chapter1ー07『門番と芋虫』

終末アリス【改定版】



 
 門を閉めた門番はやれやれと頭を掻いた。普段は来客なんかほとんど来ないというのに、今日はやたらと千客万来だ。
(まぁ、千客万来は大袈裟やけどホンマ。珍しい事もあるもんやで…)
 時計塔からあまり出ない時計屋と城には滅多に近寄らないチェシャ猫。用がなければ来る事のない帽子屋にその騎士である三月ウサギ。
 いつもフラフラしているジャックはともかく、この面々が一度に来るなんて明日は荒れた天気になりそうだ。
 更に。
「……おどれまで来るたァ、どないな風の吹き回しや…芋虫」
 長い前髪をかき上げて、門番は言葉とは裏腹にどこか楽しそうに芋虫を向いた。
「…あら、たまたま女王に会いに来たのが重なっただけじゃないのかしら。深読みしすぎよ」
 芋虫はクスクスと綺麗な笑みを向けて、はぐらかす。彼の傍らには寝惚け眼の眠りネズミが芋虫のスーツにしがみついていた。
「は、相変わらずやのぅ。そないなちっこいのん連れて歩いてからに。ロリコンや思われてもしゃあないで」
「貴方こそ相変わらず話に脈絡のない男ね。アタシがロリコンだろうと何だろうとどうでも良いでしょう」
 門番の軽口に芋虫は呆れた様に呟くと首をコキと鳴らす。いや、そこは否定しろや!と門番の鋭い突っ込みが入るが、いちいち否定するのも面倒だと芋虫は返した。
「……それより、アタシも通りたいんだけど。開けてくれないかしら?」
「あぁ? そない急がへんやろ。聞かせろや、あの娘のことやろ。」
 ほんの僅かな、好奇心。ついでに言えば退屈しのぎ。例えばそれが、嵐の前の静けさに似た感覚でも
(おもろいコトやったら、参加せなソンやろ?)
 ニッと笑う昔なじみを前に、芋虫は諦めたように溜め息をつき仕方ないわねと一部始終を話始めるのだった。

