紅の騎士

『終わる為の真実』



「ねぇ、どういう話になってるの?」
「あぁ、何て言うか今更なんだけどな。当然ながら役持ちやその騎士って、オレ達の前にも居た訳だよ」

そこまではアリスにも分かる。えぇ、と頷いて続きを待てばジャックは
「今、問題視してんのはその前の奴等が女王の危機に何してたんだって話」
と簡潔に述べた。それは白兎も言っていたように知らなかったから、に他ならないのではないかと思う。

「…よく分からないけれど、裁判の時はトカゲのビルって人が突然、しかも前触れもなく裏切った、のよね?
だったら前の役持ちもそんなすぐには動けないのは当然なんじゃないかしら」

そう。だからそこはそれで合ってるんだよと綺麗な笑顔を浮かべたジャックはけど。と言葉を続けた。

「その時、役持ちは芋虫。帽子屋。この二人は騎士を決めていなかったから除外される。
それから先代の女王と王。裏切ったビルさん。元より騎士を必要としないジョーカーはさておき、
女王には白兎という騎士が居た。じゃあ、王の騎士は何をしてたんだろうな?」
「王、」

そう言われてみれば、これだけ女王についての話を聞いていながら誰も先代の王について語る人物は居なかった。
どころか、何故だろう。アリスは言い知れぬ寒気に肩を震わせて思考を巡らせる。

「ちょっと、待って……白兎。あなた、さっき騎士はあなたとハートの騎士だけだって言ってたよね?」

話を振られた白兎はあぁ。と返事を返す。それがどうしたのだと言いたげに眉をしかめる白兎にアリスは息を飲む。

「俺がハートの騎士になったのは他ならぬ事実でやがりますし、もう一人のハートの騎士が居たのも事実ですが、」

「至極単純な話。ハートの騎士でスペードの騎士でもあっただけだよ」

白兎の言葉に続いた軽やかな声が狭い石に囲まれた空間に響いた。
視線が一斉に声のした方向へ向けられ、一体いつから居たのか。そこには穏やかで、柔らかな微笑みを浮かべた青年が立っていた。

少し癖のある薄茶色の髪を肩より短い位置まで伸ばし、その髪を赤い紐で纏めた青年の印象はどことなくジャックに似ている。兄弟なんだと紹介されたらそのまま信じてしまう位に。
残念ながら血の繋がりもない赤の他人にして空似に過ぎないが、その青年こそ、先代女王の騎士にして通称、紅の騎士《クリムゾンナイト》と呼ばれた男だとアリスが知ったのは何の驚いたリアクションもなく説明したジャックによってなのだけれど。

「何でアンタがここに居やがるんですか…確か、先代と一緒にどこかへ行きやがった筈じゃあ…」

白兎は驚きながらも状況を確かめるべく、問いかけた。青年は「ん?」と首を緩く傾けて、
話が逸れるけど良いのかい?と穏やかに聞き返す。

「けれど、まぁ答えるのはやぶさかじゃない。俺がここに居るのは身を隠すにうってつけだからで、更に言うなら誰も来ないから」

とはいえ、君達が来たからそれも今日までの話かも知れないけど。と言葉を続けた青年に芋虫が信じられないといった視線を向けた。

「女王はどうしたの…」
「彼女なら生きてるよ。誰にも会いたくないという彼女の願い通り俺はここに連れてきた。でも死んでもらっては何より俺が困るから食事や娯楽の品を定期的に毎日運んでもいる。
不自由はない。不充分ではあるかもしれないが、何より俺は彼女の為に生きているし俺の幸せの為に尽くしている」

何を文句があるのだろう、と青年は芋虫を見返した。芋虫は相変わらずなのね、と困惑を含めた呟きを洩らす。
そうかな。と青年は穏やかな声で告げて、視線を白兎に移して口を開く。

「さて、納得がいかなさそうな顔だね白兎。言ってごらん。怒らないからさ」
「…、」
「じゃあ白兎の代わりにオレが聞いちゃうけど。アンタ、ビルさんが裏切った時、どこに居た訳」

口を開こうとした白兎を遮って、ジャックはいつものヘラヘラとした笑みを浮かべて問いかけた。
青年は白兎からジャックに視線を移すと、意外そうに目を見開いてもしかして俺は疑われているのかな、と笑った。

「裏切った、と言うのは裁判の時の事か。俺はその時、残念ながら女王の側には居なかったんだ。何せ、王と一緒に居たからね」

女王と王の騎士。ならばそれも別段、可笑しくはない。なのに、やはりアリスには違和感が拭えなかった。
どうしてだろう。この穏やかで優しそうな人に可笑しなところなど見当たらないのに。

