夢想家(後編/恋敵7)

保管庫(SB)


『夢想家〜後半』 (ユダ+ゴウ)→ルカ〜恋敵シリーズ6

ルカは最近、少し様子がおかしかった。聖霊祭が近くなると突然付き合いが悪くなり、しかも忙しいと言いつつ夜中にこっそり部屋を抜け出してどこかに出かけているようだった。
そんなルカを不審に思ったのはユダもゴウも同様で、二人は何とも言えない不安に襲われる。
しかしルカの不審な行動の理由は、ある日唐突に判明した。


元気いっぱいに走ってきたガイは、目の前の光景に思わず首を傾げる。聖霊祭で久しぶりに時間が合いそうだから、とこの日は六聖獣で昼食を食べるはずだった。遅刻常習犯のガイは案の定時間ぎりぎりに駆けてきたのだが、いつもなら和やかに向かえてくれる皆の様子が、なんだか妙な雰囲気を漂わせていたのだ。
原因はガイにもすぐ理解できた。六聖獣の兄貴分であるユダとゴウが、隅で暗い顔をしながら落ち込んでいるのが目に入る。
「…なあ、ユダとゴウどうしたんだ?」
困ったように立ち尽くしていたシンとレイを捕まえれば、二人は揃って首を横に振った。疲れているのでしょうか、とシンが小さな声で言えば、レイも、二人は多忙ですからね、と小さく頷く。
そこでガイはふと気が付いて、首を周囲に巡らせた。
「そういえばルカは来ないのか?」
「ええ…ちょっと用事があるから、と断られてしまったんです」
「ルカも忙しい方ですからねえ。今、どこで何をしているのか…」
シンとレイの残念そうな呟きに、ガイはあれ?という顔をした。
「俺、ルカがどこで何をしているのか知ってるぜ」
シンとレイの目が丸くなる。隅にいたユダとゴウの肩が、小さく震えた。
ガイはユダとゴウの反応に気付かないまま、目の前の二人に笑みを見せる。
「さっきさーちょっとした野暮用で天空城に戻ったんだけど、そこでたまたまルカを見つけたんだ。なんか滅多に使われていない空き室でサキと一緒だったぜ。ドアの隙間からだったからよくは見えなかったけど、そだなー…サキがルカを押し倒しているように見えた!」
「……」
ガイの発言に、シンとレイは思わず硬直した。硬い表情の二人にガイは不思議そうな顔をしたが、次の瞬間、隅にいたユダとゴウがすごい勢いで立ち上がる。
え、と振り返ったガイが見たものは、そのまま素晴らしいスピードでガイの隣を駆け抜けていった二人の残像であった。
「うおっ!?」
両脇をそれぞれに通って行かれて、ガイは思わず仰け反る。姿勢を立て直して振り返れば、ユダとゴウは全速力で天空城の方へ向かっていた。
二人の脚力により宙に舞い踊る砂塵の中で、ガイとシン、レイは呆然とした。
「なんなんだ、一体…」
ガイの呟きに、シンとレイは溜息だけを返した。


