たしかあれはクラトスをデリス・カーラーンへ送る1週間くらい前だった。


オリジンの解放で負った怪我がやっと治ってきて、ベットで起き上がっているクラトスとその端に座るロイドはいつものように他愛のない話をしていた。今まで離れていたぶん、しっかりと親子でいたかったからだ。ロイドもなるべく最後までクラトスのそばにいた。



お互い、別れが近いことを知っていても口には出さずに。


『ロイド』


話の途中で何故かクラトスに名前を呼ばれ、首を傾げながらロイドは返事をした。直後、 彼の手が優しくロイドの頬に触れて。親指であまりにも愛しそうに撫でるものだから、ロイドは息を止めた。――ずっと、心の中では「してみたい」と思っていたけれど、気恥ずかしさからできなかった親子の触れ合い。だから急にロイドも甘えたくなって、思わずベットに乗り上がった。それでもクラトスは何も言わずに黙ってこっちを見ていたから、そろそろ這うように彼の足に跨り。彼の熱い瞳と長い睫毛にどきどきしながら彼の首に腕を回せば、クラトスの両腕もロイドの腰にまわってきた。抱きしめて、抱きしめられている。その感覚がロイドの体をほてらせて、何だかくらくらと目眩をおこすのだ。首にあたっている彼の鷲色の毛がくすぐったい。筋肉の付きに無駄がなく思ったより華奢な胸板からは優しい、生き物の鼓動が聞こえてくる。

とくん、とくん




『――ロイド』
『ん……?』


名前を耳元で囁かれたため、ロイドは腕を緩めて彼を正面から見つめた。その直後、なんだかよくわからない雰囲気になって。どちらからともなく、自分達は――――







「…何でキス、したんだろうな」




広げていた蒼い羽を閉じて、ロイドはぽつりと呟いた。やっと目的の自宅へ辿りついたのだ。場所はそこまで遠くなかったが、逃亡中の身を3年間隠し通しただけあって相当入り組んだ場所にあった。おかげで探すのに苦労し、もう西から日が沈もうとしている。


(あんまり長居はできない、か)



少しでも長くいたいが、育ての親との約束がある。要件をすまして、早く帰ろう。また後日来て、ゆっくり見ればいい。


そうロイドは言い聞かせて、戸口の前にたった。日の光でオレンジ色に輝いている白の壁に触れて息をつく。ゆっくりと上まで眺めてみるが、デザインはどこにでもある普通の造り。ダイクの家よりも少し小さい、2階建てのコンクリートの家だった。森の中、忘れられた存在のようにひっそり佇むその家は、何だか神秘的な雰囲気を醸し出している。



「お邪魔しまーす………」

自分の家だけど、と小さく笑いながらロイドは戸を開けて中を覗く。


瞬間息を飲んだ。






真っ先に視界に入るのが部屋の奥にある、例の大きな時計。カチカチと音を立てながら振り子が揺れている。時がたち少しボロついてしまったその古い時計は、今でもどっしりと構えてそこに在り確かな威圧感が出ていた。


「すっげえ…………」



思わず出る感嘆の声と溜息。
今まで見た時計の中で、これほど細工がほどこされたものはなかった。細工物には詳しいロイドが絶賛するのだ。相当腕の知れた時計屋が作ったのだろう。



ゆっくりとロイドは19年ぶりに足を踏み入れた。


カツン、と聞き覚えがない音が足の裏から跳ね返ってくる。当たり前だ。幼いころのことはほとんど覚えていないのだから。部屋の真ん中にある曇ったガラスのテーブルや、ホコリの溜まったソファを見ても何も思いださない。でも確かに自分はここに過ごしていたのだろう。横目に見えたキッチンに並んでいる3つのカップに、チクリと胸が痛んだ。棚にはメモや、小物や写真などがずらりと並んでいる。きっと母親の趣味なのだろう。猫や犬や鳥など、動物の置物も結構あった。


後でゆっくり見よう、とりあえず時計が先だ、とロイドは真正面に大きな時計を見据える。



間近で見ても一切ムラが見当たらない極上の細工。それに見とれながらも、どこかにスイッチはないかと時計のまわりを物色する。何気なく見た時計の針。カチカチと時を刻む2本の兄弟を、ロイドは思わず二度見してしまった。



「………………え?」








手の力がすとんと抜ける。ロイドが唖然と見つめた時計の針は、ぴったり2時を差していた。





窓から部屋の外を見るが、先程と同じ燃えるようなオレンジ色の空が映っているだけ。ゆっくりと視線を針へと戻し、ぱちぱちと瞬きをする。くどいようだが振り子は動いていた。カチカチと音も鳴っている。なのによく見てみると長い針も短い針も2時のまま止まっていたのだ。秒針が一周してもそこから微動だにしない。


つまり、秒針だけ動いている。







「壊れてんのかな……」


どう考えても今は夕方である。しかし、2時ぴったりに時計が止まるのもおかしい。何だか話がややこしくなってきたのでロイドは一度近くにあったソファーに座り腕を組んだ。



時計を止めてきてほしい、と言われてここまできた。しかし、動いているように見せかけて時計は既に止まっていた。まるで誰かが意図的に止めたように、2時できっちりと。
もし以前のロイドであれば細工された模様に夢中になって、時計の針には目をむけなかっだろう。あれから5年がたち、精神的には成人した彼だからこそ冷静な判断ができるようになったのだ。




「あれ…そういえば」



背もたれに感じるソファの感触に、彼はあることに気付く。そうだ。ここは20年近く放置されているのだ。そのわりにはホコリが溜まっていない。天井を見上げても蜘蛛の巣ひとつ見当たらないのだ。


話が出来過ぎてないか?




「もし………かして…」


こんな入り組んだ場所に第三者が訪れたとは考えにくい。ではこれもクラトスの悪戯なのであれば。つまり時計をいじったのが彼であれば。
彼は最低一度ここに訪れたことになる。



しかし手紙には世界統合後の時点で「14年間訪れていない」と書いてあった。

何のために?


よく考えてみれば――――5年前の実父クラトスの想いは、別にあるのかもしれない。


ロイドをこの家に導いた本当の目的は時計ではなくて。







「くそっ………何でこんなまわりくどいことするんだ………」



ロイドは小さく舌打ちをした。怒りの対象はクラトスではない。僅かなヒントを残してくれたのにもかかわらず、それに気付けない自分自身にだ。


思えばクラトスは手紙の在り方にしろ、今回の時計にしろいつも意図的に遠回しに何かを伝えようとする。まるでロイドに気付かれないように――――まずロイドにはわからないであろうと見越して、「気付いたら奇跡」程度の確率にかけようとする。意図はさっぱりわからないが。


仮に5年前クラトスが時計を意図的に止めて、部屋も掃除したのだとして。わざわざロイドをここに連れてきた意味がわからない。秒針を止めろ、ということか?何だかそれも、ダミーな気がする。「動いているように見せかけて、実は時計が止まっている」のもダミーであり、そしてヒントだろう。気付きやすいように2時ぴったりにしてあるのだから。












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