おかえりなさい


世界統合を終えて、たしかに私達の間の空気は以前と全く変わった。
気まずくはない。
…が、やはり実の親子として接すると気が張ってしまう。
ロイドは以前のように食い下がらなくなった。
避けている様子はないが、なんとなく必要以上にじゃれてこなくなったのだ。
それは私に対する敬意や遠慮なのだろうが、私はそれを少しだけ残念に思った。


仲間であろうと、父であろうと、私は私であるというのに。





**


たしか、その日はロイドの様子が明らかにおかしかった。


朝から妙に視線を感じていたが、別に不快ではなかったのでほうっておいた。 が、ふと私からロイドを見ると、彼は即座に俯いてしまう。しかも何故か頬を赤らめて。
不思議に思い、再び違う方向へ目を向け―――――ると見せ掛けて、ロイドを見た。
今度は完全に目が合った。

「あっ………………」


ロイドがまんまると瞳を見開く。

それを呆れながら私が見つめていれば、彼はそれ以上目を背けるわけにもいかず、赤い顔のまま私の視線を受けとめる。

私は頬杖をつきながら、身を乗り出した。


「……………どうしたのだ、今日は」
「あ、…………えと…」


言葉にならない呟きに、ついに私は苦笑した。
完全に困っている息子の姿は、見ていて少しどころかだいぶ楽しい。私もなかなかの性悪になったものだ、と自分でも思う。

そんな気も知らず、ロイドはそわそわと体を動かしたあと若干上目遣いに私を見て、恐る恐る言葉を発した。

「あの、さ…………」
「ん……?」


優しく返事をしてやれば、すぐに恥ずかしがる我が子。
瞳を細めた私の目の前には、師と弟子の関係のときには見せなかった、子供らしい姿のロイドがいた。なんだかんだ言って、それも嬉しいのだ。あの時の生意気な口を聞く彼がいなくなるのは惜しい気がするが。


しかし、この後発したロイドの言葉に、私の心はそれどころではなくなった。



「…と………………とーさん、って呼んでも……い……い?」


「……………」


唖然とした。
まさかそんなことを言うとは思っていなかった。

驚きのあまり言葉を失っていると、ロイドが慌てて弁明をした。



「い、嫌ならいいんだけどっ…………あ…………ごめんな、なんか」

言ってからさらに恥ずかしくなったのだろう、ガタガタを音をたててイスから立ち上がりそそくさとその場を去ろうとした。

向こう側をむくロイドの背中に、デジャヴを感じる。

イタズラをしては、はしゃぎながら逃げていた小さなロイドが――――

だいぶ成長したその後ろ姿ごしに、見えた。


「―――――待て、」


気が付けば右足が勝手に踏み出していた。
今度はロイドがびっくりして振りかえるが、おそらく幼いころからの本能で逃げ出してしまった。彼は追いかけると、逃げたがる癖があった。

世界再生の旅のときもそうだった。
縮まろうとした距離に怯えて、ロイドは私が伸ばした腕を拒んだ。
彼の心の弱さに触れられたら、何かが変わる気がした、しかし。
変化を恐れるロイド相手にはなにもできなかった。



そして今、幾度となく懐古した宝物は、もう手元にあるのだから。

失うものなどなにもない。




「……ロイド…!」



彼の首元についた白い布が視界から消えた。
ドタドタと消えていくロイドの足音。ダイク殿が作ったこの家の床は、私が見ていない15年間のロイドを知っているように優しい音(と言うには少しばかりやかましい音だが)をたてた。懐かしい、音。小さなロイドが義父とはしゃぎながら家を走り回る様子が見えた。
本当に、彼はいい人と巡り合えたと思う。
私なら、あれほど真っ直ぐに育てることはできなかった。
まあこれも…世界統合を成し遂げる者としての天命なのかもしれないが。


ドアの縁に手をかけて、ロイドが走っていった方をみると、彼はすでに廊下の門を曲がっていた…んだと思う。昔とくらべて、思ったより逃げ足の早くなったロイドに私は苦笑しながらそのあとを追った。手加減など、今のロイドにはいらない。


戦闘のとき以外に、こんなに大人気なく誰かを追い掛けて走ったのは何年ぶりだろう。
迷子になったミトスを捜し回ったとき、機嫌を悪くして逃げ出したユアンを必捕まえたとき、ふざけて逃げまわるアンナを追い掛けたとき。

そして

崖から落ちたロイドを探したとき。



私が追い掛ける先には、いつでも大切な人がいた。
その理由や経緯はどうであれ、失いたくないから追い掛けた。


あの時は、崖からおちるロイドの小さな手を握ることができなかったが

今度こそ―――――




「……っ…わ……」


跳ね上がるロイドの声。
玄関まで走って、やっとその手を力強く掴めた。
何故だろう。
疲れを知らない天使の体は、確かに心臓の鼓動を速めていた。
久方ぶりに感じる人間としての感情、緊張、そして生きている感触。


ゆっくり振り返ったロイドは、私を見たとたん泣きそうな顔をした。
頬を赤らめたまま、その潤んだ瞳で上目に私を見る。
小さな口元はたしかに動いた。
とうさん、と。



掴んだ腕を少々強引に引き寄せて
さすがにまだ自分より小さな体を
これでもか、というくらい抱き締めた。


頬にロイドの毛先があたる。
懐かしい、香りがした。
腕の中に戻ってきた存在の温かさに、
ついつい力をこめてしまう。
愛しすぎて、仕方がない。
おそらく、人生の中で今が一番幸せだ。


「あ、暑いんだけど………」


照れ隠しなんて、わかりきっている。
案の定、ロイドは体を硬直させて唸ったまま。
至近距離にある耳元で私は笑いながら優しく囁いた。
今度こそ、父として愛してゆけるように。
彼の弱さも、きちんとわかってあげれるように。


「…捕まえた」



おかえり、ロイド。






6/17 father's day

 

2012/06/17 00:35



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