chapter1ー05『嫁と姑の台所争奪戦?』

終末アリス【改定版】



 
「女王って、この世界で一番偉い人?」
 二人の会話に出てきた『女王』に関してをチェシャ猫に問えばチェシャ猫はいつもの笑顔でうん。と頷いた。
「この世界は《ハートの女王》と《スペードの王》の許しがなければ勝手な事は出来ないんだ。ある程度の権力をもつのが伯爵とか貴婦人で、帽子屋と芋虫なんかはそういう部類の人種だよ」
 すらすらとチェシャ猫が答えてくれるけど頭がついていかなくてアリスは戸惑う。
「ごめん。チェシャ猫、もう少し分かりやすく説明して」
 その言葉にチェシャ猫は暫し沈黙すると不意に時計屋を呼んだ。呼ばれた時計屋は苛立たしげにしながらもこちらを向く。
「何だ、今俺はコイツと話して―」
「パス。アリスに分かりやすく噛み砕いてこの世界について説明よろしく」
 時計屋に丸投げすると、チェシャ猫は尻尾を揺らした。なんて自由なんだろう。
 アリスはそう思いながら時計屋の言葉を待つ。
「可愛い乙女の為に一肌脱いでやれよ。時計屋」
 眉をしかめる時計屋を三月ウサギが茶化す。
「……何でお前等はいつもそう……まぁ、いい」
 いろいろと言いたい事を飲み込んで仕方なく時計屋はアリスを見る。
「アリス、だったか? 簡単に説明はするが、きみが理解できるかどうかは知らないからな。補足部分はそこの笑い猫に聞け」
 こくりと頷いて、アリスは不機嫌そうな時計屋の声に耳を澄ました。
「とはいえ、俺達には当たり前の常識を改めて説明するのは難しいんだが、」
「大丈夫。時計屋ならきっと出来るよ!」
 途中で丸投げしたチェシャ猫の無責任な励ましは置いておこう。多分、面倒臭かっただけなんだろうから。
 僅かに眉をしかめて話始めた時計屋と説明を真面目に聞くアリスの姿を、やはり三月ウサギは冷静に眺めていた。


 この世界《ワンダーランド》において絶対の権力を持つ者が《ハートの女王》《スペードの王》と呼ばれる。
 彼等の命令は絶対でありそれに背く事をしてはならないそれがここに居る住民のルールだ。
「…ここまでは理解出来たか?」
 淡々と説明をしながら時計屋は聞いた。アリスは何となくと答える。
 簡単に言っちゃえば街含む全体が国家主義。みたいな感じかな? と自分なりの解釈をして、話の続きを聞く。
 その次に権力を持つのがやや特殊な存在。侯爵や貴婦人より上に位置していて女王と王に匹敵する権力者が《役持ち》とされる。
 唯一絶対の命令に逆らえる存在である彼等は通称の役を与えられる。
「その《役持ち》はある程度自由に出来るが、その代わりに与えられる役目が大きい。例えば…そうだな」
 時計屋は記憶を探りながら三月ウサギに視線を止めた。
「お前も《役持ち》と呼ばれる部類だったか?」
 確か。と曖昧に呟く時計屋に三月ウサギが即座に否定する。
「いや、俺はただの騎士だ。帽子屋専用のな」
 そして続けて言う。
「《役持ち》は全部で5つ。その内のハートとスペードは女王と王。それ以外で《役持ち》と呼ばれるのはクローバーの帽子屋とダイヤの芋虫。それからジョーカーのチェシャ猫」
 三月ウサギがすらすらと告げていくけれど。アリスにはどういう仕組みなのかさっぱり分からない。
「……似たようなモノだろう」
「いや、全く違うから。」
 生真面目そうに見えて意外と投げやりに時計屋がぼやく。三月ウサギに突っ込まれても表情は変わらず無表情だった。
「…大雑把に分ければ確かに似てるかもしんねーけどな。まぁアンタには関係ない話か」
 いろいろ複雑なのだろう。三月ウサギはアリスの視線に気付くと言葉を止めた。
 気になったけれど、確かにたくさんの説明をされても頭がオーバーヒートして穴から煙が出そうな事も事実なのでこれ以上は突っ込まないで流す。
(…何だか主旨がズレてる気がするし。今は別に聞かなくても構わない かな?)
 そう思いアリスは時計屋に礼を告げた。窓の外を何気無く見れば空がすっかり暗くなっていて。
 この暗い中、帽子屋の家まで戻るのかとアリスは思った。

