閑話番外ー00『ワンダーランドとハロウィン』

終末アリス【改定版】



 
 10月31日。はろうぃん。
 どうやらこの不思議世界にもハロウィンというイベントが存在するらしい。
 そもそもアリスとしてはハロウィン自体、何を目的とした行事なのか未だに判ってはいない。
 仮装してお菓子を貰うだけなのか。と冷めた認識で事足りているし、そんな年齢でもない。
(……なのにどうして私、魔女のコスプレをさせられているのだろう……)
 黒いローブを着て、手にほうきを持ちながらアリスは遠くを眺めた。別に望んだ訳でもないのだが、居候のアリスに拒む権利はない。
 帽子屋がこれを着てよ! と満面の――期待に満ちた――笑顔で手渡してきたコスプレ衣装である。やはり少女趣味が全開だった。
 魔女なのにフリルとは。しかも黒猫カチューシャとは。もう一度ならず何度となく思う。魔女って何だったっけ。
「とりっく☆おあ☆とりーとぉ〜♪」
 そんなアリスの目の前で元凶の帽子屋はドラキュラの格好をしてはしゃいでいた。無難にカッコいいドラキュラらしい衣装である。
 隣では眠りネズミがうつらうつらとしながらお化けの布を被って手を上げる。白いシーツにお手軽な黒い大きな目と口を縫い付けただけの格好だが、自作なのだろうか。
 非常に可愛らしいけれど、アリスの心中は冷静だった。帽子屋も眠りネズミも、わざわざ仮装などしなくとも、そのままで充分コスプレだと思うのだけど。
「チェシャ猫……この世界でハロウィンってそんなに重要なイベントなの?」
 アリスは振り向かないまま傍に居るチェシャ猫に聞いた。
「別に俺とか三月ウサギ的にはなくても構わないけどね。帽子屋がお祭り騒ぎ好きだから必然的に付き合う羽目になる」
「………」
 そう笑いながら言うチェシャ猫は包帯がぐるぐると巻かれたミイラ男のコスプレだ。包帯が白ではなく赤と灰色なのはこだわりなのだろうか。
 さておき告げられた返答は凄く納得出来る辺り、何だか悲しいが帽子屋ならもう何でも有りだとアリスは諦めの溜め息をついた。
「…まぁ、あれはあれで良い退屈しのぎになるから。それに貴女の可愛らしい姿が見られてアタシとしては悪くないわね」
 妖艶に微笑む芋虫はフランケンシュタイン仮装。ネジ型のヘアピンにすぐに拭き取れるような簡易なメイクが似合っている。
 アリスにバスケットを渡した芋虫はこれを持っていってねと続けた。バスケットの中には芋虫お手製のお菓子が沢山入っていて、とても美味しそうだ。
 しかし、ここである疑問が生じる。
(あれ? ハロウィンってたしかお菓子を貰いに近所を回るんじゃなかったかしら?)
 アリスが首を傾げているとひょいとお菓子を1つ掴んでいく手があった。
 目線で追えば、兎にも関わらず何故か狼男の格好をした三月ウサギが何の躊躇いもなくお菓子を食べている。
 目が合うと三月ウサギはニヤリと笑った。
「帽子屋みたいにイベント好きな奴は少ないからな。お菓子を貰って回るんじゃ直ぐ終わりだ。だから仮装してお菓子を配って行くんだよ」
 淡々と言葉を連ねて説明してくれたけれど、それと摘まみ食いは別だと思う。
 そんなアリスの心の突っ込みは言わないまま、かくして不思議世界のハロウィンは開始されたのだった。


――ハートのお城、門前。
 さっそく門の前に着いた留守番をしている芋虫以外のメンバーは門番らしき人物に声をかけた。
「とりっく☆おあ☆とりーとぉ〜♪ ってアレ? 今日は門番じゃないんだ☆」
 トリックオアトリートの間違った使い方は気にしてない帽子屋が門の前に立つ二人の兵士にお菓子を手渡して聞いた。
 門番というのは、文字通り門の番をする人だろう。
「はい。門番は急用があるらしく、本日は私達が代理を務めております」
 礼儀正しく敬礼をして赤い服を来た兵士が告げる。もう一人は無言で一礼をしたまま周囲を警戒していた。
 兵士が着ている、赤と青という別の色の服には何の意味があるのだろうか。チェシャ猫にアリスは尋ねてみた。
 チェシャ猫は部隊の違いだよとあっさり答えた。赤が女王の動かせる部隊で青が王の動かせる部隊だそうだ。
「うーん、そっかぁ☆ じゃあ今日はお城の中には入れないね〜、残念☆」
 帽子屋はあっさりと引き下がるとくるりと向きを変えて次へ進む。「お城の中は門番の許可がないと入れないんだよ」とチェシャ猫が補足説明をしてくれた。
「まぁ、またの機会って事だな。っと忘れてた…これ女王と王の分な」
 三月ウサギが兵士に幾つかお菓子を手渡し、帽子屋の後へ続いた。
「お預かり致します。では、お気をつけて下さい」
 青の服を着た兵士が丁寧にお辞儀をし、去っていくアリス達を見送った。

――時計塔。
 乱雑した部屋を2つ程通ってアリス達は時計屋の居る部屋へ辿り着いた。
 崩すと怒られるぞと言う三月ウサギの忠告など聞きもせず帽子屋が突き進んだ結果。
 案の定、帽子屋は積んである本を崩した挙げ句、見るも悲惨な状態にしてしまう。
 ぐちゃぐちゃにしてしまった本を見つけ、物凄く機嫌の悪くなった時計屋に二十分程みっちり怒られた帽子屋は暫し凹んで部屋の隅で小さくなっていた。
「まぁまぁ、そんな怒んなって。帽子屋だし仕方ないだろ?」
 みかねた三月ウサギが時計屋を宥め、眠りネズミがじっと見つめている事に気付いた時計屋はふぅと息をつく。
「……何の用だ。用がないならお前と帽子屋は今すぐ去れ」
 三月ウサギと帽子屋のみを名指しして、時計屋は言った。
「トッキーってばつめた〜い☆ 折角会いに来たのにぃ〜」よよよっ とお姉さん座りで嘆く帽子屋に
「相変わらずだな。もうちょっと心を開けよ時計屋」くい、と時計屋の顎を持ち上げて楽しそうに笑う三月ウサギ。
 時計屋の気持ちが解らないでもない。と アリスは思った。
「と、いうかね☆ もう時計屋のところでお菓子配り終わっちゃうんだよね〜」
 時計屋のイラつきを気にも留めず、帽子屋は勝手にソファーに腰を掛けてぼやく。
「だからさ☆ お菓子くれなきゃ悪戯するぞ♪ の通りに悪戯しちゃおうかな〜なんて」
 するり。帽子屋の手がガッチリと時計屋を拘束して。
「…へぇ♪ 帽子屋にしては気が合う案だ。大賛成」
 三月ウサギが心底楽しそうに笑って時計屋の身体に手を伸ばす。
「お前等…、何する気だ……離せ。近い」
 時計屋が眉間に皺を寄せて目を菅める。アリスは沈黙したまま眠りネズミに目隠しをして階段の踊り場に避難した。
 チェシャ猫はその場でニヤニヤと笑いながら事の行く末を眺めるらしい。
「ふっふっふ〜♪ 観念するんだ!! トッキー☆」
「諦めて良い声で啼けよ。時計屋」
楽しそうに笑う三月ウサギと帽子屋に為す術もなく。
「……―――っは…や め…っっっ――!!」
 時計屋の必死に声を押し殺して耐える声が、数分間。室内のみならず踊り場まで響いていた。

xxx

「―は、…お前…等…ッマジで――っ…殺す!!」
 数分後。くすぐり地獄から解放された時計屋はぐったりとして息も絶え絶えに呟いた。
「やんっ トッキーだって案外嬉しかった癖に☆ こぉのツンデレ☆」
 帽子屋が笑いながら時計屋のほっぺたをつん、とつつく。嫌がらせだ。
「やっぱ、お前の嫌がる面は好みだな。なぁ俺のものになれよ、いい加減」
 三月ウサギがひょいと時計屋の顔を除き込んで口説いている。本気で言っているのだろうか。
 チェシャ猫に終わったと聞いて部屋の中へ戻ったアリスと眠りネズミはドSコンビに絡まれる時計屋を見た。
「アリスも見れば良かったのに。必死に笑いを堪えながらくすぐり地獄に喘ぐ様は必見だったよ」
 ……時計屋の滅多に見られない姿を見られるのは良いんだけど、来る度にあぁも無体な事ばかりされていたらその内ハゲるんじゃないかな。時計屋。
「…笑い猫…お前も俺に喧嘩売ってるのか…っ」
 チャキ。時計屋の手に日本刀が握られる。
「うあ☆ キレちゃった〜」
 帽子屋がいつもの変わらないノリのまま呟いて、アリス達は逃げるように(実際に逃げながら)時計塔を後にしたのだった。

――帽子屋の家。
「……はぁ……それにしても、帽子屋の事だから、もっと沢山の場所を回るのだと……思ってたけど」
「大体はお城がメインだからね。街に行っても良かったんだけど変人扱いされるだけだし」
 息切れするアリスと、息切れすらしていないままのチェシャ猫が笑う。
「時計屋に、お菓子…渡した?」
 ぽてぽてと歩きながら眠りネズミが確認。
「ん、あぁ。一応 置いてはきた」
 抜け目なく三月ウサギが答える。
「お帰りなさい。早かったわね? 楽しかったかしら」
 芋虫が出迎えてくれて、帽子屋は鼻唄を歌いながら早くも席について激甘なホットミルクだったモノを飲んでいる。
「うん、お城に入れなかったのは残念だったけど…楽しかったよ」
 アリスは思ったことをそのまま告げて同じく席についた。
 そしてハロウィンというイベントも悪くはないかなと思った。


――オマケの時計塔。

 乱雑した部屋で脱力していた時計屋の前に青い服を着た兵士がひょっこりと顔を出したのは、アリス達が去ってから十分後。
 いつも以上に散らかっている室内に兵士は頬をひきつらせた。
「うっわ。何これ!! また派手に暴れたな」
「……聞くな。部屋を変えれば良いんだ…所でお前は何の用だ…スペード」
 両手を上げたまま兵士はあーと声を出してポケットからお菓子を手渡した。
「いつも通り、ジャックでいいって。スペードは部隊の名前だし、あとハッピーハロウィン♪ って事ではい」
 屈託なく笑うジャックのお菓子を受け取りながら、時計屋はもう1つのお菓子の存在に気付く。
「…茶でも淹れてやる…待ってろ」
 仕方ないかと小さく微笑んだ時計屋は、それだけ告げて台所へと向かった。



ワンダーランドとハウィン。終。


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