裏切りの重さ







「そっかあ、クラトスはパパだもんなあ」
突然独り言のように言ったロイドの言葉に、クラトスはぎょっとして彼を見た。
隣でにっかりとしている少年の笑顔を呆然と見つめる。
慌てて表情を固めるが、明らかに心拍数が上がったのをクラトスは自らの意識で感じた。
こういう話題をふられるとクラトスはらしくなく身動きができなくなり、無駄に焦ってしまう。
特にロイドが相手だとその効果は倍増するのだ。
ロイドはクラトスに妻子がいることを知っている。もちろんそれがアンナでありロイドであることは知らないのだろうが。
それにしても、世界再生の旅路でロイドがその話題を自分から出すのは珍しい。
いつものように同じ部屋で、いつものように剣の手入れをしていた最中の唐突な言葉だ。
何の前フリもない。
いきなり突拍子もない話をされてさすがにクラトスは動揺したが、大人の対応を意識しながら口を開いた。
「……何故………」
全然大人の対応ではない。第一、声が震えてしまう。
クラトスは怯える自分を実に情けなく思った。
彼はこのとき完全に何も知らないロイドだからこそ、次にくる言葉に恐怖していた。
もし、自分の信念を揺るがすようなことを言ってきたらどうすればいいのだろう。他人から言われたことは気にしないが、ロイドの言葉だとわけが違う。
クラトスの裏切りの決心は強いが、強いからこそ、一度崩れればもうそのまま崩れるだけだ。
組み立てるのに時間がかかったものほど、だいたい壊してしまうのは簡単だという。
ロイドの言葉は、それだけの威力がある。
一度聞いてしまえば葛藤せざるをえない、目指していた方向を変更してしまう、大きな何かを。
「問題!クラパパの癖ってなーんだ!!」
「癖?」
「最初は子供扱いされてるだけなのかと思ってたけどさ。案外しょうがねえよな。一度子育てしたらああなっちゃうよなあ」
「……待て。言っている意味がよくわからないのだが」
「だから、」
一度ことばをきって、ロイドは立ち上がった。
ベッドの上で剣の手入れをしていたクラトスに近寄る。
少し戸惑う彼に気付くはずもなく、ロイドはクラトスのベッドに座った。器用に両足を使って赤いブーツを脱ぐ。うんしょ、と軽く声をだしてクラトスの傍で胡坐をかいた。
「ロイド?」
「へへっ」
にこーと人懐っこい笑顔をされても、クラトスは混乱するばかりである。第一、剣の稽古以外でこんなにも至近距離にロイドが近寄ってくることはない。きっと別にクラトスが嫌いだから近寄らないわけではないのだろう。ロイドはもう年頃だしクラトスは大の大人だ。ましてロイドはクラトスが親であることを知らないのだ。いくら懇意にお互いを思っていても、ベタベタする関係ではない。それはクラトスもわかっていた。
だからこそ、ここまで近寄られると言葉より先に手が出てしまう。
「…………」
いや、でも嫌がるかもしれない。
クラトスは咄嗟に動きをとめた。行き場を無くした腕が中途半端に浮く。
しかしロイドはその腕をがっつりと掴んだ。
「はい、この手!」
「…………な」
「アンタの癖だよ〜人の頭ばっか撫でやがって」
まったく、といいながらも嬉しそうにその腕を自らの頭に乗せる。
なすがままにロイドにされ、呆然と彼の笑顔と自分の手を見比べた。相変わらずロイドは、自分の無骨な手の下でへらりと笑っている。
「…………………」
しげしげとロイドを見たあと、大きな溜め息をついた。
最近のロイドは雰囲気が違う。どこか前より、甘え方が上手く見える。
クラトスが一人の父親であることに親近感を覚えたのだろう。事実を知ってから、ロイドはやけにクラトスのまわりをついて歩くようになった。前からそうだったとはいえ、その頻度は明らかに多くなったように思う。
特に話かけるときの態度が師匠を慕うそれから、飼い主にじゃれる犬のようになった。二人きりだと特に。
クラトスにとってロイドの態度の変化は、別に嫌ではなかった。むしろ嬉しい、とも言える。果たして無口で何の面白いことも言わない自分が、何故ロイドに好かれるのかはわからない。何か思うところがあるのか、それともただ何となく本能が感じ取っているのか、どちらにせよクラトスが仲間の中で一番ロイドのそばにいることが、いつのまにか当たり前になっていた。

自分が呆れた顔をして見つめても、少年はにこにこと笑う。その煌めきを、自分は何度求めただろう。前も後ろも、足元さえ見えない暗闇の中、15年間を生きつづけてたどり着いたのがここだった。今では手を伸ばせる距離に、自分がずっと欲しかった体温がそこにあった。
「………………」
ふさふさと揺れる髪を、そっと撫でてみる。少年はさらに笑顔になった。無条件に注がれる微笑みは優しく、自分が確かに愛する我が子のものだった。

しかし今は、その優しさが痛い。

少年から手をはなして、少しだけ笑ってみた。上手く笑えなかったようだ。ロイドが不思議そうに見上げてきた。
その表情が、かつて自分の愛した女性と重なった。



笑っていてくれればそれだけで十分だったはずだ。
ロイドのためなら自分は二の次にできたはずだ。
なのに。
「おい、クラトス、どうしたんだよ、黙っちゃって」
「ロイド、お前は………」
「え?何?」
きっと今ではその決意が鎖となって自分を支配する。
彼のためだとはいえ、自分はこれから酷いことをするのだ。
こんなに愛らしい笑顔を、自分への信頼を、すべて汚すことになるのだ。
それだけ、自分にはロイドに対する思いがある。
だからこそ、だ。
もし、自分がこんなに遠回りに生きようとする性格ではなかったとしたら。
「………何でもない」
「え!なんだよ!」
「気にするな」
「気にするよ!」

いつだってこの子を攫ってしまえるのに。

 

2012/02/11 20:50



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