恋人VerJ(恋敵9)

保管庫(SB)


『恋人‐version.J』 (ユダ+ゴウ)→ルカ〜恋敵シリーズ8

ユダは自問した。自分は一週間前、ルカに想いを伝えたはずだろう、と。
一週間前とは、ちょうど聖霊祭の日のことだ。天使達が待ちわび、楽しみにしていた祭。ユダはあの日、祭りの中心から離れて聞いていた明るい音楽を思い出して、心の中で深く頷く。
ユダは自答する。確かに自分はルカに告白したはずだ、と。
驚いた顔をするルカをそっと抱きしめて、ユダは彼に想いを告げた。そのままキスをしたことまで鮮明に覚えている。
…では、何故。
「ああ、レイの作ったお菓子はやはり美味しいな。ユダもそう思わないか?」
「…そうだな、ルカ」
いつもの岩場でいつもと同じように鍛錬を終えて、ユダとルカはいつもと同じようにレイの差し入れを食べていた。クッキーを手に笑うルカの表情が、眩しい。
…では、何故ルカの態度が今までと全然変わらないんだ!?
つまり、だ。ユダが念願の告白を果たしてからの一週間。いや、最初の何日間かはユダがルカを意識的に避けていたので、厳密には数日なのだが、ルカの態度が前と変わらない「ユダの一番の親友」のままなのである。今日もいつも通り鍛錬に誘われて、ユダはルカと共に岩場まで来てしまった。勿論告白の返事ももらっていない。
告白したはずなのに、告白したはずなのに。何故今までと変わらない。何故甘い空気も気まずい空気も生まれない。何故ルカの笑顔が「親友に対するもの」のままなのだ!
告白がなかったことにされた?告白に関する記憶がなくなった?告白を冗談だと思われている?
ここ最近の癖になりつつある自問自答を繰り返し、ユダはがっくり肩を落とした。すると、そんなユダを不思議に思ったのか、ユダやルカと同じようにカップケーキを頬張っていたゴウが首を傾げる。
「…ルカ、ユダのやつは一体どうしたのだ?」
「さあ。そんなことより、ゴウ。わざわざすまなかったな、差し入れを届けてもらって」
あっさりユダから視線を外して、ルカは親しげにゴウへ礼を述べる。ゴウも「いやいや、これくらいお安い御用だ」と晴れやかに笑って見せた。
「……」
ユダにしてみれば、今この場にゴウがいるのも正直気に食わなかった。差し入れを届けてくれたゴウを、よりにもよってルカが「よければ一緒に食べないか?」と誘ったのである。
身を寄せ合って楽しそうに会話を弾ませる二人は、なんとなく前より親密になっているように見えた。
ユダは、また自問自答する。
自分は、確かにルカに想いを伝えた。ではルカの態度が変わらない理由は?
…ゴウの告白を、ルカが受けたから、という答えは有り得るだろうか?
「…悪い、二人とも。ちょっと用事を思い出したから、俺は席を外させてもらう」
つい、ユダはそう口にしていた。ルカとゴウが、目を丸くしてユダを見る。
しかしユダは二人から何か言われる前に、足を反対に向けて「それじゃあ」と素早く別れを告げた。そのままその場を立ち去ったユダを、残された二人は黙って見送る形となる。
静かな空気がその場に流れ、しばしの沈黙の後、ゴウはまさか、とあることに思い至った。
「…ルカ、もしかして」
思わず口を開いたものの、ゴウはそこで一度言葉を切る。聞くべきか否かを逡巡すれば、結論を出す前に向こうから「なんだ?」と問われてしまった。
仕方なしに、ゴウは続く言葉を口にする。
「…ユダに、まだ告白の返事を言っていないのか?」
恐る恐る、ゴウはルカを窺ってみた。
そして彼が目にしたのは、綺麗な微笑を浮かべたルカであった。


無意識に足を動かして、ユダは気が付けば見知った森の中に迷い込んでいた。
ふと正気に戻って、ここは、と心の中で呟く。どことなく懐かしい気分になって、ユダは近くの大木の根元に腰を下ろした。
この森の中には、ユダが天空城に引っ越す前に住んでいた家があるのだ。
「…懐かしいな」
今となっては滅多に足を運ぶこともなくなってしまった。しかしこうして訪れてみれば、温かい気持ちで胸がいっぱいになる。
瞼を下ろして、過去の思い出に浸る。そうして、ユダはある記憶を呼び起こした。
…ああ、これはルカも、勿論ゴウも知らないこと。
ルカのファーストキスの相手は、ゴウでない。ユダだったのだ。


