酔仙乱(恋敵4)

保管庫(SB)


『酒仙乱』 (ユダ+ゴウ)→ルカ〜恋敵シリーズ4

人にはそれぞれ、望みというものがあって、それを叶えたいと思うことはきっと罪ではないと、思う。
そして天使も、何かを望み、それを現実のものにしたいと思うのは、仕方のないことなのであろう。
だが。
だが、偶然という名をもつ運のようなもので叶えられた願いを、果たして手放しで喜んでもいいのだろうか。
「・・・・・駄目、だろうな。やっぱり」
少なくとも、自分のそれはなんだか違うような、そんな気がゴウはしていた。
はあ、と重い溜息を吐き出せば、どこからともなく風が吹いてきてゴウの髪を適当に弄び去っていく。
ゴウの口から、また溜息が漏れた。
「・・・・・はあ」
ゴウが今いるのは、木々に囲まれたある湖の傍である。芝生の上に腰を下ろしている彼の周辺には、何本か、へし折られた大木が横になっていた。どうやらゴウの鍛錬の跡らしい。
大好きな鍛錬を終えた後だというのに、ゴウの表情はどこか暗い。思い悩んだ様子で何度も溜息をつき、時には顔を上げ、目の前の湖を訳もなく見つめている。活発な彼にしては珍しい光景だ。
そんなゴウに、後ろから近付く影があった。シンだ。
「ゴウ。珍しいですね、こんなところにいるなんて」
声をかけられて、ゴウはその顔を上げる。視界に入るシンの微笑に、ゴウは苦笑を浮かべた。
「シンか。お前こそ、いつもの泉にいないなんて珍しいな」
「ゴウを探していたんですよ」
「俺を?」
目を丸くすれば、シンはそっと頷きゴウの隣に腰を下ろす。それからゴウに向き直り、少し困ったように首を傾げてみせた。
「・・・最近、ゴウは元気がありませんね。何かありましたか?」
シンのその言葉に、ゴウはう、と息を詰まらせる。苦い顔であー、だのうー、だの言いながら視線をさ迷わせる彼に、シンの口から溜息が零れた。
「・・・あまり根を詰めないでくださいね」
「・・・すまない」
ゴウが思わず謝罪の言葉を口にすれば、シンの苦笑が深くなる。ここで謝るなんて、彼らしいと思ったのだろう。
そして次の瞬間、シンはちょっとお茶目な笑顔になって口を開いた。
「そんな元気のないゴウに、プレゼントです」
は?と突然口調を変えたシンに、ゴウの目が丸くなる。シンはにこにこと邪気のない笑顔のまま、どこから取り出したのか一本の瓶をゴウに差し出した。
なかなか重量のあるそれを、ゴウは反射的に受け取る。
「これは・・・もしかして、酒か?」
まじまじと渡された瓶を見つめて、ゴウが再度シンに目を向ければ、彼の笑みが深くなった。
「はい。その通り、お酒です。でもこれ、ただのお酒じゃないんですよ」
「と、言うと?」
「聖霊祭の時にだけ出される、神殿特製のあの、お酒なんです」
あの、をやけに強調して言うシンに、ゴウはまさか、と目を見開いた。
シンの言う神殿特製の酒とは、聖霊祭の時にだけお目にかかることの出来る特殊な酒なのである。作り方不明。材料不明。とにかく全てが謎に包まれている代物なのだ。しかし、神殿特製なこともあってか、確かにその味は他に比べて格段に良い。よって、酒を好む天使達は聖霊祭の日になると競ってこれを飲むのである。かくいうゴウも、確かにこの酒は好きだ。ゴウだけでなく、ユダも好んでいると聞く。
まさか聖霊祭以外でこの酒を見ることが出来るとは・・・。感嘆の息がゴウの口から漏れる。
「よく、手に入ったな」
「ある伝手から頂いたんです。でも私はゴウも知っての通り、あまりお酒には強くありませんから」
だから、是非ゴウに飲んでもらおうと思いまして、とシンは続けた。
ゴウの視線が手の中の瓶に落ちる。ゆらゆら揺れている中の液体を見つめていれば、瓶の側面に自分の顔が映っているのが見えた。
「しかし・・・いいのか?」
シンだって、酒には弱い方ではあるが、それでも酒が嫌いなわけでない。それを知っているゴウは、思わずシンに重ねて確認した。
しかしシンは迷いない様子で、すぐに肯定の返事を返してくる。
「ええ、構いませんよ。どうぞそれをぱあっと飲んで、日頃の悩みや疲れを忘れちゃってください」
ね?と念押しするシン。ゴウはその時、彼の意図が読めた気がした。
もしかして。
