「それは後で嫌ほどゆっくり教えてやるから。とりあえず行くぞ」
「い……………嫌よ!!!何のために私が帰ってきたと思って、」
「勝手に死ぬなんて許さない」



急に強い口調でぴしゃり、と言われ私は思わず体を固まらせた。互いに目を逸らすことなくしばしの沈黙が訪れる。彼はしばらく私を見つめたあと、掴んだ腕を手前にひいて大きなその胸に、私を。


「……………………」



彼の体温に思わず私は頬を染める。駄目だ、これだからクラトスはずるい。私の気持ちに気付いてやってるのかしら。


自然と目が潤んでしまう。




「………まだ返事も聞いていないし、な」


ぼそりと呟かれた声が少しだけ震えていた。真っ赤に染まった胸部から伝わるのは、温度と優しい鼓動。たしかに生きている、人の命。



(…………ああ、そうか)



ぷつん、と私を戒めていた糸が音を立てきれた。



「アンナ?」



微動だにしない私を不思議に思ったのか、彼は私の顔を覗き込む。そして目をまんまるに見開き、やはり彼も固まってしまっていた。



「あ…………あのね、私………」



彼が言葉を失うほど真っ赤になった私は、キョロキョロと目線を泳がせ何かを言おうとして見上げれば、また俯く。いかん。いかんぞ。恥ずかしい。恥ずかしすぎる。人生で一番恥ずかしい………!!!






「おい、アンナ、どうし」
「わわ私は……」



素直になってもう一度。
やり直せたら―――





「貴方が………!!」











「侵入者!!!!何処にいる!?」
「出て来い汚い人間が!!!!」
「始末してやる!!」


急に聞こえてきた沢山の足音にはっと私達は我にかえる。そうだ。まだ事態はなんら解決していない。もう一度体に緊張の糸がぴんとはり、近付いてくるディザイアンに息を潜める。


「…私は、お前に死んでほしくない」



突然の彼の言葉に驚いて顔をあげた。その瞳は相変わらず真剣で、射抜かる感覚を覚える。そんな顔して見つめないで。もう、いろいろとやばいから。




「………生きるために脱走する気はないか」



言葉と共に差し出された手に私は戸惑う。生きるために、脱走する?以前格好よく死ぬために脱走した私が?

…………無駄なことだ。

どうせ死ぬ命に、ここまで執着されては困る。だけれどそれを喜々している自分がいる。何故?


彼を


愛しているから。




答えなど始めから決っていたのかもしれない。会ったあの時から私はこの人を巻き込んでいたし、目を合わせたあの瞬間から私はこの人に巻き込まれていた。互いの生き方に恋慕とは別の意味で惹かれあっていたはずだ。

この人になら
裸の心を
見せれるかもしれない。


寂しいときに寂しいと
辛いときに辛いと
素直に言えるかもしれない。



「…後悔、しない?」


私と一緒に生きても。

ずるい私は彼と目をあわせず俯いて静かに問い掛ければ、沈黙のあと彼が返事をした。それはYESでもNOでもなく。


「わからん」
「…………は?」
「後悔するかもしれないし、しないかもしれない」
「え…………何よそれ」




「ただ、間違いだとは思わない。私はこれが一番正しいと思う。がむしゃらに抵抗することが、私のだした答えだからな」


すぐ近くにある気配にクラトスは私から離れ、あたりの様子を伺った。3、4人。彼の唇がかすかにそう動く。…敵の人数だろうか。たしかに足音は複数聞こえるが、団体ではなさそうだ。手分けして探しているのだろう。


「さて、お前はどうする。来るのか?来ないのか?」



クラトスがいつもの声音で言い、目線だけこちらに向ける。その質問は逃げるか逃げないかよりも「生きたいのか、墜ちたいのか」を重要視しているようにも聞こえた。究極の選択だけれど所詮はたったの2択。だからこそ恐ろしいのかもしれない。人間は必ず選択を迫られるのだから。ただ、普段の日常に埋もれているだけで、人は毎日生きることを選択する。

……かけてみようか。
この人に。
かつて大嫌いだった
この世界に。




私は震える右手を彼に差し出した。言葉ではどうしても伝えられない。彼は、じっと差し出された右手をみつめそれから私を見、かすかに笑う。私が彼に触れる前に、彼が私の右手を掴んで引き寄せ、剣を構えた。



「………走るぞ」
「え?………ちょ……!!!」


風をきる感覚が頬へと伝わる。いきなり疾走しはじめた彼に腕をひかれて、慌てて駆け出したからだ。これでも運動神経はいい方なのだが。情けないことに私は彼の揺れる鷲色の髪を見つめることしかできなかった。とりあえず一生懸命だった。


目の前を走る大きな背中に、少しだけ見とれる。



もしかしたら私は
この背中についていったことに後悔するかもしれないけれど、



…いや、
たぶん死ぬ間際に後悔する。


だけど問題はそんなことではないのだ。







未来のことなんて何だっていい。私は、


この人が隣りにいてくれるなら、

悲劇でもかまわないと思った。


「あ、」



私達の足音とか、敵の足音とか、クラトスが敵を刺す音とか、そんな音にあふれた中で素頓狂な声をあげてしまった。


長年の疑問に
答えがでたからだ。




答えは案外、側にあった。






















格好悪く足掻くことこそ
一番の格好いい生き方









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