その頃、ガイが覗いた天空城の空き部屋では。
「…っ悪い、ルカ。大丈夫か…?」
焦った様子で告げられた謝罪に、ルカの溜息が重なる。ルカは大丈夫だ、と小さく微笑み、目の前のサキを見上げた。
二人は重なるようにして床に倒れこんでいた。サキはルカを潰さないよう、彼の顔の両脇に手をついて自身の体を支えている。
優しい微笑にサキもほっと口元を緩めたが、しかし次の瞬間申し訳なさそうに眉を落とした。心なしかその息遣いは荒く、額にはうっすら汗が浮かんでいる。
「…ごめんな、俺の我儘のせいで、ルカに痛い思いさせて…」
「謝るな。お互い同意の上だろう?」
「…だけど、俺が下手なせいだし…」
小さくなっていく語尾に、ルカはまた笑う。
「私だって、決して巧いわけじゃない。お前はそれをよく知っているだろう?」
「…ごめん」
「だから、謝る必要はない。…さあ、そろそろ続けようか」
明るくルカが誘えば、サキもああ、と少し笑う。そうやって笑い合った瞬間、部屋の扉がすごい勢いで開かれた。
「ルカ!!」
扉の向こうから姿を現したユダとゴウに、ルカは驚きで目を丸くした。しかしルカが何か言う前に、二人は揃って絶望したような顔でその場に崩れ落ちる。
「…ガイの、話は本当だったのだな…」
暗い声でユダがそう呟けば、ゴウが隣で意味不明な呻きを漏らす。ルカは不審そうな顔をした。
「おい、話とは一体…」
「サキが、ルカを押し倒しているという話だ!」
「!!」
ゴウの叫びに、ルカとサキは揃って顔を見合わせた。そして初めて自分達の状況に気付いたというようにあ、と声を出して、サキは顔を赤くしながら慌ててルカから離れる。
「お、おい!何勘違いしているか知らねえが別にこれはそんなつもりじゃねえよ!」
すぐに立ち上がりサキが弁解すれば、ユダとゴウは同じタイミングで顔を上げる。その気迫に、サキは一瞬背筋を凍らせた。
「サキ…そういうつもりとは、どういうつもりだ…?」
「え、あ、いや、別に他意はないって!」
「この期に及んでまだそんなことを言うのか!最近お前達が妙に親しいことは知っているのだぞ!」
「ゴウまでそんなこと言うのかよ!おい、二人共話を聞いてくれ!」
「俺は、お前達が真剣にお互いを想い合っているのならこれ以上は何も言わない…が、そんなはっきりしない態度のままこんな場所でコトに及ぶのはどうかと思うぞ」
「こ、コトって…!ユダ、俺は別に…!」
「サキ!お前は親友だと思っていたのに、見損なったぞ!」
「ああああああもう!お前らなあ!」
「ルカを愛しているならはっきりとそう言うんだ!」
ユダとゴウが異口同音にそう叫ぶ。サキがなおも何か言い募ろうとするが、その前にドアから一つの影が滑り込んだ。
影は真っ直ぐサキに向かったかと思うと、そのまま腕を振り下ろす。サキは衝撃で言葉を発することを一瞬忘れた。
ぱしん。
乾いた音が部屋に響き渡り、一瞬の沈黙が流れる。呆然と赤くなった頬を押さえながら、サキは目の前の人物を見た。
サキの目の前には、険しい表情を浮かべたユリがいた。
「ユリ…」
サキが名を呟けば、ユリは顔を地面に向け、そのまま走り出す。部屋から飛び出た彼を、サキはすぐに追いかけた。
二つの足音が遠ざかる。残された三人は唖然と、開け放たれたままのドアを振り返った。
「…なんだったんだ、一体…」
先程までの憤りも忘れてゴウが思わずそう呟けば、今まで黙っていたルカが、頭を抱えて溜息を吐き出す。
「しまった…よりにもよってユリに誤解させてしまった…」
「どういうことだ、ルカ」
苦々しいルカの言葉に、ユダがすぐ反応する。ルカは、ユダとゴウを一度ずつ見上げてから、目線を落とした。
「…二人が何を勘違いしたのかは知らないが、サキは私とダンスの練習をしていたんだ。…ユリのために」