ゴウは何ともいえない気分になって、ただその口元を緩めた。ありがとう、と呟くように言えば、いえいえとの明るい声が返ってくる。
心配をかけて、すまなかったな。
心の中だけで謝り、ゴウは顔を上げた。その顔は先程と違い爽快な、いつものゴウの笑顔に戻っている。
「よし。それじゃあ、せっかくだからこれから飲むとするかな」
「これからですか?随分急ですね」
「善は急げと、下界の言葉でも言うだろうが。それに鍛錬も終わったところだしな」
いつもの調子で豪快に笑うゴウに、シンも笑う。元気になったゴウに、彼も少しほっとしているようだ。
ゴウはそんなシンの細かな様子までには気付かず、しかし次の瞬間ぱっと何か閃いた顔をしてシンに向き直った。
「どうせなら、シンも一緒に飲まないか?」
虚を付かれたシンは唖然とゴウを見返した。
「私も、ですか?」
「ああ。美味い酒を飲むのに、一人では味気ないからな。それに、どうせなら誰かと面白おかしく話でもしながら飲んだ方が気も晴れる」
駄目か?と首を傾げられて、シンはふ、とその表情を和ませた。彼は小さく首を左右に振り、最後に、にっこりと笑みを浮かべる。
「そんな素敵なお誘い、断るわけがありませんよ。私でよろしければ、是非ご一緒させていただきます」
「ありがとう。・・・よし。それなら、早速グラスを準備するとするか」
よいしょ、と腰を上げるゴウにシンもつられる。しかしその時、二人を呼ぶ声が背後から聞こえてきた。
「ゴウ、シン」
その声に、ゴウの体が強張る。
隣にいたシンは、そんなことには気付かない様子で後ろを振り返った。
「ああ、ルカじゃないですか」
木々の間から姿を現した彼、ルカに、シンは笑顔を向ける。
ゴウがゆっくりと振り向いてみれば、確かにそこには銀の髪を揺らしているルカがいた。
ゴウの瞳が揺れる。
視線の先にいるルカは、シンを見て小さく首を傾げた。
「シン、ここにいたのか。さっきからユダがお前を探していたぞ」
「え、ユダが?」
「ああ。借りていた本を返したい、と言っていた」
シンがああ、と納得の声を上げる。思い当たることがあるのだろう。
「早く行ってやれ。今なら多分、中央の広場にいるだろうから」
そう告げるルカに、しかしシンは困った様子でゴウを振り返った。先程のゴウとの約束をどうするか、少し考えているようである。
だが悩んだのは一瞬で、すぐに彼は何か閃いたように目を輝かせた。
「あの、ルカ。これから何かご用事とかありますか?」
「?いや、何もないが」
不思議そうな顔をしつつも答えるルカに、シンは満面の笑みでゴウを見る。
「それならルカ、もしよろしければ私の代わりにこれからゴウの宴に付き合っていただけませんか?今、その約束をしたばかりだったんですよ」
その言葉を聞いた瞬間、ゴウが慌てた。
「し、シン!?」
「ね、ゴウもお酒があまり飲めない私より、ルカの方が一緒にお酒を飲む相手としていいと思いませんか?」
「し、しかしだなっ」
ゴウはどもりながらも何か言い募ろうとする。しかし、シンがその時思わせぶりにウインクをしてきたので、ゴウは思わず黙ってしまった。
シンが小さな声でゴウに囁く。
「私がお相手するよりルカが傍にいてくれる方が、ゴウも嬉しいでしょう?」
ゴウの体が硬直する。所謂、石化だ。
シン。お前は、もしかして知っているのか。俺の、ルカへの気持ちを。
がちがちな動きでルカを振り向けば、今のシンの言葉は聞こえなかったらしいルカが不思議そうな顔でゴウを見ている。
ああ、そんな可愛い動きで首を傾げるのはやめてくれ・・・!
頭が軽く混乱状態に陥り、ゴウはあらぬ方向を見ながらうおおお、と唸りだした。シンはゴウをそのまま置いて、ルカの隣まで足を進める。
ルカは向こうで唸っているゴウを見ていた。
「・・・ゴウは、一体どうしたんだ?」
「さあ、どうしたんでしょう」
楽しそうに弾んだ声でそう返し、シンはルカの脇を通りながら、別れの挨拶を述べ木々の向こうに姿を消す。ルカはそれを見送ってから、もう一度ゴウを振り返った。
彼は相変わらず唸っている。おそらく、シンがいなくなったことにも気付いていないだろう。
ルカはそんなゴウに、もう一度首を傾げたのだった。


