大人の恋愛事情〜始〜

保管庫




よく晴れたいい天気。
誰がカーテンを開けたのか、窓から差し込む陽光に自然と覚醒した。
まだ眠たい目を擦って部屋を見回すと誰もいなく、すでに活動時間であると知る。
この部屋に、というかこの島に時計はない。
俺が付けている腕時計だってワームホールに落ちた時から止まっている。
最初は変な時間に目が覚めたり腹が減ったりと、体内時計が狂ってとても過ごし辛かったが、二週間もすれば慣れるもので。
いわゆる時差呆けみたいなものだ。
何よりもリキッドがここの生活に慣れさせてくれた。
職業柄、太陽の位置で時間や方角を読むことはできる。
窓の外を見上げ、昼を回ったところか、と起き上がった。

テーブルの上にはご丁寧に一人分の昼飯が用意してあった。
出来る部下だな、と一人ごちた瞬間胃がきゅるきゅると収縮を開始したので、早速箸をつけることにした。
食後に一本吸おうと、ベッドの下に落ちているズボンのポケットから箱を取り出したが、妙に軽い。
横に振ってみたがただ空気を切るだけで中身は入ってなかった。

「…あ、切れてたんだ」

頭をポリポリと掻いてどうしたもんかと宙を見上げた。


『タバコがない』


「…というわけで。りっちゃーん、モクくれー」
「あるわけないでしょ!何がというわけで、なんですか!そもそもうちに煙草を吸う人間はいませんから」

パプワハウスの前で洗濯物を干しているリキッドのところへやってきた。
最初っからあるわけないって知ってるんだけどな。
顔が見たかった、てのと実は持ってるんじゃないか、という期待。
がしかし、やっぱり持ってるわけもなく、呆れた声で言われた。

「んだよ、ケーチ」
「ケチじゃありません!ほら、洗濯物干してるんですから。あ、ロッドたちがいるじゃないですか」
「いやぁ、アイツらのは軽すぎて吸った気になれねぇんだよ」
「じゃあ諦めて帰ってください」
「冷てーなー」

泣き付く真似をして、せっせと竿に干していくリキッドの肩に顎を乗せてじゃれてみる。
すると、思い付いたように手を止めた。

「あ、確か…」
「なんだよ、あるんなら出せよ」
「違いますよ。トシさんが結構キツイの吸ってますよ」

そこであのストーカー侍の名が出てきたことに、はっとした。
そういえばアイツも煙草を吸っていたんだ。
くわえ煙草でリキッドの回りをうろちょろしているヤツ。
何でか事あるごとに俺に牙を向けてつっかかってくる。

そうだ、アイツはリキッドが好きなんだよな。
だから俺に嫉妬するんだ。
あの熱い眼差しは「リキッドに近付くな」と言いたいんだろうな。

「隊長、聞いてます?」

リキッドの呼び掛けに意識を戻して話を続けた。

「…なんでそんなことお前が知ってんだ。えぇ?」

チロチロと蛇のように舌でリキッドの頬を擽ると、怯えか快感か身を震わせて体を離された。

「わっ、ちょ。ま、前にたまたま聞いたんですよ!」
「ふぅん…」
「吸いたいならトシさんに言ってみたらどうです?快くわけてくれますよ」
「はー?なんであんな野郎に物を乞わなきゃなんねぇんだよ。気にくわねぇ。無理、無理だな」

そもそも人から物を与えられることが気に食わない。
それが相手によってまた増長する。
コイツは分かってるはずなのに平気でこういうことを言う。ある意味恐ろしいヤツだ。

「別に煙草の一本や二本、いつもの隊長なら平気で奪い取るのに…」
「言いてぇことあんなら聞こえるように言ってみろや」
「いえ…なんでもないです…」



『ヘビースモーカー仲間。仲間?』



森の中を歩いていると、パプワハウスの方から賑やかな声が聞こえてきた。
よかった、ちょうど家にいるようだ。
何の約束もなしに訪ねると、時々入れ違いになってしまうことがある。
この時間帯は大抵、夕飯の食材を取りにいったりしていない場合があるから、今日はタイミングがいい。

「リキッド」
「あ、噂をすれば」
「ぅげ」
森を抜けて目当ての人物に声をかけると、お呼びでない目障りな奴も一緒にいた。
お隣の獅子舞親父だ。
元上司らしいこいつは、いっつもリキッドにいたずらをしている。
俺がリキッドと二人でいると、何かと余計な邪魔をしてくる不愉快な親父。
まるで見せ付けるかのようにイチャイチャベタベタ絡んでは、俺に「どうだ」という目を向けてくる。
あからさま過ぎて苛付きが頂点に達して斬りかかることも度々。
けど一番気になるのは、こいつがリキッドに向ける眼差し。
ふざけてじゃれているけれど、行動の端々でリキッドに対する想いがよく分かる。
思うことは俺と同じだから。
リキッドが「こんにちわ」と笑顔を向けてきたことに挨拶を返す。

「噂?なんだ、俺の噂かい?」
「なんでもねーよ。あんたには関係ねーよー」
「やっやめてください!人前でくっつかないで!」
ほら、早速嫌がらせのように目の前で抱きついたりしやがる。
ほんと、苛つく奴だ。

