そして子供の頃のように無邪気で―――5年ぶりの、心からの笑顔だった。




「俺は待ってるよ。母さんと一緒に地上で、100年間ずっとアンタを待ってる。だからアンタもそこで待っててくれ。俺の目印になって………ずっと、ずっと」




果てしなく遠くの光りに向かってロイドは大きく手をふった。






後悔なんてしていない。
側にあるとき、その確かな想いに気付けなかったのは

遠く離れて気付くことがあるから。



近くではただの岩石でも、遠くから見た北極星はこんなにも美しく見えるように。



















「………本っ当…恐ろしいくらい天然なんだから……」



少年の後ろ姿を見つめながら「彼女」は安心したように溜息をつく。沢山の思い出が詰まった家の屋根に座り、足をぷらぷらと揺らしながら「彼女」も空を見上げた。





「アンタって……やっぱ最低な男ね。2回も、あの子を泣かせるなんて」





そう言う彼女の表情は言葉とは裏腹に、愛しそうに北の星を見つめている。もう大丈夫。そう小さく呟いた「彼女」はゆっくりと立ち上がり、そして少年を遠くから見守るように囁いた。






「ちゃんと繋いであげたわよ。あのひとの気持ち。これで幸せにならなかったら…………二人まとめて地獄に引きずりこんでやるんだから」







物騒なことを楽しそうに言ってのける「彼女」こそ、子を守る―――強くて優しい母の顔をしていたにちがいない。






(END)








お疲れ様ですアンナさん。


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