そんな唸っているゴウの心の中では、実はすさまじい葛藤が繰り広げられていた。
ルカと酒を飲むか、それともルカからさりげなく逃げるか・・・!?
普段ならルカと時を共にするのは嬉しいことなのだが、しかし今は素直に喜べない理由がある。
実は最近のゴウは、ルカとまともに話をしていないのだ。と、いうよりゴウが一方的にルカと話すことを避けていた。
理由は、勿論先日の図書室のあれがあったからだ。ゴウはあの時、事故でルカとキスをしてしまったのである。
それからタイミングを逃して、ゴウはなかなかルカと話すことが出来なかった。
更に言えば、その事故の数日後。現在から数えれば、ちょうど二日前になる。あの日、ゴウは一人で鍛錬に出ていたのだが、帰ってきた時、ガイからルカの様子がおかしい、と彼は聞いた。しかもその後ユダがルカのところを訪ねていっている、と続けて言うガイに、気になったゴウはルカのもとを訪れてみたのだ。
そしてゴウが見たのは、ルカの膝でぐっすりと寝ているユダであった。
あの時の衝撃は今でも忘れられない。ゴウに気付いたルカが、平然としていたのもゴウにとってみればかなりのショックである。
ちなみにその後は逃げた。ルカが真っ直ぐこちらを見ていることに気付いて、平静さを欠いた頭が更に動転してしまったのだ。
そうして、何もないうちに二日が過ぎ、今に至るわけである。
本当は何もないように接するのが一番なのだろう。さりげなく謝ってしまえば、それで終わるようなことだとゴウも分かっている。
だが・・・。
ううむ、ううむ、と更に唸り続けるゴウの肩に、ふいに誰かの手が乗せられた。
「ゴウ、大丈夫か?」
「っ!?う、わあああ!!」
聞こえてきたその声がゴウの混乱を招く。大慌てで後ろを振り向けば、唖然としたルカと目が合った。彼の片方の手が、所在無さげに宙に浮いている。
しまった。どうやら反射的に肩に置かれたルカの手を振り払ってしまったらしい。
「す、すまない!」
大慌てで謝るゴウに、ルカはいや、と小さく首を横に振り、自分の手を引っ込めた。
「こちらこそ、悪かった。考え込んでいる時に声をかけるのは、やはりまずかったな」
ルカの顔が苦笑を浮かべる。ゴウはその表情がいつもと変わっていないようで、思わずほっとした。
それから、他にも謝らなければならないことがあったことを思い出す。思い出すと同時に、するりと言うべき言葉がゴウの口から出てきた。
「いや・・・その、それだけじゃなくて、前のあれも謝らなければ、と思っていたんだ。・・・その、図書室のことを」
ルカは、それだけでゴウが何のことを言っているのかを理解したらしい。黙ってゴウの言葉を聞いている。
ゴウは続けて口を開いた。
「あの時も、すまなかった。俺の力が及ばず、その・・・あんなことになってしまって。ずっと謝らなければと、思ってはいたんだが・・・」
語尾が濁って小さくなる。これ以上言うべき言葉が見つからず、ゴウはルカへ視線を上げた。
ルカはゴウと目が合った瞬間、そっと微笑を見せた。
「・・・そんなに気にしていてくれたのか。ありがとう」
彼から出てきたお礼の言葉に、ゴウは驚く。ルカは地面に置かれたままになっている瓶、先程ゴウがシンから貰った、あの酒の入った瓶だが、を拾い上げ、ゴウへと手渡しながら、再度開口した。
「でも、私は大丈夫だ。あまり気にしていない。・・・ああ、もしかして最近避けられていたのは、そのせいか?」
ふと思い付いたようにルカがそう言えば、ゴウは少し罰の悪い気分で頷く。
「その、それも申し訳なかった。なんと言えばいいのか分からなくて、つい・・・」
「いや、理由が分かったからもういいよ。気にするな」
ぽんぽん、と肩を叩かれ、ゴウは笑った。少しまだ戸惑っているような笑みではあるが、いつもと同じ笑顔だ。
二人は笑い合い、それからゴウが思い出したように手の中の瓶を掲げる。ルカがそれに気付いたのを見てから、ゴウは先程、シンに向けた言葉と同じようなそれを繰り返した。
「よかったら、一緒に飲まないか?シンがくれたんだが、一人で飲むのも味気なくてな」
ルカは少し驚いたように瞬きを繰り返したが、しかしすぐにまた笑顔になる。
「ああ、喜んで」
頷くルカに、ゴウはよし、と木々の方向へと足を向けた。正確に言えば、木々の向こうにある天空城の方向に、である。
「それじゃあ、グラスを二つ持ってくるよ。せっかく天気もいいし、ここで飲めばいいだろう?」
「外とは、洒落ていていいな。グラスは任せてもいいのか?」
「ああ。俺が誘ったんだ。俺にやらせてくれ」
一瞬、翼で飛んでいこうかとも考えたルカであるが、ゴウのその言葉に甘えることにしたらしい。じゃあ頼むよ、とゴウから酒の瓶を預かり、素直に引き下がった。
ゴウは待っていてくれ、とだけ告げて、木々の中へ足を踏み入れる。少しずつ遠のくルカの気配を感じ、軽い調子で足を進めていったゴウは、しかし、ルカの姿が見えなくなるところまで来ると歩を止めた。
後ろを振り返り、ルカが見えないことを確認して、ゴウは近くの大木に身を預ける。
ふう、と息をついて、彼はそのまま空を見上げた。
「・・・ルカ」
彼は、気にしていないと言った。ゴウとのキスを、あまり気にしていないと、あっさりと。
ゴウの心が軽くなるよう、彼がなおさら軽くそう言ったのは、ゴウにも分かった。彼は、いつも周りを気遣う天使だから。
だけどゴウは、それが分かっていても悲しかった。
「・・・もっと」
もっと、もっと、もっと。
気にして、戸惑っていてほしかったと、そう思うのは。
やはり。
「俺の我侭、だな・・・」
苦笑して、ゴウは木から離れる。改めて天空城へと向かう彼は、もう後ろを振り返らなかった。


