大人の恋愛事情〜思募〜2/2

保管庫


「リキッドー。おやつ持ってきたぞー」


おやつの時刻。作りすぎたおはぎを持ってお裾分けにやってきた。
前に作った時はちみっ子達に、粒あんは嫌いだ、と残されてしまったので、今日は丹念に作ったこしあんのおはぎを用意してみた。
ちみっ子達が喜ぶとリキッドも喜ぶ。
俺はリキッドの喜ぶ顔が見たくて、こうして小さな努力をしてみたりしている。

あの笑顔を見るだけで心が優しくなれるのだ。
そんな癒しの時間をあのオッサンに邪魔されたくはない。
鉢合わせしたら嫌だな、とあの隣のオッサンが家を出ていないのを確認までして、こっそりと出てきたのだ。
しかし。俺は考えが甘かったのかもしれない。
周りを警戒しながら後ろ向きに入って、誰もいないことを確認してから玄関を閉めて振り返り様、飛び退いて壁に背中を張り付けていた。

居間のど真ん中、ちゃぶだいの脇で座布団を枕にして寝ている、お隣の獅子舞親父が高らかに鼾をかいていたのだ。

「ぐごーぐごー」

(…な、何でいるんだよ…)
家から出た気配はなかった。
てことは結構前からこの家にいたということか。
どうしようかと部屋を見回すと、ちゃぶだいの上に一枚の紙が置いてあるのに気付いた。
(置き手紙だ…。『すぐ戻ります』…すぐ戻ってくんなら待ってた方がいいよな……でも)

「ぐごーぐごー」
ちら、と見下ろした先には、鼾をかき続け時折ぽりぽりと腹を掻いているお隣さん。
ここでリキッドの帰りを待つか、おはぎを置いて帰るか。
悩んでる間もうるさく響く鼾に嫌な汗が垂れる。

(…居づれぇ。居たたまれねぇっつーか……)
そわそわと落ち着かずにその場で立ち尽くしているのに、この親父は呑気に寝ているなんて。
些か理不尽な思いに捕われて、知らず足音を忍ばせながら近付いてみる。

(しっかし無防備な奴だなぁ……人が入ってきてんのに全然気付いてねぇ。仮にも敵だぞ俺)
こんなに近付いているのに気付きもしないのか。
一歩くらいの距離を空けて屈む。
このまま、こいつの寝首をかくことも出来る。
それでも、気配を消してるわけでもない俺に気付かず寝ているこいつを、どうにかしようという気持ちは不思議と起きなかった。

(………睫…長いんだな…。よく見りゃ綺麗な面してるし……)
膝に肘を乗っけて顎を支えながら、ぼんやり見下ろす顔は、よく見慣れたあっさり顔の日本人とは違う作りをしている。
彫りが深く、高く通った鼻梁。
きりりと伸びた眉毛は男らしくつり上がって太い。
今は閉じられている深海を思わせる瞳を縁取る睫は、男性らしい顔立ちには不釣り合いに長く多かったりする。
なんと言っても四十過ぎの親父とは思えない、皺一つない肌。
それらを彩るのは、たわわに流れる美しい金糸。
なんて整った作りなんだろう。
細目で一重で、取分け特徴のない自分の顔が少し卑屈にもなってしまう。

ふと、鼾が止まって開けっ放しだった口がつぐまれた。意外にもぽってりとした唇に目が止まる。
極悪非道で通る特戦隊の隊長からは想像できない、熱い熱い、唇。
俺は、あの熱を知っているんだ。


――『結局、いつからいたんだ?』―――


(…………はっ!!俺は今何を!?おおお落ち着け!)
今までの考えを打ち消すようにぶんぶんと勢いよく頭を振って、無理やり正当化しようと新しく考え作りあげる。

(どんなにナマハゲ面した奴でも寝てる間は天使に見えるっつーのはよくある話だ!)

と言い訳しつつ、その言い訳に、自ら驚いて危うく声が出そうになる。

(天使ィ!?ナマハゲが天使に見えるだと!?そんな馬鹿な!)

