独 占 欲


*ロイドが可哀想なことになってます。
卑猥なシーンに不快感やトラウマを感じる方は、ご注意ください。















「それに触れるな」


クラトスはいつもと比べものにならないくらい低い声で静かに男達に言い放った。
表情は、無表情。
凍てつくような冷たい瞳は、欲望にまみれた男たちを侮蔑する。
暗い深夜の路地。素人でも十分伝わってくるその恐ろしさは、男達をしり込みさせた。


「聞こえたか。それに触れるな。それ以上触れたら………殺すぞ」


腰から剣を抜くと頭上にあった電灯の薄暗い光に刃の部分が反射した。それがさらに男達の生命本能に警告音を鳴らす。
数秒の睨み合いの中、一人が後退りをしながら路地の奥の方へと走りさっていった。また一人、また一人とある者は恐怖におののきながら、ある者は舌打ちをしながら深い暗闇へと消えていった。おそらく、表通りへの抜け道でも知っているのだろう。


ばたばたと騒がしい男達の足音が消えて、暗い路地裏が音をなくした。耳が痛いほどの静寂の中、どこかから水滴がぽたんぽたん、と定期的に落ちているのが聞こえた。水道管が水漏れしているのかもしれない。
ゆっくりと、クラトスは足を踏み出した。
狭い路地裏では靴の裏から発する音が壁に反射して、エコーする。カツン、と音を立て前進するほどに、床にへたりこみ呆然とこちらを見る少年の有様が露になり、クラトスは焦燥感でどうにかなりそうだった。
充満する性の匂いと、中途半端に脱がされた赤い服。いつもは露出が一切ない禁欲的な彼の服が、皺をよせて二の腕まで下がっていた。白い肩と鎖骨が、うっすらと怪しく暗闇の中で浮いてみえる。
クラトスは静かに床に膝をつき、少年と目線を合わせた。床のコンクリートが、やけに冷たかった。


「………ロイ、」
「ごめん」


間髪を入れずに少年の口から出た言葉は、謝罪だった。
出鼻をくじかれたクラトスはわずかに瞳をまるくし、唖然とする。しかし少年の続きの言葉を待って黙りこんだ。

少年は中途半端に口を開けては、また閉じる。何かを言おうとしてやめてしまう。しばらくそれを繰り返した結果、ふと少年がクラトスをやや上目遣いにみた。困ったような、それでいて何かを探るような瞳は相変わらず妻に似ていた。

消えかけの電灯が少年の睫毛の影を頬におとし、まだ幼いその顔を少しだけ大人びて見せる。先程まで若い男たちに犯されていたというのに、恐怖な表情は見当たらない。


(まさか………和姦、なのか?)


可能性はゼロではないが、理由がロイドにはない。金に執着はないし、そもそも裏道で何かを手に入れようとは考えないはずだ。知識がないのもそうだが、なにより正義感が強いロイドはこの手の方法を嫌う。でなければ世界再生の旅になど、初めから参加していない。

「…………何故、謝る」

聞きたいことはやまほどあったが、とりあえず口から出た言葉はそれだった。動揺を表に出さないように、平常の声でなるべく和らかな声で問うてやる。ロイドは少しだけ苦笑したあとに、口を開いた。


「アンタの手間をわずらわせちゃって、ごめんってこと」
「…そう思うなら、なんでこんなことをしたのか言いなさい」
「無理やり飲まされた」


何を、とクラトスが聞く前にロイドが床に散らばった錠剤を指さした。近くに空になった瓶も役目を終えて転がっていた。
見覚えがありすぎるそのラベルに、クラトスは目を見張りロイドの肩を掴んだ。
少し焦点が定まっていない少年の双方の目を、覗き込む。

「これを、どこで、どういうふうに飲まされた」
「…………すぐそこの、表通り。知らない男達に声かけられて、ついてったら薬飲むように脅された。しょうがなく飲んだら、……」
「…………」


少年は黙ったが、クラトスは彼の気持ちを察して言及はしなかった。
おそらく、その薬のせいでいきなり体が熱くなってきて、力も入らないから抵抗できなくなったのだろう。古代大戦のときにも、婦女暴行のために兵士の間で出回ってた媚薬だ。相当な効き目だろうから、きっとロイドのような未発達の体では抵抗することもできない。それどころかどこもかしこも性感帯になってしまい、暴漢の愛撫に耐えようとしても無理だったのだろう。クラトスとて、同じ薬を飲まされたときに、理性を保てる自信がない。
それよりも、気になることは。


「………脅された、とはどういうことだ」


薬を飲まされる前のロイドなら十分抵抗できたはずだ。無理矢理連れていかれようと、ロイドの能力ならあれぐらいの人数は素手でたおせる。よほど言葉巧みに操られたのだろうと、クラトスは顔をしかめた。少年のすぐ人を信じる癖をどうにかしたかった。

しかし、ロイドから発せられた言葉は意外なものだった。


「アンタ、さっき酒場に行っただろ」
「……………!」
「リフィル先生に聞いた。今夜は世界再生に関する情報を集めるために、クラトスが一晩かけて夜の町を歩いて回るって。だから俺も手伝おうとしたんだ。そんで…」
「酒場に入っていく、私を見つけたのか」
「……そうだよ。だから声かけようとしたら入り口にいたあいつらに声かけられてさ。何かすっげえあいつら酔ってて『ここは子供のくる場所じゃない』って絡まれたんだ」