しばらくしてからグラス二つを片手に、ゴウはルカのもとへと戻った。
互いのグラスに酒を注ぎ、さあ飲もう、と二人で乾杯。
ゴウが一気に一杯目を飲み干したのを見て、ルカが笑う。そうしてからルカも飲むつもりなのか、グラスがルカの口元に近付いていた。
「・・・そういえば、この酒、何の酒なんだ?果実酒か?それとも、別の?」
「ああ。そういえば言ってなかったか。ほら、聖霊祭の時にだけ飲むことの出来る、あの特別な酒だ」
ゴウの言葉に、グラスを口につけ、傾けていたルカの手が止まる。ごくり、と一度ルカの喉が鳴ったのを、ゴウは見た。
ルカの表情が硬くなる。彼は一口しか飲まなかった酒を唇から離し、ゆっくりとゴウへ振り返った。
「・・・何だって?もしかしてこれは、神殿特製の、あの酒なのか?」
ルカの顔が、少し青い。ゴウは訳が分からないままルカの言葉を肯定する。
ルカが小さく唸った。
「しまった・・・油断していた」
「おい、ルカ?一体どうしたんだ?」
様子のおかしいルカに、ゴウがさすがに不審感を抱き始めたその時。
ルカの体が突然傾いた。
「ルカ!?」
草の上に倒れそうになるルカを腕で支えたゴウは、ルカが気を失っていることに気付いた。驚きで一瞬固まれば、不安定なルカの頭が大きく後ろに逸れる。それにつられてしまいそうになったゴウは、慌ててルカの頭を自分の肩に乗せ安定させた。
「おい、ルカ!一体どうした!?目を覚ませ!!」
ぺしぺし、とゴウは軽くルカの頬を叩き、何度も彼の名を口にする。その表情には焦りがありありと浮かんでいた。ルカの手の中にあったグラスが地面に滑り落ち、乾いた土に酒が染み込んでいく。
「ルカ!おい、ルカ!!」
ゴウが痺れを切らしかけたその時、ふとルカの瞼が震えた。ゴウはルカの頬を叩く手を一度止め、息を詰めてルカの様子を伺う。
ゆっくりと、ルカの目が開かれていく。赤い瞳が姿を現し、ゴウはひどく安心した様子で肩の力を抜いた。
「よかった・・・一体何があったのかと、心配したぞ・・・」
詰めていた息が吐き出され、ゴウは安堵の広がる表情で改めてルカを見る。ルカは不思議そうに瞳を揺らし、上を見ていた。
ルカが何も言わない。そのことに違和感を覚え、ゴウの眉根が寄る。
「・・・ルカ?どうかし・・・」
その時、ふいにルカの腕がゴウに伸ばされた。その腕はゴウの首に巻きつき、ルカは彼を自分の方へと引き寄せる。
ルカの唇が、ゴウの耳元に寄る。
「ゴウ・・・」
熱い吐息と共に呟かれた自分の名に、ゴウは自分の肌が粟立ったのを感じた。
「う、わああああ!?」
突然のことに硬直していた体が復活を遂げ、ゴウは慌ててルカを引き離す。その頬は真っ赤に染まっており、表情は困惑で満ちていた。
「と、突然何を・・・ってうわああ!」
ゴウの悲鳴が続けて飛び出す。彼の視線の先には、ゴウから引き離されたルカが、そのまま力ない様子で再び地面に倒れそうになっていた。
咄嗟に腕を掴み、ゴウはルカを引っ張り上げる。地面との衝突は免れたルカをそのまま真っ直ぐ座らせ、ゴウはその顔を覗き込んだ。
「お、おい、ルカっ?一体どうしたんだ?」
「う、ん・・・?」
ゴウの声に反応したのか、ルカの顔が真っ直ぐゴウに向けられる。その表情を見た瞬間、ゴウは思わず息を呑んだ。
いつも白い頬が上気し、ピンク色を浮かべている。赤い瞳は蕩けているように甘い光を宿していて、夢見心地だ。心なしか、その目が濡れているようにも見える。凛々しい眉は頼りなさげに垂れており、唇からは溜息にも近い熱い吐息が頻繁に漏れていた。
「ルカ、お前・・・もしかして酔っているのか?」
ルカの首がゆっくり縦に動く。ゴウは半信半疑で口にした言葉に肯定が返されて、思わず驚いた。
「嘘だろうっ?お前、まだ一口しか飲んでないじゃないか!」
「・・・神殿特製のあの酒だけ、何故か駄目なんだ・・・」
ゆっくりと息を吐き出し、なんとか自我を取り戻したらしいルカが説明を始める。
「初めて飲んだ時から、何故か一口で酔ってしまって・・・聖霊祭の時は気をつけていたんだが、まさかそれ以外の日にこの酒を見ることになるなんて思ってもみなくて・・・油断した・・・」
「だ、大丈夫なのか・・・?」
つい心配で確認してしまうゴウに、ルカがゆるゆる笑みを浮かべた。
「酔っているだけだから、時間が経てば平気だ・・・ああ、でも」
ルカが、ゴウの腕を握る。どうした?と目で問いかければ、ルカはあの潤んだ瞳でゴウの瞳を覗き込んだ。
「肩、貸してくれないか・・・?さすがにつらい・・・」
ふ、と吐息を零し、ルカはゴウに懇願する。その表情は、常に見ている強さを秘めたルカのそれとは違い、弱々しく、それでいてすごい色気のようなものに溢れていた。
これは・・・正直やばい、かもしれない。
悶々と悩むゴウに、ルカが不思議そうに首を傾げる。
「・・・ゴウ?駄目、か?」
「え!?あ、いや、構わないぞ」
反射的にゴウは承諾の言葉を口にした。もともと、ゴウは頼られると弱いのである。
ルカはほっと笑顔になり、ありがとう、と囁いた。いや、本人は囁いたつもりはないのかもしれないが、力ないそれはゴウから見たら囁き以外のなにものでもなかった。
ルカがゴウの肩に頭を乗せる。ゴウは、いつもより自分の肩が熱いような気がして、どうも落ち着かない気分であった。