ルカには、今まで恋人といえる相手はいなかった。だからルカの中ではきっとあの時、図書館での事故によるキスが初めてのキスなのだろう。
つまり、彼の中ではファーストキスの相手はゴウということになる。
しかし、それは違うのだ。ユダは繰り返す。それは違う。
あれは、二人とも少年天使になって幾許か経った頃だ。ユダはルカと野原へ行く約束をしていて、しかしその日、ユダは突然女神に呼び出されたのだ。
仕方なしにユダは自分の家に置手紙を残して出て行き、そして帰りは結局日が暮れてからになってしまった。
そして帰宅したユダが見たものは。
「…ルカ」
扉を開けて、ユダは思わず表情を緩めた。それは、とっくに帰っただろうと思っていた親友が、自分の家の、自分のベッドで、ぐっすり眠っていたからだ。
手にはユダが書いた置手紙が握り締められている。
手紙を読んだのであろうに、ルカは帰らなかったらしい。それに気付いたユダはなんとなく嬉しくなって、ルカの寝顔に顔を近付けた。
特に深い意味のない行動だった。本当はすぐに起こすつもりだったのだ。
しかし、ユダはつい目を留めてしまったのである。名残惜しげに放たれていた、橙色の日光に照らされたルカの無防備な寝顔に。
見慣れていたルカの顔と同じもののはずなのに、その時の顔はなんだか違ったもののように見えた。揺れる睫毛が輝いていて、神秘的な雰囲気である。赤みを帯びた頬は触りたくなるようなきめ細やかさで、そして濡れた唇は非常に…魅惑的だった。
どくん、と心臓が鳴る。
「る、か…?」
恐る恐る呼びかけてみる。起きる気配はない。
また一つ、心臓が鼓動する。
「……」
のどが渇いているようなそんな飢餓感に襲われて、ユダはつい、ルカの唇に自分のそれを寄せた。
触れた温かな感触を、味わうような余裕はない。
「……っ」
自分のしたことに気付いて、ユダは慌てて顔を上げた。それと同時にルカが身じろぐ。ゆっくり、白い瞼が開かれた。
「…んー…ゆだ?」
「…おはよう、ルカ。よく眠っていたな」
早鐘を打つ心臓を無視して、ユダは寝惚け顔のルカに笑顔を見せる。違和感なく笑えたかとても恐ろしかったが、ルカはすぐぱっと花のように笑って、おかえり、とユダに告げた。
「遅かったね、お勤めご苦労様!」
「あ…ありがとう。ところで、なんで俺の家にいたんだ?待ちくたびれただろう?」
「だって、ユダがいないんじゃつまらないよ。すぐ帰ってくるだろうと思ったし、待ってようかなって…ごめんね、勝手に寝ちゃって」
ルカは少し照れたように顔を俯ける。彼が何の気なしに告げた謝罪が、ユダの胸を締め付けた。
…俺は、一体何を…?


一瞬掠めたかのようなルカの唇は、ユダにとって麻薬にも似ていた。甘く、背徳感溢れるその誘惑にユダは少しずつ逆らえなくなる。
ルカがユダの隣でうとうと昼寝している時、偶然ルカが眠っているところに通りかかった時、ユダは彼を起こす前にその唇を重ねる。
何度も何度も何度も彼にキスをして、そうしてユダはやっと自覚した。
自分は、ルカに恋をしているのだ、と。


「……」
思考が現在へと戻ってくる。
瞼を通して感じる光に瞼を震わせれば、唇に柔らかいものが当たっているような気がしてユダは瞬きを繰り返した。
クリアになっていく視界を確認して、ユダは目を見開く。
「…やっと起きたか」
ユダが覚醒したことに気付いて、目の前の人物がにんまり目元を細めた。なんだか意地悪そうな笑いだ。
「…ルカ」
「おはよう、ユダ」
夢の続きじゃないのかと、思った。先程別れたはずのルカが、自分のすぐ傍にいるのだ。しかも上機嫌そうである。
その上、起きる直前に唇に触れていたもの…覚えのある感覚だった。自身の口元を押さえて、まさか、とルカを見る。
「ルカ…何を、していたんだ」
ルカは、楽しそうに笑みを深めて「お返し」と述べた。意図の読みきれないそれに、ユダはますます混乱した顔をする。それに比例してルカは一層笑ったが。
「昔のお前を真似しただけだが?それに、私からしたことはなかったし」
覚えのありすぎるその言葉に、ユダの背中に冷や汗が流れる。しかしいまいち確信しきれないでいる彼に、ルカは悟ったのか先程と同じように顔を近付けてみせた。
そして贈られる可愛い口付けに、ユダの驚きが最高になる。
「な、ぜ、こんなこと、を…」
「それをお前が聞くのか?」
「どういう意味だ」
「言葉通りだ。それは、私がずっと聞きたかった。…まあ、お前の答えはつい最近やっと聞けたがな」
「ルカ」
のらりくらりと、ルカはユダの質問から逃げる。はぐらかすな、の意で名前を呼べば、ルカは観念したように肩を竦めた。
いつの間にかルカの腕を掴んでいるユダの手を、彼は優しく解く。そして自由になった腕で、彼はユダを抱きしめた。
「…お前が、好きだからキスした。…これじゃ不満か?」
耳元に落とされた囁きに、ユダは息を詰める。
驚愕と、感動と、感嘆と、歓喜と…そんなものでいっぱいになった彼が辛うじて言えたのは。
「…十分だよ、ルカ」
そして彼は勢いよく腕の中の、元親友である恋人に口付けた。


