はじめの一歩





ロイド・アーヴィングはすごく優しい。



それは周知の事実であった。彼は誰にでも、思いやりをもって接することができる。相手がどんな立場であって、どんな性格であろうと、彼のお人好しさは変わらない。彼の笑顔は人種を選ばない。 それはハーフエルフであるリフィルが一番、よくわかっていた。

だからこそ、ロイドの態度の変化には首を傾げた。リフィルが気付いたのは、たしか世界再生の旅が始まったころだ。あの時からロイドはつっけんどんに反抗することを覚えた。リフィルにではない。新たに彼の人間関係に入りこんできた、クラトスという男にだ。
クラトスは無口だった。この上ないほど、無口だった。
だからといって何も考えていないわけではないのだろう。彼はいつでも冷静に、事実だけを見つめ、主観で物事を語らない。一見非情に見えるロイドへの言動も、一番に彼のことを考えて選択している結果なのだと、リフィルは知っていた。
誰にでも優しいロイドとは、まずそのへんが違う。
おそらく彼らの相違点はもっとたくさんあるはずだ。真逆だとも言える。だからこそ意見のすれ違いは多かった。ロイドが彼にだけ反抗するのはそのせいかもしれない。
それはわかっているのだが、リフィルはそれでも疑問に思った。



(思春期………?)



結論はそれに至る。
普通の男子ならその対象は女子に向けられるだろう。だがしかしロイドは育った環境が環境だ。コレットとは幼少期からの付き合いなので、おそらくロイドの中では対象外だろう。コレット自身の気持ちはまた別の話だが。
別にロイドがクラトスに恋慕している、と言ってるわけではない。
可能性はゼロでもないが、ロイドにその趣味があるとは考えにくい。


その結論に確信が芽生えたのは、風の精霊の遺跡での出来事だった。いつもは皆の一番前を歩くロイドだが、今回はクラトスと共に最後尾をむすっとした顔で歩いていた。やけに風が吹くこの場所は、ロイドには向いていないとクラトスが判断し、強がるロイドを無理やり自分のそばにおいたのだ。その点はリフィルも異議はなかった。ロイドは強いが、小柄でやや注意力にかける。いきなり吹き付ける風に対応できるとは限らない。だから先頭は代わりにリフィルが担当した。ロイドは一度クラトスの意見に反論したが、リフィルがクラトスに賛同すればしぶしぶそれに従った。
リフィルの意見は素直に聞くようだ。


そんなこんなで遺跡の中枢まで一行は順調に進んでいた。
そんなときである。


「わっ……あ!!」



背後から吹いてきた強力な風がロイドに直撃した。
体が大きなクラトスは少しよろけるだけですんだ。だがまだ子供体型なロイドにとって、その風力は耐え難い。ただでさえ足場が少ない遺跡で足がもつれたのは命取りである。振り返ったリフィルも、近くにいたコレットもジーニアスも高い悲鳴のような声をあげたが。


「ロイド!!!」

一番余裕を欠いた声を発したのはクラトスだった。

リフィルは初めてクラトスが焦燥するのを見た。それは一瞬だったがそのあまりの変貌ぶりに、今でもそのカオが思い浮かぶほどばっちり印象に残っている。
足場から落ちそうになったロイドの腕を、乱暴に掴んでぐいっと手前に引き寄せた。その力強さにロイドが目をまんまるにするころには、彼はクラトスの腕の中にいた。リフィルはほっと息をはく。やはりクラトスと自分の判断は間違えていなかったようだ。


「よかった……」


そのときのクラトスの悲痛な声が、今でも忘れられない。
あれは本当に大切な人を求めるかのような声だった。
おそらく、本気で焦ったのだろう。彼の無骨な手は微かに震えていた。
対するロイドは状況がつかめず、頬をクラトスの胸板に押しつけたまま、ぽかんとしていた。
ゆっくりと見上げ、そしてつぶらなその瞳でじっとクラトスを見つめる。クラトスはそれに気付かず、リフィルに目で合図した。「大丈夫だから先へ進め」と言っているのだろう。聞きたいことは沢山あったが、何だか聞かなくてもわかってしまったので、リフィルは微かに笑って前を向いた。


「あ、ありがとう………」
「かまわない。次からは……気をつけなさい」
「ああ……」


小声で話しているようだが、先頭のリフィルまで会話が聞こえてきたので吹き出しそうになった。
いつもは茶化すジーニアスも今回は珍しく何も言わない。おそらく、空気を読んだのだろう。コレットはいつも通り、にこにことしていそうだ。先頭のリフィルには彼らの表情は見えなかったが、きっと自分と同じように優しい顔をしているはずだ。

特定の人物と、素直に話ができない。思春期相応の悩みではないか。たとえそれが恋慕とは少し違う感情だとしても、きっとロイドは今の出来事で自分の中にあった確かな思いに気付いたはずだ。劣等感も含めて、クラトスには沢山新しい感情を教えてもらっていることだろう。



それは、少しずつロイドを大人にしてくれると思うから。


(知らぬフリをしてはダメよ……ロイド)



心の中でそうリフィルは呟いた。
たとえこの先どんなことがあっても、ロイドには自分に正直であってほしい。未知の感情に恐怖して、気付かないふりをしてほしくない。きっと彼は知りたくなくても、受け入れなくてはいけないことが、沢山待ち受けている。この世界のシステム、犠牲者の数、そして―――リフィルとジーニアスの嘘。あるいはそれ以上のものが、目の前に立ちふさがるときもある。


大人への近道は苦労をすることだ。真剣に悩んで、泣いて、そして笑う。ロイドには経験しなくてはいけないことが山ほどあるだろう。生きることなんて辛いことが8割だ。




少年は進む方向もわからぬまま、
ただその一歩を踏み出したに過ぎない。

 

2012/02/16 23:43



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