「……寝ようかな」


他にすることもないし。
時間の経過すらわからないこの場所で1日を過ごすのは、辛いことこの上ない。


太陽が、恋しい。




太陽の光が当たるあのソファでならいくらでも寝れたのに。クラトスやユアンと話したり、ノイシュと戯れていたら1日なんて早かったのに。

ひとりがこんなに寂しいなんて知らなかった。


(だからずるい、って言ってるのよ)


私は小さく溜息をついて目を閉じた。ひやりとした牢屋の壁に背をあずけて、足を綺麗に折り畳む。裸足のせいか足の裏からコンクリートの感触と冷えが体へと這い上がり、体を小さく震わせた。腕を抱えこんでも温くはならない。本当の温さを知ってしまった私は、すべてが冷えにしか感じない。




『好きなんだ』




びっくりくらい熱いあの声と息と腕を思いだし、ひとりで頬を染めた。悲しさとは別の意味で泣きそうになる。私を見つめる悲しそうで、だけれど何かを訴えかける瞳に心さえも震える。


もし、もう一度やり直せるなら。


…………次は、普通の女の子として彼に見てもらいたい。


培養体とか敵とか味方とかディザイアンとか世界とか近親相姦とかエクスフィアとか関係なしに。




そしたら私も、
前向きで無邪気で天真爛漫な

素直な子になれるかしら―――――――







「…………?」


今、何か音が聞こえなかった?




耳を済ませてみるが機械音がするだけ。いや、でもたしかにさっき何かが爆発するような音が聞こえたんだけど。



そうこうしているうちに、なんだかあたりが騒がしくなった。バタバタと廊下をディザイアン達が走っていく。


(何かあったのかしら)


鉄格子の向こうの側を慌てふためいて通り過ぎるディザイアンを私はぼうっと眺めていた。


「どんな奴だ?」
「今のご時世にディザイアンに逆らうとは…哀れな奴め」
「ちんたらするな!!早く応援に行け!」
「おい、クヴァル様に連絡したのか?」



「人間だと?早く始末してしまえ!!」





何だ。侵入者か。


(馬鹿ね……おとなしく生活していれば痛い目をせずにすんだものを……)


痛い目みたさに脱走した自分を差し置いて、私は溜息をついた。そうだ。余計なことをしなければ楽に生きれたのに。何故、人間は足掻こうとする?無駄なことはせず、何が自分に有利か不利か考えて動けばいいのに。それこそが上手で格好いい生き方だ。ディザイアン何かに逆らわず、素知らぬフリをしていれば生きていれたものを………


侵入者、というのは大抵年に何回か現われる。しかしどれもディザイアンに反抗しようとし、その尊い命を散らした。私はそれを頭が悪い奴等だと思い、感情のない冷めた目で眺めていた。「牧場内の人間を助けたかった」?正義の味方にでもなりたかったのだろうか。こちらとしては無駄死に何かせず、私達のこと何かほうっておいて欲しかった。


脱走できたとしても、エクスフィアをはめられた私達はどうせ死ぬのだから。



「た、隊長!!!」

そのとき若いディザイアンが青覚めた表情でこちらに走ってきた。バタバタと無様な音を立てて、隊長と呼ばれた男へしがみつく。彼はたまたま私の牢屋の前に腕を組んで立っていた。


「どうした」
「大変です!し、侵入者が…………蒼の…………」
「は?」


すとん、とそこで膝をつけカタカタと震える若者。男のくせに情けない。私はその様子にこっそり吹き出し、息を潜めて彼らの会話を盗み聞きした。


「蒼の………何だと言うのだ」
「蒼の………天使が……………………!!!!たたたたたたた隊長、後ろ!!!」
「な、」







突如、響き渡る断末魔。




私は今起きた出来事がさっぱりわからず、目を見開いてその場に固まった。鉄格子の向こう側に転がる、ディザイアン「だったもの」。その胸には鮮やかすぎるほど芸術的に、かつ無駄なく剣で切り付けられた後がついていた。ぶしゃっと飛び出た血はもちろん見ていた私の頬にも当たり、それどころかあたりの床をじわじわと真っ赤に染める。その惨劇に息をとめ、しばらくしたあと私はそろそろと地面を這い、鉄格子に両手をつけた。べっとり、とディザイアンから跳ね返った血が私の両手につくが気にしない。


「ひ、ひいいい………!!!」


目の前で先輩が殺され、完全に腰を抜かした若いディザイアンは悲痛な声をあげ、ガタガタと歯を揺らしていた。


彼の鼻先に突き付けられる剣も血で赤黒く染まっている。


「無駄な抵抗はするな。そうすれば危害を加えるつもりはない」



こくこく、と必死に何度も頷くディザイアンを見て、侵入者はあっさり剣をおろした。その瞬間、ディザイアンは慌てて立ち上がり、悲鳴をあげながら逃げて行く。私は目をまるくしてそれを見送り、ゆっくりと侵入者を眺めた。カツ、カツと侵入者が歩を進めるたびコンクリートに響く靴の音。びっくりするくらいの静寂。覗き込まれたその瞳に映る私。




そのとき私は
彼の背に青空を見た。




「…やっと見つけた」




呆れたように、だけれど本当に優しく安心したように微笑む彼は私と目線を合わせるためにしゃがみこむ。鉄格子に彼がもたれたせいでカシャンと音がなった。



「く…………らとす…………」



名前を呼べばもう一度彼は微笑む。彼の肩や胸部全体が真っ赤に染まり、白い服が返り血によって変色していた。


それと真逆に輝くのは、神秘的に光を放つ青い、蒼い羽。小さいころ、おとぎ話の絵本で見たような気がする。



………天使様。



「ば………馬鹿っ………………何で来たのよ……っ!!!」
「私は馬鹿だからな。考える脳がないのだ」





今ここを開けてやる、と彼は掠れた声で呟き一度立ち上がって片手を鉄格子にあてる。一体何をするのか。黙ってその様子を見ていると彼は瞼をおろし口元を小さく動かした。何かを唱えているようだ。



「………ライトニング」



最後に発せられたその言葉で、小さな爆発が彼の手元でおきた。破壊された鉄格子の施錠はいともかんたんに扉をあけて彼を招きいれる。私は文字通りぽかんと彼を座り込んだまま見上げていた。


「こら、何をぼうっとしている。さっさと逃げるぞ」
「ちょ………ちょっと待ってよ……!!羽が生えてきたり、魔法が使えたり、貴方……一体………」


あうあうと口を動かしていれば、彼は呆れたように溜息をつき私の腕を力強く掴んで立ち上がらせる。あれ、何かデジャヴ…………前にも同じシーンがあったような……………







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