青い空の下。いつもの岩場で、前と同じようにユダとルカと、そしてゴウは集まっていた。それぞれの手には前回同様、レイの差し入れであるお菓子がある。
「…そうか、うまくいったのか」
ユダ達の報告に、ゴウは穏やかに頷いた。声にはよかったな、という響きが含まれていて、ユダもルカも、安堵を感じると共に優しさで胸を温かくした。
ゴウはそんな二人に気付いていたのかどうなのか、すぐにぱっと太陽のような明るい表情で顔を上げて「それにしても」と話題を振る。
「ルカは何故こんなにユダへの返事を引っ張ったんだ?俺にはすぐ『ユダが好きだから』と言ってきたのに」
「それは俺も聞きたいな。時間を置くことに何か意味があったのか?」
ゴウ、そしてユダの視線を受け、ルカは少し思案する。言うか言うまいか、と考えているようであったが、真剣な二人の表情がおかしかったのだろう、ふと笑いを零して、そして彼はその無邪気な笑顔のままこう言い切った。
「ある種の意趣返しだ」
「……」
意味が分からない。呆けた顔で、二人はルカを見つめる。
しかしすぐにユダは思い出した。そういえばルカの返事を聞けた時も、彼は同じようなことを言っていた。
ルカの言葉は続く。
「私はとっくにユダの気持ちを知っていたんだ。なのに遠回りなことばかりして、なかなか言葉にしてくれないユダへ対する、ただの嫌がらせだったんだよ」
私はずっと待ってたのに、と恨みがましく言われて、ユダも納得する。どうやらこの可愛い天使は、眠っている時はキスするくせに、起きている時は何もしてこないユダをじれったく思っていたらしい。
「…ユダ、そう見えて実はへたれなのか?」
にやにやと振り返ってきたゴウには、ふんと鼻で笑い返す。ゴウはやれやれ、と頭を掻くと、その腰を上げた。
「俺はもう行くとするか。新婚さんの邪魔をするのは、不本意だしな」
思わせぶりに片目瞑って、ゴウは立ち去る。ルカはかっと頬を染めて反論しようとしたが、ゴウの退散は異様に早かった。
ユダにとっては有り難い展開である。彼は即座に傍らの恋人の腰を引き寄せて、ルカを自分の膝の上に座らせた。
ユダとルカが至近距離で見詰め合う。ユダは更にそこから距離を詰めて、ルカの額と自分の額をくっつけた。
「キスしたいな」
「させてやる義理はないな。断る」
「…こうなる時を何年も待ったんだぞ?させてくれてもいいだろう…」
「勝手に待ったのはそっちだろう。何年も待たされたのは私だと思うが?」
「…分かった、分かった。待たせて悪かったよ。だから…キス、したい」
「さーあ。どうしようかな」
ふふふ、とルカが笑う。楽しそうに。
これもまた復讐の一端かな、とユダが困ったように苦笑すれば、唐突に視界が翳った。
ルカが、上から一層ユダに顔を寄せたのだ。
「キスさせるのは駄目だが…キスしてやるのは、許す」
「…十分だよ、ルカ」
そして二つの影が重なった。





恋敵最終章!「恋人〜version.J.改めユダルカバージョン」でした。日頃はタラシだけど、本命には奥手になってしまうへたれなユダ様!書けて満足!(笑)

そんなユダ様に送りたい一言。「引いても駄目なら押してみろ」
怖いからって引いてばっかりだとルカを落とすのは難しいよ!いや、多分そんなへたれな可愛いところが今回ルカ様のツボにはまったんでしょうが(笑)

詳しいことはまた日記でつらつら語ります。恋敵完結第一弾お疲れ様でした!

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