ゴウルカ&ユダキラ2

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『幕が上がる、運命の舞台の為に』 ゴウルカ&ユダキラ〜運命シリーズ2

天空王国の軍には、多数の軍隊がある。数字で表されるそれぞれの軍隊には隊長と副隊長がおり、各自、所属する軍隊の統率という役目を担っていた。
その中でも、国王を警護する第一軍隊と、国王の正妻、そして王位継承権を有する者、つまり国王の子を警護する第二軍隊は特別だ。彼らは普段城の外に出ることもなければ、戦場に赴くこともない、特殊な軍隊なのである。
そんな関係からか、第三軍隊以降の軍隊に彼らが干渉することは滅多にない。つまり、第三軍隊以降の軍統率最高責任者は第三軍隊、特にその隊長の役目となっていた。
そしてその、第三軍隊隊長であるゴウは、今現在書類の束に埋もれていた。


国城の敷地内にある、各軍隊長の部屋。主に書類整理などのデスクワーク、その他の仕事で使用されるその部屋は、軍隊長の特権の一つでもある。
そこでゴウは前述にもある通り書類の束に埋もれ、部屋の中央にある机に着席していた。正確に言えば書類の山に囲まれている状態でそこに座り、そのうちの一枚を片手に持ってぼーっと外を眺めているのだが。いつもはきはきとした態度で仕事をしている彼にしては珍しい。
ふと、彼の頭上に影が差す。それに気付いたゴウが何事かと顔を上げる前に、それはやってきた。
「何ぼーっとしてるんだ、あんた」
冷たいその言葉と同時に、頭上から紙の束が降ってくる。全く警戒していなかったゴウは、その紙の束に簡単に潰され、机に強か額をぶつけた。塵も積もれば山となる、という言葉の通り、紙も数があればそれなりに重い。
さらさらと紙が重なり舞う音を聞きながら、ゴウはしばらく机に突っ伏していた。たくさんの白い書類に覆われたブラウンの髪は、やがて小刻みに運動を始め、彼の顔が上がる。
「・・・突然何をするんだ、キラ」
「上司が仕事していなかったから、お仕置きした」
平然とそう言いのけるキラに、ゴウは痛む額を押さえつつ恨みがましい視線を送るしか術がなかった。確かに仕事をしていなかったので、文句は言えない。
「・・・悪かった、ちゃんとするよ」
諦めたようにゴウが諸手を上げれば、キラは最後にぺしぺし、と自分が持っていた何枚かの書類でゴウの頭を叩き、彼へと背中を向ける。そのまま慣れた様子でゴウの座る机の側面に寄りかかった。そこはキラの定位置なのである。
キラはゴウが統率している第三軍隊の副隊長だ。逞しく、豪快なゴウに比べればどちらかと言うと華奢で、知的な印象がある彼だが、しかしその鋭利な瞳に浮かぶ輝きは強い。立場上、ゴウが最も信頼を寄せいている人物でもある。
信頼はしている、のだが。
ゴウはちらり、とキラの様子を伺った。ゴウは椅子に腰掛けているので、自然とキラを見上げる格好となる。
キラは手にした書類に視線を落としながら、その口を開いた。
「あんたな、一体何やってんだ。書類の処理ペースはたるい、誤字脱字は多い、気が付いたら手が止まる、なんて、いつものあんたらしくないな。注意力散漫。夢うつつ状態。しかもなんかよくわからないことに時々意識飛ばしてるし」
嫌味攻撃である。ゴウの広い肩がどことなく小さくなった。
「・・・すまなかった」
「しかも書類を逆さに持つなんて、どこの世界の漫画だ。どこの」
「・・・・・申し訳ない」
「器用なことに鏡文字で署名にサインした時は、本当なんだこいつって感じだったな」
「・・・・・」
言われていることは全て事実である。残念なことに、キラに口で勝てたためしのないゴウは、黙ってその辛辣な言葉に耐えるしかない。
キラはやれやれ、と肩をすくめ、彼に向かって止めの一言を口にした。
「全く・・・美人に現を抜かしているから、そんなことになるんだよ」
「・・・はあ、全く仰る通りで・・・って、は?」
一瞬聞き流したその文句に、徐々に顔の高度を落としていたゴウは弾けるように顔を上げ直した。
「ななな、何の話だ。それは」
うまく回らない舌で、何とかそれだけを言った彼に、キラは平然と口を開く。
「何って、この前城下で会ったんだろう?銀髪美人」
ゴウは今度こそ撃沈した。
再び机の上の書類に顔をダイブさせた彼に、キラは呆れた表情を浮かべる。
「何やってんだ、あんた」
「・・・お前こそ、何故そのことを知っている・・・」
「サキが勝手に話してきたから」
サキめ・・・。
書類と仲良くしながら、しかしゴウはお喋りな友人に怒りを募らせる。あっはっは、と爽やかに悪気のない笑みを浮かべているサキを想像した彼は、自分の想像とはいえかなり腹が立った。
キラの唇に嫌な笑いが浮かぶ。
「話を聞く限りでは随分とまあ、ご執心のようだったな。銀髪美人に」
「いや、確かに美人だったが・・・って、そうじゃなくて」
思わず“美人”部分に肯定を返し、ゴウはそんな自分に突っ込みを入れて肩を落とした。
「一体何を聞いたんだお前は・・・というか、サキは一体どんな話をしたんだ・・・」
「聞きたいのか?」
いや、いい。とゴウは即答を返す。正直、聞くのは怖い。
キラは残念そうな顔で書類を持ち直した。そんな彼を見て、ゴウはやはり聞かなくて正解だったとほっと胸を撫で下ろす。今までの経験上、キラが楽しそうにしている時は大抵自分に被害が及ぶ、ということをゴウは学習しているらしい。
ちなみに、今の会話から分かるように、キラはゴウに対して敬語を使うというような可愛げは生憎もっていなかった。名前もいつも呼び捨てである。
ゴウの方が地位的にも上で、更に言えば年も上である。傍から見れば問題ある態度ではあるが、ゴウはあまりそのことを気にしていないようなので、まあこれはこれでよいのだろう。
キラが書類に意識を向けたことを機に、ゴウも自分の下に散らばっている書類を改めて見つめる。適当に一枚そこから引っ張り出し、彼も仕事を再開させた。


