何のつもりかな。

『終わる為の真実』



全ての始まりの場所。
かつて裁判が行われていた地にて集まった面子を遠巻きに眺めながら、常に張り付いたような笑みで彼は尻尾を揺らす。

全てを見下ろす為の位置で繰り広げられる議論や下らない上に無駄に長ったらしいビルの声は聞いていて欠伸が出る程に退屈だ。
ちょうど彼ーチェシャ猫が座る観客席(正しくは傍聴人が座る席なのだろうけれど)の隣には無表情でナナシが座っており、
奇しくも舞台がビル達の居る女王の為の高見とするなら観客席にはたったの二人しかこの舞台を見ていない事となる。

「それで。この茶番劇に連れてきたのは何のためかしら」

チェシャ猫を見ないままナナシは尋ね、チェシャ猫はさぁ。と曖昧に答えた。

「俺は傍観者だからね。面白くなりそうだからじゃないかな。
まぁ、あの場に居ない時点できっと外されたのは明確だけど」
「…外された?何から」
「物語の役割から。きみはもう役目を終えているし、
俺はアリスをあの場所まで導いたから、もう用はない」

チェシャ猫の言葉に、ナナシは馬鹿らしいと鼻を鳴らして冷ややかに笑う。
物語だの役だの主役だのと、この世界の住人はそれしか知らないのか。仮にもしも誰かの脚本通りに成り立っている世界だと言うのなら、それこそ下らない。

「他人が自らの思い通りに動かせると思うなんて、とんだ思い上がりだわ。こんな悪趣味で歪な物語があるものですか」

あったとしてもナナシには関係のない話なのだろう。
最初から、最後まで。

「そうだね。これが物語みたいに終われたら、どんなに良かっただろう。
誰かが書いたものならそこで終わりに出来るけれど、生憎とそうはならないのが生きるという事なんだけどさ」

チェシャ猫の表情はやはり変わらず張り付いたような笑みと、無感情な声だった。
ふぁ、と欠伸をする彼に無表情のままナナシは視線を向けてそれで。と尋ねた。

「…私はあの滑稽な舞台とやらの結末すらどうなったって構わないし、どうだって良いのだけど、
ねぇ。貴方には最初から分かっていたんじゃなくて?」

分かっていたからこそ彼女を導き、知っていたからこそこうして舞台を整えた。そう考えれば合点がいくと言うものだ。
チェシャ猫はナナシの問いにどうだろうねといつものように答え、面白ければそれで俺は満足なんだけどね、と呟いた。

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「え、えぇと、?」

紅の騎士に案内されるがままに出た場所はどうやらお城の中だった事までは分かった。
次に当たり前のように目の前にあった扉を開けた先に居たのは、ほとんど全員が顔見知りで、中央に注目している。

真っ先に目があったのは王で、次の瞬間に無機質な声が響く。知らない筈の声なのに何故か背筋が寒くなる。
何だこの、どうしようもない不快感は!

「わぉ、ナニコレ。勢揃いじゃん」

ヘラヘラと変わらないジャックに白兎が空気を読みやがれと睨み付けてコントをしているのが場違いのようだ。

「さて、そろそろ最終幕と行きましょうか。私のアリスが居ないのは残念ではありますが、それもまぁ仕方ないでしょう。
さてさて改めまして自己紹介をしておいた方が宜しいですかねアリス?」

アリスは名乗られずとも察する。二年前のジョーカー。裏切り者。元凶にして空虚。役から外れた元役持ち。
彼が、ーートカゲのビルだと。

「思えばこうして顔を合わせるのは初めてでしょうか。そして、ご機嫌麗しそうで何よりですね紅の君」

「あぁ、そうだね。きみだけじゃなく懐かしい顔触れに会えて感動しているよ、
……姫、お元気そうで何より」

話し掛けられた紅の騎士は穏やかに変わらない表情のまま女王に目を止めるとうやうやしく頭を垂れた。
女王は驚いたように彼を見返し、困惑したような複雑な視線を向ける。

「貴方様も、壮健そうで何よりですけれど、……、お母様は…?」
「………それに関しては答えを控えさせてもらいます。姫は大切なお方ですが俺が仕えているのは女王ただ一人です」

申し訳ありませんと謝る紅の騎士は本当に悲しそうに揺れていて、
本当に女王に忠誠を誓っており、尚且つ女王を愛しく思っているのだと見て取れた。

「あぁ、それから王子も。随分と逞しくなられましたね」
「………」

女王から少し離れた場所でそんな紅の騎士を睨み付ける王にもやんわりと微笑んだ彼は、くすくすと声を立てる。
その腕が王に触れかけた瞬間、ガキンと嫌な金属音が鳴り響いた。

「っお兄様!!」

女王の声と、メアーリンが鋏を構えるのが同時で、事態に気付いた他の面々がそちらに視線を向けたのがその直後。
それより早く、誰より素早く王と紅の騎士の間でいつものように笑っていたのはジャックだった。

「何のつもりかな、」
「さぁ、何のつもりでしょーかっ…ね」

そして剣を向けているのもジャック。それを難なく腕に仕込んでいたらしい小手で防いだ彼は目を細めてジャックを見返す。
何が起きたのか、どうなっているのかすら分からないが、
少なくともジャックが王を護ろうとしている事だけは伝わった。

