飽きるくらいに「好き」と言わせて。



とばしかけた意識を取り戻し、クラトスは顔をあげた。



2月。
冬の寒さがまだまだ厳しいこの季節は、どうも彼には向いていない。毎朝起きるのがつらいし、何より寒くて外に出る気が失せてしまう。案の定、室内をこれでもかというくらい暖かくするので、先程のように簡単に居眠りをしてしまう。その結果、やらなければならなかった用事が片付かず、ため息を繰り返す毎日だ。
その視線を窓の外へ移すと、相変わらず不機嫌な空がどんよりと灰色の雲を一面にしきつめていた。クラトスが恋しげに空を見上げても太陽は姿を見せない。かわりに、白の小さな花弁に似たそれがひらひらと儚げに散っていた。


(雪………か)


いつ頃から降り出したのだろう。
頬杖をついてぼうっとそれを見つめてみた。やはり、というか再び眠気の波が彼を襲う。ああ寝てはいけないのに、とクラトスは毎回思うのだが、大抵もうその時点では「まあいいか後で起きれば」という考えが8割を占めているので、どうしようもならない。居眠りに関しては、とことん自分に甘いクラトスであった。
あともう一息で夢の世界へ旅立てるような、一番気持ちいいまどろみ。
駄目だ今日はこのまま寝てしまおう、とクラトスが完全に仕事を放棄したその時。



とたとたと聞き慣れた小さな足音が、思考の端で聞こえた。




「クーラトス!」



まるですべてを吹き飛ばす明るい声と共に、予想外の衝撃がクラトスの背中へと伝わった。
本気でびっくりした彼は、一瞬で瞳を見開いてしばしそのまま固まってしまう。
眠気は完全に無くなったが頭が真っ白になったため、状況を判断するまで少々時間がかかった。
彼の首に回ってきた細い腕は、いつもと変わらず子供の体温並にあたたかい。
その腕に自分の手を重ねて、彼は小さく苦笑する。
頬に当たる髪が嬉しいほどくすぐったかった。


「そそっかしいな、お前は」
「だって!!雪!!雪よ!!!めっちゃ綺麗じゃない!!」



きゃあきゃあと少女のようにはしゃぐアンナを背中で感じた。
クラトスが回転式のイスを回して、ゆっくり振り替える。腕の力をゆるめながらも、彼女は興奮したままクラトスに抱きついて窓の外を指差した。


「ねえねえ、外に出ましょうよ〜〜、私遊びたい〜〜」
「……寒いぞ。というか雪なら昨日降ったではないか」
「そんなの関係ないわよ!も〜〜ずっと雪でもいいくらい〜」


心底楽しそうな彼女にクラトスは呆れるように笑った。いくつ年を重ねても、彼女の幼さは変わらない。二人で過ごす冬はもう何度目かであるのに、彼女はクラトスを飽きさせないほど、可愛らしい反応をする。随分骨抜きにされているクラトスなので、雪というよりはしゃぐ恋人に毎回瞳を細めるのだが、彼女は全く気付いていない。彼自身が照れて言葉にしないからだ。


「アンナ」
「ん〜〜?」

名前を呼べば返事をしてくれるヒトがいる。


そんな幸せに浸りながらクラトスは彼女の大きな瞳を見つめた。
何の躊躇いも理由も疑問もなく、ただ素直に彼を見つめるアンナがどうしようもなく世界で一番、


「……………」
「クラトス?」
「雪はきらいだ。面倒だしな」
「えー!」
「そして寒い」


そう言った直後、いささか強引に彼女を抱き寄せた。
こわばる細い体躯を優しく撫でて、その熱い耳元に音を立てて口付ける。若干歯を立てれば消え入りそうな悲鳴が聞こえた。



「ク、クラトス、はなして」
「はなさない」


意地悪くいえば彼女はさらに赤くなって、切なげにクラトスを見つめる。拒絶してるようで彼を誘うその瞳に、うっかり昼から欲情しそうになった。ああ本当に可愛い。恥ずかしいから言わないけど。
涙目の上目遣いもきっとアンナという女性だからこそ、悩殺的なのだろう。淑女とは違う、色艶とかそういう単語では言い表わせない魅力が彼女にはあるのだ。だからこそ、


一度ハマれば、もう戻れない。



「雪なんかより、太陽のが好きだ」
「……………へえ」
「明るくて、いつもそこにあって、あることが当たり前になるくらい側にある」


お前のようだな。

最後の一言は口に出さなかったがアンナの頬の染まり様から、まあ多分気付いてるんだろう。それか先程の口付けで惚けているかだ。正直どちらでもよかった。真意が届かなくてもいい。ただ、そこにいてくれればそれだけで。



彼女の柔らかな髪に口付けながら、窓の外をもう一度見た。雪は止んでいた。この時期はふったりやんだり、気分屋な空である。あの分厚い雲から明るい太陽が覗くのは、一体いつなのだろう。
とはいえ一番近い太陽はここにあるから、どうでもよかったりするのだが。それでも早く彼女と温かな春を迎えたかった。きっと今年の桜は、去年より彼女をはしゃがせてくれる。



「…………好きだ」



お前が、と耳元で囁くと恥ずかしそうに唸る声が腕の中にあった。

 

2012/01/31 21:09



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