サキは、ユリが好きだった。一目惚れだったのだと彼は言っている。
遠回しなやり取りが得意でない彼は、自覚してから猛烈なアプローチを始めた。最初は冷たくあしらわれ、少しずつ笑顔を見せてもらえるようになって、今はユリもサキに好感をもってくれているようだった。
そんな友達以上恋人未満の関係を長く続けてきて、サキはいい加減はっきりと返事が欲しいと思った。頷いてくれるなんてとても思えないが、それでも友達のままでいるのも、ユリがそう望むならそれでいいと思った。だからはっきりとした言葉が欲しくなった。
次の聖霊祭で気持ちをまた伝えようと考えて、その前に何かかっこいい所を見せてやりたかったのだとサキは言っていたらしい。
サキの帰りを待ちながら聞いたルカの説明を要約すると、そういうことだった。
「まあ私には、ただ単にユリと踊りたいというように見えたがな」
「…それで、サキはルカにダンスの練習相手を頼んだのか?」
ゴウの問いかけに、ルカは頷く。ユダは不機嫌そうに眉を顰めた。
「なんでルカだったんだ」
「今回の聖霊祭準備で親しくなったし、仕事場所が同じなら時間の調整もしやすいだろう?」
「この前夜遅くに城を抜け出したのも?」
「サキと練習するためだ。…なんだ、そんなことまで知っていたのか」
ルカは純粋に驚いたような顔をしたが、ユダは一層冷たい瞳をする。ゴウも何か言いたげにしていたが、最後には重い溜息を吐き出して口を噤んだ。
ルカの説明に、嘘偽りはないのだろう。つまりサキはルカをそのような対象として見ていたのではないことがはっきりと分かる。だが、それでも複雑な思いが胸を締め付け、二人は負の感情を持て余していた。
ルカはそんな二人の様子に首を傾げるが、その時、閉められたドアが開く音がする。振り返れば、扉の向こうからサキが現れた。
戻ってきたサキの表情は、先のユダ、ゴウに負けず劣らずの絶望を浮かべていた。
「サキ…」
ルカが気遣うように呼びかけるが、サキは軽く首を横に振って、悪い、帰るわ、とだけ呟く。彼は言葉通りそのまま再度扉を閉めて、姿を消した。
部屋に沈黙が満ちる。ルカが困ったように「誤解を解けなかったのか…」と眉を落とした。責任を感じているらしい。
責任を感じているのはルカだけでなく、ユダもゴウも同様だ。興奮していたとはいえ、大きな声で叫びすぎてしまった。二人の声を聞いてしまったユリが勘違いしたのだろうと容易に想像できる。
「……」
おもむろに、ユダが立ち上がる。彼はそのまま扉から出て行き、サキの姿を探した。
サキはすぐに見つかった。天空城の玄関から出て行こうとする彼をユダは追いかけ、その腕を掴む。
「ユダ…」
振り返った彼は、暗い表情の中に驚きを見せた。ユダは一度視線を伏せ、悪かった、と呟いた。
サキは一層目を丸くしたが、数度瞬きをしてから微かに苦笑を浮かべる。
「ユダが悪いんじゃないだろ。ゴウも、ルカも悪くない。…俺が、信用されなかったのが悪いんだ」
サキは顔を伏せた。
「…俺さ、夢見てたんだ。ユリが俺の隣で笑ってくれるのが嬉しくてさ、これからも隣で笑っていてほしい、なんて夢みたいなこと…」
「……」
ユダにも、その気持ちは理解できた。隣で笑っていてほしい。ずっとずっと笑っていてほしい。好きな人が笑ってくれるのが一番の幸せだから。
だけど、好きな人の笑顔を見たいと思うと同時に、その笑顔を独占したいと思った。笑うなら自分の隣で笑ってほしいと思った。
サキは再び顔を上げ、口元に笑みを乗せて、またな、と今度こそ天空城を出て行く。ユダはその背中を見送って、考えた。
ルカには笑っていてほしいと思う。だけど、自分の中にはその笑顔を独り占めしたいという欲がある。今までは欲望を抑えて、楽しくやってきた。だけど、これからは…?
先程のサキとルカを見て、怒りで一瞬視界が真っ赤になった。自分は、ルカの幸せ以上に、ルカの笑顔以上に、自分の感情を優先させてしまうのではないだろうか?
「ユダ」
思考に沈んでいたユダは、呼ばれて振り返った。視線の先にはゴウがいて、何とも言えない微苦笑を浮かべていた。
「…サキを、殴りにいったのかと思ったぞ」
「まさか」
冗談めかして肩をすくめるゴウに、ユダも軽く肩をすくめて余裕の笑いを浮かべる。しかし不意にユダは真面目な顔になり、サキが出て行った扉を見つめた。
「…サキの気持ちが、痛い程分かるからな…」
「…そうだな」
聞こえたゴウの声にも、冷やかしの響きは皆無だった。ゴウも同じことを考えているのだと、同じ気持ちなのだと、ユダは確信した。
「…誤解が、解けるといいな」
「ああ」