「すっかり長居しちゃったね……ごめんなさい時計屋さん。変な事ばかり聞いてしまって」
「いや。別に君に対しての不満や文句はない。あるのは三月にだけだ」
 謝るアリスに時計屋はキッパリ言って不意に眉をしかめた。
「こっちこそ悪かった。苛ついていたとはいえ客人をもてなす態度じゃなかったな」
 判りにくいけれどこの人なりに申し訳ないって表情なんだろう。
「いえ、それにしても……何で時計屋さんは三月ウサギさんが苦手なんですか?」
 アリスは気になった疑問を直接聞いてみた。結局よく分からないままだったし。
「……今日は泊まっていけ。外もすっかり暗くなったからな」
 アリスの疑問を聞かなかった事にしたらしい時計屋は、出入口に向かって歩くチェシャ猫と三月ウサギに聞こえる声で言うと数冊の本を手に机に向かい作業を始める。
「うわ。珍しい。熱でもあるのか? 時計屋」
 ぴた、と足を止めて三月ウサギが驚いた表情で聞き返す。時計屋がうるさいと呟いて言い合いを始めた二人をアリスはきょとんと見つめる。
「喧嘩する程、仲が良い」
 ぽつりと呟かれたチェシャ猫の言葉を聞いてアリスはあぁと納得した。

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 翌日。二日目の目覚めは大量の本棚に占拠された時計屋の部屋の一室だった。
 昨日は芋虫に甘えてしまったけれど、やはり泊まらせてもらったのだから朝ご飯くらいは作ろうとアリスはようやく探し当てた台所に立った。
(何を作ろうかな…)
 正直、料理が得意とは言えないが下手な訳でもない。レパートリーは少ないもののご飯と味噌汁くらいは作れる。
 とりあえず材料確認と冷蔵庫を開けて
 閉めた。
 数秒、沈黙して気の所為だろうかと再びアリスは冷蔵庫を開ける。
 …………。 やはり、何もない。
 本来なら当たり前に存在する筈の調味料もなければ卵や野菜もレトルト食品ですら見当たらない。
 これは冷蔵庫の形をした置物なんだろうか。とアリスは考え込んだ。
 そういえば昨晩は結局あのまま三月ウサギと時計屋の言い合いが続いて晩御飯を食べていなかったと思い至り、
(…どうしよう。私もお腹すいてるのに材料がないなんて)
 自身の空腹に耐えながら、あの人は一体どうやって生活してるんだろう。なんて、まだ寝ている家の主である時計屋が心配になった。
 その時、ガチャと扉の開く音がして振り向けばそこに居たのは三月ウサギとチェシャ猫。
「あぁ、アンタか。何してるんだ? こんな所で」
 何やら荷物を抱えて入ってきた三月ウサギは肩を落とすアリスに聞いた。
「朝ごはん 作ろうと思ったんだけど…」
「あー、やっぱ何もない? 相変わらず無頓着だな。まぁそうだろうと思ってもう準備してあるぜ」
 何故か楽しそうな三月ウサギが荷物を下ろす。時計屋が絡むと心なしか三月ウサギのテンションが僅かに上がる気がする。
 ぴょこ、と後ろからチェシャ猫が重そうな荷物を抱えていつもの笑みでおはようアリスと言った。
「おはよう…どうしたの、チェシャ猫と三月ウサギさん、その荷物は」
「うん? 三月ウサギの買い物だよ。俺も朝ご飯は食べたいから手伝ってる」
 こちらも平然と告げて荷物を下ろした。覗いてみれば食材がぎっしり入っている。
 この辺りに買い物できる場所があったのかと妙に感心し、アリスはチェシャ猫と三月ウサギを見ながらふと、気付く。
 一体誰がつくるつもりだったのか。アリスの疑問点はちょうど台所に立った三月ウサギによって解消された。
「三月ウサギさん、料理できるの?!」
「ある程度は。つか芋虫が来るまであの激甘党と二人だったから嫌でも覚えた」
 手際よく三月ウサギは包丁で食材を切り刻んでいき鍋に入れる。確かにあの帽子屋に任せていたら甘いモノを見るのも嫌になっていただろう。
 毎日三食、甘味三昧なんて考えただけでぞっとする。
「…ねぇ、私も何か手伝うことあるかしら」
 ぶんぶんと想像を振り払ったアリスは思いきって聞いた。
「いや別に。座って待ってれば? それか――時計屋を起こすか」
「…それは遠慮しておくわ。時計屋さんって何となく寝起き悪そうだもの」
 少し意地悪く笑う三月ウサギに何かを感じ取ったアリスは拒否をして三月ウサギの隣に立つ。
「……ふぅん 何となく俺の性格、把握してきてるなアンタ」
「おかげさまで あなたがサディストだっていう事までは」
 相変わらず淡々と笑いながら言う三月ウサギ。負けじとにこやかに笑い返すアリス。
 それを眺めながらチェシャ猫は尻尾を揺らして朝食が出来上がるのを待っている。
「……何をしてるんだアイツ等は」
 ようやく起きてきた時計屋が低い声音で不機嫌そうに眉をしかめ、台所に立つ二人を眺めた。
「例えるなら、嫁と姑の台所争奪戦」
 そしてそれにはチェシャ猫が無感情な声で分かりやすく告げた。

