少年の虹。






暗闇の中、むくりと体を起こし特に何も考えずに虚無の空間を見つめる。
この部屋の窓は外界の光を通さない。当たり前だ。太陽の姿がないのだから。


壁にかけられた時計は、早朝4時半を示す。
一番やっかいな時間だ、とロイドはため息をついた。
起床するには早すぎる。しかし二度寝するには若干遅い。
最近、何故かよくこのタイミングで目を覚ます。眠りが浅いわけではない。


「また…………虹……か」


ぽつりと呟くが、相変わらず暗い部屋は静寂しかかえしてこない。
段々目が慣れてきたので、かろうじて暗闇の中うっすらと浮く自分の手がが見えた。昨日できた剣ダコをなんとはなしに見ながら、ロイドはただぼうっとした。クラトスが教えてくれた剣の握り方は日に日に体が忘れていく。気が付けば自分が一番力を入れやすい握り方に変わっていくのだ。クラトスが築いてくれた剣術の基本土台にロイドなりの応用を感覚でつんでいく。だからこそその感覚を未だつかみきれていないこの手の平は、剣ダコをいくつもつくった。それが努力の証だと、クラトスが言ってくれたことを信じて。
…たとえ当の本人が裏切り者だったとしても、あの頃の師の背中の大きさは変わらない。


「…………………」


また余計なことを考えた、とロイドは苦笑した。口先では嫌いだといいつつ、なんだかんだあの男に一番懐いていたのは自分だった。
きっとこんな気持ちになるのも夢のせいだ。何度もロイドを追い詰めるかのように見る、あの夢。



――――夢の中の自分は何故か虹のふもとをひたすらに探していた。

理由はわからない。
だが夢の中の自分は、理由がわからないことを気にも止めずに虹を見つけては追いかけ、手を伸ばす。
絶対に触れない、化学反応の産物に触ろうとしていた。

手につかんだものが空虚だったときに夢の中の自分はやっと気付く。ああ自分は前にも同じことをして、同じ失敗をおかしているんだと。そしてものすごい後悔と喪失感の嵐が自分を襲う。
そこで夢から目が覚める。



実際、ふもとなんてものはないのだけれど、それが無いものだとしてもやはり夢の中の自分はそれを探しに走りだすだろう。
きっと明日の夜も。
そのつぎの夜も。

昼間、あまりにも過酷な現実の中に生きているから無意識のうちにこんなことが起こるのだろう。
迷っている暇ともちゃもちゃ悩む余裕があるなら、1分でも剣術を学んだほうが遥かに現実的だし利益がある。


それでも虹に手を伸ばしてしまうのは、きっと何かを期待しているから。

どんな不可能なことだって、今追い掛ければ触れるんじゃないかと思っているからだ。
夢の中だけじゃない。

きっとあの人の背中も―――


「………寝よう」


思考をやめて早急に少年はベッドに潜りこんだ。あの微笑みを思い出したくなかった。眠れなくなってしまうから。

瞼に広がる大きな虹。
もし次の夢の中の自分が、それが幻であることに気付いても、
きっと自分の足は虹に向かって走りだすだろう。




ありもしない理想を求めて。
実在しない幸福に手を伸ばして。

 

2012/05/17 01:58



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