「リキッドから離れろ!」
「へへーんだ。悔しかったらテメーもしてみろよ!」
「ぐぬぬ!」
出来ないと分かって言うのだからまったくタチが悪い。

(…そういや、このオッサンとは会えばケンカしてばっかだな…)

ふと浮かんだ思考は、すぐにリキッドの声に消されていった。



『お隣さんが邪魔をする』



(あーやば…ニコチン切れたー。でもなぁ…)

俺はニコチン中毒なのかもしれない。
なんて今更かもしれないが、どうしてかこうしてか。
同じくタバコの匂いをさせているヤツが側にいると、余計に吸いたくなるもんで。
お腹が空いてる時に食べ物の匂いをかぐと胃が刺激されるのと同じだ。
あまりかぎ慣れない匂いだけど、鼻孔が刺激されてしまった。

こうなったらロッドでもいいから取り上げるべきかと考えていると、リキッドが俺の腕を振り払ってこいつのところへ逃げやがった。
途端に綻びる顔。現金なヤツだぜ。

「ところでトシさん、何か用事があったんじゃないですか?」
「おっとそうだった。あのよ、晩飯なんだが…」

(相変わらず色気のねぇ会話。ま、あっても困るな)

「それいいっすね!うちも助かります!」
「そうか、よかった。どうもうちの連中はあまり食に対して関心がないというか……」

(楽しそーな面。リキッドと話すだけでそんなに嬉しいもんなんか?)

「はは、そりゃいいな」
「コタローも喜びますよ」
「なんだよ、俺抜きで何の相談だ。え?」

再びリキッドの肩にちょこんと顎を乗っける。
すると綻んでいた笑顔をキュッと引き締め、また睨んできた。

(わー。俺が話しかけた途端嫌な面しやがんのかよ…)
あからさま過ぎる反応に、胸の奥が些かツキンとくるものがあった。
それを何だか分からぬままリキッドに頭をどかされ、思考は戻された。

「夕飯ですってば。トシさん家がクボタくんの卵ゲットしたから卵料理をどーんと作ろうって」
「ふーん、へー」
「俺ん家とパプワハウスでの話だ。あんたにゃ関係ねぇからよ」

勝ち誇ったように腕を組んで言ってくる姿に、ムカッときてわざとリキッドに絡みつく。

「なんだとぉ?リキッドのあるとこ俺があるんだよ。当然お呼ばれされるぜ」
「意味分かんねぇし。おい、リキッドにベタベタ触るな」

(おーおー。鐔弾いて威嚇のつもりかぁ?なんだってまぁこんなガキに熱くなってんだか…………ん?)

逃れようと暴れるリキッドを腕の中に閉じ込めて、先程のにこやかな表情からまた一転して抜刀するコイツに、妙な胸のざわめきが起こっている。



『ニーコーチーン』



どうしたんだろう。
いちいち突っかかってきては、リキッドの回りちょろちょろしてて、俺様に命知らずなケンカ売ってきて。
リキッドにちょっと笑いかけられて喜んでるコイツが目障りなはずなのに。
向けられる視線に、何故か背筋が震えるような感覚が、足元から駆け上るんだ。

敵意すら、悦びに。
未だ突き刺さったままの視線に、口端を上げて笑った。
その真意を知ってか知らずか、眉根を寄せて口を開こうとしたところで、リキッドの言葉に遮られた。

「隊長もトシさんも。どうせなら3家でパーティにしましょうよ、ね?」
「あ、あぁ。リキッドがそう言うなら」

ふ、と緊張を解いて俺から視線を外すコイツに生まれる苛立ち。

「リキッドが言ったらオールオーケーかよ。簡単なヤツだなぁ」
「うるせぇ。ほっとけ」

ぷい、と背けられた横顔の頬は軽く朱が差しているのを見て、片眉をあげる。
(図星かよ。つまんねー…………あれ…俺は今…)

「じゃあ、材料持ってみんなで来るからよ」
「あ、はい。こっちも準備して待ってますね」

(あ…行っちまう)
まるで俺のことは見えていないという風に去って行こうとする。
思わず、その背中に声をかけていた。


「なぁ」
「なんだ」

予想に反してすぐ振り返った顔は、撫然としたものだったけど確に俺の呼び掛けに応えたもので。
不覚にも嬉しいと感じてしまったのはどうしてだろう。
それを打ち消したくて、手を開いて乱暴に差し出した。

「……………煙草、一本寄越せ」
「はぁ?それが人に物を頼む態度かよ」

案の定呆れた声で返してくるコイツに気を良くして「ほら」とばかりにもう一度手を突き出した。

「るせー。一本俺様に上納しやがれ」
「何様のつもりだ、それ」
「俺様つったろ。ヤニ不足で死にそうなんだ。助けろや」
「そのまま死ね」
「なんだとぉ?人が下手にでりゃあこの野郎…」
「テメェが先に喧嘩売ってきたんだろうが。もう帰れよ」
「お前が帰れ!」

「あぁ帰るさ!リキッドと楽しい楽しい料理の準備しなきゃなんないんでな!」

『リキッドと』を強調させて帰ろうとする背中に今度こそ頭にきた。
こんなムカついたのは久々だ。
久々のあまり。

「ぐあー!ムカつく!リキッドー!」
「わぁあ!八つ当たり反対!」

知らぬ顔で洗濯物籠を持ってハウスの中に入ろうとするリキッドに、思いっきり八つ当たりしていた。




『俺ってマゾ?』



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