あの時、ゴウが城下で出会ったのは銀色の髪を持つ青年であった。ひょんなことから知り合った彼の名を、ルカという。
最初、ゴウは彼を見た時、とても綺麗な青年だと思った。思うだけならよかったのかもしれないが、ゴウはついそれをぽろっと本人に零してしまったのである。
ルカも、さすがに最初はゴウの言葉に驚いたようだったが、すぐにくすくすと笑い出して言ったのだ。
今まで、外見について色んな感想をもらってきたが、こんな直球なものは初めてだ、と。
妙に印象に残る青年だったと、ゴウは思う。
また、いつか会うこともあるのだろうか。
そんなことを考えては、ぼーっとしてしまうというのが、今のゴウの状態であった。
「・・・・・」
ああ、また彼のことを考えている。
気付いたゴウは、ふ、と自嘲的な笑みを浮かべて自分の頭を適当に掻いた。本人は気付いていないが、これは彼の癖の一つである。
その時、部屋の扉が開いた。
「おーい、ゴウいるかー?」
ノックもせずに部屋に入ってきたのはサキだった。
「あ、キラもいたのか。二人ともお疲れさん」
軽い調子で笑みを浮かべるサキに、ゴウは相変わらずだな、こいつも、と思いながら苦笑する。それと同時に先ほどのキラとの会話を思い出し、彼は渋い顔をした。
「おい、サキ。お前先日の城下での出来事、キラに話したそうだな」
「・・・ああ、美人さんの話か。なんだよ、別に嘘は言ってないぜ?」
ゴウの言葉に、は?と一瞬目を丸くしたサキだが、すぐに何の事を言われているのか理解したらしい。ぽん、と手を叩き明るい笑顔で口を開く。
そしてその次の瞬間、彼は少し真面目な顔で上司二人に向き直った。
「そんなことより、大変だぜ」
「・・・何がだ」
話を流された気がするが、サキの真剣な瞳にゴウは文句を飲み込んだ。応じる彼に、サキは手に持っていた一枚のコピーを机の上に広げてみせる。ゴウとキラがそれを覗き込むのを確認してから、サキはゆっくりと説明を始めた。
「これ、昨日の夜のうちに城に届けられたものらしいぜ。内容は見ての通り、国王暗殺の予告状だ」
一瞬、ゴウは何を言われたか理解できなかった。
しかしそれは本当刹那の話で、すぐゴウとキラの表情が険しいそれになる。確かに、サキが持ってきた紙には機械的な文字で、日時、そして国王を暗殺する旨が書かれていた。
サキの説明は続く。
「これは現物のコピーなんだけどな。差出人の名前は勿論なし。筆跡鑑定もワープロかなんかで書かれているからには出来ねえ。日時は一週間後の夜を示している。おかげさんで第一軍隊と第二軍隊の奴らはかなり動揺してるぜ」
サキの説明に黙って耳を傾けていたゴウとキラだったが、やがてキラが不機嫌そうに顔を上げた。
「・・・おかしな話だな。こんな悪戯かもしれないものに、なぜ第一軍隊だけでなく第二軍隊までが動くんだ?」
キラの言葉ももっともである。続いて顔を上げたゴウも、納得がいかないようであった。なんといっても国王に関したことは基本第二軍隊は管轄外である。
大体、今までにも、これと似たような手紙が城に届けられたことは何度かあるのだ。国王暗殺予告、というものはさすがになかったが、不幸の手紙や私的恨みをつらつら書かれているものが届けられた事だってある。そしてそのほとんどは悪戯で、実際大した被害にもなっていない。それらを踏まえて考えると、この手紙もただの悪戯である可能性が結構高いのだ。
それ故にゴウとキラには、軍の中のエリートである第一軍隊と第二軍隊が揺れる理由が分からない。
二人の疑問に、サキも同意を示す。
「ま、確かにこれだけじゃそう思うわな。ただ問題はこれが届けられた場所だ。実はこれ、国王の寝所に届けられていたんだよ。昨日の夜の間に」
「何っ?」
さすがのゴウとキラも、それには驚きを示した。
国王の寝所とは、城の最も奥まった、更に言えば最も警戒の厳しい所である。第一番隊でも隊長、副隊長以外は一人で訪れることも出来ない場所だ。
そんなところにこんな手紙が置かれていたら、確かに第一軍隊だけでなく第二軍隊にも衝撃が伝わるはずである。
「国王の寝所の警戒網が突破されたってことは、この城の全てにそいつは侵入できるっつーことだからな。もしかしたら今回のことは、軍総出になるかもしれねえ」
サキが仕入れてきた情報から推測したそれに、キラも真剣な顔で小さく頷いた。国王暗殺の予告状に、そんなおまけがついているなら可能性はある。
「第一軍隊だけでなく軍全体で動くとしたら、早ければ今日中にでも臨時の隊長会議があるだろう」
「そうだな」
ゴウも同意見だ。隊長会議とは普段三ヶ月に一度開かれるものであるが、こういう時には臨時で開かれることだって稀ではない。
彼は難しい顔で再度、予告状のコピーに視線を落とした。味気のないその文字に、目元に厳しいものが浮かぶ。
サキは言った。夜の間に、国王の寝所にこれが届けられていたと。昨夜、国王が寝ている傍でこの手紙はこっそり置かれたということになる。つまりそのふざけた奴は、国王を殺せる絶好のチャンスを、手紙を届けるだけで済ませてしまったのだ。それが何を意味しているのか。
いつでも自分は国王を殺すことが出来るという、主張だろうか。
「・・・嫌味な奴だ」
ふ、とゴウは皮肉の笑みを浮かべて顔を上げた。それと同時に、扉をノックする音が聞こえる。
「何だ」
返事をすれば、扉が開けられる。姿を現したのはゴウもよく知っている、地位はさほど高くない軍の男であった。
「第三軍隊隊長ゴウ殿。急遽、隊長会議が開かれることになりました。どうぞご出席を」
「やっぱり来たか」
腰を低くしてそう告げる男に、ゴウは溜息を吐き出す。キラに後は頼むとだけ言い残し、彼は扉の向こうへと足を向けた。
ふと、脳裏に浮かぶものがあった。ルカだ。
ああ、また彼か。
地面へと顔を向け、誰にも見えないようゴウは口元を緩める。
次、彼に会うのはいつになるだろうか。
そんなことを考えながら、ゴウは会議室へと歩を進めたのだった。


