ゴウルカ&ユダキラ13

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『ハロウィンの夜、貴方を泣かす』 ゴウルカ前提キラ→ルカ+ユダ〜特別な夜シリーズ9

ハロウィンの時期が近付いてきた。
イベントに目がないセイント学園では、クリスマス、お正月、節分は勿論、七夕や子供の日までお祝いする。そんなわけで勿論、ハロウィンもお祝いする日として決められていた。
例年学園祭を兼ねたハロウィンパーティーは盛大で、自然生徒会長のユダが多忙になる時期でもある。
しかしそんな憂鬱になってもおかしくない時期が近付いてきたというのに、ユダは不思議と上機嫌だった。
「ユダ、何かいい事でもあったのか?」
そう尋ねたのは、昔からの親友であるルカである。
ルカに指摘されて、ユダは苦笑した。やっぱり彼には隠せないか。
常に笑みの絶えないユダであるが、それでも彼だって人間で、疲れている時や不機嫌そうな時だってある。感情を表立って出さないだけなのだ。そんな彼の気分の上下を正確に見抜けるのは、ルカぐらいだった。
それでもこれはまだ口にできる事ではない。ユダは素知らぬ顔で「何の事だ?」と恍けた。
「誤摩化す事はないだろう。なんとなく嬉しそうな顔をしている」
「気のせいじゃないか?特に何もないよ」
言うつもりもない様子のユダに、ルカはふうん、と言って言及をやめた。ユダの言葉を信じたわけではないようだが、無理に言わせるつもりもないらしい。
しかし疑わし気な視線を向けることまでやめるつもりはないようだ。眇めた目でこちらを見続けるルカは、おそらくユダの隠し事に拗ねているのだろう。
困ったな、と宙に視線を彷徨わせていれば、丁度その時、ガイとマヤがユダを呼びながら駆けてきた。
「ガイにマヤ、どうしたんだ?」
渡りに船である。助かった、とガイ達に笑顔を向ければ、二人は紙の束を抱えていた。
ガイが口を開く。
「あのさー、今度のハロウィンパーティー、俺達のクラスは劇をやるだろ?」
「ああ、ガイとマヤは実行委員だったな」
相槌を打てば、今度はマヤが話を続けた。
「それで台本はシンとレイが書いてくれるんだけどね、主役の二人は誰がいいかクラスでアンケートとったんだ。んで、王子役にユダさんが選ばれたんだけど…ユダさん、きっと生徒会で忙しいよね?主役は無理かなあ」
二人の話に、ふむ、とユダは一つ頷く。
確かに、劇の主役と生徒会を同時にこなすのは大変だ。中途半端にやっても、それはむしろクラスの迷惑になりかねない。視線でルカにも確認してみたが、苦笑して肩を竦められた。「難しいだろう」とその目が言っている。
「…そうだな、選んでくれた皆には悪いが、ちょっと無理だな」
ガイとマヤは「だよねー」と笑う。玉砕覚悟の確認だったらしい。
「あ、でもルカは大丈夫だよな?」
二人の関心は、ユダからルカへとスライドした。突然指名されて、ルカは瞬きを繰り返す。
「私?…確かに風紀委員はさほど仕事を割り当てられていないが…どうかしたか?」
「ルカさんも投票で選ばれてるんだ!お姫様役!」
元気よくマヤが告げた言葉に、ユダとルカは揃って「は?」と目を丸くした。
「姫…」
「そう、姫!王子役は割と僅差だったけど、ルカの方はもうぶっちぎりだったぜ〜」
「そうそう。ルカさん綺麗だし、存在感有るしね」
次々と出てくる褒め言葉に、しかしルカは素直に喜べない。
複雑そうな顔をする親友に、ユダも思わず噴き出した。その乗りで「いいじゃないか」とルカの姫役に賛同する。
「ユダ…」
視線が、痛い。しかしユダは気にしなかった。
「俺への打診が無駄だったのに、これ以上実行委員の二人に負担をかけるわけにもいかないだろう?ルカならできるさ。俺の分も頑張ってくれ」
「ルカ!」
「ルカさん!」
どこまでも正論なユダの言葉に、ガイとマヤの期待の眼差しが重なる。ルカは諦めの表情で「分かったよ…」と承諾の言葉を口にした。
ガイとマヤは素直に喜び、ユダもうんうん、と嬉しそうにする。ルカもがっくり肩を落としてはいるが、仕方ない、と微苦笑を浮かべていた。
しかし次に告げられたガイとマヤの言葉に、ユダとルカは硬直した。
「あ、ちなみに王子役第二候補はキラなんだ!」
「キラにはすでに打診してあるからね!ユダさんが駄目だったら考えるって言ってくれてるよ!」


