ロイドとクラトスが過ごした時間はあまりにも少ない。実の親子関係であることをロイドが知ったのはかなり後であったし、「父さん」と名前で彼を呼んだのも数回だった。

それでも彼はロイドにとってもう一人の父親であり、それ以上の存在でもある。


(元気にしてるかなあ…あいつ………)




ロイドはダイクが入れてくれたコーヒーを飲みながら、ぼんやりと彼を想った。舌から感じる暖かみと微かな苦味はロイド好みの絶妙な砂糖加減。時はたってもロイドの味覚は相変わらず子供のようで、「やっぱ親父は俺の好みがわかってる」と思考の端で呟いた。そこへ丁度、2階にいたダイクが戻ってきたので、ゆっくりとカップから唇を離す。


「親父、そういや来たときもそうだったけどさ、俺の部屋で何やってんの?」
「ん?ああ、掃除だよ掃除。やっぱホコリが溜まってなー1年に1回、タンスの中身から何から何まで出して掃除するんだ」
「ふうん……何かごめんな。俺、相当ここに荷物残してるだろ」
「そんなのはいいけどよ。………お前にはな、ずっと渡しそびれてたのがあるんだ」


ダイクの言葉にロイドが首を傾げれば、彼はそっと白い封筒をロイドの前の机に置いた。一般的なサイズのそれをロイドは一度コーヒーを置いて両手で丁寧にもつ。そこには達筆な字で一言こう書いてあった。






『ロイド・アーヴィング様』





その字体にロイドは息をとめる。




「親父………これ…」


驚愕の表情で顔をあげれば、目の前の父親は小さく頷き目線を封筒へ向けた。その瞳は昔を思い出すように細められ、珍しく低い静かな声がロイドの耳から伝わる。


「……たしかお前が家を出てった1年後くらいだった。今日みたいにお前の部屋を掃除してたんだが……二番目の棚の奥からな、出てきたんだ」


言っておくが中身は見てねえぞ、とダイクは優しく笑いロイドが何も言わずともその場を離れて2階へ上がっていった。未開封の白い封筒は一つも汚れが見当たらない。相当ダイクが大切に保管してくれていたことに気付きロイドは心の中で彼に礼を言った。


一度息をつき、瞳を閉じて気持ちを整える。

「……大丈夫だ、俺なら大丈夫。もう泣いたりしない………大人になったんだから」


自分に強く言い聞かてからゆっくりと封筒を裏返した。







『クラトス・アウリオン』



どくん、と心臓が脈うつ。

「……っ…」

やはり、実父の字であった。丁寧に端から端までのりで閉じられている封筒の口は彼の几帳面さが現われている。震える指でそれをなぞり、親指の爪でめくるようにひっかいた。何だかハサミを使う気にはなれず、破らないように優しく、そして地道に捲って封筒をあければぺりぺりと音を立てて封筒が口を開いた。


「……………」


開けてからもう一息。
彼がこれを書いたのはおそらく世界統合後なため、この封筒は5年ぶりに開けられたことになる。長い月日を超えてやっとロイドの手元に届いた彼からの手紙は一体、どんな想いが綴られているのか。早く読みたいと焦る心とは裏腹にロイドの手は驚くほどゆっくり、封筒から便箋を取り出した。


(駄目だ俺、相当緊張してる………)


誰から見てもそれは仕様が無いこと。ロイドは少しだけ苦笑しながら便箋を開いた。






『私はこの手紙を、世界統合後に書いている。お前がこれを読むのは何年後なのだろうか。その時、私はもうお前のそばにいないだろう』






『思えば私はこの14年間、一つやり残していたことがあった』






『それをお前に遂げてほしい。我儘だと十分承知している。だが、聞いてくれないだろうか』






『私とアンナ、そして小さなお前が3人で暮らしていた家がある。おそらく部屋の中身も、当時のまま残っているはずだ』






『情けないことに私は、アンナが死んだ日以来、行くことができなかった。どうしてもあの幸せな日々を思い出すことは辛かったため今まで訪れることを避けていたのだ』







『そこにお前の誕生記念に買った大きな時計がある。おそらくあの日から今までずっと動き続けているはずだ。それを、お前の手で止めて来て欲しい。役目が終わった時計を眠らせてやってくれ』







『P.S その家に小物や写真があるが、お前の好きにしてくれて構わない。持ち出すのも、そのままにしておくのもお前の判断に任せる』







以上。
あとは自宅の住所が書いてあるだけだった。





「時計……………、」


そんなものがあったなんて知らなかった。


もちろん驚愕の事実なのだが、それと同時にあまりにも業務的な連絡に拍子抜けする。手紙なのだからもっと彼の想いを綴った内容を予想していたのだ。こんなことなら口で言えばよかったのに。今回はたまたまダイクが見つけたからよかったが、もし火事でもおこったりでもしたら、あるいはダイクもロイドも一生気付かなかったとしたら、この話はなかったことになっていただろう。




…………いや。

何パーセントかの低い確率にかけることに意義があったのか?



「変なクラトス」



意味不明な悪戯をしてくる実父に、ロイドは小さく笑みをこぼした。そっと大事に便箋を畳んで封筒へと戻し、ポケットへとしまいこむ。大きく伸びをしてから立ち上がると、階段へ向かった。



「親父」



2階に上がって彼の名前を呼ぶ。
昔より小さく見えたその背中は、のそのそと動くが振り返らずに作業を続けていた。


「何だ?ロイド」
「せっかく来たのに悪いけど……俺、ちょっと出掛けてくる」
「クラトスさん関係、か?」


ぽつり、と呟かれた言葉にロイドは目を丸くする。何でそれを。言葉を止めたロイドにダイクは小さく笑いながら、やっと振り返った。


「それくらいわかるさ。俺は……お前の父親だからな」
「親、父……」
「行ってこいよ。大事な用なんだろ?」


にかりと白い歯を見せてダイクは息子の肩を叩く。昔から変わらない、大好きな太陽の笑顔がそこにはあった。


「っ………ありがとう…!!絶対夕飯までには帰ってくるからな!!!行ってきます!」
「ああ、行ってらっしゃい」


言うやいなやドタバタと階段を下っていったロイドに、ダイクは苦笑する。また一人になった今、音を出すのは外の風のみとなり、再び静寂が訪れた。


「親離れ、か…」


本当の親離れはしてねえか、とダイクは笑いながら呟いた。ロイドがクラトスに向ける視線に、親子関係とはまた別の感情が含まれていたことは薄々気がついていたからだ。気付いていて敢えて言わなかった。口を出さなくても、ロイドなら答えを見つけだせると信じた。


父である手前上、絶対に口にもしないし顔にも出さないが本当はダイクだって寂しい。ロイドの笑い声がないこの家など、なにが面白いのだろう。14年間ロイドはあまりにも、孤独な存在である自分と近くにありすぎた。

「そばにあると気付かないもんだな…」


ゆっくりと溜息をついて窓から庭を眺める。丁度ロイドが白い布をヒラヒラと揺らして、走っていった。外見こそほとんど変わっていないのに、世界再生のころより随分逞しく見えるその背中。



「ロイド……もう後悔なんてするなよ」




目を細めてそれを眺めたダイクは、普段の態度からは考えられないほど優しく、そして確かに父親の顔だった。









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