僕の理由*2











「テセアラを侵略しようかなって思ってるんだけど」


物語は玉座の上から始まる。


様々な装飾品があしらわれたそれは頭上のシャンデリアを反射し、独裁者の顔を微かに照らした。
肩まである金の髪がさらりと頬をすべり、玉座の少年は頬杖をついたまま顔をあげる。
跪く青年を目でみとめると、美しく瞳を細めた。
人形のような完璧な容貌は微かに微笑んで、小さく唇を動かす。


「クラトス、顔あげなよ」


透き通ったアルトの声に、青年は静かに顔をあげる。
鷲色の前髪の奥から見える深い色をした瞳は、真っ直ぐに少年を見つめた。
禁欲的な白の騎士団服がうっすらと部屋のライトで薄い蜂蜜色に光り、怪しい雰囲気を漂わせる。
無表情なそのカオに、わずかに困惑の色があるのを少年は見逃さなかった。
位置的に青年の方が低いため、こちらを見ると必然的に上目遣いになる。
あまり表情に変化がない彼にとってそれは珍しいこと。それゆえに愉快なのだろう。少年はさらに笑みを深めた。
それに対し、青年は僅かに言葉を選びながら、低い声で空気を震わした。


「ユグドラシル様、しかしそれは…」
「……クラトス。二人きりのときの約束は?」
「あ…………すまない。ミトス」

ぷう、と頬を膨らませるミトスを見てクラトスは優しく苦笑した。一国の王と用心棒である騎士団長――それ以上の関係でもある二人が交わした約束。二人きりでいるときは互いの立場を無視することだ。
クラトスは静かに立ち上がった。
ミトス・ユグドラシルは満足したように微笑み、手招きをする。

「おいで」

まるで犬を呼ぶような仕草は、昔となんら変わらない。
実際、立場的には犬みたいなものなので、ミトスより一回り年上のクラトスは文句を言わず素直にそれに従った。
玉座の前の階段を上り、二人の身分を分け隔てる高さがなくなる。
今度はミトスがクラトスを見上げるような位置になったが、まだ幼い独裁者にはこちらのほうが居心地がいいのが本音だった。


「………で、クラトスはどう思う?」

青年は少年が望んだ通りに意見を述べた。


「もちろん国としては有益なものだ。しかし…テセアラの王とお前は仲が良かっただろう。彼を討つことになるが、それでもいいのか?」
「どーでもいいよ、そんなこと。僕はテセアラの土地や民が欲しいんだから」


吐き捨てるような言葉は、果たして王としての発言か、それとも本音なのかはクラトスに読み取れなかった。
ただここで反論しても少年が機嫌を損ねるだけなので、そっと黙る。

しばらくの沈黙が続いたあと、「頼みがあるんだけど」とミトスは一度言葉を区切って言った。

「クラトス。…君には大事な任務についてもらっても、いいかな」
「…お前のためならどんな望みでも叶えよう。言ってみなさい」
「クラトスならそう言ってくれるって信じてたよ」

ひまわりのように笑うミトスを見て一瞬クラトスに複雑な思いが交差する。懐かしい映像がフラッシュバックするように、昔の無垢なミトスの笑顔と玉座の上の独裁者が重なった。
──こんな無邪気に笑う可愛い子供がどこで歪んでしまったのか、と。



「単純にテセアラ王を討ちに行くのはちょっと難しいと思うんだ。なんたってあの大国だからね。兵士だって、クルシスより何倍もあるし」
「たしかにそうだな」
「そう。だから向こうの弱味を握っておこうと思って」
「弱味?」

クラトスは怪訝な顔をした。
彼の様子を見てミトスは楽しそうに言葉を続ける。

「正確にはテセアラ王の…ね。クラトスは知ってる?数年前から『友達』と呼ばれる人間が王の身辺をうろついてるらしい」
「…スパイから、多少の報告はうけている。しかし…王宮内で移動を制限されているらしいな」
「まあ身分の問題だろうね。だから『友達』は王の単なるお話し相手。戦闘能力にはかなり長けてるって聞いたけど、何故か王宮内からも出してもらえないんだ」
「………テセアラ王にかなり依存をうけている、と聞いたが」
「うん。妻や大臣よりも、王に近い位置にいるらしいよ」