と一人突っ込みをかましていると、そのナマハゲが急に身じろぎをした。

「んー」
「っ!」
「むにゃむにゃ」

驚いて両手で口を塞ぎ固まって見つめていたが、寝たまま足を組んだだけで目覚める気配はない。
(…びびった…)
再び薄く開かれた唇からは、安らかな寝息が漏れている。
しばらくその様子を見つめていると、何故だか体が傾いて気付けば膝をついて身を乗り出していた。

この間は一瞬の出来事だった。
覚えているのは熱さだけ。
驚きと衝撃が勝って他のことは覚えていない。
ふっくらとした唇は、やはり柔らかかったのだろうか。
滑りこんできて突嗟に噛んでしまった舌はどんな動きをしていただろうか。

間近で覗き込んだ、あの青い瞳を、もう一度見てみたい。

駄目だ。抗がえない。吸い込まれていく。


―――『ナマハゲ天使。リアルに恐えな…』―――



「ただいま〜…っトシさん!?」

元気な声とともに玄関が開かれた。
もちろん声の主はリキッドで、驚いたように俺の名を呼んできたのに慌てて返事をした。

「お、おぅ。おかえり」
「おかえりって何してんすか!」
「へ?」
「座布団!」
「あ…」
指を差された先には、座布団を目の前の男の顔面に押し付けていた俺の手があった。

「押し付けちゃ流石の隊長も息止まっちゃいますって!」

言われてぱっと手を離す。
いつの間に座布団押し付けてたんだろう。
俺は、一体何をしようとしてたんだ。

「またケンカっすか?…の割りに隊長寝てるし、トシさん顔真っ赤っす。…何かありました?」
「〜っ!すまねぇ!これはみんなで食ってくれ!」
「え、ちょっトシさん?!」

ちろりと上目使いで見てきたリキッドに、俺の心を見透かされているように感じて、おはぎを押し付け逃げ出してしまった。

「……帰っちゃった」
「あーあ。お前タイミング悪すぎ」
「おわっ、起きてたんすか?」
「まぁな…」
「……トシさんに何かしたんすか?」
「いいや…。何かしたのは向こうだよ」
「えっ!」
「もうちょっとでな〜」
「もうちょっとって何?!」
「あーあ。もうちょっとだったのにな〜」
「ずるい!教えてくださいよ!もうちょっとって何すかー!」




ハウスを飛び出した俺は、森の中をとぼとぼと歩いて重たい溜め息を吐いた。

「…はぁ…寝込み襲うなんて士道不覚悟で切腹もんだよ。……………つか、もうパプワハウスに近付けねぇ」

まさか狸寝入りしていたとは気付くはずもない俺は、自分のしでかしたことを思い返しながら一人、悶々と頭を悩ませた。


―――『どんだけの時間座布団を押し付けてたか分かんねぇけど、よく息苦しさで起きなかったよな』―――


今日もパプワ島は清々しいほどよく晴れている。
昼飯が済んで散歩がてら夕食を何にしようか考えながら歩いていた。
ちょうど日の当たる丘に出たところで深呼吸をしていると、この気持ちいい青空とは正反対の空気を背負ったトシさんがフラフラと現れた。

「リキッド…」
「どうしたんすか?テンション低いっすね」
振り返るとトシさんが今にも泣きだしそうな声を発して近寄ってくる。

「リキッドォ…」
「??…よしよし」

珍しく自分から擦り寄ってきたトシさんに、ちょっとドキンとしながら肩口にぽふっと埋まった頭を撫でてあげた。

「俺ぁもう駄目かもしれねぇ…」

思い詰めたように呟かれた言葉に目を丸くして、頭に置いた手を止めた。

「突然どうしたんです?何か嫌なことでもあったんですか?」
「分かんねぇ…。俺は…さ、お前が好きなんだけど…」

躊躇いがちに告げられたものは、もう今更ってくらい知っていることで、尚且つ回りの人間だって知っていることだ。
それを改めて言うなんて、本当に何かあったんだろうか。
一先ず、相手が言い出すのを待とうと聞き流すことにした。

「えぇ知ってます」
「好きなんだけどよぅ…」

まだウジウジとした態度で頭を押し付けてくるトシさんに、わざとからかうように軽い調子で言い返した。

「あれ、嫌いになっちゃいました?」
「いや…いや、嫌いなんかじゃない。リキッドのことは男であろうがなかろうが、なんつーか本能的に惚れたんだよ…」

ばっと頭を上げてオレを見据えながら吐かれたストレートな物言いは、さすがに予想していなかった。
自然、笑みは溢れる。
こういうところが可愛いというのだ。

「ふふ…熱烈な告白っすね」
「っ!いや…その」
「照れなくてもいいっすよ。オレ嬉しいですから」
「お、おぅ、そうか」

自分で言っておいて照れるのだから、まったくタチが悪い。
この、相手に自惚れさせる態度に自覚はないのだろう。
まったく、天然はタチが悪い。引っ掛かる人はゴロゴロいるだろう。
仄かな嫉妬心を押し隠し、話を戻した。

