拍手お題(2)



「…………………」
「………………」
「……………………」
「………………」
「………何だ、さっきからじろじろと」
「…………別に〜」


俺は頬杖をついたまま、クラトスに笑った。
テーブルの向う側で本を開く彼は訝しげに俺を見るが、すぐに読書へと戻る。活字を追うその瞳は、睫毛の影を頬に落とすくらい俯いていた。
何の本を読んでるんだろう。
無性に気になる。
剣術以外に興味を見せない傭兵を、こんなにも夢中にさせるんだから余程面白いんだろうな。
…まあ馬鹿な俺にはわからない種類の「面白さ」か。

コレットの世界再生の護衛としてついてきた彼は、あまり表情に種類がない。
というか、感情に抑揚がない。
よく言えば寡黙、わるく言えば地味。
とはいえ容姿は綺麗だから、寡黙な部分はすべてイイふうにしか見えないんだけど。
まあ俺とは正反対だから、最初は意見がぶつかることなんてしょっちゅうだった。
だけどいつかクラトスって人間がとても不器用なことがわかって、少しずつ、少しずつ彼の見方が変わった。後からとんでもなく弟子思いなことに気付いた。
だから俺は、だんだんお互い素直になれるのが嬉しくて。
…それが恋愛感情になるとは、さすがに予想してなかったけど。


だから今もこうやって、無意味な観察をしてるのは単にクラトスが好きだからって理由。
今日のクラトスは読書の日のようです……ってな感じの宿題なら毎日やるのに。クラトスの観察日記。でも師の生活を見習うのは、勉強のひとつだぜ?リフィル先生に言ったらおこるかなあ。


なんて考えていれば、クラトスが大きなため息をついて本を閉じた。


「あれ、読みおわったのか?」
「………目の前でそんなにニヤつかれたら、気が散って集中できん」


呆れた声色に、俺は口をあけたまま数秒固まった。顔がだんだん熱くなっていくのがわかった。


「えっ、俺ニヤついてたか!?」
「ああ、盛大にな」
「うえぇえっ………」

どうやらニヤついていたらしい。
まさかクラトスのことを考えてニヤニヤしてたなんて言えないから、俺は黙って赤面するしかなかった。別に変なコトを考えてたわけじゃないからいいんだけど。チラリ、とクラトスを上目に見れば、彼は前髪をかきあげながらイスにもたれて天井を見ていた。
俺は知っている。これはクラトスが退屈しているサインだ。
…なんかこんなこと言うと、本当にクラトスが犬とか猫に見えてきた………


「だから、ニヤニヤするな。気持ち悪い」


今度は睨まれたから、俺はもう笑ってごまかすしかなかった。
最近の俺はクラトスをかまい倒すことに、一種の喜びを感じてる。
ちょっかいをかけて、常に無表情な彼が何かしら反応すると楽しくて仕方ない。10歳近い年上のしかも男に何やってんだ、って自分でも思うけどやっぱ楽しい。
最初は軽くあしらっていたクラトスだけど、最近では仕返しをしてくるときがある。今日みたいに1日休みの日なんかはクラトスが構ってくれるから俺は暇をしない。……って、俺が犬みたいじゃんか。


まあともかく、本当に俺はクラトスにべったりだった。
街に出るときは剣を選ぶから連れてってもらうし、宿はだいたい同じ部屋だから会話をする機会は仲間の中で一番多い。クラトスは無口だけど、だからこそ一言一言に重みがある。話術に長けるわけでもないのに、俺はクラトスが話すことに夢中になった。

一瞬でもクラトスの思ったことは
すべて気になる。




「クラトス」


彼が返事はせずに目線だけがこちらを向いた。俺はその深い瞳をじっと見つめてみる。
こうやって、彼の瞳が自分だけを向いている空間がなにより俺は好きだった。
あのクラトスが。
俺のほうを見て、俺に問い掛けて、俺になにかを言ってくれる。
低く、時には優しい声が俺に何かを与えてくれる。
俺はいつもクラトスから大切なことをもらっているのだ。
そんな気がした。


