心が見えない。


そう感じたときには
もう遅かった。











「―――――、」



しんと静まり返る朝の静寂の中、少年はただぼんやりと目の前の墓を見つめる。たった今さっき少年が供えた花束がひらひらと揺れて、ふわりと甘い香りが鼻孔をくすぐった。しゃがみこんだ少年は目線を花へと移し、そしてまた墓石の名前へ戻してからそっと目を細める。あまりにも、普段の彼とはかけ離れたその仕草はきっと少年が成長して父親に似てきた証。





「久し振り、母さん」





ゆるやかに流れる風に父親ゆずりの鷲色の髪を遊ばせながら彼はぽつりと呟いた。ざあっ、とまるで母親が返事をしたかのように強い風がふく。まだまだ冬の名残がある冷たい風によって、春を象徴する明るい色の葉や花は美しく舞い、そしてひらりと土に落ちた。




あれから、5年。


また今年も春がやってくる。










* * *





世界統合の後。
ロイドはある人との約束通り、エクスフィアの回収へと出かけていた。多くの命を犠牲にし―――彼の母親を死へおいやった存在でもあるそれを世界からひとつ残らず無くすために、長い間一人で旅をしていた。

過去に自分が訪れた街や村を転々としては、仲間達と共に旅をしていた頃を思い出し、懐かしいような寂しいような感傷に浸る。いつも一人が寂しいわけではない。しかし、時々ふと仲間と騒いでいたあの日の笑い声が耳をそっと霞めていくのだ。するとはっとしたように何かに気付き、彼は顔をあげる。寂しかった。やはり、少年はまだ子供だった。




(………親父、もう起きてるかなあ……)




ロイドはゆっくりと立ち上がり、久し振りに自宅を眺めた。自分がこの家を出たときから変わらないはずの木造建築の家。昔は温い雰囲気だったこの家は、少しだけ寂しくこぢんまりと小さく佇んでいるように見えた。そういえば出発したあの日、親との別れを終えて歩きだした直後、何を思ったのか少年は一度だけこの家を振り返った。今思えば無意識だったのかもしれない。14年間見てきたこの家の風景を、思い出を、ここまで育てくれた父の大きな手の平を――――忘れないように。


「親父、起きてるか?ただいま!!」



家の戸口にたって彼は部屋の主へと呼び掛けた。静まり返ったリビングには人の気配はない。風によってカタカタとゆれる窓の音を聞きながら、ロイドは部屋に足を踏み入れた。コト、と昔と変わらない音が足の裏からかえってくる。以前、父親に怒られては泣き喚きながら走り回ったこの場所は家具の配置も変わらずにロイドを招き入れた。

そんな思い出に苦笑しつつ、ダイクがいつも使っていた仕事用の机を親指で撫でていれば、2階から大きな声が聞こえてくる。



「なんだなんだ!こんな朝っぱらから…お客様か?」



どすどすと、階段を降りてくる足音。あまりの懐かしさにロイドは思わず勢いよく顔をあげてしまった。


「親父!!久し振り!!」
「……………っロイド…!?」


どうやら客だと思っていたらしく、ダイクは息子の顔を見るなり目をまるくする。2、3秒その表情が固まり、ロイドを上から下まで眺めたあと口をぱくぱくと動かしながらロイドを指差した。


「お……………お前、今更帰ってきやがったのか!!!」
「へへっごめんな、いきなり。ちょっと………ホームシックになってさ」
「馬鹿野郎!!!もっと早く帰ってこい!ったく……何年たっと思ってやがる!」

口調では怒りながらもダイクの表情は明るく太陽のようにはじけていた。くしゃり、と顔を笑顔でいっぱいにして駆け寄ってきた父親はロイドの頭をがしがしと撫でる。「痛ぇなあ、もう」とロイドは嬉しそうにはにかみながら言った。


「それにしてもお前、何でこんな朝早くに来たんだ?」
「ああ、救いの小屋で一泊してきたからな。何か中途半端に日が暮れちまったから、念の為に」


夜の森こそ怖いものはない。今では相当な剣豪であるロイドだが、さすがに無傷で森を通過できる自信はなかったため、夜は救いの小屋で過ごした。


「そうか…………もちろん、今日は泊まっていくんだろ?」
「ああ!…けど一泊したらまた行かなきゃいけない。意外に多いんだ、エクスフィア。本当は1週間くらいここにいたいけど」


父さんとの約束もあるしな、とロイドはわざと明るめの声でいった。ダイクは「父さん」と呼ぶ相手が自分でないことを知っている。それゆえにロイドの抱えている気持ちを思いながら静かに目を細めた。


ロイドが「彼」のことを忘れた日など、1日もない。


「やっぱ何だかんだ言って寂しいんだろ?お前」
「……うん、寂しいよ。寂しくないわけないだろ」


開き直ったように笑うロイドは腰に納めている愛用の剣の柄を撫でた。片方はいつでも闘志を燃やす情熱的な紅色、そしてもう片方は―――静かに神秘の光を放ち、持ち主優しく包みこむ蒼色。時に守られ、時に共に戦った2本の剣は今でもロイドの宝物である。

彼の実父クラトス・アウリオンがこの大地に唯一残していったのは、家族3人の写真が入っているペンダントと、剣、そして数々の優しい思い出だけだった。



「やっぱお前はまだガキだな!背も伸びてねえし」
「しょうがねえだろー!輝石つけてるから年とらねえんだよ!!」
「がはははっ!まあ今日はお前が帰ってきたんだ、おいしい飯作ってやる!」

心から息子の帰宅を喜んでくれているダイクの様子に、ロイドは安心したように息をついた。








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