ロイドの話をまとめると以下のようになる。
そうこうしているうちにクラトスが酒場の奥のほうへと消えてしまったので、未成年が酒場にはいれないなら彼をここに呼んできてほしい、と頼んだようだ。それがまずかった。ロイドの耳元で酒臭い男たちは、こう囁いた。

『あの色男を殺されたくなかったら、おとなしく言うことを聞け』


初めはロイドとて本気にしなかったようだが、男たちが拳銃を取り出したのでひとまず場所を変えるよう提案した。天使はわずかな殺気でも気付くので、まず遠方からの狙撃で命を落とすことはありえないのだが、ロイドはまだ事情を知らない。いくら剣豪でも、さすがに銃弾はよけれない…とロイドは心配し、おとなしく彼らの命令に従った。そして先程の薬を飲まされた。



「…………こざかしい真似を」



苛ついた声でクラトスははき捨てた。若者の酔った勢いでやったことなんだろうが、だからこそ許せなかった。
親としての感情もある。だがしかしそれ以上に―――ロイドの禁忌の領域を赤の他人に奪われたことに、何より腹が立った。
自分が触れたくても触れられないその光を、めちゃくちゃに汚されたことに。


(いや、親の私が一番触れてはいけないのだろうな……)




「ごめん……クラトス……俺………」
「……お前は悪くない」
「違う、違うんだ、クラトス、そうじゃなくて」


力なくクラトスの衣服を掴んだ少年は、まるですがるような瞳をする。何かを言いたいのだろう、口をぱくぱくと動かしているが一向に言葉が出てこない。きっと恐しい目にあって頭が混乱しているのだと、クラトスが宥めようとしたとき

「…………ふぇっ…」


ロイドがらしくもなく泣き出した。
さすがにぎょっとしたクラトスは瞳を丸くしたまま呆然とロイドをみつめる。大粒の涙を頬に溢し、それを甲で拭う姿は幼きころの日々を追憶させた。


「ごめん、ごめんクラトス……俺、本当に最低だ」
「…だからそれはお前のせいじゃ、」
「情報収集の手伝いのためなんて、嘘だよ」


差し伸べかけた右手が中途半端に宙にうく。


「本当は、クラトスを夜の酒場に一人で行かせたくなかったんだ。夜だとその……綺麗な女の人とか、いっぱいだろ?」
「……………」
「情報収集なんて駆け引きだからさ。アンタ、目的のためならなんでもしそうだし。もしかしたら引き換えに、女の人と寝たりすんのかな………って考えてたらいてもたってもいられなくなって」
「…………それで、追いかけてきたのか?」
「………うん」




まさかな、とクラトスは息を飲んだ。
単にクラトスが枕営業をすることに、抵抗があるだけかもしれない。
正義感の強いロイドのことだ。仲間が裏ルートで情報を手に入れることが嫌なだけ、という可能性もある。
言葉のあやかもしれない。
嫉妬だとしてもそれは、師範と弟子の関係としてだろう。
一瞬脳裏をかすんだ予想をクラトスは振り払おうとした。

しかしその後、ロイドの発言によりそれは無意味なものとなる。


「………き、…なんだよ…」
「は?」
「好きなんだよ………っ…」



静寂の中、ロイドのその言葉だけがクラトスに響いた。


最初はなんのことやら、とぽかんとしていたクラトスの表情も徐々に変わっていく。
中途半端に口を開きながら、らしくもなく頬を染めた。
彼が状況を上手く判断できず戸惑っていると、ロイドが本格的に泣き出す。先程のばしかけたクラトスの腕は行き場もなく彷徨い、すこし躊躇しながらもロイドの頬へ触れた。


「……泣くな」
「…っ……」


少年は顔を上げる。
親指で目尻の涙をなぞったとき、濡れた睫毛が頭上の蛍光灯に反射した。



「お前に泣かれると、私は…………」


――――――どうしたらいいか、
わからなくなる。






「…………クラ、」



気が付けばロイドの手首を掴んで、自らの胸へと引き寄せていた。
泣いていたロイドは、涙で濡れた瞳を見開いて固まってしまう。
しかしクラトスがゆっくりとその小柄な体躯を優しく腕で包みこめば、途端に少年の頬は朱に染まった。



「は、………はなして、クラトス」
「いやだ」


むしろ抱き締める腕に力を込めれば、ロイドが切なく声をあげた。クラトスの背中に添えられた手が拒むような求めるような仕草をする。
媚薬の効果がまだ微妙に残っているのだろう、ロイドの熱い吐息を首のあたりで感じた。


「はあっ………だめだって、おれ、いまっ………!」
「私もお前と同じだ」
「え……」



まさかこんな形で奪われるとは思っていなかった。
もっと早く自分に正直になっていれば、何かが変わっていただろうか。
理由を述べるとしたら、ただ勇気がなかっただけなのだ。触れてしまえば、もう戻れなくなるから。
いくつもの衝動を全ておし殺した。
一線を越えてしまえばきっと自分はロイドをめちゃくちゃにして、自分の色へ汚してしまうだろう。




自分に常に向けられるその笑顔は、あまりにも無垢で無知で

まるで、天使のよう、だと、



「欲しい」


一言耳元で囁けば、ロイドが息を飲んだ。震えた体は「何が」とクラトスに訴える。すこし体をはなしてロイドの顔をのぞけば、熱情に酔った表情が見えた。本能という名の火がクラトスの中で静かに明かりを灯す。暗闇の中で感じる、熱く愛しい体温にクラトスはどうにかなりそうだった。



「お前が、欲しい」



甘く囁いて、優しく少年を誘った。






 

2012/03/20 22:40



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