その後も、ゴウはルカの要望で一人ちまちまと酒を飲み続けていた。いや、いい、と一度は断ったものの、私には構わなくていいから、というルカに結局押し切られてしまったのだ。
しかしせっかくの酒も、ルカの体温が気になって実は味が分かっていない。ゴウはそわそわとしながら、酒を消費していっていた。
ふいに、ルカが笑う。どうしたのだろう、とゴウがその顔を覗き込んでみれば、楽しそうな顔をしたルカと目が合った。
「どうかしたか?」
「いや・・・久々に酔ってしまったな、と思って」
おかしそうにそう告げるルカは、まるで子供のように見える。これも酒のせいだろう。
ルカは懐かしそうに瞳を細めて、遠くを見るような表情をした。
「最後に酔ったのは、いつだったかな・・・。ユダが傍にいてくれていたのは、覚えているんだが・・・」
くすくす、と笑みを零しながらルカがユダの名前を口にする。ゴウの心が揺れた。
「・・・ルカは、本当ユダと仲がいいんだな」
「ん?まあ、昔から一緒だからな。・・・ああ、そういえばユダ以外にこうして肩を借りるのは、初めてかもしれない」
「そう、か」
酔っている時のルカは、通常よりもよく喋ってくれるらしい。しかし、そんな時に話題に出るのがユダだというのは、ゴウにとっては少し複雑な気分である。
ゴウが少し落ち込んでいれば、ルカが不思議そうな顔でゴウを見上げた。それから、ふ、とその楽しそうだった表情を彼は消す。
「・・・そういえば、ゴウ。話を戻すんだが・・・」
「ん?」
少し考えるように、ルカは言葉を止めた。やがて彼は再び視線を上げ、ゴウを見つめる。
「キスって、そんなに大切なものか?」
ゴウはその言葉に唖然となった。
ルカはゴウの変化に気付かなかったのか、真剣な顔をしたまま地面に視線を向ける。
「・・・皆、私が思っているよりもずっと、それを気にしている・・・。ゴウも、それにユダも・・・。前、ユダが聞いてきたんだ。図書室のあのことを、お前はどう思っているんだって」
「・・・それで?」
ゴウは話を促した。ルカは地面を見つめたまま、言葉を繋ぐ。
「私は、事故だと思って気にしないことにしている、と答えた。・・・ユダはなんだか、ほっとしていたようだったんだ。私の気のせいかもしれないが・・・。それに、ゴウも。さっき私が気にしていない、と言った時、なんだか悲しそうな顔をしていた、気がした・・・」
ゴウの目が見開かれる。びっくりしてルカを見れば、彼は相変わらず地面に目を向けて、確信はないが、と言葉を付け足した。
どうやら、気のせいだろうと結論付けたことを、気が緩んで話しているらしい。
「・・・そんなに、大切なことか?私が、気にしてなさ過ぎなのか?どうして、二人はそんなに・・・」
ルカの話が止まる。彼はじいっとこちらを見上げ、少し寂しそうな表情をした。
「・・・・・」
小さく、微かにルカが唇を動かす。誰かの名前を呼ぶように。
え、とゴウが思った瞬間、ルカが顔を近付けてきた。
ゆっくりと距離を縮めてくるそれに、ゴウは金縛りにあったかのように動けなくなる。
「る、か・・・?」
唇が、重なる。
そう思われた瞬間、突然ルカの体が横に傾いた。
「ルカ!」
慌てたゴウが腕を伸ばせば、ルカの体がそこに収まる。見れば、ルカは寝息を立てて眠っていた。
「眠った、のか・・・」
とりあえず、地面に彼が衝突しなかったことに、ゴウはほっと胸を撫で下ろす。
くうくう穏やかに眠る彼を見つめて、ゴウはそっと笑った。
「・・・ルカ。少なくとも俺にとって、お前とのキスは大切だったよ」
先程のルカの問いに答えるように、囁く。彼にこれが届いているはずはないけれど、でも言いたくて仕方がなかったのだ。
さてと、とゴウは辺りを見回した。今二人がいるのは屋外。しかも、そろそろ日が暮れる時間帯になる。
「・・・・・」
さすがに、このままルカを放置しておくわけにはいかないだろう。ゴウはそう結論付けると、ルカの体を抱き上げた。
「とりあえず、天空城に帰るか」
そう独り言を呟いて、それから彼は、浮かんできた恋敵の顔に渋い表情を浮かべる。
途中で会わないといいんだが、と思いつつ帰路につくゴウ。
さっき、眠る直前にルカが呟いた名前。あれは・・・。


