風がなびく森の中でふとアンナは空を見上げた。


水色の絵の具でさらっと塗ったような綺麗な空、そこに時間を感じさせないほどゆっくり、たゆたゆと揺れる雲。春の予兆を感じさせる陽気と太陽の光が木々の間から差し込み、彼女の頬をほんのりと照らす。かすかに吹く冷たい風が、日々碧(あお)色に輝いていく自然の後ろ髪を引いていた。


そんな自然には見向きもせず、相変わらず彼女は空を見上げる。体を包む温い日の光に懸命に目を細めながら、青い空をただぼんやりと見つめていた。何の表情も見せずにただぼんやり、と。


「…………クラトス?」


先程から感じていた気配に彼女は振り返った。
息を殺して彼女に近付いていたことがばれた青年は、少し罰が悪そうな顔をしてその場で立ち止まる。おそらく後ろから驚かそうとでもしていたのだろう。妙に子供っぽい彼にアンナはおかしそうに笑って、もう一度真上を見上げた。


「私、なかなか気配に敏感でしょう?」
「………そうだな」
「ふふっ」


やけに楽しそうに笑う彼女にクラトスは首を傾げ、彼女の方へと歩みよった。その栗色の瞳が彼の方へちらりと向くが、すぐに視線を空へと移す。

「………そんなに見ていたら目が水色になるぞ」
「あははっ何それっ!!み……水色…って…!」
「何か空にあるのか?」


こちらを見向きもしない彼女につられて、青年も上を見上げた。眩しそうに木々の影から青色を眺める二人は、どちらからともなく指を絡める。


「ん?別にたいしたことじゃないんだけど。何か綺麗だなって」
「まあな」
「こう………ずーっと変わらないじゃない」
「…?」



先程まで無邪気に笑っていた彼女がふいに滅多に見せない優しい表情を見せた。そして何を思っているのか、それっきり黙ってしまう。彼と彼女に訪れた沈黙は二人に距離をつくるわけでもなく、ただ隣りあって自然に存在していた。


………、…………、


急に手の繋ぎ方を変えた青年にアンナは目を丸くしてやっと彼の方を向く。それと同時に少しだけ急な風が吹き、二人の髪を遊ばせた。ざわざわと揺れる葉の音にアンナは静か目を伏せ隣りにある最も近い存在に、肩を寄せる。


「………恋人繋ぎ」
「寒いからな」
「何その理由………、まあ確かにこっちのがあったかいかな」


手のひらと手のひらを合わせて、指をしっかりと絡める。愛しそうにアンナが彼の細い指を親指でなぞっていれば、青年はぽつりとその言葉を呟いた。








「春になるのが怖いのか」








「…………最初から気付いてた?」
「何となく、な」
「まあ図星ね」


温くなっていく空気。軽くなる風。日々煌めきはじめる木々の葉達。それから目を逸らし、アンナはただ変わらない空を見つめていた。

あおい、彼色の空を。



「ずっと時が止まればいいのに……何て思ってみたりしてたのよ」
「……………」
「明日になるのが怖いって感情、貴方にもあるでしょう?」



いろんな生き物や植物が生まれるこの時期はアンナにとってあまりにも見たくない風景が多い。


ふと彼の冗談を思い出した。
いっそこの瞳が青空に染まってしまえば―――彼しか見えなくなれば楽になれるものを。


「アンナ」
「ん?」
「…大丈夫か」




彼がふいに彼女の頬に触れて、顔を自分のほうへ向かせた。必然的に合わさる視線。深い、哀愁漂う彼の瞳にアンナはその言葉の深さを知った。


「大丈夫」




だからにこり、と笑った。
笑ってみせた。





それでも季節は無常にも、見失った彼女の感情を置きざりにして変わっていく。
















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