否定する気すらないのだろう

『終わる為の真実』



背後の様々な思惑を眺めながら、紅の騎士はこちらを見据えるジャックと時計屋の視線に煩わしそうに向き直る。

さて、いきなりだ。別に挨拶を交わしただけだろうに彼は一体何をどう思ったのか。
そして彼を止めるべき時計屋も同じくこちらを警戒しているのがまた笑えないくらいに可笑しい。

「うーん、困ったなぁ。俺はきみみたいに無闇に暴力を振るうのを好かない性質でね、出来ればその武器を納めて理由を話してくれると対応しやすいかな」
「…アンタは油断ならねーんだよ。気を抜いたらその瞬間に殺されたって別に不思議じゃない」

買いかぶり過ぎというものだろう。ここに至っても紅の騎士にはそうする理由がないし、そうしなければならない状況ですらないのだから。
とはいえ、彼は感が鋭いからもしかすると分かったのかも知れない。
ふむ、と興味深く続きを促してみればまだしらばっくれるのか。とジャックが笑う。

「アンタの女王(せんだい)に対する忠誠やその実力は誰もが知るところだよな。頭の悪いオレが違和感を感じたんだから白兎も気付いてるはずなんだけどな。

なぁ、どうしてアンタ、ビルさんに挨拶なんて出来るんだ?」
「?…久しく顔を合わせていない彼に挨拶をする事の何がおかしいと」

首を傾げれば、今度は時計屋がおかしくないと仰いますかと聞き返す。
考えても心当たりはないのであぁ、と答えを返した。

「…テメェ等、一体何が言いてぇんです…?」

白兎が困惑した声で問いかけ、紅の騎士とジャック達に静かに視線を交互にみやる。
庇われている王は見透かしたように紅の騎士を睨みながら不遜に笑った。

「…盲目も度が過ぎれば世話がないな白兎。
信じたくないのも無理はないが、ここまであからさまだともう問答すらかったるい。

言いにくいと言うなら俺が言ってやる。
この男が女王を裏切った蜥蜴に問答すら無用と斬りかからなかったのは、必要がなかったからだと。

大方、こいつがあの時ビルを逃がした協力者だろう。どうだ?否定する気すらないのだろう、
そこまで知られて尚も笑っているのが良い面の皮だ」

ゆっくりと言い聞かせるように王は吐き捨てて、そして苦しそうに顔を歪める。
白兎が息を飲んで紅の騎士を見つめ、紅の騎士は「何だ、そんな事か」と穏やかに微笑んだ。

「なるほど、ようやく合点がいった。それで君達は俺に剣を向けていて、彼は尋問されていたのか。あはは、

…なぁんだ。まだその程度しか聞けていなかったのかい、ふぅん。まぁだからそれがどうかしたのかい?」

否定はしない。どころか紅の騎士は笑った。嘲笑うように、愛しむように、くすくすと声を立てる。
その姿は好感を抱くよりも不気味に思える様だった。

「勿体ぶって引っ張るのは悪い癖だねビル。別に隠さなくったって良かったのにどうして教えてあげなかったんだい」

呆気なくそれは知らされ、容易く紅の騎士は思惑を曝す。
ビルは縛られて動けないまま、針で手の甲に刺された傷の痛みにすら表情を変えずに無機質な声で答えた。

「聞かれませんでしたので。まぁ惜しくはありました。
貴方のその歪んだ愛情の素晴らしさと純粋さに興味深く感慨を受けた私としても、そのまま知られずにいた方が綺麗に終われると思っていたのですが、人生とは難儀なものだ。
道化は私だけで充分過ぎるというのに貴方まで舞台に上がってしまうとは」

意味が分からなかった。次元が違う、見ているものが、感じている全てが何もかも異質だった。
そしてきっと、理解してしまってもいけないものだった。

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ここで物語らしく、紅の騎士とトカゲのビルが手を組むに至った経緯を語るのも面白いかもしれなかったけれど、
これはあくまでもアリスの物語だ。よって、トカゲのビルは蚊帳の外のようにこちらを見ているアリスに話し掛けた。