キラは以前、ルカに好意を寄せていた。それを知っているのはルカとユダだけである。…ルカはユダが知っているという事まで知らないだろうが。
ルカはキラに告白された時、酷く戸惑った。ルカにはゴウという恋人がいて、キラは彼にとって恋愛対象でなく友達だったからだ。だからルカは、気持ちには応えられない、と断ったが、それでもキラはずっと諦めないでルカを想い、そしてことあるごとにちょっかいを出していた。
しかしそれも七夕の夜、ゴウとルカの幸せそうな様子を目の当たりにしたキラが、ルカを諦める事で話は終わったのだ。
ユダはルカが告白される前から、キラがルカしか見ていない事に気付いていた。ユダは、ずっとキラを見ていたから。…キラが、好きだったから。
想いを告げたのはつい先日。ルカを諦め、日々を無関心で過ごしていたキラを、ユダは見ていられなかった。想いに歯止めがかからなかったのだ。
キラはユダの告白を、嬉しい、と言ってくれた。まだはっきりと返事はできないけど、でもユダの気持ちが素直に嬉しい、と。
だからユダは待っている。キラが自分を見てくれる時を。キラの隣が、自分に許される時を。


 「ねえ、ユダさん」
 「キラ」
 「どうして何も言わないんだ?」
 「……」
 「劇の話、聞いた。俺の相手役は、ルカさんだってな。ねえ、ユダさん。なんで何も言わないんだ?」
 「……」
 「俺とルカさんが、舞台上で恋人同士になるんだぞ。それで、いいのか?」
 「……」
 「ユダさん」
 「…なんで、俺にそれを聞くんだ?」
 「……」
 「お前達の問題だろう?俺には、関係ない」
 「それ、本気で言ってるの?」
 「…ああ」
 「…そう。それなら、いいよ。よく分かった」
 「……」
 「この話、受けるよ。王子役、やる。…これで、いいんだろう?」
 その言葉を最後に、キラが去る。向こうへと消えていく彼の後ろ姿に、ユダは知らず知らずのうちに自分の腕を押さえていた。その腕を伸ばして、彼に縋り付かないように。
 彼の姿が視界から消えて、ユダはその場に崩れ落ちた。
 「…どうして、俺が何か言えるんだ?」
 俺にはまだ、そんな権利ないのに。
 ユダの最後の呟きは空気に紛れて、消えた。


 「すごいじゃないか、ルカ。姫役なんて」
 「ゴウ」
 「うんうん、確かにルカなら綺麗な姫になるだろうな。きっと素晴らしい舞台になるぞ!」
 「…ゴウは、私が姫を演じればいいと思うか?」
 「ああ、勿論だ!俺は全力で応援するぞ!」
 「…そう、か」
 「大変だろうが、頑張れルカ!」
 「…ああ」
 ゴウは気付かなかった。この時のルカの表情が、暗い影を帯びていることに。
 そしてルカも、同じく気付かなかった。ゴウの瞳に燃え上がる、熱い炎に。
 
 
 そしてキラはルカを呼び止める。
 廊下、偶然二人っきりになったその時、キラは真剣な顔でルカにこう告げたのだ。
 「ねえ、ルカさん。…大切な話が、あるんだけど」
 ああ、まるでいつかみたいだな。
 ルカに想いを寄せていた、あの時と同じ状況、同じ台詞にキラは我知らず笑みを零していた。
 
 