その頃、ゴウが思い浮かべていた恋敵、ユダは中央の広場でシンと話しこんでいた。
「え!ルカって、実はお酒に弱いのですか?」
ユダから告げられた衝撃の事実に目を丸くしているのはシンだ。ユダは苦笑しながらいや、そうじゃなくて、と冷静に首を横に振る。
「酒に弱い、ではなく、弱い酒がある、ということだ。ルカは大体の酒ならそう簡単には酔わないのだが、ある酒になると一口飲んだだけで潰れてしまう」
意外なことを知れて、シンはその目を輝かせていた。
「へえ、そうなのですか。・・・あの、そのお酒って?」
確かに、ここまで言われれば興味も湧く。
シンの視線を受けたユダは、神殿の方に顔を向けた。
「有名な酒だからな。シンも知っていると思うが・・・ほら、聖霊祭の時にだけ飲むことの出来る、神殿特製のあの伝説の酒だ」
「え・・・?」
シンの笑顔が、強張る。
ユダは神殿を見ながら不思議そうに首を傾げた。
「昔から、何故かあの酒だけ駄目らしい・・・全く、おかしなものだ。まあ、聖霊祭の日、一日だけ気を付ければいいのだから、大して心配もいらないんだが・・・って、シン?どうかしたか?」
振り返った先にいるシンが、曖昧な笑みを浮かべていることに、ユダは目を丸くする。シンは「いえ・・・」ととりあえず首を横に振って、何でもないと示した。
ユダは納得がいかないようであったが、とりあえず気にしないことにしたらしい。彼は空が暗くなり始めているのを見て、そろそろ帰るか、と腰を上げる。
「いい加減帰らないと、皆心配するからな。それに、実はルカと夜に会う約束もしているんだ」
「そう、でしたか」
「ああ。いい酒が手に入ったから一緒にどうかと思って、誘ったんだ。まだ何故誘ったのかは言ってないんだが・・・」
「・・・・・それは、楽しみですね。・・・驚く顔が目に浮かびます」
シンはなんとなく分かっていた。ユダのその約束が、果たされないであろうことを。
そして、驚きの表情を浮かべるのが、おそらくルカでないことも。
シンは心の中でこっそり溜息をつき、それからユダに向き直った。
「あ、あの、ユダ。私、図書館に寄ってから帰ることにします」
「ん?そうか?」
「はい。探したい本もありますし、それに・・・」
巻き込まれたくないので。
本音は口に出さず、シンはにこにことユダを見る。ユダは少し不思議そうであったが、シンがそう言うなら、と一人で天空城に足を向けた。
「ああ、皆には少し遅くなると、伝えておいた方がいいか?」
「はい。お願いします」
丁寧にお願いをし、シンはユダに手を振った。ユダも手を振り返しながら、城へと足を進めていく。
ある程度距離をとったところで、シンはぼそりと呟いた。
「ゴウ・・・無事だといいんですけど」
いろいろな意味で。
そうしてシンは、心持ちゆっくりとした足取りで、図書館へと向かったのだった。