「ところでそこの君ははじめまして、かな。二年前には見なかった顔だけれど、白兎や芋虫と一緒に居るという事は役持ちの騎士か何かだろうか」
「いえ、私はー」
「あ、オレの彼女だから触んないでくれますー?」

答えようとしたアリスと青年の間に割って入ったのはジャック。その突拍子もない発言に白兎と芋虫は同時に吹き出した。
いつの間にそんな事になったのか、そもそもそれは冗談なのか本気で言っているのか。何とも言えないままでアリスは固まる。
とりあえず、ぜぇぜぇと苦しそうに笑う白兎が不愉快だったので八つ当たりも込めて耳を引っ張ってやる。
青年はきょとんとした様子でその光景を見つめ、そう。と目を細めて微笑んだ。そしてアリス達に背中を向けて着いてきなよと言う。

「さっきも言ったけど、俺は彼女の誰にも会いたくないという望みを叶える為に尽くしている。よって君達に彼女を会わせる訳にはいかないし、ましてや彷徨かれても困る。
出口なら案内してあげるから、俺に従ってくれると有難い」
「いえ、気持ちは有難いけれどアタシとジャックはここにビルを捜しに来たのよ…だから、ここから出る訳にはいかないわ」

芋虫の言葉にゆっくりと振り返った青年はだったら尚更だと告げた。

「ビルくんならここには居ない。俺と彼女以外の誰かが居たなら俺が見逃す理由はないから安心してくれ」

と、言うより。と彼は少しの間を置いて、俺だって出来るなら知り合いを殺したくはないからねと静かに続ける。
それが冗談でも何でもなく、本気でやりかねないという確信は、青年がただ純粋に殺意を向けたからに他ならない。
言葉で雄弁に語るより、駆け引きや打算めいたやり取りより何より、ただそれだけで充分過ぎる程に彼は本気で忠告を示した。

先程のジャックの発言に和んだ空気はいつの間には張り詰めていて、譲るつもりはなかった芋虫も仕方ないと判断を下す。
自分だけならまだしも、白兎やアリスを巻き込んでまで貫き通す意地ではないと思ったのだろう。
元より出口を探していた白兎に異論はなく、アリスも早々に脱出したいと思っていたので青年の後を追いかける。

その後を少し遅れて追ったジャックは僅かに口元を歪めて、油断ならねぇ人だよなと呟いた。

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アリス達が紅の騎士の案内によって出口へと向かっていく一方で、トカゲのビルを捕らえて問答をしていた最中。
王の《呪い》という発言に固まっていた面々は、それぞれの緊張に息を詰めていた。

「そう。呪い。流石は正式に役を継いだだけあってお詳しい。最も、知ったところで何も出来ないし、どうにもならない事に変わりはありませんが
話にくいと仰るなら私がご説明しましょう。帽子屋や貴方はともかく、他の方々はご存じない事でしょうからね」

何も言わない沈黙を破ったのはビルの無機質な声。
好きにしろと告げた王を、帽子屋が悲しそうに見つめたが、それでも止まる訳がなかった。

「呪いとはどういう意味なのです…、お兄さま!」
「急かさずともご丁寧に蜥蜴が説明してくれるそうだ。お前は、知らない方が良いだろうが…知りたいと言うのだろう」
「当たり前です!…私だけ何も知らないとは…女王を…ハートをお母様から継いだ意味がないではありませんか…っ」

そう言って、女王は王の腕にすがるように座り込んだ。混乱しているのは無理からぬ話だと王は静かに息を吐いてメアーリンを呼ぶ。
呼ばれたメアーリンは驚きと警戒を交えながら王を見返すと何でしょうかと女王を庇うように聞き返す。

「そうだ。そうやって騎士の務めを果たせ。お前が妹の騎士でありたいと望むなら、何があっても離れるな」
「…貴方に言われるまでもなく、私は女王様をお護りすると誓った身です」

続けられたメアーリンの実の兄である貴方の役目であろうとも、と非難にも似た言葉に王はいつものように不遜に笑むだけだった。
少なくともメアーリンにとって兄である王が妹たる女王に対して接する態度や物言いは許しがたいのだろう。
それを見届けたビルは見計らうように王から女王、メアーリン、時計屋、帽子屋、三月ウサギに視線を順番に向けて良いでしょうかと確認を取った。

「さて。心の準備は宜しいですか。それでは少し、とある始まりの物語をご静聴下さいますようお願い申し上げます。」

そして、語られる物語は無機質な裏切り者によって知らされる。
これは、滑稽なおとぎ話であり、そして役持ちとこのワンダーランドの始まりの物語でもあった。


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