十月半ばが過ぎる。学内では近付いてくるハロウィン当日に皆が心躍らせ、そして本番に向けてそれぞれ忙しくなってきた。勿論ユダも。
つい先程まで生徒会の仕事を片付けていた彼は、休憩時間を利用して体育館へ向かっていた。そこでユダのクラスが劇の練習をしていると聞いていたので、覗いてこようと思ったのだ。
他の委員会から回ってきた書類に目を通しながら体育館へ続く渡り廊下に進めば、ふと不審な動きをしている影が目に入り、ユダは動きを止めた。廊下の入り口を振り返り、白と紺の袴がそこで見え隠れしているのを認める。
ユダはぴんときた。
「ゴウ」
「わ!」
来た道を戻って顔を出せば、予想通り、そこにはゴウが立っていた。ゴウは突然声をかけられたことに大袈裟に驚き、そしてユダを見てほっと安堵の息を漏らす。
「なんだ、ユダか。驚いたぞ」
「それはこっちの台詞だな。まさかこんな所にいるとは思わなかった。剣道部は、秋の大会に向けて練習中じゃなかったか?」
「う…」
指摘すれば、ゴウが声を詰まらせる。成績が優秀な剣道部は、ハロウィンパーティーの準備には関わらず、次の大会に向けて一日中練習だと報告を受けていたのだが、どうやら彼は抜け出してきたらしい。
「部長自ら、サボリか?」
にやにやと突っ込めば、即座に違う!と否定された。
「今は休憩中だ!サボリなどでは決してない!」
「ほー。では休憩時間を利用して、劇のヒロインをやる恋人の様子を見に来た、というわけだな」
「な…!」
ゴウの顔が、真っ赤に染まる。図星のようだ。
「こんな所でうろうろしているところを見ると、直前になって恥ずかしくなったのだろう?」
「うう…」
「仲が良くて結構じゃないか。恥ずかしがることはないさ、ルカもきっと喜ぶ」
肩を叩いて促すが、ゴウはそれでも動かない。おや、と振り返れば、ゴウは神妙な顔で固まっていた。
「ゴウ?」
「…本当に、ルカは喜んでくれるだろうか」
思いがけず暗い声を聞いて、ユダは驚いた。明るい表情を消して、ゴウへ向き直る。
「どうか、したのか?」
ゴウは、黙っていた。なんと言おうか迷っている様子で、視線をユダから逸らす。そうしてから、彼は眉を情けなく下げて、話し始めた。
「別に何かあったわけでは、ないんだ。ただ…ルカに避けられている気がして。なんとなく表情も硬いし、距離をとられているような感じがする」
ゴウが気付いたのは、劇のヒロインをやる、とルカから報告を受けた翌日からだったらしい。報告を受けた時はいつも通り二人で寮に帰っていて、ゴウはいつもの調子で素直にすごいじゃないか、ルカならやれる、とルカを励ました。そしてその翌日から、劇の練習を理由にあまり会えてないのだと言う。
正直、ユダは嫌な予感がした。心当たりなら、ないわけではない。
ユダ自身、劇の練習で忙しいキラとはあまり会えていなかった。いや、怖くてユダが彼を避けていた、というのが正しい。あの時、キラの瞳には明らかなユダへの蔑みが見れて、ユダは怖かったのだ。
キラに嫌われたのかもしれない。
もしそうなった時、彼が再び目を向けるのは。
…誰かなんて、考えるまでもないじゃないか。
不安でぐるぐると思考を巡らすユダは、はっと現実に立ち戻った。ゴウが、心配そうな顔でユダを窺っている。
「…気にし過ぎじゃないか?実際、劇も忙しそうだし、ルカがゴウを避けるなんてあるわけないじゃないか。もしくはヒロインをやるのが恥ずかしいだけだろう。心配することはないさ」
とっびきりの笑顔で笑い飛ばせば、ゴウは少し安心したらしい。暗い雰囲気を和らげ、そうか、とほっとした顔を見せる。
「そんなこと気に病まないで、さっさと練習の様子を見に行こう。ルカも、もしかしたらゴウを待っているかもしれない」
そう促して一歩、歩みを進めたユダは、突然動きを止めた。
渡り廊下では、体育館の建物全てを見ることが出来る。その奥の、言うなれば裏口にあたる所から、一人の人物が出てきたのだ。
ルカである。
固まるユダに、ゴウもルカが出てきたことに気付いたようだ。そしてその少し後、更にもう一人体育館から出てきたのを二人は確認する。
ユダは顔色を青くした。脳内に、キラの言葉が響く。
でも、ユダさんの気持ちが素直に嬉しいんだ。
ルカに続いて姿を現したのは、ユダの想い人のキラだった。