「……まぁ、それは追々じっくり語るとして。お待たせしました、アナタの話をお聞きしましょう」
「…ぁ、」

急に、唐突に話を振られたアリスは小さく声を出して、泣きそうな表情でビルを見返す。

「聞けば、元の世界に戻るための方法を知りたいのだとか。さて、そんな事をアナタは本当に望んでいましたか?
だとすれば知りませんよそんな事は」
「…っ!…そんな、だって…あなたは」

「えぇ、確かに私はアナタをこちらの世界に来る為に一役買いました。
ですがそれも、アナタが望んだからです」

そんな覚えは一切なかった。ましてや、つい先程顔を合わせたばかりのビルがアリスの事情を知っている筈もないのに、どうしてか強く否定は出来ない。
まるでそれを否定してしまったら、どうしようもなく嫌なモノを思い出してしまいそうでー

「…違う、私は、」
「残念ながら私のアリスはその為の鍵にはなり得ませんでしたが、アナタはその為の役を果たしてくれそうです」

ぐらりと目眩が起こる。
耳鳴りが酷く耳障りで、両耳を塞いでも止まらない。

「さて、呪いを解くために消えてください」

その言葉にアリスの意識は砂嵐のようにザーッと混雑し、その姿はまるで最初から何も居なかったかのように見えなくなってしまう。
無機質な声で最後に聞いたのは、

物語がハッピーエンドで終わるなんて退屈な予定調和は面白くないでしょう。
という言葉だった。

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消えてしまったアリスを探したのは帽子屋が最初。アリスちゃん!?と呼び掛けたが彼女の姿はどこにもなく、
時計屋がビルに「彼女に何をした」と睨み付ける。そんな今更のような反応にビルは縛られたままの両腕を広げて笑う。

「聞いていた通り。ここに来たのは彼女の意思で、消えてもらったのは私のエゴです。
殴るなり斬りかかるなり、罵倒するなり何なりとお好きにしてもらって構いませんよ」

未だ状況が不利にも関わらずビルはそう告げた。本当に殴られたとしても、彼はその態度を止めないのだろう。
本当の意味でトカゲのビルは痛まないのだ。身体がどうなろうがその意識と歪みきった思想が揺らがない限り。

どうしようもない怒りに唇を噛み締めた帽子屋が殴りかかるより早く、トカゲのビルを殴ったのは芋虫だった。

「…っ!……」
「…今更、本当に今更何をと、泣きたくなるけど、……どうしてかしら、ビル」

ぎちり、と芋虫の掌から血が滴り落ちる。
後悔してもしきれないこの状況でも、こんな風に決別したと割り切っていたつもりでも、

「アタシは、……友人としてアンタを止められなかった事が、悔しくて堪らないわ…」

胸ぐらを掴んだまま泣き崩れた芋虫の言葉と呼応するように、ぽつりと雨が降り始めていた。
そんな芋虫の言葉に、ビルは僅かに目を見開いて、本当に、今更ですねと無機質な声で呟いた。


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その一部始終を離れた場所で眺めていたチェシャ猫は、笑みを絶やさないままで席を立つナナシに「行くのかい?」と話しかける。
ナナシはチェシャ猫を向かないまま足を進めてえぇ、と頷いた。

「このつまらない結末が望みなら、さすがに文句の一つも言いたくなるわ」

と無表情で返す。
確かにこれで終わりならつまらないだろうね。とチェシャ猫も立ち上がり、尻尾を揺らした。

「神様なんてものはこの世界には居ないけれど、君達はこんな時、神様とやらに助けを求めるのかな」
「どうかしら。都合の良い時だけ頼られても叶える義理はないじゃない。
普段から信心深くても助けてくれるとは限らない神様とやらには、私は頼らないわね」
「…ふむ。なら誰を頼って信じるか」

ナナシはそんなチェシャ猫の問いにどうでもよさそうに息を吐いて、自分自身じゃない?とだけ続ける。

「少なくとも、何の疑いもなく綺麗事だけで生きていくよりはよっぽど現実的で、
……あぁ、それでも結局どうでも良いのにこうして向かう辺り、私も大概バカなのかもしれないわね」

そこまで独り言めいた口調を語ったナナシはふ、と小さく微笑んで。
チェシャ猫はそんなのはお互い様だよといつものように笑いながら肯定した。


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