睡眠者(恋敵3)

保管庫(SB)


『誘眠主』 (ユダ+ゴウ)→ルカ〜恋敵シリーズ3

朝から、天界の空は灰色をしていた。青空を覆う雲からはしとしとと、静かな雨が落ちてくる。
ユダはそんな空をなんともなしに、天空城の窓を通して見ていた。
「雨、か・・・」
ぽつりと零れた呟きに、特に深い意味はない。ユダは軽く肩をすくめ、後ろを振り返る。
すると、その時たまたま彼の視線の先に、一つの小柄な影が姿を現した。
「あれ?ユダじゃん。こんなとこで何やってんの?」
いつもの明るい笑顔でユダに声をかけるのは、ガイだ。彼は軽い足取りでユダの隣まで来ると、そのまま先程のユダと同じように窓の外を見つめる。
「あーあ。朝から雨なんてついてないよな。・・・あ、もしかしてユダ、雨見てたのか?」
「まあ、そんなところだな」
別に何かしていたつもりはなかったので、ユダはそう答えるしかない。ガイはふうん、と小さく頷きながら、首を傾げた。
ガイのそんな仕草に、ユダも不思議そうに首を傾げる。
「・・・何か考え事か?ガイ」
「ん?いや、大したことじゃないんだけど。最近ゴウの様子がおかしいかな、ってさ」
ゴウの名前に、ユダの微笑が固まる。ガイはそんなことには気付いていない様子で、外の景色を瞳に映していた。
「二、三日前からかな?なんかさあ、最近ぼう、としてることが多いんだよな。かと思えば突然顔真っ赤にして唸りだすし。で、体動かさないと落ち着かないみたいで、今だって朝飯食ってから鍛錬いってるんだぜ?雨降ってるっつーのに」
変だよなあ、と笑うガイに、しかしユダは曖昧に笑ってみせた。なんといっても、ユダにはゴウがそのようになる原因に心当たりがあるのだ。
ガイが続けてあ、と声を上げる。
「変といえば、ルカも変なんだよな」
ガイの言葉に、ユダは目を丸くした。なんだって?
「ルカが?・・・どんな風に変なんだ?」
ユダの瞳が、一瞬真剣になる。硬くなったユダの声に、ガイは戸惑うような表情を浮かべた。
「へ?・・・いや、ルカのはもっと大したことじゃないんだ。ただ、この時間になっても食堂に来ないから」
ルカは普段、決まった時間になると朝食をとりに、食堂へと姿を現す。しかし今朝は時間が過ぎても彼の姿は見えず、既に朝食を食べてしまったのかと思いレイに尋ねれば、ルカはまだ来ていないと返された。
「ほら、こんな時間までルカが部屋にいるのって、天空城に住むようになってから初めてのことじゃん?だからどうしたのかなーって思っただけ」
確かに、とユダも不思議に思った。昔からの付き合いであるが、ルカが寝坊することなんてほとんどなかった。むしろ、彼は結構朝に強いタイプである。
どうしたのだろうか、と何気なく窓に視線を向ければ、相も変わらず暗い景色がそこに広がっていた。
あ。
「・・・なるほど」
突然、ユダは堪えきれないように笑いを零し始めた。小さく肩を揺らす彼に、ガイが驚いたような顔をする。
「ユダっ?どうしたんだ?」
「いや・・・」
手を左右に振って何でもない、と意思表示するものの、しかしそれでもユダは笑い続けた。
やがて、笑いの発作がおさまったらしいユダが明るい笑顔で顔を上げる。
「ガイ。レイはまだ、食堂の方にいるのか?」
「へ?・・・あー、いると思うけど」
ガイの返事に、ユダはそうか、と満足そうに頷く。
そしてガイに別れの挨拶を告げ、彼は身を翻した。
「ルカのところにいってくるよ。ちょっと思い当たることがあるんだ」
それだけを言い残し、向こうの方へと颯爽と消えていく彼に、ガイはひたすら首を傾げる。
ガイの頭の中にはしばらくの間、ユダが浮かべた満面の笑みが記憶として残されていた。