しかし、事態はそんなに甘くなかった。
聖霊祭準備に追われながら、ユダはあらぬ方向を見て溜息をつく。
あの日から数日が過ぎたが、ユリは明らかにぴりぴりした空気を纏わせていた。日頃穏やかな彼だけに、その変化は少し恐ろしい。ルカの話では、サキの方もあれからずっと落ち込んでいて、あれだけ元気な彼のその変化に、周りの天使は当惑しているらしい。
頻繁に資料を届けてきてくれたルカの姿も、最近はこちらで見ることは滅多にない。ユリを刺激しないように、と彼なりの配慮だった。資料を届ける必要がある時は他の天使か、もしくはサキがゴウと共に訪れるが、その時のユリの態度は明らかに冷たかった。
よくよく考えれば、ルカがこちらに資料を届けにくる時、必ずサキを伴っていたのはユリがこちらにいたからだろう。現在は仕事場が違うはずのゴウが付き添っているのに、その甲斐は全くなかった。
しかしユダは知っていた。張りつめた空気を出しているユリが、時折切なそうに瞳を細めているのを。それはふとした時よく見られるが、サキの後ろ姿を見ている時はその瞳が必ず悲しそうに揺れているのだ。
なんとかしてやりたい。それはユダだけでなくゴウも、ルカも思っていた。


中央の広場から少し離れた所に、テントが一つ張られている。そこは聖霊祭の時、特技を持つものが集まって色々なパフォーマンスを披露する場であった。今はまだ整備が終えられてないため、他で使う木材や布が大量に側に置かれている。
聖霊祭が近くなった今では、その隣の空き地で出演者が練習できるスペースが設けられていた。ある者は複数のボールを一度に扱い、ある者は激しいダンスを踊り、ある者は他から少し離れて口から火を吹いてみせた。それぞれが自身の特技に磨きをかけ、本番を待つ。
ユリはここの様子をよく見に行っており、練習に励む者へ激励をしていた。それは彼の仕事ではなく、自主的な行動である。この日もユリはここを訪れ、皆に笑顔を浮かべて見せる。出演者達はある日を境に悲しい影を見せるようになったユリの笑顔に、心配な顔をしながら、しかし表向きは満面の笑みを返した
口から火を吹く者も、ユリの笑顔に笑顔を返す。そうして気合いを入れて燃やした炎は、いつも以上に迫力があるものだった。思わず周りから拍手が起こり、皆も一様に気合いを入れ直す。
その時、誰も気付かなかった。その炎の小さな欠片が、テントの側に置かれた布を掠めたことに。