テセアラの若き王。その美貌は世界でも有名で、各国には未だに彼の愛人の座を狙う貴族がいるほどだ。
ミトスとまだ交友があったころは、二人の護衛をクラトスがしたこともある。深紅の薔薇のように美しい髪はテセアラ王家の末裔である証。空色の透き通った瞳と、どこか人を引き付ける妖艶な雰囲気を持っている男だった。



「………『友達』とやらを誘拐すればいいのだな」
「うん。あ、だけどわざわざ奴隷級の『友達』を側においてるってことはきっとワケありだよ。多分その人、王家のなんらかの極秘情報をうっかり知ちゃったのかもしれないね。だから王家の監視がてら、王宮で側近として働かせてるのかもしれない」

つまりは、強引な誘拐では歯がたたないということだ。
ミトスの予想が当たっていたのだとしたら、王家としては『友達』をなんとしてでも外部に接触させたくないはずだ。本人の意志とは無関係に周辺の警備は強いだろう。だからこそ、本人の協力は必要不可欠。外側から手をこまねいて、自分から出てきてもらわないことには話にならない。
だから誘拐、というより懐柔の方が表現は当たっているかもしれない。



「テセアラ王の弱みとは『友達』の存在と、『友達』の持っている王家の情報ということか。人質にするには王妃よりも適任かもな」
「そういうこと。だからくれぐれも焦らないでね。何日かかってもいいから確実に仕留めること。少しずつ、精神的に王宮脱出の誘惑をかけるんだ。絶対に王室に行動がバレちゃ駄目だよ。見つかったら確実に…消される」
「もちろんそうだが。万が一バレたらどうする」
「何人殺してもいいから無事にこの国に帰ってくること」

ミトスはきっぱりと言い切った。``無事に``を強調して。


「僕にとってはクラトスが一番。だから、無理しないでね?」
「……そんなに危なっかしいか、私は」


クラトスが呆れたように溜息をつく。
そんな彼をミトスは頬杖をつきながら瞳を細めて見つめた。
花も恥じらうような、美しい微笑だった。


「…………危なっかしいよ。だからいつも言ってるじゃないか。お前は僕が死ね、と言ったら死ぬつもりなのかって」
「………………」
「僕にとっての忠誠とは、生きていることだ。命をおとすことが一番の裏切りだってこと、父上も生きていたころはおっしゃっていただろう………?」
「…………」


「お前が死んでいいのは僕が死んでからだ」

ミトスは足を組み直し、艶やかな笑みを深めて甘く囁いた。





幼少期に両親を亡くし、クルシスの王へとでっちあげられたミトスを周りの大人から守っていたのは、いつもクラトスだった。

王にとりついて国を意のままに操ろうとする大臣は殺し。
王に歯向かう民も殺し。
ミトスのためなら罪のないものも殺した。
手のひらが血染めになろうと、もうどうでもよかった。


十数年前の悲劇。悔やんでも悔やみきれないあの日。クラトスは手で抱えた幸せは、奈落の底へすべりおちたのだから。






クラトスは再びその瞳を伏せ、その場にひざまずいた。
1人で様々な重い荷物(きもち)を背負っていた彼の肩もミトスは見慣れていた。見慣れていたからこそ切なかった。一体、それは何を物語っているのだろう。


「おおせのままに。私は貴方を置いて先には逝きません」


幼き王は何故か儚げな笑みを浮かべ、クラトスの頭を撫でて言った。


「………お利口様」




それは実に不器用な物語。


愛し方を忘れてしまった青年と
窓から自由を見つめる籠の中の鳥のお話。


明かされるトップシークレットに、二人の間で止まっていた秒針がゆっくりと焦らすように

カチン、と1秒目を刻んだ。

 

2012/03/27 01:22



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