「ルカさん」
体育館の周囲は雑草に囲まれている。その雑草の海と体育館の敷地の間には溝があって、ルカはその体育館側のコンクリートの部分に腰を下ろしていた。
声をかけられ顔を上げれば、キラと目が合う。キラは当然のようにルカの隣に座って、小首を傾げた。ルカがキラを避ける気配はない。
「どうしたんだ?元気、ないみたいだけど」
劇の練習が始まってから、ルカの表情はずっと陰っていた。本人は隠しているつもりだったようだが、それを見抜けないキラではない。舞台で真正面から見つめ合えば、ルカの変化はとても分かりやすかった。
そしてその変化には覚えがあった。ルカの想い人関係だろうと、キラは踏んでいる。
ルカは何も言わなかった。キラには隠しきれないだろうと、本人も分かっていたのだろう。彼の言葉に否定すらしない。
キラはやれやれ、と空を仰ぎ、質問を重ねる。
「ゴウさんと喧嘩でもしたのか?」
「…喧嘩なんてしてない」
「じゃあ、劇が忙しくてゴウさんに会えないから寂しいとか」
「違う」
「…でも、ゴウさん関係でしょう?」
またルカはだんまりするかな、とキラは思ったが、意外にもルカは躊躇いがちではあるにせよ、素直に首を縦に振った。キラはルカへと更に距離を詰めて、どうしたの、と囁く。ルカはキラから逃げない。
ルカは暗い表情のまま、それでも誰かに言わないままではいられなかったのだろう。ぽつりぽつりと、言葉を零す。
「…今回、私は劇でヒロイン役じゃないか」
「そうだな」
「で、恋愛劇だから相手役がいるだろう?」
「俺だねえ」
「…なのに、ゴウは『ルカならきっとされるさ、頑張れ』と言うんだ。満面の笑顔で」
ああ、そういうことか。
「ゴウさんが妬いてくれなくて、拗ねてるんだ?」
「……」
ルカは無反応だったが、それはつまり肯定なのだろう。成程ねえと一人ごちながら、キラはまた空を見た。綺麗な秋晴れである。
「ゴウは、私のことをそんなに好きじゃないのかもしれない」
唐突にルカはそんなことを言い出した。キラは苦笑いでいやいや、と手を左右に振る。
「それはないだろう。ゴウさん分かりやすいし」
「でも本心は違うのかもしれない」
「マイナスに考え過ぎだって。ゴウさんは、ルカさん以外を見てないよ。視界にすら入れてないでしょ、あの人」
「でも」
「はいはい、でもじゃないの。気にし過ぎ。もう考えない方がいいぞ。ルカさんはすぐどつぼにはまりそうだ」
よしよし、と頭を撫でて、無理矢理ルカの意識をこっちに向ける。ルカは黙っていたが、キラの言葉をそのまま信じられる程、器用な人ではなかった。
落ち込んだ表情で、彼はじっと地面ばかりを見ている。キラは仕方ないなあ、と思い、ルカの顎を掴むと強引に自分の方へと向けた。さすがにルカの顔が驚きで染まる。
「憂えてる貴方の顔も好きだけどね、そんな顔見せてたら襲われるぞ?俺とかに」
ルカは数度瞬きをすると、噴き出した。馬鹿、と言ってキラの手から逃れる。キラも笑いながら、あっさりルカを解放した。
「お前がもうそんな気もないのは知っている。こういうことを素で出来るようになったのがいい証拠だ」
「言い切るなあ」
くすくすと笑いを零しながら、ルカは楽しそうにキラを見た。彼の明るい顔にほっとして、キラも笑顔を絶やさない。
そうして笑い合って、ルカはキラに悪戯な顔をしてみせる。少し浮上したらしい彼に、おや、とキラが思ったと同時に、ルカは立ち上がった。
そして彼はキラを見下ろす格好で、言い放ったのだ。
「お前、そんな態度ばかりとっていると、誤解されるぞ?」
誰にとは言わないが、と含んだ言い方をして、ルカはその場を去る。キラはそれを見送りながら、そうかもね、と肩をすくめた。大して重要に受け止めている様子はない。
空は相変わらず綺麗に晴れている。たまにはこんな日もいいな、と吹いてくる心地よい風にキラは身を任せた。