いつも通り書類とにらめっこをしていたユダは、楽しそうな笑顔でいつも通り駆け寄ってきたシヴァに、内心うんざりした。
仕事場が違うというのに、シヴァは暇を見つけてはよくユダの所へ姿を現す。そしていつも「仕事場の指揮官がひどいんだよユダ!」とか、「今日ユダの目の色と同じ花を見つけたんだよユダ!」とか、どうでもいいことを沢山話して、満足して帰っていく。何度か注意したが改善するつもりもないらしく、彼は懲りずにユダのもとへどうでもいい情報を伝えにきていた。
サキとユリに関して頭を痛めている今は、疲れも倍増になる。しかし言っても聞かないのは目に見えているので、ユダはサキ達のことを考えながら、シヴァに「今日は一体何があったんだ?」と無表情のまま問いかけてみた。するとシヴァはいつもと変わらない上機嫌な笑顔で、とんでもないことを口にした。
「すごいんだよユダ!今あっちでね、火事が起こったみたい!」
「へえ、それはすごいな…って、なんだって!?」
うっかり聞き流しそうになって、ユダは手にしていた書類を放り出した。シヴァは少しびっくりしたようだが、ユダがシヴァを見てくれるので、やはり嬉しそうな様子でにこにこと話を続ける。
「パフォーマンス用のテントがあるでしょ?そこで練習をしていた天使の中に、火を扱う天使がいたらしいよ」
パフォーマンス用のテント。その言葉に、ユダはひどく焦った。確かあそこには今、ユリが行っているはずだ。
「…シヴァ、テントへ向かうぞ」
鋭い瞳でそう言うユダに、シヴァは目を丸くする。ユダがシヴァに「行くぞ」なんて言葉をかけてくれることは滅多になかったからだ。案の定シヴァは表情を輝かせて大きく頷いた。
「僕、ユダとならどこへでも行くよ!」
そして二人は駆け出した。


サキは、今日何度目かになるか分からない溜息を吐き出した。目の前には大きな木が横になっていて、そこにのこぎりが突き刺さっている。
木を真っ二つにするだけの作業。サキはこれが大好きだった。体力には自信があったし、何より頭を使わなくていい。
しかし今はそんな仕事をする気にもならず、また大きな溜息をつく。側ではルカが心配そうな顔をしていたが、彼には何も言えない。中途半端な言葉は意味がないし、ルカには現状を打開する策もなかった。
ルカはこっそり肩を落として、自分の作業に取り掛かる。
ふいに、そこにシヴァが駆けてきた。しかも、ルカの名を叫びながら。
「ルカ〜!大変だよ〜!!」
「……」
ルカは、無意識的に眉根を寄せた。
「…どうしたんだ、シヴァ」
警戒心を表に出しながら、ルカはシヴァに問いかける。シヴァはわざとらしく膝に手をついてぜえぜえ息をしながら、とても大きな声でこう告げた。
「大変なんだよ、ルカ!今ね、パフォーマンス用のテントで火事が起こっているんだ!」
テント、の言葉にサキの肩が揺れる。ルカは目を丸くしながら「火事だって!?」と叫んだ。
「そうなんだよ!今ユダが向かってるんだけどね、僕はユダからルカを呼んでくるように言われて走ってきたんだ!ユリもそこにいるんだって!」
ユリの名を耳にした瞬間、サキの目が大きく見開かれた。そこからサキはシヴァとルカの会話も何も耳に入らなくなって、素早い動きで腰を上げると、その勢いのまま彼は駆け出した。
ルカがサキの動きに気付き叫ぶが、サキは聞いていない。ただひたすら走っていく彼に、ルカは厳しい表情で背中から翼を出す。大地を蹴って飛び立とうとする彼を、しかし引き止める腕があった
シヴァだ。
「…ルカはもう行かなくていいよ」
「何を言っているんだシヴァ!」
冷静なシヴァの言葉に、ルカは怒鳴り返す。しかしシヴァはいつもの無表情、いや、そこに桃色の幸せそうな色を滲ませながら、ルカにこう告げた。
「もう行く必要がないって言ってるんだよ、察しが悪いなあ。ほら、ユダから言われた通り、本当のユダの伝言を伝えるからちゃんと聞いてよね」