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 城内――謁見の間。
 肩より長い金髪を揺らして、玉座に座る少女は退屈そうに隣で静かに佇む白兎を見つめた。
 白兎が何ですかと義務的に聞くと 少女はむぅと頬を膨らませてぼやく。
「いーちゃんからの手紙に書いてあったのに、帽子屋と三月ウサギ、遅いぃ〜退屈だよお。折角おめかしして待ってるのにぃ」
 ピンクの可愛らしいドレスに身を包み、拗ねた声をあげる少女を白兎は見つつ面倒臭そうに告げる。
「…まぁ。仕方ないんじゃねぇですか? 三月ウサギはともかく帽子屋はバカですから、どっかで下らねー寄り道してんでしょう。きっと」
 どうでもいい。と白兎は心底思ったが、一応これでも己が仕える主には違いないので答える。
「…白兎は帽子屋に会いたくないのぉ? あれだけLOVEアピールされたら好きじゃなくてもきゅんとくるよ」
「いや全く。むしろ死ねとまでは言わねぇですから 俺の前から遠く離れていればそれで構わない存在です」
 白兎はきゃっきゃと笑う少女に冷ややかに告げた。
「白兎ひどぉ〜い♪ 帽子屋また凹むよ?」
 少女がそう言い終わった時、一人の兵士が扉を開けて失礼します。と声をかけ、少女と白兎の前に跪(ひざまず)いた。
「クローバーの帽子屋様、並びに騎士である三月ウサギ様が到着されました。お通しして宜しいでしょうか? 女王様」
 片膝をついてうやうやしく頭を下げる兵士に少女――否、この国を統べるハートの女王は笑んだ。
「うんうん♪ 待ってたのよ〜。早く通してあげてね」
 年端もいかない少女に頭を下げる兵士とは端から見れば滑稽に違いないが、紛れもなく現状のこの世界を支配するのはこの幼い女王だ。
 扉が開かれる。白兎は冷めた思考のまま、入ってくる帽子屋と三月ウサギを見た。
(……あぁ。面倒臭ぇ。)
 白兎を見るなりぱぁっと顔を輝かせる帽子屋と目が合って、白兎は憂鬱になる。
「…っしろた―」「まずは先にする事があるだろ。ほら」
 がばっと両手を広げて白兎に抱き付こうとした帽子屋の首根っこを掴んで止めた三月ウサギは女王を見ながら言った。
「あっはぁ☆ ごめんごめん♪ しろたんしか見えてなかったぁ〜☆」
 全然悪いと思ってない態度で帽子屋はそのまま恭(うやうや)しい仕草でお辞儀をする。
「ご機嫌は如何かな? 女王さま♪」
「ふふっ♪ 帽子屋が来たから麗しいよ。久し振りだねぇ〜。三月ウサギも元気そうで何よりだわ」
 気にした様子もなく女王はにっこりと三月ウサギにも声をかけた。どうも。と短く答えて三月ウサギは一歩下がる。
「……女王様と白兎も元気そうで」
 白兎に目線を止めたまま三月ウサギが笑んで告げた。白兎も無言で三月ウサギを見返す。
「やん♪ 見つめあうなんて、なぁに? 二人共、目で会話っ!?」
「…なっ、ひ…ひどいよみっつん!! 浮気するなんて…っしかも僕のハニーとっ☆ しろたんは僕のハニーなんだよ?!」
 そんな三月ウサギと白兎を見ながら女王が茶化し、似たようなノリで帽子屋が拗ねた口調で言う。
「へぇ。白兎、帽子屋のハニーにいつなったんだ?」
 三月ウサギが笑いながら聞いた。白兎はさぁ。と遠くを見ながら呟く。
「とうとう現実と妄想がごちゃまぜにでもなりやがったんじゃねぇですか? 下らねぇ事をほざくのはいつもの事だ」
 興味ないとばかりに白兎は言い、欠伸をかみ殺した。
「やん☆ 相変わらずツレないなぁ〜、しろたんってば。こぉの て・れ・や・さん♪」
「……さっさと用件告げて帰ってもらえねぇですかね。三月。あのキチガイを」
 これ以上そのウザったいテンションに付き合うのは嫌なので、白兎は三月ウサギに促した。
 言われた三月ウサギはショックを受けた帽子屋を横目にやはり淡々と答える。
「まぁ俺もそうしたいんだけどな……ただ遊びに来た訳じゃないっていうのは分かってんじゃないのか。女王様」
 不意に、黙って状況を傍観していた女王に三月ウサギは聞いた。
「相変わらず格好良いわね〜三月ウサギってば。抱き締めてなでなでしてあげるからおいでおいで♪」
 聞いているのかいないのか。女王がキラキラした瞳で手招きした。
 だから苦手なんだよと一人ごちて三月ウサギは帽子屋を肘でつつき、バトンタッチとばかりに後ろに下がる。
「…女王さま、もうすぐ時計屋と一緒に来る一人の女の子が居るんだけどさぁ。ちょっとその子のお話、聞いてもらっても構わないかな?」
 普段のふざけた様はなりを潜め、一瞬キリッとした瞳で言った帽子屋に女王は少し目を見開いた。
「ふぅん。それはまた随分変わったおねだりだねぇ〜…その女の子、なにものなのかな? 自由気儘な《役持ち》を2人も動かすなんて、イレギュラー♪」
 女王は口元に手を当ててくすくすと笑いながら探る様に帽子屋と三月ウサギを眺めた。
 女の子。 女王の隣で話を聞き流していた白兎はそのフレーズに僅かに眉をしかめる。
 今の今まですっかり忘れていたが、そういえば先日、妙な女が居た。
 面倒なのでそのまま放置していたけれど、まさか。と 白兎は冷めた表情のまま開かない扉を見つめたのだった。

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 一方。まるで巨大迷路のように広く、複雑に入り組んだ薔薇の花園の中をアリス達は歩いていた。
「…ねぇ。時計屋さん。帽子屋と三月ウサギを置いてきぼりにして、本当に良かったのかしら」
 先に別ルートで進んでいるとは知らないアリスが心配そうに後ろを見ながら聞く。
「三月ウサギが居るんだ。問題はないだろう」
 時計屋は相変わらず無表情で答えた。確かに三月ウサギが居れば大丈夫そうだけれど。
「…今更なんだけど時計屋さん、道 分かって進んでるんだよね?」
 さっきから感じていた疑惑をアリスは思い切って聞いてみた。
「……何で俺に聞く…城になんて殆ど来ない。だから、その為のジャックとチェシャ猫が…」
 そこで時計屋は後ろに着いてきている二人に気付く。
「まさか、お前等…俺に着いてきてた のか…?」
「うん。時計屋っていうか、アリスに」
とチェシャ猫。
「え、いや。てっきり知ってるモンだとばかり。」
とジャック。むしろ誰も時計屋が道を知らないとは思ってなかったらしい。
「…………」
 時計屋は言葉をなくして頭を抱えた。何でなんだと言いたげに視線をさ迷わせて息を吐く。
「…わぉ。時計屋怒んないんだ? レアだな」
「黙れ。怒っても仕方ないだろう。無駄に疲れるだけだ。そんな事より城に行く道を探せ」
 茶化すジャックに時計屋は言う。アリスにはどうしようもなく、チェシャ猫の傍でただ二人の会話を聞くしか出来ない。
「人選ミスだね」
 ぽつり。的確なチェシャ猫の呟きに、アリスは言葉なく頷いた。