ルカが体育館に戻って、ユダとゴウは内心焦った。影からこっそりルカとキラの様子を眺めていた二人は、慌てて茂みに身を隠し、ルカが何も気付かず体育館に戻ったのを見送る。
「……」
ユダもゴウも無言だった。キラとルカが何を話しているかは全然分からなかったが、二人の親密な様子はしっかり観察してしまった。当然のようにじゃれ合っていた彼らに、ユダもゴウも顔を青くして、茂みから抜け出る。
「…ゴウ」
なんとかユダがそう呼びかければ、しかしゴウは聞こえていない様子で脇の大木に拳をぶつけた。木は大きく揺れて、沢山の葉を散らす。
「…ユダ、笑ってくれ」
「……」
絞り出すようなゴウの低い声に、ユダは知らず知らずのうちに喉を鳴らした。ゴウは木に拳をあてたまま、肩を震わせる。
「俺は、ルカがヒロインをやると知った時、ルカに頑張れと言ったんだ。ルカならきっとやれる、美しい姫になるだろう、と俺は確かに思った。だけど、本当はそんなのしてほしくなかった!」
押さえきれない感情の爆発が、ゴウから溢れ出す。
「俺以外の誰かと、演技とはいえ恋人になるなんて嫌だったんだ!キラに激しく嫉妬した、俺がキラになりたかった!でもそんなのは不可能だし、ルカに迷惑をかけるだけだと思って俺は我慢したんだ。聞き分けのいい恋人の振りをした。…だけど、だけど…やっぱり嫌だ!キラを恋人として見るルカを、俺は見たくない!俺以外と親しくするルカを見たくなんてない!」
全てを言い切って、ゴウはその場から走り去った。ユダは咄嗟に腕を伸ばしたが、それでも引き止める言葉が思いつかなくてそのまま見送ってしまった。
恋人同士の、演技?本当はそんなの、してほしくなかった。
だけど、そんなことは言えなかった。
仲良くする二人を、見たくなかった。代われるなら、自分が彼になりたかった。
激しく嫉妬した。嫉妬、したんだ。
どこかで聞いたような、言葉ばかりだ。だけどどこで聞いたのか、今のユダには分からない。
ユダは何も考えられず、立ち尽くす。長い沈黙が、その場に流れた気がした。
しかし沈黙は軽快な足音によって破られる。緩慢な動きで振り返ったユダは、こちらに近付いてくるキラを、見た。
「ゴウさん、熱いねえ。愛に狂う男って感じだな」
「き、ら…」
不思議と機嫌のいいキラに、ユダはどう反応するべきか迷う。しかしユダが答えに行き着く前に、キラが先にユダの腕を掴んでしまった。
「来てたんだ。でも体育館の中じゃないこんな所で、何してるんだ?」
「お、れは」
「ああ、もしかして見てた?俺とルカさんの話している様子」
ずばり見抜かれていて、ユダは一瞬言葉に詰まってしまう。キラは満足そうに笑みを深めて、へえ、と呟いた。
キラの顔が、近い。
「道理でゴウさん、怒ってたんだな。俺達、そんなに仲良さそうに見えた?」
ユダは黙って視線を逸らした。ルカとキラのやり取りが、どんな風に見えたかなんて言いたくなかった。
しかしキラはその態度を都合のいいように解釈したらしく、目の前のユダの耳に唇を近付けて、囁きを落とす。
「ねえ、ユダさん教えてよ。どんな風に見えたの?…貴方も嫉妬、した?」
掠れた声が、ユダの頬を熱くする。ユダは早鐘を打つ心臓を無視して、慌ててキラから離れた。
キラはあっさり突き飛ばされ、ユダを手放す。ユダはキラに捕まれていた腕を逆の手で押さえながら、叫んだ。
「…っ俺を馬鹿にするのもいい加減にしろ!からかっているのか!?」
叫んでしまってから、ユダは口を押さえた。言いたくなかった言葉が、勝手に口から飛び出した。こんな情けない自分なんて見られたくなかったのに。
そうだ、ゴウの言葉と同じことを、自分は自分の心の中でずっと叫んでいたのだ。
自分は確かに、ルカに嫉妬していたのだ。キラの全てを持っていってしまいそうな彼に、親友なのに激しく嫉妬している。
こんなにも、自分はキラを愛し、そして嫉妬に焦がれているのだ。
「…っ」
居たたまれなくなって、ユダはキラの顔を見ることなくその場から逃げる。遠くなっていくその後ろ姿を、キラは追いかけることなどしない。
ただ笑みを浮かべたまま、彼は問いの答えを口にした。
「からかってなんかないさ。俺は、本気だ」
その瞳は、口元の笑みとは裏腹に、真剣だった。


本番が近くなる。
クラスの劇が順調に進んでいることは、生徒会で忙しいユダにも、剣道部で頑張っているゴウにも知らされていた。キラとルカががいかに息がぴったりで、お似合いなのかを皆が噂していることも、二人は知っていた。
生徒会にいても、剣道部にいても、嫌でも目につく仲良さげな二人。ユダとゴウの表情は日に日に険しくなっていく。忙しさだけが原因でないことは明らかだった。
そしてとうとうハロウィン当日。複雑な思いを抱えたまま、ユダとゴウはその日を迎えた。