サキはひたすら走った。走って、走って、走って、周りの景色が見えなくなるくらい夢中で走った。
やがて目の前に天使が集まっているのが見えて、サキはそこに突っ込む。他の天使をかき分けながら、サキは必死でユリの姿を探した。
ユリ。ユリ。ユリ。ユリはどこだ!?
なんとか波から抜け出て、広い場所に出る。目の前の空き地は、地面は黒く焦げて、周囲の木々は炭になっており、テントにも大きな穴が空いて、悲惨な様子にサキは愕然とした。
ふいにそこで紫色の影を見つけて、サキは反射的にその服の裾を捕まえる。
「ユダ!」
服を掴まれて振り返ったユダは、サキがいることに驚いた様子だった。瞬きを盛んに繰り返し、まじまじとサキを見つめている。
サキはそんなユダの様子に構わず、その胸倉を掴んだ。
「なあ、ユリはどこだよ!ユダなら知ってんだろ!?ユリは、ユリはどこだよ…!」
「落ち着け、サキ」
「これが落ち着いていられるか!!」
怒鳴って、サキは顔を歪ませた。瞳に涙が浮かび、彼は崩れ落ちるかのようにそのまま地面に膝をつく。
「なあ…ユリはどこだよ…教えてくれよ…」
失いたくなかった。こんな喧嘩をしたまま離れるなんて絶対嫌だった。だけど、そんなことを思う前に体は動きだしていた。
ああ、自分は本当にユリが好きなんだ。
分かっていたことを再度自覚させられて、サキは色々な感情で胸をいっぱいにする。流れ落ちそうになる涙を必死で押しとどめ、彼は唇を噛んだ。
その時だ。
「…サキ?」
名を呼ぶその声に、サキは弾けるかのように顔を上げた。祈るような気持ちで瞬きを繰り返した彼は。ユダの後ろにいる影をはっきりと見た。
ユリが、驚いたような、心配するような顔でそこに立っていた。
「ゆ、り…」
「どうしたんですか、サキ。そんなに慌てて」
「ど、どうしたって…!お、俺はお前が火事に巻き込まれたって聞いたから、必死で…!」
戸惑うように揺れる瞳に、サキも真っ赤な目で負けじと言い返す。しかしそれでもユリはきょとんとしていて、サキも訳が分からず眉を落とした。
しかしそんな中で、ふいに隣でユダが噴き出した。
サキとユリが揃ってユダを振り返れば、ユダは口元を押さえながら、必死で笑いを堪えている。
「…ユダ?」
「…いや、ユリは本当に愛されているなあ…と思って、な」
笑いを零しながらそうユダが告げれば、サキは唖然とし、ユリはさっと羞恥で頬を染めた。
ユダはひとしきり笑い終えた後、サキに向かって悪かったな、と笑顔で謝罪の言葉を告げる。
「火事と言っても…実はそんな大したものでもなかったんだ。発見が早かったし、ユリが皆を誘導してくれたおかげで、怪我人も少なかったし」
晴れやかな表情で告げられた事実に、サキは今度こそ空いた口が塞がらなくなった。
「で、でもシヴァは大変だ〜!って!!」
「俺も慌てていたからな、ちょっとした行き違いだ」
「行き違いいいいい!?」
まさかの展開に、サキは体から力を抜いて、その場にへたり込んだ。あんだけ必死になった俺って何だったんだよ…と落ち込み、馬鹿みたいだと思って顔を赤くした。
しかしそんなサキの背に、温かい手が添えられる。顔を上げてみれば、何とも言えない表情でこちらを見ているユリと目が合った。
「ユリ…」
呼べば、困ったように照れたように、彼は小さな微笑を浮かべて見せる。サキはその眩しい微笑みを間近にして、目眩を起こしそうになった。
ユダは二人を前に、仕方なさそうに肩をすくめた。そして優しい声でサキを呼ぶ。
「ちょうどいいから、ユリの手当をしてやってくれないか?誘導の時腕に軽い火傷を負ったようだから」
サキとユリは、盛んに瞬きを繰り返して顔を見合わせる。ユダは二人から返事を聞く前に、さっさと回れ右をしてじゃあ、と手を振って去った。
そうして木の陰に入った彼は、そこでルカとゴウの姿を見つける。二人の顔には笑みが浮かんでいた。
「シヴァから聞いたぞ」
責めるように、しかし笑いながらルカはユダにそう言った。ユダもそれに笑い返し、後ろを振り返る。
視線の先には、ユリの腕を引っ張っているサキがいた。ユリも、ゆっくりとだったが大人しくサキについていっている。
「これで、あの二人はもう大丈夫だな」
ゴウの言葉に、皆が一様に頷く。その場にはとても優しい空気が流れ出し、三人とも穏やかな笑顔でサキとユリを見守った。
よかった、と思う。本当によかったと。
温かな感情をそれぞれが噛み締め、満足そうな顔で三人は肩から力を抜いた。
そこで、唐突にユダが動き出した。彼はルカの隣にいたゴウを捕まえると自分の方へ引き寄せ、その肩に腕を回す。
「ところで、ゴウ?」
素晴らしい力でゴウを締め付けるユダに、ゴウははっと表情を強ばらせる。恐る恐る顔を上げれば、素晴らしいユダの笑顔がそこにあった。
「な、なんだ?」
「…ルカと二人っきりとは、どういうことかな…?」
耳元でぼそりと囁かれた低い声は、ゴウの体を恐怖で震わせる。
がたがた震えるゴウに、にこにこ笑うユダに、ルカは先程の穏やかな笑みを浮かべたままこう言い切った。
「なんだかお前達もすごい仲良しだな」
…ルカにはユダの呟きは聞こえなかったらしい。