「つまり、俺はアンタのことが大好きってことだよな」



口から自然にぽろり、と出てきたから俺はあまり羞恥心もなくそれを述べた。
恥ずかしいことを言っているつもりでもない。
だって大好きなのは事実だし、なにより相手は慕うべき師匠なんだから。

だけど、クラトスはどうやら違ったようで。

「…………………は?」



ぽかん、とされた。
それはもう本当にクラトスだけ時間が止まったように。
いつもは鋭い瞳を丸くして、中途半端に口が空いていた。
その表情の可笑しいこと。


「だって最近、町に着いたときなんかはクラトスとしか喋ってねえもん。俺、相当アンタにメロメロだな」

にへら〜と笑いかけてもクラトスは微動だにしない。
いつも俺がふざけたことを言っても「呑気なやつだ」とか「子供だな」なんて茶化してくるのに。
てゆうか俺は一応、質問のニュアンスでクラトスに言ったのに。
返事すらせずに、ただ呆然と俺を見ていた。


「クラトス?」
「………………あ、」


普段の彼からは考えられないほど間の抜けた声。
一体どうしたんだ、と俺が不思議に思っていると、クラトスがふいに顔を背けた。口元に手をあてて軽く咳き込む。なにやら動揺の気配がしたので俺は身を乗り出してクラトスの顔をのぞきこんだ。


「まさかクラトス………」
「……………」
「照、」

れてるのか、と言いおわる前に綺麗な顔がこちらを向いたから俺はびっくりして動きを止めてしまった。
至近距離にある睫毛の長い瞳。絡みあった視線に、一気に雰囲気が変わって俺は息を飲んだ。
俺とクラトスの関係は、そう単純なものでもない。昼間は師匠と弟子であり、コレットを護衛する仲間。だからお互い程よい距離感で、たとえ二人きりになったとしてもなんにもやましいことなんてしない。立場はわきまえている方だ。

つまり真っ昼間にこんなに近くで見つめられたのは今日が初めだった。

しかもクラトスの表情がふだんと違う。
相変わらず色っぽいんだけど、 いつもの攻めっ気がなかった。どちらかというと、困ってるような甘えてるような………




「…昼に…そんなことを言うな、焦るから」
「はあ?」




返答はせずにゆっくりその顔が近付いてきて、軽く、本当に軽く頬にキスされた。ちゅ、と小さい接吻の音がする。ぽかん、と俺がクラトスを見返すと彼は俯いてしまった。どうやら読書が再開するようで、ブックカバーのついた小さな本をパラパラとめくりはじめる。その瞳は相変わらず活字を追っていたが、先程より少し乱れていた。震える睫毛と、揺れるその影に俺はなんとなく、クラトスの「焦る」って意味を察する。途端になんだかこそばゆくて、恥ずかしくて、でもあったかい気持ちになった。



「…………照れる、って素直に言えばいーのに」



ちょっと意地悪な口調でクラトスをいじると、拗ねた顔がこちらを向いた。 俺はまた定位置について頬杖をつき、そして彼を見つめる。顔のニヤケがとまらない。
どんなに俺を夢中にさせたら気が済むんだろうか。……この人は。

「へへ…………うれしーなあー」
「なにが」




とにかくあのポーカーフェイスなクラトスが、俺の言動に振り回されているのが嬉しかった。もっと、乱してやりたい。彼のペースも、心も。

恋する女の子の気持ちが何かわかってしまった俺は、クラトスに向かって照れながら小さくつぶやいた。


「…………俺のこと、すき?」





よそ見をしたクラトスの口から
消え入るような小さなため息と唸り声。

「さあな」というぶっきらぼうで優しい声が、俺の耳元をくすぐった。








お題「ドキドキしてるクラトスが見たいロイド」



すいません、これはクラロイです(笑)
クラトスが可愛くなっちゃって大焦り!


リクエストありがとうございます!

 

2012/06/28 01:34



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