学校中が明るい空気に包まれていた。生徒達は皆仮装を義務づけられており、華やかな格好をした者や、ハロウィンらしくおどろおどろしい格好の者で校内は溢れかえっていた。
生徒会も剣道部も、当日ぐらいは、ということでユダやゴウも皆に混じって、祭りに参加していた。ゴウはレイの提案で狼男に扮している。
適当に友達と校内を見て回っていた彼は、不意に声をかけられた。
「ゴウさん」
久しぶりな声だ。ゴウは無意識に目つきを鋭くして振り返る。そこには、予想通りキラが楽しそうな顔で立っていた。
この数日、ゴウは内なる葛藤と闘っていた。キラ自身に何か問題があるわけでもないのに、ゴウは彼が憎くて仕方ない。キラはただルカと劇を作っているだけで、下心などないに決まっている、と頭では分かっていても嫉妬心が勝手に膨れ上がっていくのだ。
そんなわけでつい嫌そうな顔をするゴウに、しかしキラは笑いながら首を傾げた。
「なんだか久しぶりだな、ゴウさんと話すのも」
「そうかもな。劇も忙しかったんだろう?」
ゴウにしては、なんだか棘がある言い方である。これはまずい、とゴウ自身も思ったが、キラは不思議とそれには突っ込まず、頷いた。
「そうだな、確かに忙しかった」
すんなり肯定されて、ゴウは逆に戸惑った。なんだかつんけんとしている自分に罪悪感すら感じて、口をへの字にしながら話題を少し逸らす。
「あー。その、かっこいいな、その格好」
咄嗟に思いついた話題に、キラも乗っかる。ああ、これ?と端を摘んで広げてみせた。
「実は劇の衣装なんだ。王子というより勇者だって言っていたガイの言葉がよくわかるな」
確かに、キラが身につけているのは暗色ですっきりまとめられた服装に、小さな鎧が胸元を守っているだけの単純な衣装だった。腰には大きな剣がぶら下げられていて、勇者の方がより近い感じである。
「似合っているよ。だが、なかなかこだわった衣装だな。演技指導も厳しかったんじゃないのか?」
「まあね。でも、悪いことばかりじゃなかったさ。俺は楽しくやれたし、何よりルカさんとずっと一緒にいられたしね」
ルカ、の名前にゴウの肩がぴくりと震える。顔を地面に伏せて黙り込むゴウに、キラは近付いた。馴れ馴れしくその肩を抱いて、まるで内緒話をするかのようにゴウの顔に自分のそれを寄せる。
「ルカさんって、本当綺麗だけど、可愛いな。色々話せて、本当楽しかった。…このままで終わらせるのは、なんだか惜しく思われるよ」
「…何が、言いたい」
「さあ」
含みを持たせた笑いで、キラは質問をはぐらかす。ゴウがかっと顔を真っ赤にして睨みつければ、それと同時にキラはゴウから離れた。
そして彼は、ゴウから距離をとって、笑う。
「ただ、何が起こっても知らないぞって言っときたかっただけ。じゃあね、ゴウさん。そろそろ本番が始まる」
「キラ!」
声を上げて引き止めようとするが、キラはどこ吹く風で人ごみに紛れてしまった。すぐ追いかけるが、人が多すぎて捕まえることはおろか見つけることもかなわない。
「…くそっ」
悪態をついて、ゴウは方向を変え、走った。
彼が向かったのは、体育館だった。


幕が上がる。舞台上からそれを眺めていたルカは、晴れ晴れとした、とはとても言えないような表情をしていた。
結局、今日までゴウとまともに話せなかった。ゴウが嫉妬してくれなかったことに落ち込んで、ルカはなんとなくゴウと顔を合わせなかったが、最近ではゴウもルカを避けているようだった。
理由は全く分からない。もしかして理由などないのかもしれない。ただルカが嫌いになった。それだけかもしれない。
そんなルカの不安を聞いてくれたのは、キラだった。
劇のこともあり、ルカは四六時中のようにキラと行動を共にした。ルカにとって、彼は本当に心地の良い存在だった。一緒にいるのが楽しいくらいだった。
最初、劇のことを聞いた時、こんな風に思うなんて考えもしなかった。キラとずっと気まずい関係を保ってきていたから、うまくいけるのかとても不安だった。
そんなルカを変えたのは、あの時、廊下でキラから言われた言葉だった。
『ルカさん。貴方に言いたいことがあるんだ。こう言ったら薄情だと思われるかもしれないけど、でも…好きな人が、できた。ルカさんのことは本気で好きだったよ。だけど、今はその人が本当に、心の底から好きなんだ。だから、何も心配しなくていい。もう変なちょっかいはかけないから』
驚いた。でも、それと同時に嬉しかった。ゴウとは違う感情であるにせよ、ルカは確かにキラのことも好きだったから。
相手が誰かまでは聞かなかった。でもその言葉は信じられると思った。だからルカはキラと新しい関係を築けた。嬉しかった。
でも、駄目なのだ。ルカにはゴウが必要なのだ。ゴウがいなくては、自分は寂しくて仕方ない。
ゴウが、好きだから。


幕が下りる。大きな拍手が幕の向こうから聞こえて、ルカはほっと一息ついた。本番が無事に終わったのだ。
「ルカさん、お疲れ様」
安心して体から力を抜いているルカに、キラが微笑みかける。彼の表情は達成感と満足感に溢れていて、自分もそんな顔をしているのだろうな、とルカは思った。
「キラもお疲れ様。よかった、成功して」
ルカが笑い返せば、キラがその手を差し出す。まるで劇のワンシーンだ。ルカはそれに気付いて、すぐ自分も手を差し出した。二人の手が重なりそうになる、その瞬間、ルカの逆の腕が後ろに引かれる。
「っ!?」
突然のことに驚いて、ルカは体勢を崩した。履きなれない靴で立っていたため、体勢を立て直すこともかなわない。すぐに襲ってくるだろう衝撃を予想して目を閉じれば、背中に当たったのは、固い床ではなく柔らかく、温かいものだった。
訳が分からず、ルカは呆然と瞬きを繰り返す。すると、頭上で声が響いた。
「もう、劇は終わったのだろう。キラ」
鋭い声だった。ルカは驚きで、目を見張った。聞き覚えのある声。望んでいた声。これは、まさか。
ゆるゆると顔を上げれば、真剣な目をしたゴウの横顔が見える。ルカは唇を震わせ、ゴウ、と音にならない声で呟いた。
キラが肩をすくめる。
「意外に早かったな。もしかして舞台袖にずっといたとか?」
「…そうだ」
「ルカさんに早く会いたかったってわけか」
揶揄するキラを、しかしゴウは無視する。胸の中のルカをそのまま抱き上げ、彼はキラに背を向けた。
「悪い虫がつかないようにしただけだ。…もう劇は終わった。ルカはお前の恋人じゃない」
ゴウの視線が、キラに向く。肩越しにぶつかる視線には殺気が感じられて、キラは思わず心臓を跳ねさせた。
「ルカは、俺の恋人だ」