なんだかんだでとても充実した聖霊祭準備期間も終わり、後は聖霊祭本番を楽しむだけとなった。
ユダとゴウはこの期間に気付いたことがある。そして、決意したことも。

二人は聖霊祭の日を待っている。


〜おまけ

「ところで、サキ」
ユリの腕に包帯を巻きながら、サキは顔を上げた。ユリはいつもの綺麗な微笑を浮かべながら、サキの手元を見守っている。
久しぶりにユリの声を聞けて、サキはとても上機嫌だった。幸せいっぱいで、誤解が解けたと、仲直りできたと信じて疑わず「なんだよ」と笑いながらユリに問い返す。
「…これで終わりだとは、思っていませんよね?」
「は?」
意味が分からず、サキは包帯を巻く動きを止める。呆然とユリを見つめれば、ユリも顔を上げてサキを見つめた。
その表情は、とてもとても綺麗だ。とてもとても綺麗な微笑みを浮かべている。…サキはなんだかとてもとても嫌な予感がした。
ユリはにっこりと笑みを深めて、とんでもないことを口にする。
「これで許された、なんて甘いことは考えていませんよね?私はまだ怒っているので、今後もせいぜい頑張ってください」
サキは口元がひきつるのを自覚した。
「…!おっまえ可愛くねえなあ!!」
「そんなの生まれつきですよ。それが嫌なら他に可愛い子でも見つけてくればいいじゃないですか」
ルカ殿とかね、と意地悪な目をするユリに、サキはがしがし頭を掻きながら意味不明な唸り声を出す。
「あーもう分かってんだろ!?俺にはお前しかいねえんだよ!俺にはお前しか見えねえよ!お前以上に可愛い奴なんて他にいるかよ!!」
「…それはどうも」
やけくそなサキの言葉に、ユリがどう思ったかなんて鈍いサキに分かるはずもなかった。





私の中でユリはこんな子です(最初に言うのそこ!?)

予想外に多くのキャラが出張った今回のお話。一番の予想外はシヴァの登場と活躍でした。ぶっちゃけ私は恋敵シリーズにシヴァを出す気はさらさらなかったのです。なのに今回のこの活躍!個人的に一番目立ったのこいつじゃないか、とか思ってます(笑)

まあ詳しいことはまたつらつら日記で書かせていただきますー。ちなみに結局一度書きあげてから修正重ねたので、文章量は更に増えました(笑)





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