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 美味しかった。かくして出来上がった三月ウサギの手料理は普通に美味しくて、家庭料理としてもお店の料理としても申し分ない。
 三月ウサギの手料理は美味しかったのに。アリスは何故か女子として悲しくなる。
「どんまい。アリス。オカマとホモに負けたって、甘党と無頓着には確実に勝ってるよ」
 チェシャ猫が慰めてるのか地味にけなしてるのかよく分からないフォローをしてくれたけど。
「言い得て妙だな。お前が俺等をどんな風に見てるかよく分かる」
 怒る訳でもなく三月ウサギは受け流す。
 因みにオカマは芋虫、ホモは三月ウサギで、甘党は言うまでもなく帽子屋。無頓着なのは時計屋の事なのだろう。
「……それは確か、この間来た時に白兎が言っていた呟きじゃなかったか笑い猫」
 時計屋は我関せずとばかりに茶を啜り、ぽつりと呟いた。……白兎?
 まさかの名前にアリスは驚き、チェシャ猫を見る。
「そうなの? チェシャ猫…」
 チェシャ猫は否定しないまま笑みを深くした。
「面白いから、つい。でも的を射た、分かりやすい揶揄だと思うよ」
 確かに個性的なあの人達が一言で言い表せるけれども。
「白兎ってやっぱり性格悪いのね…」
 甘党はともかく他は言われて良い気分にはならない。
「そんな事はどうでも良い。それより君は元の世界へ戻る事だけ考えろ」
 白兎への考えを遮るように時計屋はアリスを見た。
「どうでも良いって…」
「――昨日、あれから調べてみたが 記録に君の様な前例はなかった」
 きっぱり告げて。時計屋は話を続けていく。
「手掛かりがないなら、やはり城へ行くしかないだろう。お前たちが彼女を連れていくのが嫌なら俺が共に行こう」
 会ったばかりなのに調べてくれたのは素直に嬉しかったけど、唐突すぎる。
 戸惑い視線を左右にやれば三月ウサギがアリスの肩を叩いて薄く笑い、チェシャ猫はいつもの笑みで告げる。
「赤信号。皆で渡れば怖くないって」
 赤信号は例え大人数でも渡ってはいけないし、その例えは不安しか与えない上に意図が見えないよチェシャ猫。とアリスは思う。
 …あれ? そもそも この世界に信号あるの? 無論そんな声に出さない突っ込みに答えを発する存在は居ない。
 そして戸惑うアリスの意見を聞かないまま、三人と共に城へ向かう事が決定するのだった――


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