意外にも、再会は早くにやってきた。
臨時の隊長会議が開かれた二日後のことである。城では軍を中心に、厳重警備体制の準備を着々と進めている頃であった。ゴウは通常より数倍は忙しいその合間を縫って、相も変わらず単身で城下に出ては、馬で街を回っていたのだ。
しばらく街を馬に乗って散歩し、そうしてから、そろそろ帰ろうかとゴウが馬を城に向けたその時である。路地に入ろうとしている青年を目に留めて、彼は思わず声を上げた。
「ルカ?」
声をかけられた青年は、一度路地に入ってしまったものの、声に気付いたのかひょっこり顔をそこから覗かせる。
そうしてから、馬に乗っているゴウを見つけて彼、ルカは目を丸くした。
「ゴウ」
「ああ、やっぱりお前だったか」
見間違えでなかったことに、ゴウは満足そうに笑顔を浮かべる。そうしてその場で馬から降り、ルカへと近付いた。
まじまじと近付いてくるゴウを見つめ、それからルカは少し困ったように顔を綻ばせる。
「意外にも、早く再会したな」
ゴウも同じようなことを考えていたので、何とも言えずただただ苦笑を返した。
数日ぶりに再会したルカは、ゴウの中の記憶と比べて大した変化はなかった。当たり前だ。数日でそこまで変わる人間というものはさほどいないのだから。
特徴的なルカの銀色の髪は、以前と変わらずやはり括られていない状態で背中に流されていた。そして、柔らかに揺れる赤い瞳。そこに映る自分自身には、少し気恥ずかしさをゴウは感じてしまう。
ルカが、少し笑った。
「お前、変わっていないな。軍人が一人で街中を馬を引いて歩いているなんて、相変わらずおかしな奴だ」
ルカの変わっていない、という言葉に、ゴウは少し目を丸くした。たった今自分も、ああ、彼は変わっていない、と思っていたからだ。
ゴウの口元にも笑みが浮かぶ。
「またおかしな奴、か?お前は相変わらず口が達者なようだな」
そうして二人はくすくす笑い合った。
立ち話もなんだから、ということで二人はその後、近くの川辺へと移動することにする。近くの大木にゴウが馬を結びつけ、川の側に生えている青草の上に腰を落ち着けた二人は並んで、つらつらと会話を始めた。初めて出会った時は、そんなに話す余裕もなかったので、お互い自然と自己紹介も兼ねての会話となる。
会話は、そのうちゴウの親友兼部下であるサキのことになった。
「へえ。それじゃあ、前ゴウと一緒にいたのはゴウの昔馴染みでもあるのか」
「ああ、サキというんだ。がさつな所もある奴だが、あれでなかなか根はいい奴だぞ」
「それは・・・なんというかゴウに似ているな」
「え」
ルカの言葉に、ゴウは少し嫌そうな表情をする。それがおかしかったのか、ルカは小さく笑いを零しながら肩を揺らし始めた。
ゴウが少し拗ねたようにむ、と唇を尖らす。
「冗談じゃないぞ。俺はサキより、ずっと常識がある。大体、あそこまで何も考えていなさそうな奴と一緒だと言われるなんて、心外だ」
「あはは・・・悪い。でも、そこまで遠慮がないことを言えるなんて、二人は本当に信頼し合っているのだな」
ゴウは言われた言葉の意味がよく分からず、少し不思議そうに首を傾げた。相手の悪口を言っているのに何故そうとられるのだろう?
ルカが続けて口を開く。
「ゴウの言い方に悪意が感じられなかったからな。本人のいない前で、そこまで悪意のない悪口を言えるなんて、互いを認め合っている一つの証拠だと私は思うぞ」
そう告げて、それからルカは少し不思議な笑みを見せた。どことなく懐かしそうな、それでいて寂しそうな、そんな微笑である。
ゴウの胸に、何かが引っかかる。
「・・・ルカには、いるのか?幼馴染が」
ゴウの問いかけに、ルカは少し驚いたように目を瞬かせた。しかしそれも一瞬のことであり、すぐに彼はいつもの優しい笑いをゴウに見せる。
「ああ、いるよ。一人」
「どんな奴なんだ?」
重ねて聞けば、ルカは少し考えながら、正面に視線を向ける。ゴウはルカのすぐ隣に座っているので、ゴウからはルカの横顔だけが見えていた。
ルカの瞳には、目の前を流れる川が揺れて映っている。きらきら日の光を受けて輝く水面に、ルカの目もあわせてきらめいていた。ゴウは自分の視線が、それに吸い込まれていくような、そんな錯覚を覚えた。
「・・・すごく、強いんだ。あいつは。いつも私は助けられている。きっとこんなことを言ったら、あいつは否定するだろうけれど」