食堂に立ち寄り、そこにいたレイに朝食であったサンドイッチを少し分けてもらうと、ユダはその足でルカの部屋へと向かった。
扉の前に立ち、ユダがそれを軽くノックをすれば、部屋の中からすぐにルカの声が返ってくる。
ユダはサンドイッチが入っている籠を器用に片手に持ち直し、そのドアノブを回した。
「・・・ああ、やっぱり」
ドアを開けると同時に見えたルカの姿に、ユダは満足そうに呟きを漏らす。
それにつられたのか、目の前のルカの顔が上がった。
「ユダ。こんな時間に、どうした?」
少し目を丸くしているルカは、窓際で椅子に腰掛けている。珍しいことに、いつも一つに括られているその髪はまだ結ばれていない。ユダは持っている籠を一度ルカに見せて、彼へと足を進めた。
「朝食、まだなんだろう?腹をすかしているんじゃないかと思って、持ってきたんだ」
籠を少し傾けて、ルカに中身が見えるようにする。少し驚いた顔をする彼に、更にユダは「それと」と言葉を繋げた。
ユダの空いている方の手が、ルカの顔の横に流れている髪へと伸びる。
「この髪を、結ぶためにな」
うまくまとまらなくて、困っていたんだろう?とユダが笑いながら首を傾げれば、ルカは少し呆れたように笑みを浮かべた。
「・・・なんでもお見通しというわけか」
やれやれ、と肩をすくめたルカは、その手に握られていた黒い布を見せる。それは、日頃ルカが自分の髪を括るために使う布であった。
ユダはそれを受け取り、ルカの後ろに回る。
そして背に流れているその髪の間に、そっと指先を滑り込ませたのであった。