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「……あー。こりゃマジで迷子かも」
 剣をクルクルと弄びながらジャックは何回目か分からない位には来た場所に座り込んだ。
 一度来た道には地面に矢印をつけていたので、それで判断しながら進んでいたのだけれど、この華やかな迷路から抜け出せない。
 一向に出口はおろか入口さえも見つけられないまま時間は過ぎて、ぐるぐる歩き回った所為で足が痛い。
「…少し休もう? 時計屋さん」
 アリスもぐったりと座り込んで、苦い顔をしている時計屋に声をかけた。
「…大丈夫だ…」
「いや、時計屋は大丈夫でもオレとアリスちゃんが無理なんだって」
 ジャックがきっぱり告げて、ようやくそれで時計屋も歩みを止めた。
「お前はどうでも良い。…だが、彼女が無理なら少し休もう」
 時計屋は息をついて目を閉じた。こんな事にしたという責任からか、眉間に皺が寄っている。
 それとは対照的にジャックはヘラヘラした笑顔のままどーしよっかなーと楽観した様子、チェシャ猫は相変わらず読めない張り付いた笑顔だ。
「…そういえば。聞いた噂によれば、ここの薔薇は女王が大切に育てている薔薇で」
 不意にチェシャ猫が尻尾を揺らして唐突に話し出す。
 近くにあった薔薇を一輪掴んで言いながら、器用に棘のない部分だけを持ってパキッと前触れもなく折った。
「…チェシャ猫っ?!」
 アリスはぎょっと面食らい、チェシャ猫の名を思わず呼ぶ。
「折ると怒られる。それはもう地獄で閻魔の怒鳴り声を聞くより怖い。らしい」
 慌てるアリスに動じないまま告げてチェシャ猫はその一輪の薔薇を時計屋に放り投げた。
「……あ」
 意図が分からないけれど、投げられた薔薇は綺麗に時計屋の元へ落ちた。
「持っててね、時計屋。」
 チェシャ猫は笑んだままガサガサと薔薇の木の根っ子を探り、踏みつける。
「…おい…まさか、お前―」「何事にも犠牲は付き物だよ時計屋」
 時計屋の表情が強張るのとチェシャ猫の台詞が重なった時。
 ジリリリリリリ と、けたたましい音が突如、鳴り響き心臓が跳び跳ねそうになった。
(何? 一体なんなの?!)
 両耳を塞ぎながら、反射的に上を向いたアリスの視界に黒い影が飛び下りてくる。
 軽やかに地面に着地し、ザンッと素早く立ち上がった黒い影…否、少女は声高らかに叫んだ。
「女王様の薔薇を荒らす不届きものがっ!! そこに直りなさい!」
 軽くウェーブがかかった長いふわふわの髪と華奢な細い身体。まさに『お人形の様な』という言葉が似合う少女の手に似つかわしくない禍々しい大きなハサミが握られている。
 切っ先は真っ直ぐアリス達に向けられていて、異様な光景に言葉をなくした。
「来た来た。薔薇の番人メアーリン♪」
 そんな緊迫した空気の中で、チェシャ猫は変わらない笑顔で少女の登場を出迎えるように告げる。
「あー…成る程。そういえばメアリーだったっけ。さすがチェシャ猫」
「…え?…、」
 さっぱり意味が分からないままのアリスを無視して彼女を知っているらしいジャックがポンと手を叩いて納得していた。
 そこで、鋭い目を丸くした少女は気の抜けた声を出して改めてアリス達に視線を向ける。
 チェシャ猫からジャック、アリスに移り時計屋に目をとめた瞬間。少女は一気に顔を赤らめて慌てふためいた。
「―――っ…時計屋さんにジャックさん?! な、なななっ、どうして此処に!」
 どうやら三人の知り合いらしいと認識し、チェシャ猫の意味不明に思えた行動も彼女を呼ぶための行為だったらしいとだけ理解する。
「…成り行きだ…」
 そんな光景を目前に、時計屋は静かに呟いた。


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