それでも、とルカの唇が動いた・・・気がする。
「いてくれてよかったと、言わせて欲しいくらい、私はあいつを頼っている。すごくカリスマ性もあるんだ。・・・憧れているのかもしれないな、私は」
そう告げて、ルカはまたゴウに向き直った。不思議と、先程感じた切ない微笑はそこから消えているようにゴウは感じた。
「ルカはその幼馴染みが、すごく好きなんだな」
「ああ」
力強く頷く彼に、ゴウの胸がなんとなく痛みを覚えた。なんだ?
そんなことは表に出さず、ゴウはでも、と言葉を繋げる。
「ルカだって、その幼馴染ととても信頼しあっているじゃないか」
「・・・え?」
ルカの目が丸くなって、ゴウに向けられた。ゴウはそっと笑って見せると、そのまま後ろに倒れて草の上に寝転ぶ。
「そんなに、相手に真っ直ぐ好意をぶつけられるのは相手といい信頼関係が築けている証拠だと、俺は思うがな。普通は相手がどこまで自分を受け止めてくれるか分からないから、自分の好意を相手に真っ直ぐぶつけられないものだ」
青い空が、目に眩しい。ゴウの瞳が自然と細くなる。
ルカは、しばらく呆けた顔をしていた。そうしてからやがて彼は表情を緩めて、ゴウの隣に自分も横になる。
「一本とられたな」
明るい声でそう言われて、ゴウも明るく笑い声を返した。隣に目を向ければ、あの赤い瞳でこちらを見ているルカと視線が合う。
ああ、綺麗だ。
その微笑に、ゴウはそれだけを思った。光って見えるその銀色の髪や、優しい色をしている赤い瞳が、ゴウの目線を奪う。
時間が止まっているような気さえした。
「・・・そういえば、ゴウ。なんだか最近、城の方が騒がしいが、何かあったのか?」
ふいに、話題を変えたルカに、ゴウはああ、と声を上げた。
確かに国王暗殺予告の手紙が届いてから、城内は警備強化でばたばたしている。ルカはそれを言っているのだろうと、ゴウにも容易に想像できた。
「ちょっとな。今回は俺達軍も忙しそうだ」
まさか馬鹿正直にことを説明するわけにもいかず、ゴウは苦笑を浮かべてそうはぐらかす。ルカもゴウが何も言えない立場だということを悟ってくれたのか、それ以上何も聞いてこなかった。
「ゴウ・・・」
「ん?」
唐突に真剣な、それでいて弱々しい声がゴウを呼ぶ。つられてゴウが視線を向ければ、何か言いたげに唇を震わしているルカが、そこにいた。
「どうした、ルカ」
上半身を起こし、ルカを上から見ながらゴウが問いかける。ルカは睫をそっと揺らして、ゴウを見上げた格好のまま開口した。
「・・・怪我だけは、しないでくれ。絶対に、危ないことはしないでほしい」
頼りない、子供のような顔でルカがゴウに懇願する。ゴウがつくった影の中で、心配そうに揺れるその目に、ゴウは少し度肝を抜かれて、しかし力強く頷いてみせた。
「ああ。大丈夫だ。心配しないでくれ」
ルカは安心したように、強張った肩を緩めた。よかった、と唇を動かすだけして、そして、そろそろ帰らないと、と彼も体を起こす。
「それじゃあ、ゴウ」
そう別れを告げ、背中を見せたルカを、ゴウは咄嗟に名前を呼んで引き止めた。
「ルカ!」
振り返るルカに、ゴウは笑みを浮かべたまま言葉を繋げる。
「今度は、いつ会えるんだ?」
ルカは小さく首を傾げると、笑って、そして向こう側を指差した。
「私は昼間、大抵あの周辺の路地をうろついているから」
「・・・それじゃあ、探せば会えるかもしれない、ということだな?」
「ああ」
そして今度こそ、ルカはゴウに背を向ける。彼はしばらく歩いてから、適当な所で路地に入り込んだ。
ゴウはその背中を見送って、それからいつも見送ってばかりだな、と苦笑を浮かべる。
その時、先程話題に出ていた親友の、自分を呼ぶ声がゴウの耳に届いた。
「お〜い!ゴウ、こんなとこにいたのか」
振り向いた先で呆れた表情を浮かべる彼、サキにゴウは肩をすくめる。
「一体何の用だ?」
「何の用だ?じゃ、ないだろーが。今いっちばん忙しい奴がなんでこんなとこにいんだよ」
まあいいけど、とサキは乱暴に頭を掻き、それからゴウに向き直った。
「お前を呼んでいる奴がいるんだよ」
「俺を?誰だ。・・・まさかキラか?」
城を抜け出したことに対して、また嫌味を言われるのか、と唇をへの字にするゴウに、サキは首を横に振ってみせる。
「違う。キラじゃない。呼んでいるのは第一軍隊隊長と、第二軍隊隊長だ」
ゴウの瞳が、厳しい色を浮かべた。