「で、それがどうしたんですか」
「あぁ……。あの…、よ」
「はい」
「あー…と………んん」
「…………」
「その…だ………えー…」

視線を彷徨わせ言葉を濁らせている。頭をポリポリと掻いては空を見上げたり、中々煮えきらない。
百面相よろしく色んな表情にクルクル変わる様子を眺めていると、低く唸って腕を組んでうつ向いてしまった。

「トシさん?」
「……………やっぱり駄目だー!俺はどうかしちゃったんだー!」
「と、トシさん!?落ち着いてください!」

頭を抱えてガーッと騒ぎだしたトシさんを慌てて落ち着かせようとするも、次の言葉にピタリとオレが止まってしまった。

「あんなっあんな親父に!あんな親父に俺はァ!」
「…………あんな、親父?」
「はっ!いや…今のは…」

我に返ってももう遅い。トシさんが「あんな親父」呼ばわりする人物は、オレの知る限りたった一人しかいない。
しかもここ数日、何だか知らないが二人の間にはただならぬ雰囲気が流れていた。
トシさんがオレに隠そうとするなんて今まで無いに等しい。
絶対何かあったはずだ。


―――『天然タラシ。ある意味最強だよ、この人』―――


「トシさん、どういうことか説明してください」
「いや、その…」
「トシさん?」
「うぅ……」

極めて冷静に聞き出そうと見上げた先にある顔を見つめてみるも、冷や汗をダラダラと垂らしながら必死に視線を反らしているだけ。
にじり寄れば、その分後退る。
終まいには木に背中を当てて逃げ道を失ったトシさんが、何だか泣きそうな顔をしてオレを見下ろしてくるもんだから堪らない。
やはりこの人は、人のイタズラ心を揺さぶってならない。
しかも天然ときたもんだ。
泣いてるところが見てみたいな、とか、ここでオレが謝ってみたらどんだけホッとした顔するのかな、とか、そう見せかけてもう一回問詰めたらどんな顔するのかなー、なんて事を楽しく悶々と考えていると、人が近付いてくる足音が聞こえた。

「お、こんなとこにいやがったか。リキッド、ちび共がオヤツがないって騒いでたぜ」
「隊長」
「っ!!」

茂みの向こうからのっしのっしやってきたのは、渦中の隊長だった。
ふとそちらに気をとられていた目の端へ、反射的に手を伸ばす。

「トシさん?」
「わっ、り、リキッド!離してくれっ」

隙ありとばかりに逃げようとした、トシさんの襟首を捕まえて引き留める。
明らかに隊長を意識してる態度と、オレの手を振り払おうとするいつにない乱暴なその行動に、いい加減切れた。

「どーして逃げるんですか!ねぇ、隊長と何かあったんすよねっ?」
「ば、馬鹿!何もねぇよ!何もねぇからこの手離してくれー!」

二人ですったもんだやってるのを、元の原因である隊長がまるで傍観者のように呑気な顔で見ている。

「おいおい、一体何の騒だぁ?」
「隊長!やっぱトシさんと何かあったんじゃないっすか!ひどい!」
「あぁ?あー…ありゃ俺に言わせりゃ不可抗力ってヤツだよ。なぁ」

右手でトシさんの袖を掴んだまま隊長に突っかかるも、ニヤと意味深な笑みを浮かべてオレではない方を見やった。
その視線を受けてトシさんが固まり、ワナワナと唇を震わせる。
そして。

「ーっ!て、て、てめぇ…気付いて?!」
「ん?なんのことだ?」

と呆けた様子で返しているが、その顔には楽しそうな表情を湛えていて。
オレには分からない、二人だけに流れる視線のやりとり。

「あ、あ、あ………」
間抜けな顔で真っ赤になって固まってしまったトシさんに「あぁ、やっぱり可愛いな」なんて思っていると。

「はは。お前が言った通り可愛い奴だな」

隊長もまったく同じことを思ったらしい。

「…あの隊長が気に入っちゃったみたい……。さぁて、どうしたもんかな」



―――『そりゃ、悔しいってゆーか、惜しいってゆーか』―――
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