ルカは案外不器用である。それは彼に親しい者であれば、大抵は知っている事実だ。しかし不器用といっても、日頃のルカであれば自分の髪を括るくらいは出来る。
しかし、今日は朝から雨が降っていた。一般的に、雨の日は髪がなかなかまとまらないらしい。ユダは髪を結ぶ習慣がないのであまり気に留めなかったのだが、最近になってから、ルカを通してそれを実感した。
つまり、不器用なルカにとって雨の日は、自分の髪をまとめることが非常に困難になる日なのである。
「それにしても、最初は驚いたな」
くすくす笑いながらルカの髪を梳いていたユダに、ルカは、ん?と視線を上げた。極力頭を動かさないようにしているのでルカからユダの姿は見えないが、それでもユダは話しを続ける。
「青年期に入って、自分で髪を結ぶようになったルカが、雨の日になると髪と格闘していたじゃないか。あれは本当驚いた」
しみじみと呟くユダに、ルカは渋い顔。確かにその通りである。少年期まではユダが髪を括ってくれていたのでルカも気付かなかったのだが、雨が降ると本当に髪がまとまってくれないのだ。滅多に天界では雨が降らないのでその事実に気付いたのは、二人が青年天使になってから大分経った頃だったが。
そして、それに気付いた時から、雨の日はユダがルカの髪を括る、という習慣ができたのである。
「・・・悪かったな。雨が降る度に髪を結んでもらって」
拗ねたように、ルカはサンドイッチにかぶりついた。もごもご口を動かしながら少し肩を落とす彼に、ユダは気にするな、とその肩を叩く。
「いいんだよ。別に、俺は気にしていない」
「私が気にするんだ。なんだか情けないじゃないか」
む、と恨みがましい視線をルカが送れば、それを受けたユダはちょっと困ったように笑ってみせた。
そして次の瞬間、その青い瞳が優しい色を灯す。
「・・・だが、俺はルカの髪をこうしているのが好きだから、嬉しいかな」
これは、ユダの本音であった。昔から共にいる親友、ルカはユダにとってかけがえのない天使である。親友としても勿論、別の意味でも。
だから、ルカを誰にも渡したくない、と彼が思っているのも本当だ。この髪にこうして触れるのが今までも、これからも自分だけであったらいいと、思う。
例えそれが、互いの力を認め合っているゴウが相手であっても。
そんなユダの心の内を知るはずもないルカは、ユダの言葉にんー、と少し考えるような素振りを見せる。ちょうど彼の手から一つ目のサンドイッチが姿を消していて、そしてその最後の一口をルカが飲み込んだ時であった。
「・・・私も嫌いじゃないな。ユダに、こうして髪を括ってもらうのは」
聞こえてきたルカの言葉に、ユダは思わずその手を止める。
ルカは言葉を続けた。
「ユダの手は優しくて、気持ちいい。なんだか安心するから、嫌いじゃないよ」
ルカは向こうの方を向いているから、その表情は伺えない。しかし、その言葉からは嘘が感じられなかった。
手を止めたまま、ユダは思わず数秒間呆ける。しかし徐々に湧いてくる喜びに、自然とその顔がほころんだ。
「・・・ありがとう、ルカ」
ぽつりと漏らした言葉はユダの口の中で消え、ルカの耳に届くことはない。止まっているユダの手に、彼は不審そうに視線だけで振り返る。
「何か言ったか、ユダ」
「いや、なんでもないよ」
軽く返して、ユダは手の動きを再開させた。
その時ユダは、ルカが二つ目のサンドイッチに手を伸ばしていることに気付く。それを食べようと口を開けるルカ。その唇に自然と視線を奪われたユダは、ふとあの時の記憶を呼び起こした。
脳内に広がるのは、図書室の光景。砂埃が舞い、その中に浮かび上がる二つの影は、重なり合うようにして床に倒れていた。
そして数秒後、復活したその影の一つ、ゴウが顔を真っ赤にして逃げていく。呆然としたユダが見たのは、倒れたままになっているもう一方の影、ルカだ。
あの時、二人に何が起こったのか。それが分からないほどユダは馬鹿ではない。
あれから二、三日が過ぎたが、ユダはそのことについてルカと何も話していなかった。彼から、ルカから何か聞かされるのが怖かったのだ。
しかし。
「・・・だが、ルカ。もし、他の者だったら、どうだ?」
唐突なユダの言葉に、ルカは一口分のサンドイッチを飲み込んで、反応を示した。
「何がだ?」
「髪さ。他の者にこうして触れられるのを、ルカはどう思う?」
ユダの、ルカの髪を括る作業は、すでに半分が終わっている。ユダは今、銀色の髪に、半ば近くまで黒い布地を巻きつけていた。
ユダの喉が鳴る。
「例えば、ゴウとか」
ルカのサンドイッチを食す動きが一度停止した。
ユダはそれを無視して、自分の作業を進めながら更に開口する。
「図書室の、あれを・・・どう思っているんだ?お前は」
ルカはしばらく無言だった。その表情を見ることが出来ないユダは、ただ黙ってルカの後頭部を見つめる。
ユダは、指先の震えを彼に悟られないか急に不安になった。
やがて、ルカの唇から溜息が零れる。一瞬ユダの心臓が跳ね、その緊張が最高潮に高まる。
しかし、ルカから返ってきたのは、意外にもいつも通りの声音だった。
「お前な・・・・・」
深く溜息をついて、少し拗ねたように、ルカは一度こちらを振り返る。その頬は少し染まっていて、彼はさも恨めしそうにユダをねめつけていた。
「このタイミングでそれを言うか。それを」
ふい、と向こうに顔を戻し、ルカは体から力を抜いた。俗に言う脱力というやつであろう。
常と変わらぬルカに、ユダは内心ほっとし、しかし上辺では自分もいつもの様に何気ない風を装った。
「いや、ずっと気になっていたんだが、お前にも考える時間はいるかと思ってな」
「だからってこんな変なタイミングでそれを聞くな!調子が狂う!」
「あはは・・・。悪かった」
軽く謝って、ユダは笑う。ちょうどその時、ルカの髪が括り終わった。
「ほら、髪終わったぞ」
少し名残惜しさを感じながら、ユダはその髪から手を離した。手を後ろに伸ばして、いつもと変わらぬ感触がそこにあることを確認したルカは、感心したように何度もその結ばれた髪に触れる。
「相変わらず、器用な奴め・・・」
「それはどうも。で、さっきの俺の質問はどうなったんだ?」
ユダに向き直りかけたルカが、う、と怯んだ。
そして。
「どうも何も・・・あれは事故だったんだから、気にしないのが一番だろう」
それがルカの答えであった。
ユダの瞳に輝きが生まれる。
「気にしない?そうするつもりなのか、お前は?」
「そうだ」
「今までと、何も変わらないと?」
「・・・そうだが」
何を当たり前なことを、とルカの眉根が寄る。
しかしユダは、心底ほっとした様子でそうか、そうか、と繰り返していた。それは満面の笑みで、自分でも思っていた以上に不安になっていたのだとユダは実感する。
よかった。
「それじゃあ、髪も括り終わったし、俺は帰るよ」
そう告げて、ユダは身を翻した。晴れやかなその顔に、ルカは不思議そうに視線を注いでいたが、ふいにその目が見開かれる。
「待て、ユダ」
唐突なルカの停止の言葉に、ユダはえ、と振り返った。その瞬間、彼に腕を取られて、ユダはバランスを崩す。
「!」
驚く間もなく、ユダの視界が反転した。
「・・・ルカ、何のつもりだ?」
やや間を置いて、ユダは自分の状況を把握する。つまり今自分はルカの部屋にあるベッドの上に、押し倒されているのだ。なぜか。
ルカは何も答えず、ユダを押し倒した格好のまま、まじまじとユダの端正な顔を見つめていた。真正面にあるルカの顔に、ユダはどぎまぎする。頼むからもう少し離れてくれ、と思いながらも、そう口にする余裕もなかったほどだ。
やがて、ルカは少し顔を上げてから、ユダに告げた。
「お前、最近あまり寝ていないだろう」
「・・・え?」
目を丸くするユダに、ルカは呆れたようにその額を叩いた。
思いのほかぺし、といい音がするそれに、ユダは何をする、と無言で非難の視線を送る。
ルカはユダの抗議を綺麗に無視した。
「目が泳いでいるぞ。お前の目がそんな風に泳いでいる時は、大抵寝不足の時だからな。全く、お前はどれだけ眠たくても隈もできなければ目が赤くなることもないのに、昔から目だけ泳ぐんだよな」
変な奴だ、と結論付けて、ルカはユダから離れた。腕をついて上半身を起こすユダに、彼はぴ、と真っ直ぐ指をさして不敵な笑みを見せる。
「今日はぐっすり寝ておけ。そのベッド、使っても構わないから」
余裕の笑みを見せるルカに、ユダは心底驚いた。確かに、最近あまり眠っていなかった。正確に言えば、二、三日前からだ。ゴウとルカが事故とはいえ、キスをしてしまい、ユダは予想以上の衝撃をくらってしまったのか、なかなか寝付けなかったのである。
しかし、ルカの言う通り、ユダがどれだけ眠たくても、大抵それは表に出ることはなかった。だから普通ユダの寝不足に気付く者は誰もいないのである。
そうか、ルカ。お前だけは昔から俺の寝不足を見抜いていたな。
その理由が分かり、ユダは意味もなく笑えた。くく、と小さくその肩が揺れる。
「・・・ユダ?」
突然笑い始めた親友に、ルカは不審そうに振り返った。その足はドアへと向けられていて、どうやらこれから他の皆に遅い朝の挨拶をしに行くつもりだったらしい。
ユダの視線がルカに向けられる。
「分かった。寝るよ、ここで。ただひとつだけ頼みがあるんだ」
「なんだ?」
応じるルカに、ユダは笑みを深めた。それは、いつもの自信に満ち溢れた、そんな笑顔ではなくて、少し子供っぽい悪戯な笑み。
「膝、貸してくれないか?お前の体温が側にあったほうが、安心する」
手を伸ばして、ルカにその手の平を向けた。彼は少し目を丸くして、そして考えるような素振りを見せたが、すぐに諦めたようにその手を取る。
「仕方ないな」
そう言ってユダの隣に腰を下ろすルカに、ユダはありがとう、と告げて、その膝に頭を乗せた。温かなその温もりに、すぐ睡魔がやってくる。
「おやすみ」
透き通るような声が、ユダを眠りに誘う。すぐに寝息を立て始めた彼に、ルカは黙って笑うと、その頭を優しく撫でてやった。
心地よいルカの手付きに、ユダが気付くことはない。