ゴウと別れて、すぐ路地に入ったルカは、よく知る声に呼び止められた。
「ルカ」
振り返れば視界に入る赤い髪。路地に浮かぶ影の中でもよく映えるその色に、ルカは少し肩の力を抜く。
「・・・ユダか。いつからそこにいた?」
「今さっきかな」
姿を現した青年、ユダはルカのすぐ隣に並び、表通りに向かって視線を投げた。そこでは先程までルカと会話をしていたゴウと、そしてゴウを呼びにきたサキが難しい顔で二言三言言葉を交わしている。
「・・・やはり、軍が動いたな」
「ああ。どのように動いているかは分からないが、意外と用心深く行動しているらしい」
険しい顔で二人はゴウとサキの様子を眺めていた。やがて視線の先の二人はそれぞれの馬に乗り、どこかへと駆けていく。
あとには騒がしい、いつもの大通りの風景がそこに流れていた。買い物かごを片手に歩いていく女性。走り回る子供。誰も彼もが笑顔で、ルカはここにいる自分達がまるで異質なもののように思えた。
「・・・ルカ、本当にいいのか?」
ふいに、ユダがそんなことを口にした。ルカは何のことを言われたのか分からず、ユダへと顔を向ける。
ユダは、相変わらず大通りへ視線を向けていた。その瞳が映しているのは、ルカが見ていた一般の人達ではない。先程までそこにいた、ゴウとサキの残像である。
「本当に、いいのか?」
もう一度、ユダは同じ問いを口にした。そこでルカは、彼が言いたいことをやっと理解する。
「・・・ああ。私は、後悔しない」
ユダは?と視線で問いかける。しかしユダは軽く首を横に振り、愚問だな、と呟きを零した。
「ルカがそう言うなら、俺も同じだ」
「・・・そうか」
そうして、二人は歩き出す。大通りに背を向けて、更に奥へと。
やがて二人の姿は、路地に浮かぶ闇の中へと消えた。