ユダがルカの部屋の前でゴウと鉢合わせするのは、もう少し後。


 終


  前回ユダ→ルカをメインにしましたので今回はゴウ→ルカにスポットを当ててみました。酒酔いネタは友達の有生クンからのリクエストです(笑)

  最後、ルカが呟いていた名前が誰なのかは皆様の想像(妄想?)におまかせします(笑)ルカは頭がうまく働かない状態でしたので、名前を呟いたその「誰か」とゴウを間違えてキスをせまった(?)可能性は大いにありえますから。(キスをせまったわけではない、という解釈も勿論有りです)ユダルカにしても良し、ゴウルカにしても良し。いっそのこと他のCPにしていただいても構いません(笑)(妄想をお話してくださったら、恋敵シリーズに別の主要キャラクター登場も有り得ます。管理人が萌えて「いける!」と思ったらきっと出します/笑)

  今回登場したシンは、ゴウがルカを好きなことは多分知っているのでしょう(笑)でもユダのことは「もしかして・・・」と思いつつも、ルカが好きなのかどうなのかはまだ確信がもてていない状態です。この人はユダゴウルカの三人を温かい目で見守るつもりのようですが。

  毎度のことながら詳しいことは春日記で喋らせていただきます。(今の時点でかなりお話しましたが/笑)では次回に向けて頑張ります!





感想、ご意見などは掲示板、または直接管理人にメールを頂けると嬉しいです。

Powered by FC2ホームページ

【PR】
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -