chapter1ー06『VSスペードのジャック』

終末アリス【改定版】



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 結局アリスの意見は無視で話が進み、なんやかんやでお城の門の前まで着いてしまった。
(……あぁ。せめてもう少しゆっくりしてから向かいたかったのに)
 アリスはまた飽きずに喧嘩している時計屋と三月ウサギを眺めながら思い、背後を歩くチェシャ猫に聞いた。
「そういえば女王様と王様に会うのに、こんな格好で良いのかな私」
 一応、昨日の夜に洗濯はしてもらったものの、学校の制服のままだったので気になった。
 服装で見下す人もいるし何より一番偉い権力者なら尚更気にしそうだ。
 しかし、チェシャ猫は意味が分からないといった表情を向けて笑う。
「変な事を聞くね? 会って話をするだけなのに着飾る必要はないよ。それにそんな小さい事を気にするトップなんて器が知れるというものだよアリス」
 …さすがチェシャ猫だ。例え女王だろうと王だろうと気にしないマイペースっぷりは羨ましい。
「あー…面倒だけどな。多分アンタは気に入られる筈だぜ。そりゃもう大歓迎だろうな」
 時計屋との喧嘩を途中に三月ウサギが会話に加わった。
「三月ウサギはそう思うんだ? 確かに女王は珍しくて可愛いものが好きだけど」
 アリスが口を開くより先にチェシャ猫が答える。
「何だか妙にらしくないな? 女王に会わせるのが嫌か。無感情のお前がそんな風に思うなんて、珍し―」
「ねぇ三月ウサギ。女王に会いたくないのはお前だろ? 何で来たの。そっちこそらしくないよ」
 三月ウサギのからかう声を遮ってチェシャ猫が言った。何故か空気が重くなる。
 ………気まずい。助けを求める様に時計屋を捜すと、門番らしき全身包帯巻きの髪の長い人と話をしていた。
 だが構ってられないとばかりにアリスは時計屋の腕を引く。がくん と、思った以上に時計屋がよろけ、
アリスの方へ倒れ込む――かに見えた時、いつの間にか薄い茶色の髪をした兵士が時計屋を支えて薄く笑った。
「あっぶないなァ…ちゃんと食べてる? 時計屋」
「……お前か…相変わらず行動が早いな…」
 時計屋は無表情のまま兵士に呟くとアリスの方へ向いて、何だと聞いた。
「…っ…ごめんなさいっ! まさかそんなによろけるなんて予想外で」
 慌ててチェシャ猫と三月ウサギの事より優先にアリスは謝る。そんなアリスから時計屋は沈黙したまま僅かに顔を逸らす。
「俺も予想外だったよ。チッ…」
 小さな声でぼやいた言葉は時計屋を支えていた兵士にしか聞こえなかったが。
「…それで、何があったんだ」
「…っそうだ、チェシャ猫と三月ウサギが大変なんだけど…っどうすれば、」
 時計屋に再び聞かれて、とりあえず状況を説明すべくアリスは言った。
「あぁ、チェシャと三月が喧嘩してんの? 珍しい〜てか初めてじゃね?」
 それを聞いた兵士は、アリスの背後に目を向けると時計屋より早く状況を把握する。
 そして、何気ない仕草で腰の剣を抜くと笑みを深めた。
「え…?」
 アリスは視界から兵士を見失い、どこに消えたのかと思う間もなく時計屋が呆れた声で溜め息をつく。
「……また始まったか…」
 何気なく時計屋の視線を辿ってみれば、さっきの兵士はいつの間にかチェシャ猫と三月ウサギの居る場所に移動していた。
 とても楽しそうに笑って剣を振るっている姿も確認出来る。しかし、兵士の剣は、三月ウサギの隙を狙ったかのように振るわれた。
「…………っな!!」
 あまり剣術に詳しくないアリスでも、それが明らかに相手を傷つける為のモノだと分かるのに、巻き込まれないよう軽々と避けたチェシャ猫と狙いを定められた三月ウサギに焦った様子はない。
 それどころか、余裕すら感じられる表情に絶句する。これが彼等の日常なのだとしても、迷惑だ。
 アリスは何とか止めてもらおうと兵士と三月ウサギから時計屋に視線を移した。
 直後。ガキィィンと、何かがぶつかりあったような大きな金属音が道に響く。
「わお。帽子くんまで来たんだ? ははっ 楽しめそうだ」
 ギギギギギと、嫌な音を鳴らしながら兵士は無邪気に笑った。対するは長い針を手に、兵士の剣を受け止める帽子屋が何故か居た。
「あっはははー☆ そう? だったら嬉しいんだけどねっ♪ でも…僕のみっつんに斬りかかるのは戴けないなぁ〜、スペードのジャックくん」
 笑っているが内心かなりご立腹な帽子屋は今にもキレそうだった。アリスはもう何でここに居るのかと突っ込む気にもなれない。
 何で話が進む度にどろどろと悪化していくのだろう。
「……っ時計屋さん…どうにか出来ない?!」
 ワラにもすがる気持ちでアリスは時計屋を見上げたが、時計屋は即座に無理だと答えた。
「ジャックは強いからね。伊達にスペードのエースと呼ばれてない。時計屋が割り込めば瞬殺だよ?」
「…確かに。あの間に割り込むのは自殺行為だな。面倒臭いし」
 ひょこといつの間にか戦線離脱してきたチェシャ猫が答え、同じく避難してきた三月ウサギが続く。
 主に発端の原因な二人なのに全くもって他人事だとばかりに話をしているのはわざとなんだろうか。
 それとも殺伐とした空気に見えたのはアリスの気の所為だったのか。
 いずれにせよこの二人は読めない。アリスの常識なんて通じないところに位置する存在だ。
(…何でみんな、こうも自分勝手で気儘に行動するんだろう…)アリスは落胆して深い溜め息を吐いた。
「帽子屋くん やるねぇっ♪ 楽しすぎてヤバいんだけどオレ」
 剣を振るう手を休めないまま兵士――ジャックと呼ばれた彼は物凄く爽やかささえ感じられる表情で笑う。
「ヤバいって何が? 余裕な顔して、良く言うね〜☆ つかマジで僕を殺すつもりっ!? さっきからギリギリの場所ばっかり掠めるんだけどっ」
 圧され気味な帽子屋が苦笑いを浮かべ、ジャックの剣を受け流しながら返す。
 もはやファンタジーではなくバトル物と化してきつつあるなぁ。なんて、アリスは投げやりに思考を巡らせた。
 しかし、このまま放っておく訳にもいかない。アリスは息を詰め、身体を前に進めた。ジャックの絶え間ない攻撃に次第に帽子屋が追い付かなくなる。
 こうなったら私が、と怪我を承知で飛び出そうとしたアリスの腕をチェシャ猫が掴んで引き止めた。
「っ…放してチェシャ猫、このままじゃ帽子屋が」「大丈夫だよ、アリス。」
 何が大丈夫だというのか。このまま見ていろと!? アリスはチェシャ猫を非難がましく睨む。
「……世話の焼ける男だな…」
 傍観していた時計屋が動いた。手には何故か日本刀が握られている(どこに隠し持っていたのか疑問ではあるがそこは敢えて聞かないでおく事にした)。
 なにをと考える間もなく帽子屋を狙ったジャックの剣を、時計屋がその刀で凪ぎ払った。
 払われた剣を握り直したジャックがぴゅうと口笛を吹く。
「時計屋も交ざんの? よっしゃ、丁度良いや♪ 少し物足りなかったし、二人まとめてオレと遊ぼっか」
「この戦闘快楽主義者が…いい加減にしろ。お前と遊ぶ気は更々(さらさら)ないがコイツが斬られると目覚めが悪い」
 時計屋は面倒そうに告げていき庇うように背後の帽子屋を見やる。呆然としていた帽子屋は時計屋と目が合うと、照れた様子で顔を背けてむすっと頬を膨らませた。
「むぅ〜☆ トッキーってば愛が足りない! ここは嘘でも『俺の大事なモンに手ェ出すな!』位の盛り上がり台詞を言う所だよ?!」
「それでわざと少し手を抜いて、本気で追い詰められてちゃ世話がないな。」
 冷めた笑みを帽子屋に向けると時計屋はスーツの中からもう一本の刀を取り出した。
「感謝しろ帽子屋。お前みたいな馬鹿を心配して止めようとした彼女に、な」
 静かに抜刀する時計屋を見て、ジャックは楽しそうに笑みを深める。
「二刀流? …っはは♪ 時計屋と本気でバトル出来るなんて今日はラッキー…っと?!」
 キィンと突然飛んできた何かをジャックが剣で弾いて、アリスの居る方向を向いた。
 同じく目線を動かせば、三月ウサギが銃を構え、平然と二発、三発と続けて引き金を引く。
 ジャックは器用に向かってくる弾丸を避けるが、休む間もなく時計屋が両手の刀を振るう。
「げ。」
 キィンと綺麗にジャックの剣は時計屋の刀により、弾き飛ばされて地面に刺さった。
 そして、丸腰の状態で間髪入れずにもう片方の刀をジャックの喉元に向ける。
 その手際の良さと、三月ウサギとの連携は見惚れる程に鮮やかで。
 突きつけられた刀と、呆れた様子の時計屋を数秒見つめたジャックは何か言いたげに口を開きかけ、困ったような笑みを浮かべると降参の意味を示し両手を上げた。

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「うん。だからさ、悪かったとは思ってるよ。つい熱くなって半分理性飛んじゃったのは…うん。ごめんなさい」
 両手を合わせて必死に謝るジャック。改めて見ても先程まで笑いながら剣を振るっていた人と同一人物とはとても思えなかった。
 薄い茶髪に青い兵士の服。黙っていればイケメンという部類だろう。無駄に爽やかなのにそこはかとなく残念だ。
「喧嘩、止めなきゃなーって思った以上に身体が動いちゃって、いやもうすんませんっした!! っあぁあだから無視はしないでぇええ」
 アリスは何も言えずに謝るジャックを眺めながらチェシャ猫に視線を移す。
 察したチェシャ猫はいつもの笑みで説明した。
「ジャックはね、剣を抜くと戦う事に快楽を求めるサディストなサイコになる性質を持ってるんだよ。簡単に言っちゃえば二重人格。普段はヘタレ」
 …ぱっと見た限りでは爽やかな好青年なのにヘタレの二重人格って…。
 人は見掛けによらないとよく言うが、この世界の人達はそれを軽く通り越している気がする。
「俺は別に許しても構わないけどな。掠り傷だし」
 必死に謝るジャックを見かねた三月ウサギは溜め息を吐いて告げる。…大人の対応だ。
 それに比べて帽子屋はツーンとそっぽを向いて三月ウサギにしがみついている。子供だ。
 同学年に意地悪されて拗ねる子供だ。アリスは思わず保母さんと幼稚園児を頭に思い浮かべた。
「…正直。ジャックの暴走も帽子屋の暴走も似たようなものだろう」
「トッキー☆ それ聞き捨てならない。ジャックくんは理性ぶっ飛んでるけど、僕はちゃんと理性あるもん」
 どうでも良いとばかりに呟く時計屋に帽子屋が反論したがそういう問題じゃない。と アリスは内心で突っ込んだ。
 直後。背後からパンパンと両手を叩く音。びっくりしたまま後ろを振り向けば、存在がやや薄れかけていた門番らしき長身の包帯ぐるぐる巻きの人が立っていた。
「あぁ 居たんだ。門番」
 アリスと共に振り向いたチェシャ猫が言った。
 門番と呼ばれた人物は、腰まである長い黒髪で目元から首と指の第一関節に至るまでを包帯で覆っているので口元しか見えない。
 だから、どんな表情をしているのか分からなかったのだけれど、
「居たんだ。や、ないわ!! おどれら天下の城の門前でぎゃあぎゃあ喚くなやっ…特にジャック!!」
 ドスの効いた関西弁(?)と大袈裟な程の身振り手振りで怒鳴った門番に名指しされたジャックはギクリと身体を強張らせた。
「は はは、判ってる。兵士が秩序を乱すな、だろ?」
 乾いた笑いでジャックは一歩後ろに後退(あとずさ)る。
「それがわかっとってワレの前でチャンバラたぁ、 えぇ度胸やのぅ?」
 ……門番が怒っているのはアリスにも理解できたが関西弁はイマイチよく分からない。いや、そもそも関西弁かどうかも怪しい口調だった。
「それより門番。中に入るぞ」
 時計屋が会話の流れを完全に無視してアリスの手をひきながら門番に告げる。
「あぁ、入れ入れ。時計屋の同行者ゆう扱いでえぇんか。その娘」
「…それで良い。ついでにジャックも借りるが構わないか?」
 軽かった。門番としてどうなのか。淡々と交わされていく会話にアリスは戸惑った。
「トッキーの浮気者ぉっ!! みっつんと僕を差し置いてジャックくんとアリスちゃんを選ぶなんてっ」
 帽子屋の戯れ言を見事に聞き流し、時計屋と共にアリス達はあっさりと門を通っていく。
 あれで門番が務まっているのだろうか、と疑念を抱いたけれど、気にしても仕方がないので、そのまま前に進む事にした。

 アリス達を見送ると、門番はくるりと帽子屋と三月ウサギの方を向いて口を開いた。
「――で、クローバーはどないするんや?」
 聞かれた帽子屋はう〜ん、そうだねぇ☆ と悩む素振りを見せると、三月ウサギを振り返る。
「僕としては面白いから、もう少し彼女に付き合うつもりだけど。みっつんはどうする?」
「……行くんだろ。だったら付き合ってやるよ。」
 後をつけてくるくらいだからな、と付け足した三月ウサギはニヤリと笑んだ。
「……まぁ、ちょっとしたお節介と愛しのしろたんに会うのも兼ねて! 女王さまのご機嫌を伺うとしますか☆」
 三月ウサギの追及をさりげなく逸らして、帽子屋は門の方へ向かう。
「チャッチャと入れや。役持ちやからゆうて特別扱いせぇへんで」
 門番はそんな帽子屋の背中を前触れもなく蹴ると、ベシャと地面に突っ伏した帽子屋に構わず門を閉めた。
 そんな帽子屋を助け起こす気はないらしく、三月ウサギはスタスタと先に進む。
「ちょ! みっつん冷たいよ、僕を愛してないのっ? 手を差し伸べてよぅぅ☆」
「愛してるから黙って歩けバカ」
 素早く起き上がった帽子屋の戯れ言を流し、漫才のようなやり取りをしながら彼等も、女王の元へと向かった。


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