その頃、雨の中鍛錬に出ていたゴウが天空城に戻ってきていた。
「お、ゴウ!お帰り〜」
たまたま天空城の入り口付近で、屋根の下に集まってきた猫達と遊んでいたガイが、ゴウに気付いて声を上げる。
「どうだった、今日は?木のなぎ倒しは絶好調だったかー?」
からかい半分でおどけてそういうガイに、ゴウはこら、とその頭を小突きながら、しかし爽快な笑みを見せた。
「まあ、あいにくの雨だったが、気分が晴れたよ。やっぱり、さっぱりしたい時は体を動かすに限るな」
「そうそう!ルカもさ、なんかあったんなら軽く体動かせばいいのにな」
何気なくガイが口にしたルカの名前に、ゴウの笑顔が停止する。
「・・・ルカが、どうかしたのか?」
先までの晴れやかな笑顔はどこに置き忘れたのか、ゴウの顔が引きつった。
ガイは、は?と目を丸くしながら、先ほどのユダとの会話を思い出す。
「ルカがさあ、まだ起きてきてないっていうか、姿見せてないっていうか。あ、でも大丈夫!さっきユダが様子見てくるって言ってたし、今頃は万事解決!って感じだよ、きっと」
それが図らずも、ゴウへのとどめとなった。
ゴウは笑顔から一変して蒼白な顔になると、「ゆ、ユダが・・・そ、そうか」とかなんとか呟きながら城の中へと入っていく。
ふらふらなその足取りを、ガイは不思議そうに眺めていたが、足元から猫が構ってくれー、と鳴き出したので、ゴウの事は一回忘れることにしたらしい。

その後、ゴウはルカの部屋で衝撃的な場面を目撃する。

  終


  恋敵シリーズ3は、前回までと違ってユダ→ルカをメインに頑張りました。かといって、この話がユダルカに終結するのかといえばそうでなく、次回ではゴウ→ルカにスポットを当てていくつもりです。
  詳しいことはまた、春日記でつらつら書かせていただきますね!(笑)(書きたいことがいっぱいだよユダ!!)とにかく、書きたいシーン全て書けて満足でした。
 
  そして。ユダとルカをメインにしたため、今までと違いギャグ要素が少なくなる、下手をしたら少しシリアスが入る話になるのでは、と密かに心配してたのですが、そんな心配全く持って無用でしたね。最後のゴウでチャラですよ、きっと(笑)





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