「……余計な事を…」
「全く、世話の焼ける男だな…」

口調とは裏腹に笑う王と、そんなジャックを呆れたように見ながら時計屋が日本刀を抜く。

「三月、メアーリン、お前たちは主人を全力で守れ。
俺はこの馬鹿に付き合って刃向かうー」
「いやいや、オレだけで充分だから時計屋は下がってろって!オレの早とちりかもしんないじゃん」
「かも知れんがな、お前を信頼しているし、これで確証が出来た。一蓮托生だ」

互いに軽口を言いながら油断なく二人の目線と意識は紅の騎士に集中していて、冗談でなく本気なのだと物語っていた。

「チッ、何をトチ狂ってやがりますこのヘタレが…!敵はあのいけ好かねぇトカゲ野郎だろうが…」
「え、と、みっつん!よく分からないけどジャックくんとトッキーは止めた方が良いのかな?」

白兎の近くまで駆け寄っていた帽子屋は余り焦った様子のない三月ウサギに意見を求め、
求められた三月ウサギはどうだろうなと薄く笑う。

「誰を信じるかは委ねるぜ、帽子屋。俺は一応、お前の騎士だし。時計屋とメアリーは独断で守るけどな」
「…みっつん、ズルいよ…」

ニヤニヤとする三月ウサギに対し、帽子を深く被った帽子屋は仕方ないなぁと針を構えた。

「そんなの、しろたんの味方をするに決まってる!!、と言うところだけどさ。
やっぱり、そういうことなら僕は友達を信じて、何よりしろたんを信じてる訳だから」

息をゆっくりと吐き出した帽子屋はいつになく真剣な表情でトカゲのビルに視線を向けて、次いで芋虫にアイコンタクトをした。
芋虫は帽子屋の視線に頷いて、面倒そうに髪をかきあげる。

ふと女王の様子を伺えば、茫然とする彼女を騎士であるメアーリンが抱き抱えてこの場から去っていく姿が見えた。

「そうね、とりあえず。アタシも頭がこんがらがりそうだから落ち着いて行きましょう。
まずは一つ。こちらから、どういう状況だったのかしら」

「僕達も混乱してたからね、よく分からないんだよ。あっちはトッキーとジャックくんに任せて、話の続きと行こうか。トカゲのビル」

珍しくちゃらけた口調のない帽子屋はポケットから出したコンペイトウをざらっと掌にのせて一気に頬張りながらガリガリと租借する。

「なんつーか、久々にキレそうって言うか怒ってるんだよね、実は」

その表情に笑顔はなく、帽子屋は針をトカゲのビルの眼球すれすれにまで向けて低く問いかけた。

「あんまり野蛮な事はしたくないから、さっさと答えてくれないかな。共犯者って誰なのか」

そんな脅しをかける帽子屋にビルはおやおやと笑い、無機質な声で「それがあなたの本性ですか」と茶化す。
帽子屋は無言で針をビルの手の甲に刺して、だからさぁ!と睨み付けた。
血の滲む痛みに表情を変えないビルは帽子屋をやんわりと止める芋虫に話しかける。

「さて、どういう状況だったのか。
簡潔に勿体ぶらずに言うなら私が女王に裏切りとされる行いをした時、共犯者が居たのではないか。
あるいは今、現在でも私に協力者がいるのではないか。ではそれは誰なのかーという会話をしていたのですよ芋虫」

「……そう、ご丁寧にありがとう。けれどアタシもアンタを殴り飛ばしてやりたいのは忘れないで欲しいわね……
少なくとも今は、まだ彼女がいるんだもの。だから落ち着きなさいな帽子屋」

こんな狂った姿を無闇に見せるものではないわ、と。
その言葉に理性を取り戻した帽子屋は苦虫を噛み潰したように息を吐き出す。

「うん、そーだね。ごめん、芋虫。君の方がよっぽど殴り飛ばしてやりたいんだって知ってたのにね…」

三月ウサギはといえば、時計屋達の方へと意識を向けているので実質この場でビルと立ち会っているのは帽子屋と芋虫だけだ。
元の世界にアリスを帰す為にここまで来た当初の目的を果たしてから自分達の理由を進めれば良い。

しかしながら、アリスは蚊帳の外のようにまるでこの場に居ないかのようにそんな光景を眺めて立ち竦む。

(……一体、何がどうなっているんだろう)

探していたトカゲのビルは縛られていて、今は芋虫と帽子屋が何かを話している。
地下で偶然にも出会い、ここまでの案内をしてくれた紅の騎士には何故かジャックと時計屋が対峙している。

「可笑しいよ、こんなの、」

だって、これではまるでー元凶は自分ではないのか、と。

悲劇のヒロインを気取りたい訳でもなく。また過度の自虐でもなくそうと思ってしまう。
意図せずして最悪のシナリオを運ぶ、まるでーーいや、やはりと称するべきか。
招かれざる訪問者。役から遠く、縛られないが故に破綻させてしまう異端者だと。

「私は、ただ、」

奇しくも以前、王が口に出した言葉はここで事実その通りを示していた。


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