舞台袖をすり抜け、体育館の裏へ行き、ルカはそこでゴウの名を呼んだ。
するとゴウはばつの悪い表情で、ルカを下ろす。地面に足をつけたルカは、それでもゴウから離れず、彼を見上げた。
「ゴウ」
呼べば、ゴウの渋面がますますひどくなった。ルカはゴウに詰め寄り、問いかける。
「ゴウ。もしかして、キラに嫉妬したのか?」
ストレートな問いかけに、ゴウは微妙に視線を彷徨わせた。ルカの目を直視しない彼に、ルカは痺れを切らし、両手で彼の頬を包む。
そのまま正面を向かせ、二人は真っ直ぐ見つめ合った。
「ゴウ、答えてくれ。お前は、キラに嫉妬したのか?」
切実な眼差しに、ゴウはうっと言葉を詰まらせる。ゴウはルカに弱い。特に、こんな表情をしたルカに弱いのだ。
案の定、彼はすぐに音を上げ、ぽつりぽつりと言い訳を並べた。
「それは…当然だろう。俺だって好きな人が他の奴と仲良くしていたら、嫉妬する。…俺は、今回本気でキラを殴ってやろうかと思ったぞ」
ゴウは口をへの字に曲げていた。しかし、ルカはぱっと表情を輝かせ、ゴウの首に抱きつく。
「ゴウ、好きだ。大好きだ」
弾んだ声で告白を繰り返すルカに、さすがのゴウも驚いた。何がそんなに嬉しいのか分からなかったが、それでも目の前の恋人は確かにゴウを好きだと言ってくれている。
ゴウはなんだかそれでもういいや、と思った。
「俺も、ルカが好きだ」
「嬉しい」
「…衣装、似合っている。綺麗だ」
「ありがとう。…ゴウも、似合ってるぞ。かっこいい」
「いいのか?そんなこと言って」
言われた言葉の意味が分からず、ルカはゴウの顔を見る。ゴウは悪戯に瞳を輝かせて、囁いた。
「そんな綺麗なお前から言われたら、狼に変身してお前を食べてしまうかもしれないだろう?」
ルカは理解すると同時に、ふっと笑みを零した。そしてゴウの額に自分のそれを重ねて、彼は瞼をゆっくり、落とす。
「ゴウになら、食べられてもいいよ」
そして二人は唇を重ねる。