その日の夕方、国王ゼウスは本城から離宮へ身を移した。
離宮とは、本城から少し離れた城の敷地内にある建物である。普段はあまり使われないが、ここにも人が生活できる程度の設備は置かれているのだ。
ゼウスが離宮にその身を移した理由は簡単である。そちらの方が安全だからだ。離宮には昔の国王がつくらせた侵入者用の罠がいくつもあり、それが今もそのままにされているからである。早くから移動したのは用心のためだ。当日まで何も起こらないとは限らない。

そして、運命の日がやってくる。予告状が告げていた日の夜が、国に訪れた。


その日は満月が空に浮かんでいた。しかしあいにく天気は昼間からあまり良くなく、今も空にはまばらではあるが大きな雲がいくつも浮かんでいる。
城には通常ではありえないほどの明かりが灯されていた。広い敷地内は軍服の男達で溢れている。男達は少しも笑うことなく、周囲に厳しい監視の目を光らせていた。警備は完璧で、蟻一匹ですら通る隙間がない。誰もがそう思っていた。
ふと、地面を照らしていた月光が雲に遮られる。その時、城の敷地内の外れで動く影が一つあった。
影は、大きさから考えて大人の男が一人。壁が作り出す死角に身を潜めているようだ。男は全身を黒の布で覆っており、唯一彼の青い瞳とその目元だけが布の間から覗いていた。
彼は注意深く周囲を探りながら、本城を一度見る。しかしすぐに興味をなくしたように視線を外すと、今度は離宮へとその視線を移した。
「・・・・・」
男は静かに離宮から離れ、やがて、人気の全くないところに出る。そこは城と街とを切り離す壁と、小さな花壇が置かれているだけの場所であった。軍人が一人もいないということは、ここはただの行き止まりと考えるのが妥当であろう。しかし男はうろたえた様子もなく、花壇をじっと見つめていた。
花壇を囲む煉瓦を目で数え、男はそのうちの一つに手を伸ばす。力任せに押すと、煉瓦が音を立てて地面に潜り込んだ。
そして、男の背後に黒い穴が現れる。中には下る階段があった。
「・・・・・」
男の目が、笑むように細くなる。そのまま彼は、その中へと姿を消した。


離宮の奥深くにある寝室。国王はそこで、ベッドに横になり寝息を立てていた。入り口では第一軍隊の隊長と、その部下数人が寝ずの番をしている。
ふいに、寝室内に一つの影が音もなく降り立つ。先程の男だ。
男の目が、真っ直ぐ国王を捕らえた。国王はまだ寝ている。
「・・・・・」
一歩、また一歩。男は慎重に国王へと近付いた。その手にはナイフが一本、握られている。
やがて、男は国王の眠るベッドのすぐ脇で足を止めた。
ナイフが輝く。窓の外で浮かぶ月が雲から顔を覗かしたからだ。明るくなった部屋で、男はそのナイフを頭上まで持ち上げた。
そしてそのまま、シーツに覆われている国王にそれを突き立てる。その、はずだった。
しかし。
「・・・っ!!」
突然、身動き一つもなかった国王が、シーツの中からその手を伸ばしてきた。男は咄嗟にその手を避け、後方へと飛ぶ。
「素早いな」
シーツの中から声がした。ナイフを握った男の目が、面白そうに輝きを見せる。
「その声・・・国王ではないな。囮か?」
男は問いかけながら、懐から銃を取り出した。真っ直ぐ、シーツの膨らんでいる部分に銃口を向けて構える。
その時、シーツが大きくうねった。そして次の瞬間、シーツが男に向かって投げ出される。
「・・・っ」
広がるシーツに視界を覆われた男は、咄嗟に腕を使ってそれを乱暴に振り払った。
そして、銃を構え直すその視界の中に、同じく銃を構える軍人の姿を認める。
軍人、ゴウはその顔に浮かべた笑みを深くした。
「囮とは、少し違うな。俺の使命は国王の代わりに死ぬことでない」
金属音がして、ゴウが銃を握り直す。銃口は真っ直ぐ、この部屋の侵入者に向けられていた。
「お前を、捕らえることだ」
堂々とされた宣言に、男は黙って笑っている。
月が、再び雲に隠される。


