拍手お題(1)





この状況は、何だ。



ロイドは体をこわばらせながら息を飲んだ。微かに聞こえてくる、聞こえるはずのない背後の寝息。暗闇の中では何が起きているのかわからないが、なんとなく感触で誰かが自分のベットに入ってきたことはわかった。わかったのだが。

「重っ……………」


抱きつかれている。
しかも、自分より大きな存在に。
暖かな腕が少し強めに腰に回ってくる。
もぞもぞとまるでロイドの感触を確かめるように這う手に若干変な声を上げてしまった。
背中に伝わる慣れた気配と微かなその人の香りにロイドは一瞬で誰が自分に抱きついているのかはわかった。だからこそ頭が混乱した。

もう一度問う。
この状況は、何だ。



「ク、ラトス………?」
「………………」



返事は、ない。
定期的に頬に当たる息から、相当爆睡していることがわかる。
軽く振り替えれば彼の瞳はしっかり閉じてあり、睫毛も微動だにしない。
寝顔をこんなに間近に見るのは初めてだったので、ロイドは一瞬息を飲んだ。

綺麗だと思う。切実に。

…しかしそんなことを呑気に考えらていられるほど少年は幼くないわけで。
日頃まず遭遇しないであろうこの状況になけなしの頭をフル回転させながら、ロイドは再び背後の存在を伺った。

鼻孔をくすぐる甘い独特の薫り。クラトスは酒屋に行く、と今夜言っていたので酔っぱらっているのはロイドも承知だった。だがしかしそれにしても、と思う。
クラトスが酒屋に行くことは確かに稀だが、今回が初めてではない。
現にロイドが寝たあとまで飲んだ日でも、次の朝は何事もなく起床していた。
たしかに酒に弱いなんて事実は外見からもその性格からも伺えない。
てっきり酒に強いと思っていたのだが、今までは単に飲んでいなかっただけなのだろうか。



「………ロイド…」



耳元に注がれたのはまどろんだ甘い声。消え入るような曖昧な語尾と、ロイドの背中へすがるように抱きついてくる様子は、意外にも可愛くてロイドは呆れながらも笑ってしまった。
普段絶対に見ることはできない、師範の姿。


窓から吹き込む心地好い夜風が二人の髪を揺らす。
白いシーツが暗闇の中、月明かりに反射しながらハタハタと揺らめいた。
木の床には神秘的な月の影。
微かに香る夜の香りとクラトスがいつも使っているシャンプーのいい匂いにロイドは瞳をふせて―――――

気持ちのよい、静寂が身を包んだ。

懐かしい夢を見ているような気分になった。


「………………?」


なんだか誰かにもこんなふうに、抱き締められながら眠った夜があった気がする。
気がするだけだが。
首を傾げながら考えてみるが、脳裏には何も思いうかばない。
頭の中では感覚の光と光が紡ぎあってお互いを呼びあうのだが、残念ながら記憶には蘇らなかった。




(まあいいか)



考えることに飽きた頃にクラトスが唸り声をあげてロイドをさらに強く抱きすくめた。思わずロイドが目を見張って背後を伺ってみるが、すぐに頬を染めて俯いてしまう。きゅん、と締め付けられる心臓の音はおそらく禁忌。 クラトスの顔が擦り寄せるように ロイドの頬に近付いた。


ずるい。

本当にこの人はずるいと思う。



「…クラトス……」


瞼を伏せたまま一人ごちた。
未だに気付かれていないこの気持ち。
わかってはいる。
受け入れてもいる。
確実に届かない想いであると。


それでも彼の背中に憧れて、哀愁漂う横顔に心奪われて、たまに見せてくれる微笑みはロイドを寝不足にさせる。
忘れられなくて、眠れなくなるのだ。

好きで好きで、どうしようもない。
こんな気持ち生まれて初めてで、どうしたらいいかわからない。


「…………ん、」
「クラトス?」
「風邪をひくぞ………」


寝言までお節介な年上の彼。
というか風邪をひくのはどちらだ。


ロイドはため息をつきながら振り返ってクラトスの肩までシーツをかけてやった。
綺麗な寝顔をじっと見つめて、その胸元へゆっくり近づく。
甘えるように背中に腕を回したら、反射でクラトスも抱き締めかえしてきた。

このまま朝が来なくてもいい、と一瞬思ってしまった。


「おやすみ………」


現実に戻るまでの夢の時間に浸りながら、少年は再び眠りにつく。
目を覚ましたときに見るであろう、愛しいこの人のびっくりした顔を楽しみにしながら。



季節は、夏に変わろうとしていた。








拍手お題 「もしクラトスが酔っ払ったら」

 

2012/06/10 19:17



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