祭りが終わる。少しずつ濃さを増す夜空と、地上の人間が照らす明るい街並はまるで対照的だ。
今夜はハロウィン。セイント学園も、今夜だけは校舎も校庭も明かりで包まれ、生徒達はまだまだ今日という日を楽しんでいる。
その様子を、ユダは一人生徒会室から眺めていた。部屋に電気はついていない。華やかな外とはまるで違う世界のように室内は静まり返り、敬虔な雰囲気さえ感じられる。
ユダの仮装はヴァンパイアだ。これもゴウと同様、レイの希望である。凛とした表情に、美しい顔立ち、そして身を包む黒い衣装、暗い部屋。完璧な絵画のようである。
唐突に、部屋の戸が開けられた。ユダが視線だけで振り返れば、キラがそこに立っていた。
「おやおや、こんなところにこんな綺麗な魔物がいるじゃないか」
ふざけたような軽い口調で、キラは驚いた振りをする。勇者の衣装のまま演技を始める彼にユダは険しい表情で「やめろ」と制するが、キラは聞こえていないらしい。一歩一歩ユダに歩み寄りながら、薄笑いを浮かべている。
「俺は勇者という職業上、魔物は倒さなければならないが…倒すには、勿体ない程の美貌だな」
「キラ、やめろ。からかっているのか」
「嫌だな、ユダさん。ノリが悪いよ?」
重ねて怒れば、キラはやっと台詞口調をやめた。いつもの戯けた彼に戻り、ユダの脇からユダを覗き込む。
「生徒会長が自分のクラスの出し物を見に来ないなんて、冷たいんじゃないか?」
「…劇はちゃんと見たさ」
「ふうん。俺の演技、どうだった?」
「悪くはなかったよ」
あっさり感想を告げれば、キラも感じたのか「軽いなあ」とぼやく。ユダは不満そうなキラを無視して、話を変えた。
「…あれ、わざとだったんだな」
唐突だったが、キラは正確に理解したらしい。しかし意地の悪い顔で、「あれって?」とわざわざ問い返してきた。
ユダはそれに気付いたが、それでも仕方なくちゃんと言葉を直した。
「ルカ達のこと、だ」
「ああ、まあね」
「何故、あんなことをわざわざしたんだ?」
今回の劇で、キラはルカと今まで以上に仲良くしていた。そしてゴウとユダにわざとルカとの仲を見せつけ、キラはゴウの嫉妬心を煽っていたのだ。結果、ぎくしゃくしていたゴウとルカの仲は改善。二人は今頃、どこかで甘い一時を過ごしているかもしれない。
キラは少し考えるように宙を眺める。そして彼が出した答えは「お詫びだな」という曖昧なものだった。
「あと、俺自身あの二人には幸せになってもらいたかったし。じゃないと俺の過去の想いが報われないだろう?」
「…そうか」
それきり、二人は会話を打ち切った。静かな空気の中、ユダはひたすら窓の外を眺め、キラはそんなユダの横顔を眺める。ユダはすぐ、キラの視線に気付いた。
キラの視線が、痛い。
ユダの睫毛が震える。
「ねえ、ユダさん」
キラがまた、口を開く。ユダは外を見つめながら、「なんだ」と素っ気なく返事した。
キラの腕が伸びる。彼は油断していたユダの腰を掴むと、そのまま強引に自分の方へ引き寄せた。
ユダが驚きで息を詰める。思わず顔を上げるが、彼はすぐ動けなくなってしまった。
すぐ目の前に、キラの瞳があったのだ。
「き、ら」
思いがけず至近距離で見つめ合って、ユダはひどく動揺した。しかしキラはそんなこと気にした様子もなく、ユダの腰を抱き寄せたまま、更に体を密着させる。
「…嫉妬、した?」
「馬鹿な。放せ、キラ」
以前の問いを、ここで繰り返される。反射的に否定して抵抗すれば、しかしキラはユダの解放を許すことなどしなかった。ただ、繰り返す。
「ねえ、ユダさん。ルカさんに嫉妬した?」
不自然な程その声はよく響いた。つい抵抗の動きを止めるユダに、キラも腕の力を弱める。
そうして、キラはその両手をユダの両頬に当てた。顔が、キラの大きな両手で包まれる。
「答えて、ユダさん」
「キラ」
「貴方が俺の望む答えをくれるなら、貴方が欲しいものを…あげてもいいよ?」
甘い誘惑の声だ。間近で落とされた囁きに、頭の芯がくらくらした。
欲しいもの。そんなの、決まっている。キラだ。キラが、欲しいのだ。ユダはキラ自身が欲しいのだ。
「ユダさん」
促すように、キラが再びユダの名を呼ぶ。それが合図だった。
「…嫉妬、した」
小さく、本当に小さくユダの唇が動く。
涙腺が緩む。ユダの青い瞳から透明な雫が一つ零れる。
「嫉妬、したんだ。ルカに。親友なのに、ルカにはゴウがいると知っているのに、でも嫉妬した」
「ユダさん」
「キラが好きだ。だから、キラの恋人でもないのに、他人に触れられるのが嫌だったんだ。他人に触れるキラが嫌だった」
ぽろり、ぽろり。
溢れる涙と共に、ユダの本音が唇から零れる。キラの手に温かな雫が当たるが、それでもキラはユダを放さなかった。
「キラ、好きだ。好きだ。好きだ」
子供のようにしゃくり上げながら、それでもユダは必死に言葉を繰り返した。キラを真っ直ぐ見つめ、その瞳を涙で濡らす。
その姿がどんなに美しいか。キラはぞくりと背筋を震わせる。
そうして、キラは微笑んだ。優しく、穏やかに、見たことのないような温かな笑い方だ。
「うん…嬉しいよ、ユダさん」
二人の距離が、狭まる。一瞬影が重なり、そしてユダは涙も止めて、目を丸くした。
離れたキラの唇がユダに最後に告げたのは、この一言。
「貴方に俺をあげる。…だから、お菓子の代わりに貴方を俺に頂戴」


Happy Halloween!!





長かった…いや、シリーズとしてよりも今回の話が…異様に…。

てなわけで特別な夜シリーズ第九弾はハロウィンでしたー!いやあ、十五夜終わってからクリスマスまでイベントないんじゃね?とか思ってましたがこんな素敵なイベントがあってよかったです!(ええー)

なんだか完結してしまいそうな雰囲気できてますが、まだ一応書きます。クリスマスも正月も祝ってないですから!らぶらぶな2カップルをお楽しみくださいvv(^^)

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