「離宮に移ったと見せかけたのは、罠だったか。・・・まんまとはめられた」
くくく、とおかしそうに肩を揺らす男に、ゴウはそうだ、とその格好のまま肯定を返した。
「国王を危険にさらすわけにはいかないからな。・・・しかしまさか、侵入者がここまでのやり手だったとは思わなかったよ」
笑みを浮かべているゴウは、つう、とその瞳を鋭くする。そこには侵入者の持つ銃が映し出されていた。それに気付いたのか、男は軽く肩をすくめて見せる。
「俺も、お前に同意見だな。まさか国王の軍人程度に、ここまで追い詰められるとは思わなかった」
お互い、持っている銃は一丁。銃口は真っ直ぐ互いの、おそらく眉間部分に向けられている。
先程不意をついたにもかかわらず、男はゴウの手から簡単に逃れた。今の状況とそれを踏まえると、力は互角。国軍の第三軍隊隊長を務めるゴウと同等にやりあえる者などそうはいない。まさか賊がここまで出来るとは思いもしなかった、というのがゴウの正直な感想であったが、男も同じ心境らしい。確かにその目には微塵の油断も感じられなかった。
ふいに、男が空いている手を自分の後頭部へ伸ばす。何事かとゴウが警戒すれば、突然男の顔を隠す布が解けた。
「・・・何の真似だ」
布に覆われていたその顔が、ゴウの眼前で晒される。特に意図が感じられないその行動の意味に、ゴウは眉根を寄せた。
布越しではない澄明なその声が、初めてゴウの耳に届く。
「顔を隠したままでは、失礼だろう?」
お前の強さを認めたんだ、と続けるその唇が、ゴウの瞳に映る。頬も。頭もだ。
端正な顔の青年であった。現れた赤い髪は鮮やかで、一瞬視線を奪われたほどである。肌は白く、青い瞳が神秘的も見えた。
まさかこんな整った顔が布から現れるとは思わず、さすがのゴウも目を見張った。男の笑みが深くなる。
「俺の名は、ユダだ。お前の名を聞こう」
「・・・第三軍隊隊長、ゴウだ」
「隊長だったか。あの国王にも、人を見る目ぐらいはあったようだな」
ユダは皮肉な軽い言い方をしていたが、なぜかゴウはそこに、深い恨みが見えた気がした。
「・・・何故、国王を狙う」
低い声で、ゴウが唐突に尋ねた。男の、ユダの眉が上がる。
「何故、とは?」
「言葉通りの意味だ。それに、お前はどうやってここまで入って来られた?外の警備は万全だったはずだ」
外から騒ぎの声が聞こえない。おそらく、侵入者の存在に気付いているのはゴウだけなのだろう。
ゴウの鋭利な瞳がユダを捉える。はぐらかすことは許さないと、その瞳が告げている。
「・・・・・」
ユダの顔から笑みが消えた。二人はしばらく無言で睨み合う。
その時、二人は気付かなかったが、ユダの後ろで動いている影が一つあった。サキである。その手には銃が握られており、彼は冷静に二人の様子を観察していた。
サキはゴウに万が一のことがあった場合のサポート役としてここに隠れていたのだ。ゴウもこのことは知らない。
ゆっくりと、サキがユダの足元に向けて銃を構える。ゴウが何もしないことに、いい加減焦れたらしい。足を撃って動けなくするつもりなのだろう。
サキに気付かないまま、ユダが口を開いた。
「俺は・・・」
サキの銃を握る手に力が入る。引き金が引かれる。
その時だった。
「ユダ!避けろ!!」
銃声より一刹那早く、ゴウのでも、サキのでも、勿論ユダのものでもない鋭い声がその場に響いた。はっとなったユダが脇に動くのと、銃弾が撃ち出されるのはほぼ同時である。
虚しくも床に当たった銃弾に、サキが舌打ちをして影から姿を現す。ゴウがその姿を認めて驚きの声を上げるが、サキはそれに構わず改めてユダに銃口を向けた。
ユダはその時初めて背後のサキに気付いたものの、間に合わない。先程咄嗟によけたため、体勢を崩し床に膝を着いているのだ。次は当たる。誰もがそう確信した時、ユダの無防備な背後を守るように、どこからともなく四人目の影がその場に現れた。
銃声が鳴る。
「っ!」
四人目の影が放った銃弾は、サキの銃を弾いた。衝撃で顔を歪めるサキに、ゴウが名を叫ぶ。
「サキっ!」
ゴウは、サキに銃口を向け直している四人目に、自分の銃を向けた。その頬を掠めるよう銃の狙いを定める。
四人目の顔を覆い隠している黒い布が、ゴウの視界に入った。
ゴウの銃から銃弾が飛ぶ。
高い銃声がその場に響き、四人目の顔を隠していた布が裂けた。ゴウの目論見は成功し、サキに向けられていた銃口が逸れる。
そしてその場が一瞬静寂に包まれた。
静寂を破ったのは、小さな衣擦れの音だった。
ゴウが撃った四人目の顔を覆う布。それが裂けた部分から解け始めたのだ。
まず見えたのは頬だ。先程のゴウの威嚇射撃のせいか、そこには赤い筋が一本浮かんでいる。
そして次に見えたのは髪。それは珍しいことに、銀色の髪であった。
ゴウの目が見開かれる。
彼は銃を構えたまま、銃口から立ち上る細い煙の向こうに、その顔を見た。
「お、まえ・・・」
ルカ。
ゴウの唇が、無音でその名を呼ぶ。
彼、ルカはゴウの唇の動きを見て、彼からそっと視線をそらした。そのことにゴウは愕然となる。
見間違いでも、別人でもない。あれはルカなのか。本物の、自分が知っている、あの。
ルカ。
ゴウが何も言えないで立ち尽くしていると、やがて、部屋の外からざわめく声が聞こえてきた。今の連続で響いた銃声に、さすがに入り口の第一軍隊の面々が気付いたらしい。
ユダがルカの肩を叩く。ルカは黙って頷き、誰もいない部屋の一角に向かって銃を発砲した。
そこに置かれていた箱が一つ、銃弾を受ける。するとそこから白煙が噴出し、あっという間に煙が部屋を覆った。
ゴウの白くなった視界の中で、ルカの姿も霞み始める。
「・・・・・っ!」
ゴウは、咄嗟に手を伸ばし口を開いた。待ってくれ。そう言いたかったのだが、その時こちらに向けられたルカの瞳に、ゴウは何も言えなくなる。
赤い瞳が、揺れている。どことなく懐かしそうな、それでいて寂しそうな、そんな不思議な切なさを感じさせるように。
やがて、ユダとルカの二つの影は、白煙の中に消えた。


どことなく懐かしそうな、それでいて寂しそうな、そんな不思議な切なさを感じさせるルカのあの瞳。その意味に、ゴウは気が付いていた。
もう、あの何も知らなかった優しい時間にはきっと戻れない。
そう彼が確信しているのだと。


 終


 個人的に「軍人三人組(ゴウ・キラ・サキ」の会話が妙に楽しかった記憶があります。きっとサキは上司であるキラにしょっちゅういじめられているでしょう。そんな時サキはきっと敵わないのを分かっていながらキラに反発しています(笑)ゴウはそんな二人に囲まれて妙に苦労しているでしょうね。でもきっとゴウは持ち前の天然さと鈍感力で苦労を回避できています。ということで実は一番の苦労人は神経質そうなキラ?仕事をサボって城下に出かける上司と能天気にむかつくことを言ってくる部下にいらいらしてそうだ(笑)

 前回全く登場できなかったユダとキラはここで出せました!でも絡みの部分が全くありませんね★(死っ)だ、大丈夫です。次で絡んでいます。

 ゴウルカの絡みが最初からここまでだけでもかなりあるのはひとえに管理人の愛のせいです。主人公だからいいよね・・・!と色々と遊んでしまいました(をい)でもこちらのCPも次にはちょっといざこざ入りそうな気配だな、と思ったあなたは鋭いです(笑)

 文章に比べてこんな能天気なあとがきでよかったのだろうか・・・?(とても今更な反省でした)





誤字脱字のお知らせはメールでこっそりお願いいたします(苦笑)「ここ直せ!」という意見もお待ちしております(お手柔らかにお願いいたしますね/苦笑)

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